塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

くるみ割り人形(Kバレエカンパニー)

2005/12/15

東京文化会館(上野)で、Kバレエカンパニーの「くるみ割り人形」。くるみ割り王子の熊川哲也のダイナミックなジャンプと豪華なセットが見どころで、席は3Rですが、それでもチケット代は14,000円ととても高い!しかしそれだけ手間ひまかけた舞台なんだろうな、ととりあえず自分を納得させました。

何度聴いても楽しい序曲、ここで紗幕の向こうでプロローグが演じられました。ちょっと長いのですが、こういう演出(ホフマンの原作ともかなり違う)は初めて観たので、パンフレットからプロローグのあらすじを引用します。

時は19世紀初め。人形の国。ドロッセルマイヤーが人間界との通路である時計を修理していると、王様からのお呼びがかかる。

この人形の国では、かねてよりねずみたちとの領地争いが起こっている。ある日、ねずみの王様は結婚を控え喜びにあふれる人形王国のマリー姫を襲い、その姿をねずみに変えてしまった。そして王国全体にかけた呪いによって、婚約者である近衛兵隊長もまた、くるみ割り人形に変えられてしまったのだ。

悲しみに暮れる王と王妃は、ドロッセルマイヤーに「この魔法を解くには、世界一硬いクラカトゥク胡桃を割らなければならない」と説明する。しかし、それを割ることができるのは唯一、人間の純真無垢な心の持ち主だけ。しかも、ねずみの王が持つ武器を使う必要があるという。

王から命を受けたドロッセルマイヤーは、くるみ割り人形を手に、人間界へ純真無垢な心の持ち主を探す旅に出ることを決意する。

プロローグのマイムは、上記のストーリーに沿って王女がねずみにかえられてしまう顛末、一抱えもある大きな金の胡桃の登場となります。それにしても、ドロッセルマイヤーにそんな使命があったとは……。

第1幕は、クリスマスイブのシュタールバウム家。舞台上には大きなガラス窓がきらびやかに輝く館の円弧状の壁面、その前に人々がパーティーに参加するために集まってきますが、その館の外壁が割れてくるりと反転するように後ろに回ると館の内側になっていて、その大掛かりな仕掛けに驚きました。人形劇はKバレエスクールに属するダンサーの卵たちによって演じられており、その劇自体が上記のプロローグをなぞったものになっています。ついで大人たちのダンスでは、ドロッセルマイヤーのジャンプが他を圧倒。もちろん全体のバランスの中で踊っているのですが、安定感やキレがひときわ目立ちます。寝静まった広間に戻ってくるクララに床の上を音を立てて近寄るねずみは、どうやら無線操縦?そしてお待ちかねの場面転換は、ツリーが二倍の大きさになって上手奥に引っ込むと、入れ替わりに豪勢なセットが舞台の両翼からせり出してきて、観客から思わず拍手があがりました。そしてねずみ軍と人形軍の戦いに、クララはスリッパではなく柄の曲がったステッキで加勢します。

雪の国への場面転換も見事です。舞台上に幕が下りて、その前でマイムをしていたドロッセルマイヤーとクララが振り返ると、幕が上がってそこには美しい雪景色。そして雪の女王の凄いバネとしなやかさ!それにコールドが十字に列を組んで一糸乱れぬアラベスクでの回転が見応えがあり、ここでも大きな拍手が自然に湧いていました。

第2幕は人形の国。ねずみとの再びの戦いでは大砲の砲弾や投石機の石が飛び交いましたが、ついにねずみの王様は上手の牢屋に押し込められて戦いは終わります。以前、ねずみの王様が剣を突き立てられる演出を見たことがありますが、こちらのやり方の方がマイルドでクリスマスの雰囲気にふさわしいと思いました。そして、クララがクラカトゥク胡桃を割って、このタイミングで花のワルツが入るのに驚きましたが、マイムによる芝居からディヴェルティスマンに自然につなげる流れを作る役目を担っていたようです。そのディヴェルティスマンは、上手奥に布をかぶった人形が立って、後ろから紐で引っ張られて布がとれると踊りに入るというパターンの繰り返し。まず男性2+女性1のアラビア人形が三角関係っぽくて面白く、ここでも女性の柔軟さが際立っていました。中国人形は出のところで女性のかぶっていた髪飾りに布がひっかかってしまってなかなかとれずはらはらしましたが、このアクシデントにめげずに一本指を立ててとてもエネルギッシュな人形ダンスを披露し、拍手を集めました。それ以上に観客を興奮させたのはロシア人形。コサック風に踊りまくり、あん馬の旋回技やグラン・ジュテで凄いエネルギーを放射していました。

そして元の姿に戻った王子の熊川哲也とマリー姫のグラン・パ・ド・ドゥは、アダージョ→男性のヴァリエーション→女性のヴァリエーション→クララとドロッセルマイヤーのパ・ド・ドゥ→王子とマリー姫のコーダという構成で、王子の見せ場は、男性のヴァリエーションではトゥール・ザン・レールからトゥール・ド・レン3回転、コーダではトゥール・ザン・レールで片足で着地してアラベスクで静止。女性もコーダではフェッテをきれいに回りながら真横へ水平移動。そして最後に熊川哲也はグランド・ピルエットから半径を縮めて5、6回転もしてみせてくれました。

最後はクララの部屋で終わるのですが、こうして通して観ると、クララの少女から女性への成長の物語という色彩は薄まり、豪華な舞台装置がもたらす裕福感とともに、純粋にメルヘンとして楽しめる展開になっていて、プロローグからエンディングまでストーリーに芯が通ったこの演出もいいなと思えました。また、クララを演じた中平絢子さんの演技がとても愛らしくて、それでいて第2幕でちらっと見せたダンスも端正で爽やかな踊りでよかったし、上述の通り雪の女王やアラビア人形を踊った松岡梨絵さんもすてきでした。そしてもちろん!熊川哲也も十二分に存在感を示していました。冒頭にチケット代が高いと書いたけれども、これなら納得です。

配役

ドロッセルマイヤー スチュアート・キャシディ
マリー姫 康村和恵
くるみ割り人形
王子
熊川哲也
クララ 中平絢子
人形王国の王様
シュタールバウム
ギャビン・フィッツパトリック
人形王国の王妃
シュタールバウム夫人
天野裕子
ねずみの王様 カルロス・マーティン
フリッツ ピエトロ・ペリッチア
雪の女王 松岡梨絵
雪の王 芳賀望
粉雪 長田佳世 / 東野泰子 / 神戸里奈 / 小林絹恵
花のワルツ 長田佳世 / 東野泰子 / 芳賀望 / 輪島拓也
アラビア人形 松岡梨絵 / カルロス・マーティン / 宮尾俊太郎
スペイン人形 鶴谷美穂 / 浅川紫織
リッキー・ベルトーニ / スティーブン・ウィンザー
中国人形 小林絹恵 / 小林由明
ロシア人形 田中一也 / ピョートル・コプカ
フランス人形 荒井祐子 / 神戸里奈 / 副智美
指揮 磯部省吾
演奏 Kバレエシアターオーケストラ