塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

海 / バトリー・フュガス / これが死か / バクチ(モーリス・ベジャール・バレエ団)

2004/06/13

五反田のゆうぽうとホールで、モーリス・ベジャール・バレエ団「海」ほか。今回のツアーではBプロが「魔笛」でどちらにしようかと迷ったのですが、以前観た「バクチ」の印象がとてもよかったので、これが含まれているAプロにしたのでした。会場に入ると、舞台上には当然幕が降りているのですが、その手前の下手には小さな帆掛け舟(「La Tortue」と船名が読めます)、上手にはオペラ劇場の壁(何枚ものオペラのポスター)が置かれ、その間には海を示す青い布。最初に踊られる「海」のためのものです。

定刻になって場内が暗転すると、ワーグナーのオペラをバックに劇場の壁のポスターが1枚、また1枚と照明のマジックで浮かび上がり、舞台中央の幕の前には海パン姿の男性(若き日のベジャール自身=ジュリアーノ・カルドーネ)が胎児のように丸まっているのが見えてきます。やがて起き上がった彼が(たぶんベジャール自身の)ナレーションとともに小舟に乗り込んで背後を振り向くとそこで幕が上がり、そこには舞台中央、高さ3mほどのところに女性が上から垂らされたロープにつかまりながら激しく身をくねらせています。女性はどうやら円形の台の上に立っているようですが、腰から青く長大な裳裾を広げていて足は見えず、その裳裾はそのまま舞台いっぱいに広がって照明の効果により泡立つ海を示しています。そして裳裾の海の中からシレーン(海の精)たちが続々現れて、ひとしきり東洋っぽい踊りを踊ります。この出だしが実に鮮烈で圧倒的な迫力。言うまでもなく、フランス語の海(La Mer)と母(La Mére)は同じ発音で、若い主人公のビムは海に対して女性に対するのと同じ憧れをいだいているわけです。この後、舞台上はバレエ・スタジオになったり、ハワイの音楽と海の精の群舞になったり。ダンス・クラスの場面でビムがショパンのエチュードに合わせて踊る小品は、ベジャールが18歳のときに初めて振り付けた「小姓」という作品の再現です。しかし、女性たちが去ってビムが取り残された後に登場したのは、打って変わって若く活力に満ちた若者たち。ビムはU2の曲をバックに彼らと共に躍動的なダンスを踊り、そして、隣国イタリアとスペインでは同じ海が男性名詞であることをナレーションが告げると、そこに登場した男性ダンサー(これも海?)が荒々しく祝福するようにビムと踊ります。そして幼い頃に見た女性としての海と、逞しい若者になって知った男性としての海が一緒になって舟に乗り組んだビムを先導し、ヴァンサン・スコットのシャンソンにのってシレーンたちが航跡となり金銀の扇を振りながら舟の後ろに連なって幕が降りました。

この「海」は全体で50分ほどの作品ですが、最初から最後まで一気に魅せてくれて、この日一番の見ものでした。照明も実に美しく、これは舞台と同じ高さの視線ではなく、上から見下ろすことを前提にプランニングされている感じで、2階席からはその絶妙な効果がはっきりと見てとれました。

バトリー・フュガス

こちらは50年ぶりの再演だそうですが、ピエール・アンリのノイジーな音楽に沿ってジル・ロマンがアヴァンギャルドに踊るわずか10分ほどの小品。「え、これで終わり?」という感じにとまどいながらの観客の拍手。

これが死か?

1970年にジョルジュ・ドンらによって初演された作品で、タイトルの出典はリヒャルト・シュトラウスの歌曲「四つの最後の歌」の「夕映え」(詩:J.アイヒェンドルフ)の最後のフレーズ「Ist dies etwa der Tod?」から。クラシックなバレエの身体言語が多用される、ベジャールらしからぬ(?)作品ですが、あいにくこの歌曲になじみがなかったためか、徹頭徹尾緩やかなダンサーの動きに睡魔が襲ってきて……。ところで、この「これが死か?」と、映画『ガメラ3』で倉田(手塚とおる)が京都駅でのバトルの中で呟く「朝倉さん……それが死か」とは関係があるのでしょうか?まさかね。いや、しかし……?

バクチ

最後の「バクチ」は、イントロとアウトロにはさまれた三つのパートからなります。最初に3人の崇拝者が登場して舞台中央の丸い白色光の中に趺坐します。1人は白いランニングシャツにジーパン、1人はグレーのTシャツにゆったりしたグレーのズボン、1人は黒い長袖と黒く細身のズボン。そして「バクチ1」では白い衣裳のラーマとシータ、「2」は黄色いクリシュナとピンクのラダー、「3」は赤い衣裳のシヴァとシャクティという3組のヒンドゥーのカップルが教徒たちに囲まれて、シタールやインドの打楽器の音楽に乗って踊ります。以前観たのはこのうちの「3」ですが、今回も「3」が特に素晴らしく、終演後はキレの良いグランド・スゴンドの連発をすかっと見せたシャクティ役のカトリーヌ・ズアナバールが拍手を集めていました。逆に「1」のシータはやや不安定、「2」のデュエットでの踊りは楽しげでよかったのですがやはり最後にクリシュナがぐらっときてしまいました。作品としても、三つのパートを通してみるとちょっと冗長で、以前観た「3」だけの方がシャープな印象でした。

終演後の舞台挨拶ではモーリス・ベジャール自身も姿を見せ、大きな喝采を浴びていました。多少足もとが不自由そうに見えましたが、まだまだ元気いっぱい。客席から花束やプレゼントを受け取ってうれしそうでした。

配役

彼女 エリザベット・ロス
ドメニコ・ルヴレ
ビム ジュリアーノ・カルドネ
バトリー・フュガス ジル・ロマン
これが死か? ジュリアン・ファヴロー / カルリーヌ・マリオン / カテリーナ・シャルキナ / キャスリン・ブラッドネイ / エリザベット・ロス
バクチ 崇拝者 バプティスト・ガオン
ラーマ ティリー・デバル
シータ 長谷川万里子
崇拝者 イゴール・ピオヴァノ
クリシュナ ジュリアーノ・カルドネ
ラダー クリスティーヌ・ブラン
崇拝者 スタン・カバール=ロエ
シヴァ オクタヴィオ・スタンリー
シャクティ カトリーヌ・ズアナバール