塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

ピンク・フロイド・バレエ(牧阿佐美バレヱ団)

2004/02/08

NHKホールで、ローラン・プティ振付、牧阿佐美バレヱ団の「ピンク・フロイド・バレエ」。昨年ローラン・プティと牧阿佐美バレヱ団が組んだ公演でのデューク・エリントンでも「攻めてるなあ」と思ったものですが、今回はさらに突き抜けてPink Floyd。サイケ色が濃いプログレとおしゃれなローラン・プティのバレエという異種格闘技にどんな客層が来るのかと当日までは心配でしたが、行ってみれば普段のバレエの客層とほとんど変わりない雰囲気です。

座席についたところでさっそく入口で配られた配役表で演目をチェックしてみました。「Run Like Hell」、なるほどノリがいいからこの曲からか。「Money」、この曲ははずせないよなぁ。「Is There Anybody Out There」?この曲でどうやって踊るんだ?

そうこうしているうちに始まったステージは、まず男性ソロの「Run Like Hell」から。全体の序曲的な位置付けにあるのだと思いますが、この曲をソロで踊らせるのは、広いNHKホールの舞台を持て余してもったいない感じ。群舞の迫力でつかみにくればいいのに、というのが第一印象です。続く「Money」は冒頭のレジスター音のところでとてもバレエダンサーには見えないマッチョな男性が期待通りのロボット的な動きを見せて、その後男性ばかりの大人数でのコミカルなダンス。そして心配された(?)「Is There Anybody Out There」はレーザー光線を使った幻想的なソロで短いながらとてもよい作品でした。

ステージはそのまま「Nobody Home」「Hey You」と『The Wall』からの曲が続きます。「Hey You」はシャーロット・タルボットとリエンツ・チャンによるコンテンポラリー系のデュエットですが、たとえばイリ・キリアンの厳しい振付を見慣れた者には甘く感じられたかもしれません。もっとダンサーの肉体の限界ぎりぎりまで追い込んだシビアな振付も可能なはずですが、ローラン・プティはよくも悪くも明るくお気楽で、だから物足りない。

「One of These Days」は男女20人ずつの群舞で、シャドーボクシングをやったり縄跳びをしたりと「ボクサーの日常」みたいな部分もありますが、ぴょんぴょん跳ぶ動作がなんとなくベジャールの「春の祭典」と雰囲気が似ているところもあるなと思いながら見ていたら、本当に最後の方で男女の生け贄が空中に捧げられる場面が出てきて驚いてしまいました(いいのか?)。「Careful With That Axe Eugine」はお目当ての上野水香を含む3組の男女で踊られ、曲もサイケデリックロックのお手本のような曲調。「When You're In」「Obscured By Clouds」と断片的なイメージの積み重ねが続いてこのへんは曲のつなぎに工夫が欲しいなぁと思いながら見ましたが、「The Great Gig in the Sky」で草刈民代がしっとり締めてくれました。

休憩後は「Echoes〜Run Like Hell〜Echoes」。冒頭は上野水香の独壇場で、例によって右足を滑らかに180度上へ上げるところで客席から「凄い……」の声が漏れていました。実際、彼女のすらっとした足さばきやしなやかな腕の表現は素晴らしく、それでいてどことなくはかなげな雰囲気も漂わせていて不思議な存在感があります。舞台上は大人数での群舞に移り、舞台を埋め尽くしてのリズミカルなダンスがかなり見せてくれました。しかし「Echoes」は途中でフェードアウトして『The Wall Live』からライブバージョンの「Run Like Hell」。ここはかなり唐突な感じで、あえてシリアスに考えようとすれば意味深にとることもできなくはありません。というのは、Pink Floydによる実際のライブでのこの有名な場面は、直前の「In the Flesh」(「?」がついていない方)が強烈な人種差別の歌詞を含んでいて聴衆を心理的に追い詰めている上に、ここでRoger Watersが追い討ちをかけるように聴衆に毒づきながら手拍子を強要するところなのです。ちょっと冗長になりますが、CD『The Wall Live』からRoger WatersのMCを拾ってみます。

Are there any paranoids in the audience tonight? Is there anyone who worries about things? [聴衆から抗議の声] Pathetic. [←吐き捨てるように] This is for all the weak people in the audience! Is there anyone here who's weak? This is for you, it's called Run Like Hell. [曲がスタート] Let's all have a clap! [聴衆、バラバラな手拍子] Come on, we can't hear you, get your hands together, have a good time! Enjoy yourselves!

この挑発的なMCを、ローラン・プティはそのまま舞台上でも流しているのですが、これに対して今日の聴衆がお気楽に手拍子を重ねていたとしたらと思うとぞっとします。実際には恥ずかしがり屋ばかりの日本の観客はここでも小さく身をすくめたまま舞台上を凝視していたに過ぎないのですが、プティは何を意図してここに(このバージョンの)この曲を挿入したのでしょうか。それとも何も考えていないのか?そうした疑問にはおかまいなしに舞台上では、ストリートダンス系のゲストダンサーを含む4人の男性ダンサーと華麗なピルエットを見せるマリ=アニエス・ジロのこれもコミカルな演出。そして最後は再び「Echoes」に戻り、全員でのフィナーレになりました。

何となく不完全燃焼のままラストまで来てしまいましたが、アンコールで「One of These Days」が踊られた後にローラン・プティその人が登場すると客席は大盛り上がり。日本人はどうしてこんなにこのお爺ちゃんが好きなのでしょうか?あんな毒のある罠を仕掛けられていたというのに?そして一同勢揃いの後にもう2回踊られた「One of These Days」では客席からようやく手拍子。ストリートパフォーマーの妙技や男性ダンサーのソロも加わり、舞台背後のスクリーンには躍動するダンサーたちのアップに花火のアニメーションが重なってけっこう感動的です。終わった後では汗だくでうれしそうな顔をしている群舞ダンサーたち(ソロダンサーではなく)をねぎらうプティの姿があって、ああやっぱり本当はいいお爺ちゃんなんだなと思いました。

配役

Run Like Hell 菊池研
Money 相羽源氏 / 逸見智彦 / 塚田渉 / 保坂アントン慶 / 邵治軍 / 佐藤洋介 / 今勇也 / 阿南誠 / 中島哲也 / 高橋章 / 森川次朗 / 秋山聡
Is There Anybody Out There リエンツ・チャン
Nobody Home アルタンフヤグ・ドゥガラー
Hey You シャーロット・タルボット / リエンツ・チャン
One of These Days 20 Couples
Careful With That Axe Eugene シャーロット・タルボット / 草刈民代 / 上野水香 / アルタンフヤグ・ドゥガラー / 逸見智彦 / 菊池研
When You're In 辻本知彦 / 佐藤洋介
Obscured By Clouds 20 Couples
The Great Gig in the Sky 草刈民代 / リエンツ・チャン
Echoes 上野水香 / アルタンフヤグ・ドゥガラー / 相羽源氏 / 今勇也 / 菊池研
Run Like Hell マリ=アニエス・ジロ / 辻本知彦 / 佐藤洋介 / 森川次朗 / 柴一平
Echoes リエンツ・チャン / シャーロット・タルボット / 菊池研