ホロンボ・ハット - キボ・ハット

2002/01/01

自然に呼ばれて外に出て見ると、ホロンボ・ハットが立地する緩やかな斜面の前方に雲海が広がり、東の空を中心にオレンジ色に明るみ始めています。朝のお勤めをすませて食堂棟の前に行くと、同行のT女史が一人で夜明けを待っているところでした。考えてみれば今日は元日、これは初日の出!自分のコテージに戻ってヤッケとカメラを持ち出すと、T女史にも重ね着を勧めて日の出を待ちました。後からH氏も合流して3人で東の空を眺めていると、雲の下から黄金の輝きを迸らせて太陽が姿を現わしました。見慣れた光景ではあっても、ここは南半球の標高3,720m、しかも元旦の御来光です。ぐんぐん昇ってくるお日さまに思わずぱんぱんと手を打ち合わせて、登山の成功を祈りました。ふと振り返るとハットの上にキボ峰がピンク色に染まっており、そのさらに上には満月がかかっています。東の躍動と西の静寂、この対照的な光景に、山の大きさを実感しました。

歯を磨くためにコテージの近くの沢に下りてみると、霜がおりていてさすがに明け方の寒さが偲ばれましたが、朝の明るい光の中であらためてあたりを見てみると、ここはセネシオが繁茂する清流を境界線として緩やかな斜面に開かれた宿泊地で、目の前には広大なキリマンジャロの裾野を見下ろし、西北方にはキボ峰の万年雪が間近に見上げられました。まったくここは、山に親しむ者にとっては天国のような立地です。

歯を磨き終えてコテージに戻ると、ガイドのブライソンがやってきて早川TLに問題が発生した、と告げていました。何が起こったのかと思ったら、食堂棟が満杯で席が確保できないので、戸外で立食になってしまうとのこと。こちらはもちろんOKで、食堂棟の前に置かれたテーブル上に皿を並べて、気持ちのいい朝の空気の中での食事となりました。近くのヨーロッパ人のテーブルでは、ポーター達が即席の合唱団になって「♪キリマンジャーロー、キリマンジャーロー!」とわけのわからない歌を歌っているし、食事はオートミールがちょっと好みに合わなかったけれどあとはおいしかったし、申し分のない朝になりました。ただ、ここでもKさんは一人離れたところに座り込んで、ほとんど食べていない様子です。

8時45分、気温10度。強い日ざしの中をキボ峰を見上げながら歩き出しました。標高も上がっているので、今日はTシャツの上に長袖シャツを1枚重ね着して寒さと紫外線に備えています。

目の前の丘に登ると前方に草原が広がり、そのあちこちに岩とセネシオが配置されていい雰囲気の景色になりました。これはもう日本にはない風景で、標高も富士山の山頂を越えています。これまでの私の最高到達高度はキナバル山の4,095mで、このときは最後まで高度障害を感じることなく登山が終わってしまいましたが、今回はそういうわけにはいかないでしょう。そういう意味では、今日の登りから未体験ゾーンへの突入ということになります。

10時過ぎにラスト・ウォーター・ポイントに到達しました。文字通りここが最後の水場ですが、実際にはもっと手前に水が豊富に流れている場所があり、ポーターたちはそこで水を汲んでしまうのだそうです。

対向者の挨拶は「ハッピー・ニュー・イヤー!」に変わっていて、こちらもにこやかに同じ挨拶を返しましたが、歩みは極力ポレポレ(=ゆっくり)で行きました。このあたりでは既に標高は4,200mを超えており、そろそろ頭が重く感じられてきますし、私以外にも何人かが頭痛等の変調を自覚しはじめていました。ちょうどKさんが隊列より少し遅いペースで歩くことを希望し、早川TLとブライソンが最後尾でそのペースに合わせて歩いてくれているので、私もポレポレ組に仲間入りしてスローダウンしました。明日のアタックに向けて体調を調整していくのが今日の歩きのテーマになるのですから、ここで先を急ぐ必要はありません。

ラスト・ウォーター・ポイントから20分程歩いたところにある小高い丘で小休止。ここから行く手には赤茶けた平原=サドルが広がっており、道はその真ん中をまっすぐキボ峰に向かい、先の方で右に曲って低い尾根を回り込んでいます。この頃には白い雲がもくもくと湧き上がってキボ峰を隠し始めていましたが、おかげで太陽が隠されて直射日光にさらされることなく歩けそうです。

サドルの道はよく踏まれていて歩きやすく、道端にはところどころ石文字で「GOOD LUCK & PEACE!!」などと書かれていたりしましたが、まだ「障害」という程ではないものの、何となく頭に輪っかをはめられたような感覚があって、高度の影響をかなりはっきりと感じます。相変わらずポレポレ組でゆっくり歩きましたが、ここで役に立ったのは2本ストックです。2本ストックを使うときのコツは、これらを左右に広めについてバランスをとりながら、両足は直線的に大きなストライドで距離を稼ぐような歩き方をすることで、これだとゆったりした歩調であっても一歩一歩が長くとれるのでスピードが極端に落ちることはありません。このため歩調と呼吸とを合わせやすく、深呼吸をしながら歩みを進めることが容易にできるわけです。

11時半頃にサドルの標識がある地点に達しました。ここにはトイレも設置されていますが、道はさらに登っていて鞍部といえる地形ではありません。ここを過ぎてしばらくすると、左前方に遠く、ようやくキボ・ハットの屋根が見えてきました。

乾燥地帯の中に岩が点在する場所で昼食&トイレ休憩。配られたビニール袋の中には、いつものようにサンドイッチとゆで卵、チキン、固い柑橘類など。ここから1時間弱で、キボ・ハットに到着しました。ホロンボ・ハットとうってかわって、ここには潤いを示すものは何もなく、岩で作られた小屋が3棟程肩を寄せあっています。このうち最も大きな建物が宿泊棟で、これまでのコテージ式ではなく、ひとつの建物の真ん中に廊下が走り、その左右にいくつかの部屋が配置されている、いわば普通のつくりです。我々は12人部屋をあてがわれて、そのうちの10人分のベッドを占有しました。部屋の中には大きなテーブルがあり、ここでは食事も部屋でとるようになっています。残った2つのベッドには、後からドイツ人の夫婦がやってきました。

早速お茶を飲みながらミーティング。この後ちょっと高度順化を行って、17時から夕食、18時には就寝。23時半に起床して24時から朝食をとり、0時30分に出発する予定。これでだいたい6時から6時半までにギルマンズ・ポイントに着いて、体調がよければさらにウフル・ピークを目指せるだろうというもの。その後、ここキボ・ハットに戻り、休憩の後一気にホロンボ・ハットまで高度を下げることになります。この間、ガイドとしては早川TLとブライソン、ジョワキム以外にもう一人ついてくれるよう調整中とのこと。「タイムリミットはあるんですか?」との私の質問に対しては、ギルマンズ・ポイントだけなら9時までには着いて欲しいが、ウフル・ピークを目指すなら8時までにギルマンズ・ポイントに着いていなければ無理との回答があり、最後に「ここまで来たら、あとは気合です」との早川TLの言葉で、ミーティングは終了しました。

15時半から高度順化に出かけましたが、今日は軽く20分歩いて100m程高度を上げるにとどめ、そこで10分休んでからハットに戻りました。夕食前に検診を行うと、血中酸素濃度は78、脈拍は100。問題はないでしょうとの御託宣でしたが、私以外ではここでいろいろなパターンが出ました。かつてイランのデマバンド(5,671m)にも登ったことがあるM氏は血中酸素濃度がなんと90%台。早川TLも「これは自分よりも高い」と驚きを隠せません。ところが、ここまで強力な脚力を示していたB氏の場合は意外に数値が悪いらしく、測定しながら「呼吸の回数を増やしてみて下さい」と指示を受けていました。また、昨夜まで寝酒を欠かさなかったK氏は血中酸素濃度が50%台で、「正直言って数値は悪いです。後でもう一度測ってみましょう」と言われていましたが、最後に測りなおしたら高い数値が出たらしく、何とか行けるかもしれないということになりました。

夕食ではたっぷりのお茶を飲み、また早川TLが供出してくれた梅干をいくつか食べましたが、梅干の酸味は身体を活性化してくれて実に嬉しいものでした。食後各人が体調を聞かれたので、頭に圧迫感を感じていた私は鎮痛剤とついでに整腸剤をもらって寝る前に服用し、自分のベッドによじ登りました。数時間後にはアタックが始まりますが、デイパックの中のテルモスには熱いチャイを入れてあり、衣類も冬山用の標準装備(アンダーウェア、ズボンなど)に着替えてあって準備万端。ここまでの行程でできるだけの順化はしてきたつもりなので、明日は何も考えずに斜面を登ろうと思いながら、呼吸数を減らさないように枕を調節して上体が半ば起きたような体勢で目をつぶりました。

08:45 ホロンボ・ハット 3,720m
10:15 ラスト・ウォーター・ポイント  
11:35-11:50 サドル  
13:55 キボ・ハット 4,703m