塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

マンダラ・ハット - ホロンボ・ハット

2001/12/31

私が持参した冬山用のシュラフはここでは暖か過ぎて、上半身を出した状態でちょうどいい寝心地でした。外が明るくなった頃に起床し、朝日に輝くハットの前でぼけっとしていたら、ポーターが顔を洗うためのお湯を運んできてくれました。タオルを浸して顔や首筋をぬぐい、さっぱりした状態で7時半から朝食です。トースト、コーンフレーク、パパイヤに温かい飲み物が出て、これで終わりかと思っていたら、その後にゆで卵、ソーセージ、生野菜(トマト、ピーマン、巨大きゅうり、にんじん)がどかどかと出てきました。

8時15分出発。昨日辿ったクレーターへの道を少し進んで左に分岐するとわずかで、正面にぎざぎざの岩肌を見せるマウェンジ峰が聳えています。さらに進んで1段高いところに出ると目の前にキボ峰とマウェンジ峰が一望できるようになって、ここでしばし写真休憩となりました。ここから先は完全に樹林帯を抜けて明るく開けた地形になっており、ところどころに灌木がかたまって生えているものの見晴らしは最高です。

今回の山旅では極力手元にある装備で済ますことを心掛けた結果、この旅のために新たに買ったのは500c.c.のテルモス、コンビニで買った150円の伸縮性の良い手袋、そして日焼け止めリップスティックの3点だけになりました。これらの三つ道具のうちのリップスティックをまず使用したのですが、間抜けなことに肌に塗るための日焼け止めクリームを忘れてしまっていたことにここで気が付きました。山での日焼けは消耗の原因ですからなんとか防がなければなりませんが、このとき2日間同室だったA氏に教わったのがインパール・ファッションでした。これはタオルを頭の上からかぶり、左右に垂れた部分を斜めに折り返して後ろで止め、上からつばつきのキャップ(野球帽)をかぶることで露出部を減らすという方法で、その姿がインパール作戦でビルマを敗走する日本兵を連想させるのでインパール・ファッションと呼ぶわけですが、この格好は以後下山まで私の一貫したスタイルとなりました。

山上の雲は案外早く発達し、だいたい9時頃にはキボ峰を隠して下の方に広がってきました。我々が進むにつれてあたりは白っぽい空気に包まれるようになりましたが、周囲には珍しい植物がたくさん見られて飽きることがありません。立派な花が重そうなプロテア、背の高いエリカの黄色い花やエーデルワイスを大きくしたような白い毛に覆われた花、紫のマツムシソウの仲間、からからに乾いても生きているエバーラスティングフラワー、赤と黄色のグラデーションが鮮やかなナイフォフィア、そしてサボテンのようにすっくと立ったロベリオ。特にロベリオは、遠目にはわかりませんが、近づいてよく見ると葉と葉の間に舌状の紫色の花をつけていて不思議な雰囲気です。

道はマウェンジ峰の南斜面を東から西へトラバースするように緩やかに続いていて、行き交うポーター達は明るい声で「ジャンボ!」「ハロー!」「ガンバレ!」「ユックリユックリ!」と声を掛けてくれました。やがてお昼頃にマンダラとホロンボの中間点に到達すると、そこには堀立てトイレがあり多くの登山者が休憩していて、我々もここで昼食休憩としました。周囲には首のまわりだけ白く残りは真っ黒な大きいカラスがうろうろしていて餌を狙っているようですが、ポーターは一向に気にせず地面にクロスを敷いて、その上にパンやさまざまな果物、チキンにゆで卵、生野菜を置いてくれました。なかでも野菜(特に素晴らしいのはニンジン)は味が濃厚で甘味があり、何も調味料をつけなくてもばりばり食べられました。果物ももちろん完熟で言うことなしですし、飲み物もいくらでも飲んでよいことになっていて、これは高山病対策でもあります。

ここに到達する前の休憩時にこんなやりとりがありました。ツアーメンバーのうち紅二点の1人Kさんが、朝食べた野菜が実においしかったのでそのことをブライソンに伝えたかったらしく私に聞いてきました。

K「にんじんは英語でなんていうんですか?」
J「キャロットですよ」
K「(ブライソンに向かって)キャロット・イズ・スイート!」

ブライソンはにこにこ笑っています。

K「(再び私に)きゅうりは?」

ここでブライソンがすかさず「キューカンバー」

J「そうそう、キューカンバー」
K「キューカンバー・イズ・デリシャス!」

……ん?よく考えたらブライソン、日本語がわかるのか?

1時間ほど休んで再び歩き出しましたが、そのうちセネシオの木が見られるようになってきました。セネシオは木の幹のてっぺんに肉厚の大きな葉をつけているのですが、その下に枯れた葉が落ちずに毛皮のコートのようについていて、これが厳しい環境から本体を守っているという健気な植物です。なんだか宇宙人がそこに立っているような気もする奇怪な存在ですが、そのセネシオがひときわ目立つ沢を橋で渡ると、ガスの中から今日の終点ホロンボ・ハットが姿を現わしました。

ここも三角屋根の大集落で、規模はマンダラ・ハットよりも大きい感じ。共同トイレも堀立小屋のような外観に似合わず豊富な流水を使った水洗式で案外清潔です。今日の宿は6人部屋と4人部屋で、私は6人部屋の方に泊まることになりました。例によってポーターが運んでくれたリュックサックを受け取り、自分の寝床にシュラフをのべてから、一番下界寄りの大きな屋根の建物のテラスでティータイム。たっぷりお茶を飲んで、16時20分から高度順化に出掛けました。

キボ・ハット方向の道へ進みすぐに分岐を右へ曲がると、比較的傾斜のきつい坂が続いています。夕方になって青空が部分的に広がり始めており、気分の良い登り道をゆっくりゆっくり呼吸に気を使いながら進むと200mほど高度を上げたあたりで前方に白と黒のまだら模様の岩が見えてきました。これがゼブラ・ロックと呼ばれる岩で、本来であればマウェンジ峰が間近に見上げられるそうですが、今日は雲の中でした。

一行の誰かがここで早川TLに「この高度順化って、効果があるんですか?」と質問しました。実はこの質問は私も含めて皆の関心事だったのですが、早川TLの答えは「大きな効果がある訳ではないが、やらないよりはやった方が絶対よい」というものでした。その日の最高到達高度で行動を終えずに、そこからわずかでも下がったところで休息(睡眠)をとるのがポイントなのだそうです。

18時にはハットに戻って、すっかり暗くなった19時半から夕食をとりました。今夜は大晦日ということで早川TLがおまけに配ってくれたのは、小さなカップそば「緑のたぬき」です。ポットのお湯を注いでささやかながら日本風の年越し気分を味わいましたが、同行のKさんはこの日から食欲がなくなってきているようなのが心配です。といっても、この日の夕食の炒め飯はあまりおいしくない上に山のように盛られていて、私にしても見ただけでお腹がいっぱいになってしまいそうなものだったので無理もありません。かたや私自身は、ここまで呼吸面や脳の方には高度障害を感じていなかったのですが、腸にガスがたまって苦しいのには少々参りました。早川TLに聞いてみるとこれも高度障害の一種で、消化不良を起こすために腸内でガスが発生しているのだそうです。

この夜の血中酸素濃度は86%、脈拍は102で、富士山頂に近いこの標高での数値としては悪くありません。

▼この日の行程
08:15 マンダラ・ハット 2700m
14:20 ホロンボ・ハット 3720m