ランデックス南東稜

2014/07/31

一夜明けて自室の窓からブレヴァンを眺めると、朝日が岩に当たっていました。ブラボー!これなら岩は乾くことでしょう。今日登る予定の「フリゾン・ロッシュ」は下界から見ても顕著にわかるブレヴァンの岩場の切れ目に近いところを登るラインで、実質5ピッチの中で最高グレードは6a(5.9-5.10a)を2ピッチ。1906年に初登されたクラシカルなルートです。

長岡ガイドが立てた作戦は、朝一番だと岩場が混むだろうから11時頃に出発してのんびり登ろうというもの。ところがプランプラまで上がってみると……。

だめだこりゃ。

あえなく下界に逆戻り。パラグライダー軍団も大きな荷物を持ったまま下山してきていました。そこで、多少は標高が低く雲の少なそうなランデックスの岩場に回ることにして、長岡ガイドが車をとりに行ってくれました。

フレジェールからランデックス駅へ上がるゴンドラは、ガスの中を登ります。ランデックス駅からはがらがらの斜面を登り、途中でランデックスの中腹のバンドへと左折しました。

簡単な岩場の先に登山道のようによく踏まれたバンドが水平に走り、その一番奥で2人の女性クライマーが登攀準備をしているところに到達しました。ランデックスの中で最も簡単な南東稜(SE Arête)の取付です。我々もここで手早く登攀準備をし「お先に」とテイクオフしました。

まずは大まかなフェースを左上して左側のきれいなオープンブックに入り、ここを直上します。ルート中最もグレードの高い(4c)パートですが、岩は堅く、ホールドは豊富。ワンポイントだけホールドの甘さに耐えながら右壁に大胆に足を上げていく箇所がありますが、ここをこなせば気持ち良く上まで抜けられます。

オープンブックを抜けたところから見上げると、数名のクライマーが行き詰まっている感じでした。実はそこから直上するのは正解ではなく上の写真のようにカンテの右側面を巻き上がるのが正しいルートで、トポにもそのように書かれています。巻き上がったところで小休止しながら振り返ると、誤って岩稜通しに登りその先のナイフエッジを渡ろうかどうしようか逡巡しているクライマーと顔が合いました。長岡ガイドが「You're good climber!」と本気とも冗談ともつかない感想を伝えると、彼はお手上げだ!とばかりに両手を広げました。

長岡ガイドが先に進んでいる間に命からがら(?)ナイフエッジを越えてきた彼は、少し進んだところで振り返って私の目の前にボルトが打たれていることを見てとると、自分の引いてきたロープにクイックドローをかけて「これをボルトに掛けてくれ」と目で訴えてきました。はいはい、わかりました。しかし、セカンドの人はこのナイフエッジを渡れるのかな?

ここから先は気持ち良く両側が切れ落ちたリッジが続き、先行パーティーを抜かしながらどんどん登っていきます。眺めが良ければ爽快な高度感を楽しめたでしょうが、あいにく周囲はガスに覆われて淡々と登るだけ。一方、先ほどのナイフエッジのところではセカンドが渡れずに一向に進めないため、good climber氏はキレた怒鳴り声を上げていました。でも、本はといえばルートミスをしたgood climber氏の責任なのでは?

ちょっとしたギャップを慎重に渡って、リッジの右斜面の外傾したラインを上り詰め、最後に凹角をぐいと登ればそこがランデックスの頂上でした。

本当ならここからはモン・ブランをはじめ周囲の山々の広闊な眺めが得られるはずなのですが、残念ながら展望はゼロ。それでも気分の良い1時間弱のクライミングを楽しむことができました。もっとも、長岡ガイドは国際ガイド修行時代にこのルートを登山靴でのフリーソロで2往復させられたそうで、そのときばかりは教官の顔が鬼に見えたそうです。

頂稜から少し下ったところにある支点から懸垂下降開始。ロープが1本なので2ピッチに分けての下降となります。このとき、ATCはハーネスのビレイループにつけるのではなくPASの最初のループにかける方が操作性が向上して良いということを教わりました。

ガスの中の下降ですが、中継点にも懸垂下降用の支点が整備されてあって安心です。

2ピッチ下りルンゼの対岸を登り返したところで、3日前のグリエールからの下降時に辿ったザレた下降路に入りました。

振り返ると、ランデックスの岩塔が姿を現しました。ここはいずれ他のルートを辿って再度登ってみたいものです。

フレジェールへ向かうチェアリフトが高度を下げると、ガスの下に出てシャモニーの谷をはさんだ反対側の景観が広がりました。左からエギュイ・ヴェルト、そのすぐ右にすっきり立ったドリュ、メール・ドゥ・グラス氷河の奥に聳えるグランド・ジョラス、シャモニ針峰群、そしてモン・ブランです。

下界に戻ると、すっかり夏の日差しにもどって暑くなったシャモニーの町が待っていました。青空の下にもくもくとした夏雲、ジェラート売場の前の行列、そしてジャズバンド。シャモニーではちょうどCOSMOジャズフェスティバルを開催中で、いくつものバンドが路上や店内で生演奏を繰り広げています。

前半のトリオはうまい。伝統的なピアノトリオスタイルで、キーボードは下がピアノ、上がオルガンとして使われていて、その赤いボディーはどちらもClaviaのNordシリーズであることを示しています。ベーシストはFender JazzBassで細かいフレーズを弾き倒していました。一方、後半のバンドはアヴァンギャルドな演奏で、ドラム、サックス兼キーボード、ギターのトリオです。キーボードはギタリストがギターソロを弾いているときのベースパートをカバーするためのもののようですが、ではサックスを吹いているときはどうするのか?と思ってみていたら、ギタリストが持っているギターは8弦でそのうち低音側の2本がベース弦になっていました。

夕方、長岡ガイドとホテルで明日のダン・デュ・ジェアン登攀の打合せを行いました。この登攀には同じホテルに泊まっている日本人写真家のK氏が同行したいと言っているがいいか?という打診を2日前に受けており、そのときの長岡ガイドの説明では、K氏は山岳写真の世界では著名な写真家でもちろん登攀能力も十分にあるという話でしたので、それなら断る理由はないと思い承諾したのですが……。

▲この日の行程。