2016年12月の徒然

再適

2016/12/29

一週間にわたるインフルエンザでのダウンから、ようやく復活。三連休を完全に寝て過ごすことになりすっかりなまってしまった身体に多少なりともリハビリを施そうと、下北沢の「GRAVITY」に足を運びました。

穏やかに身体をストレッチしながら、2時間にわたりまったりとボルダリング。あっという間に手が真っ赤になってしまいましたが、前傾壁の5級を一撃できたのは今の体調にあっては収穫だったかも。

さて、大晦日に東京郊外でトレランを一本走って今年の山歩きの締めくくりとしたいところですが、諸々のコンディションはどうかな?

船渠

2016/12/22

12/19、人間ドックへ。

今の会社に入ってから初めて受診する人間ドックでしたが、終わってみればそのメニューは前の会社で毎年受けていた定期健康診断とほぼ同じものでした。なんだ、前の会社の福利厚生はこうした点ではお金をかけてくれていたのか……と感心しつつ、そのときにも発見されていた左腎嚢胞に加えて、肝臓嚢胞、胆のうポリープ、腎結石の指摘を次々に受けて若干凹みましたが、だからといってただちに何か手を打とうということではなく、すべて次回検診まで様子を見ましょう。それよりも受診の前日からの発熱(受診当日に37.7度)の方が気になります。悪寒に震えながら帰宅して布団にくるまり、翌日も会社を休んで終日レスト。さて木曜日は出社しようと思ったものの同僚たちからは「インフルエンザでないことがはっきりするまでは出社してくれるな」と温かい(?)お達しを受けて、またしても病院に足を運ぶことになりました。

鼻の奥に綿棒の長いものをつっこんで検体をとる検査は地味に痛いものでしたが、しばらくして医師からは「陽性ですね」とあっけらかんと宣告を受けました。マジですか?これで連休のアイス山行の計画はパー、家でおとなしく回復を待つしかなくなってしまいました。それはまだしも、人間ドックでご一緒した他のお客や美人のエスコートさんにうつさなかったか、そちらが心配になります。

注意

2016/12/15

打ち続く激務にサボりがちだったインドアジムトレですが、この日は久しぶりに江戸川橋に足を運びました。

実は夏頃から時折、歩いていると左の腰や足の付け根に痛みを感じることがあり、テールリッジを登るときなどもイテテと腰を押さえて立ち止まること数回、そのため他のメンバーにずいぶん後れを取ることになってしまっていたのですが、数日前に遂に意を決して病院に足を運び診察を受けたところ、告げられた病名は「脊柱管狭窄症」でした。脊柱管を構成する組織の変形により脊柱管が狭くなったために、脊柱管の中を通っている神経や枝分かれする神経と神経に伴走する血管が圧迫されることで、腰痛や下肢のしびれなどさまざまな不具合が起こるものですが、うーん、とうとう来てしまったか……というのが正直な感想です。山仲間の常吉さんがやはりこの病気でずいぶん苦労されていたのを知っていたのであまり驚きはなかったのですが、それでも山屋が歩行に支障を来すようでは商売あがったりです(商売していませんが)

すぐに処方された薬はリリカカプセルといい、過剰に興奮した神経から発信される痛みの信号を抑え、痛みをやわらげるお薬だそうですが、体に薬を慣れさせるために最初は少量から開始し、徐々に服用する量を増やしていくことが必要です。私も「最初は就寝前に1回2カプセルから始めて、様子を見ながら3カプセルに増やしてみて下さい」と指示を受けましたが、2カプセルでも痛みは軽減し、今日のジム練習でも支障なくクライミングをこなすことができました。ただ、この薬はめまいや眠気をもたらす性質があり、夜遅くなってから飲むと翌朝になってもふらつきを感じることがあります。いやー、困ったなあ。もう夜更かしはできないなあ……とは思うものの、これを機に生活習慣を改めるかと前向きにとらえてもみたのですが、注意書きの次の記述も気になります。

アルコールはお薬の作用を強めることがありますので、注意してください。

注意してくださいと言われても、困るなあ……。

活躍

2016/12/14

茅場町勤務だった頃にときどき顔を出していたイタリアンレストラン「Spoon」に、その移転後初めてお邪魔しました。移転と言ってもわずか数ブロックで、新大橋通りから桜通りに入って最初の角を右に曲がって少しのところです(って、この辺の地理に明るくなければわからないか)。メンバーは、職場の大先輩Yさんに同僚M氏、そして中堅女子3名と私の合計6名でした。

相変わらずの美味しい料理に舌鼓を打ちながら賑やかな中堅女子たちとの会話を楽しんだのですが、かたやネットワーク系SEのマネージャー、かたや法務担当の準リーダー、そして一人は転職先IT企業で製品のプロモーションに飛び回る売れっ子マーケターとして、いずれもフルに活躍中。3人の頼もしい姿が、この日一番の御馳走です。

太湖

2016/12/09

12/7、Greg Lake逝去。癌との闘病の末の、69歳での昇天です。

Greg LakeはもちろんKing Crimsonの初代ヴォーカリスト兼ベーシストで、「21st Century Schizoid Man」での攻撃的なランニングベースも印象的でしたが、むしろ「Epitaph」や「In The Court Of The Crimson King」、あるいは「In The Wake Of Poseidon」での朗々と歌い上げるヴォーカルが素晴らしく、聞き惚れてしまう美声の持ち主でした。

その後King Crimsonを脱退してKeith Emerson及びCarl PalmerとEmerson, Lake & Palmerを結成してからの活躍は周知の通りです。初めはFender JazzBass、途中からGibson Ripperを駆使してのベースプレイは単にEmersonの左手を補う以上の存在感があって、彼の強靭なピッキングの妙技を聴かせる「Karn Evil 9 1st Impression Part 1」のベースは一所懸命コピーしたものです。また、彼はアコースティックギターの名手としても数々の名曲を作曲し、弾き語ってみせました。「Lucky Man」「Still...You Turn Me On」などはライブでも定番曲で、美しく弾力のあるアルペジオはやはり彼ならではのものでした。

上述の「Karn Evil 9」や組曲「Tarkus」の一部ではエレクトリックギターを弾くこともあり、そのためベースとギターのダブルネックを特注したこともあったのですが、「重すぎる」という理由であまり使われなかったとか。しかし、私がGregの使用楽器で最も興味をひかれたのは、実は8弦ベースでした。

大学生の頃にELPの『Works』に収録されている「Fanfare For The Common Man」や「Pirates」を聴いて、そのベースの音にかぶさるジャキジャキとした音の正体が分からずにずいぶん首をひねったのですが、「Fanfare For The Common Man」の中でずっとルートをシャッフルで弾いていたベースが一箇所だけ細かく駆け上がるところでジャキジャキ音もユニゾンで動いたことから、これはベース弦に何か仕掛けがあるに違いないと想像がつきました。それがAlembicの8弦ベースの音であると知ったのは、しばらく後に実物の写真を見たときのことです(当時はYouTubeなどもなかったので、ライブの映像を見る機会は非常に限られていたのでした)。8弦ベースといえばJohn Paul Jonesが「Achilles Last Stand」で使用していることがよく知られていますが、Greg Lakeほどに8弦ベースを効果的に使用していたベーシストは当時ほかにいなかったでしょう。

残念ながらGreg Lakeを実際にこの目で見たのは一度きり、それもELPではなく、あのJohn Wettonの代役としてステージに立ったAsiaの一員としてのことでした。当時兵庫県に住んでいた私は、大阪でAsia In Asiaを観たのですが、Steinburgerをメインで使用していたGregが最後に8弦を弾いてくれたときは、歓喜したものです。

……時は流れ、ご多聞に漏れず彼も歳を重ねると共に体型が膨張してかつての紅顔の美青年の面影を失い、声もダミ声に近くなっていきましたが、それでも近年までステージに立ち続けていたようです。最後の来日は2013年、ソロとしてのものでしたが、今から思えば何をおいても参戦しておくべきでした。本当にソロ(バックバンドなし)だったようですが。

Greg Lakeよ、安らかに。

伐採

2016/12/08

数日前、渋谷マークシティに入ろうといつもの道玄桜の横を通ったとき……。

何か心に引っかかるものがあって振り返り見ると、なんと道玄桜の幹にくくりつけられていたのは伐採の予告です。

見れば注連縄もしてあって、すでに供養がなされている模様。

樹木診断を行った結果、倒木の危険性が極めて高いことが判明いたしました。

とのことでした。確かにこの老木はずいぶん傷んできており、徐々に刈り込まれてきてはいたのですが、それでも毎年見事な花を咲かせてくれていたので、たいへん残念です。

上は10年前=2006年の道玄桜。とても元気。

こちらは昨年=2015年の道玄桜。なにやら健気。

そして、伐採によりこういうことになっていました。今までありがとう。そして合掌……。来年2月には新たな桜が植栽されるということですが、再び春に桜花のトンネルが見られることを心から期待したいと思います。

神妙

2016/12/07

この日、早朝発で一路水上へ向かいました。その目的は、10月の一ノ倉沢に入ったときに群馬県谷川岳遭難防止条例に即して危険区域入山時の登山届を提出することを忘れていたので、条例違反についての群馬県警による取調べを受けるためです。

登山指導センターの中にも、その前にも、マチガ沢の近くにも、危険区域の表示と登山届の提出を促す説明書きがありますが、それらすべてをスルーして一ノ倉沢に入ってしまっていました。もっとも、当日これらの前を歩いたときはまだ夜明け前の暗い時間帯でしたから目には止まりにくかったのですが、これまでこの地域に入るときには必ず登山届を出してきていたのですから、今回提出しなかったことは(うっかりとは言え)まったく申し開きのしようがありません。

山岳警備隊が常駐する水上交番の方の車に載せてもらってやってきた一ノ倉沢出合。寒々しい光景ですが、懐かしくも、また愛しくもあります。ここから「あそこを登って事故を起こしました」と曖昧に指差している写真を撮って、水上へ戻ります。

午後は沼田警察署で取調べ。急速に青空が広がり、背後から純白の谷川岳が「がんばれ」と声援してくれているようでしたが……詳しい様子は省略。かっきー・セキネくん・私の3人がそれぞれ別の部屋に入れられ、それぞれ二人ずつの取調官がついて調書作成を行っていったのですが、警察の方の取調べは極めて穏やかで丁寧なものでした。ただ、13時に始まり19時までみっちり6時間の取調べには、正直ぐったりです。もちろん、警察の方は途中で休憩や飲み物をとることを勧めて下さっていたのですが、集中を途切らせたくなかった私の方から丁重にお断りして取調べを続けていただいたのです。調書作成が終わってから、顔写真を様々な角度から撮り指掌紋とDNAを採取して終了となりましたが、最後に取調べの中心になっていた方は、事故を起こさないようにしてこれからも谷川岳に来てほしい、という趣旨のことを言って下さいました。

長丁場だった取調べを終えて、帰路の途中で食事タイム。被疑者Kと被疑者Sはもつ煮系の料理でしたが、私は取調室の定番(?)カツ丼を注文しました。これがソースカツ丼ではなく卵とじカツ丼なら、完璧だったのですが。