塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

太刀岡山左岩稜

日程:2017/07/16

概要:太刀岡山の人気のマルチピッチ「左岩稜」を登る。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲太刀岡山全景(山頂は見えていない)。左岩稜はとがったハサミ岩の左のスカイライン。(2017/07/16撮影)
▲ナイフエッジの向こうにハサミ岩。上の画像をクリックすると、太刀岡山左岩稜の登攀の概要が見られます。(2017/07/16撮影)

海の日の三連休は日月の2日を使ってセキネくんと穂高岳へ向かう予定でしたが、梅雨前線を完全に押し上げるには太平洋高気圧の気合がまだ足りないらしく、前週の半ば頃から天気予報が悪い方へ向かいました。仕方ない、計画変更だ……と選んだルートは、日帰りで都合が合ったら行こうと前から話していた太刀岡山左岩稜です。

太刀岡山は古くからアルパインのゲレンデとして登られていた歴史があり、この左岩稜もその時代の名残りとしてあちこちにリングボルトを残しているものの、近年はあまり話題になることもなかったのですが、2008年にガイドの篠原達郎・松原尚之両氏が下部3ピッチを拓いて左岩稜につなげたことで、再び多くのクライマーを迎えるようになったものだと聞いています。

2017/07/16

△08:45 駐車場 → △08:55-9:55 取付 → △12:35-13:00 ハサミの広場 → △13:05-30 終了点 → △13:30-55 ハサミの広場 → △14:15 駐車場

例によって大月駅で合流し、セキネ号で中央自動車道を一路甲州へ。車中での第一の話題はお天気のことです。

セ「今朝、北アルプスの天気予報見ました?(ニヤリ)」
私「我が意を得たり、だよね(ニヤリ)」

自分が悪い天気予報のために山行を諦めたときは、その山域は土砂降りになってほしいと願うのが山ヤのサガ。この朝の予報では横尾山荘あたりは正午頃から期待通り、もとい、予想通りの雨降り予報でした。さらに、車が甲府盆地に下っていくと目の前に南アルプスの展望が開けるはずですが、こちらも雲に覆われていて不安定な空模様です。甲斐駒ヶ岳があるあたりを見やりながら「できればもう少し雲の色が黒くてもいいんだが……」と他人の不幸を願う不心得者2人を乗せたセキネ号は、やがて太刀岡山の正面にある駐車場に到着しました。

数日前に右岩稜を登ったばかりで地理に明るいセキネくんの先導に従い、駐車場から車道をわずかに進んで小川を木橋で渡って、森の中を緩やかに登っていくと下部岩壁のメインエリアに着き、その左奥が目指す左岩稜の取付でした。ルートの特徴であるクラックがよく見えているし、トポに書かれているフィックスロープもあるし、その先はバンドが落ち込んでいるしで間違えようがありません。どうやら大人数の先行パーティーがいるよう(後で、3人パーティーと4人パーティーが先にいたことが判明)なのでのんびり準備をしたのですが、我々の直前のパーティー(ガイドらしき男性とゲストが女性2人・男性1人)のしんがりの男性がクラックで動けなくなってしまい、ここで1時間近く待機することになりました。その間、することがないセキネくんは出だしに残置されている小サイズのカムを回収できないものかとトライしましたが、どうしても抜けません。そうこうするうちにセミになっていた彼を、2ピッチ目の上まで登っていたガイドがロープで強引に引きずり上げて、ようやくルートがクリア。

1ピッチ目(20m / 5.9)。満を持してセキネくんが登って行きましたが、「ここ、難しいです」と言いながらもまるで難しそうに見えないスムーズな登り方でさっさと上へ抜けて行きました。続いて私がフォローしましたが、出だしからなんだかバランスが悪くああでもないこうでもないとやっているうちに不意にスリップ……。どうにか1段目を抜けて中間のテラスで一息ついてから、ルート全体の核心部となるハンド〜フィストクラックに取り付きました。クラックの下部はオフセットしていてちょっと面食らいますが、中間から上はエッジがよく利いていて、ジャミングでもレイバックでもお好きにどうぞという感じ。出だしでぶら下がっているからもういいや、という気になり途中で疲れたら休憩したりしながら、最後は土のテラスの上に抜けました。

2ピッチ目(15m / 5.7):私のリード(以下、交代で)。凹角の奥のクラックを使って登る短いピッチですが、見えているクラックの左にずっと広いクラックがあり、その右壁の奥を探ると顕著なフレークになっていて、それで身体を引き上げることが可能です。最初はそのことに気付かず四苦八苦しましたが、フレークを使うために身体を右に振り込むのだとすれば……と足元を見るとスタンスも見つかって、どうにか身体を引き上げることができました。しかし、1ピッチ目のクラックで腕力を消耗していたために、こまめにカムを利かせては休憩することの繰り返し。セキネくん、待たせてスミマセン。このピッチの途中にも残置カムがあり、そこからお助けスリングが垂れていましたが、さすがにそれを引っ張ることはせずにTO。またしても土のテラスに抜けました。

土のテラスでは先行パーティーのラストが待機していたので、私もそこで立ち木にスリングでピッチを切ったのですが、トポによればさらに3m登ってクラックにカムで支点を作るのが正しかったようです。

3ピッチ目(20m / 5.8)。3mのハンドクラックを登ってからスクイーズチムニー。『CLIMBING-net』の「最新クライミング用語集」によればスクイーズチムニーというのは正常な神経の人間にとっては不快このうえないのだが、ごくまれに愛好者がいるのだそうで、セキネくんがこのまれな存在であるかどうかはともかく、本来は途中でチムニー右側のスラブへ移るべきところを、セキネくんはチムニーの奥へ抜けてから奥壁を登ったために、残置カム回収の必要性から私もこのチムニーの中を通り抜けなければならなくなりました。ところが、体格のいいセキネくんが抜けられたこのチムニーを、私はどうしても抜けることができません。自分は安産型の骨盤をしているから……という言い訳を心の中でつぶやきつついったん引き返し、スラブの上から奥壁に達してから、ロワーダウンしてセキネくんのカムを回収し、奥壁のクラックを登り返しました。ここにも先人が回収できなかったカムがありましたから、これで合計三つの残置カムを目にしたことになります。

なお、奥壁をロワーダウンするときに気付きましたが、このピッチはスクイーズチムニーを形作る岩を左から巻くことも可能で、先行パーティーはそちらを登っていたようです。

4ピッチ目(20m / 5.5)。出だしの数mだけクライミングの要素がありリングボルト1本にランナーをとりましたが、後はほぼ歩き。突き当たりの岩壁にリングボルト3本。

5ピッチ目(40m / 5.8)。先行パーティーはリングボルトのある壁の右から巻き上がっていましたが、我々はトポの記述を確認して、左のクラックを登り、階段状からギャップを一つ越えてトラバースし、再びギャップを越えて岩稜を辿りました。クラックは傾斜もサイズも易しいものでしたが、最初のギャップを越えて岩峰の右斜面に乗り移りトラバースするあたりが高さもあってやや怖く、トポのグレード「5.8」はその辺りを指すのだろうと思います。なお、トポではリッジ上でカムを使って支点を作るように指定しており、このためピッチの長さも「20m」となっていますが、セキネくんはリッジを渡り切ったところにある岩峰の木の幹にスリングを巻いて支点を作っており、その方が確実であるように思います。

6ピッチ目(30m / 5.7)。これまた易しい岩稜歩き。突き当たりに先行パーティーのガイドさんが支点を作っていたので、その左から1段上に登りましたが、この段差を越えるところがクライミング的には面白いワンポイントになりました。支点は、その段差の上の平坦なところに打たれたリングボルト2本。

7ピッチ目(45m / 5.6)。顕著なリッジを辿るピッチ。技術的には容易ですが、ここをリードするためにもう一度このルートを登ってもいいと思えるような楽しいところです。出だしから顕著なリッジの高みを目指していくピッチで、その頂点に出る数手は少なくとも「5.6」ではないでしょう。そして、頂点に出るとその先には美しいナイフエッジがあって、前方にハサミ岩も見えてきます。

エッジをつかみ足を側壁スメアでのこのナイフエッジのトラバースは、剱岳の剣稜会ルートやシャモニーのシャペル・ド・ラ・グリエールを彷彿とさせる……と言ったらまず間違いなく言い過ぎですが、このルートの核心部が1ピッチ目のクラックなら、左岩稜のハイライトはこのナイフエッジでしょう。

8ピッチ目(20m / 5.5)。ほとんど目と鼻の先にあるハサミの広場に向かって歩くだけのピッチ。これで、左岩稜は実質的に終了です。

周囲に見事な展望が広がるハサミの広場の一角には石の祠があって、中に「御嶽山金櫻神社祈祷神璽」と書かれた御札が収められていました。神主さんもこのルートを登って来るのか?と一瞬驚きましたが、セキネくんの説明によってこのハサミ岩のすぐ裏まで登山道が来ていることを知り、ほっと安心。ハサミの広場には先行のさらに先行のベテラン3人パーティーがいて、年配の女性(たぶん私より年上)が最後のフェースをリードしているところでした。ここでリュックサックを置いて、しばし休憩です。

3人が懸垂下降で降りてきたところで、最終ピッチは私のリード。通常のフェースクライミングですが、「5.8」というグレードにしては微妙な一歩があって途中でしばし逡巡してしまいました。それでもなんとかハサミ岩の最高地点に立つことができて一安心。下半分はキャメロット#3、マイクロカム、フレンズ#4、その後はリングボルトが使えました。

これで本当にクライミング終了。ハンガーボルトに残置カラビナまで用意されている終了点から周囲を見回してから、すぐに広場へ下降しました。クライミングシューズをトレランシューズに履き替えギア類にリュックサックにしまったら、行動食を口にしてしばしまったり。

それにしても、ハサミ岩から駐車場方向に身を乗り出してみると、この絶壁の迫力には驚きます。ところが、奈落の底まで続いているようなこの絶壁をストレートに懸垂下降することができるのか、上の写真のさらに右側を見るとぴかぴかのハンガーボルトに真新しいスリングが掛けてありました。その近くには古いリングボルトや金具が設置されていましたから、ここから降りるラインは古くから活用されていたのでしょう。そういう目で観察してみると、ハサミ岩はもとより、セキネくんにポーズをとってもらった下界から見て一番目立つ岩峰の裏側=前傾壁にもリングボルトが打たれていて、これらは間違いなく人工登攀のルートです。

下山開始。左岩稜ルートを少し戻る方向に歩いて右側に岩を乗り越しハサミ岩の裏側に回り込めば、すぐそこが登山道です。そしてハサミ岩の裏側にハンガーボルトが打たれているのを目にしました。ここは登られているのかな?と後でトポを見ると「テレフリック(5.11d)」と「ツイスト・アンギュレーション(5.11c)」のようです。まあハサミ岩が御神体というわけではないのならいいのかもしれませんが、先ほどのリングボルトといいこのハンガーボルトといい、どこまでも岩を傷つけようとする人間の業のようなものがちょっと気になりました。

明瞭な登山道を下るとすぐに小山ロックで、その左端に近いところに看板ルート「カリスマ(5.13a)」。セキネくん、ビレイしようか?という言葉は飲み込みました。

ん?この岩は見覚えがあるぞ……と思ったのも道理で、2002年のクライミング講習で右端の「バーボンを片手に」(5.10b)をトップロープで登ろうとしてボロボロになったところでした。あのとき、心が岩に負けるということを自ら体感したので、今日の1ピッチ目で先行パーティーのラストの男性がセミになっているのを見てもあまり責める気にはならなかったのでした。

小山ロックから15分ほどの下りで登山口に到着。駐車場はすぐそこです。ただし、我々はもう一度左岩稜の取付に戻らなければなりません。というのも3ピッチ目の途中で私がカムを落としてしまい、それが取付方向へ落ちていったのをセキネくんが見ていてくれたからなのですが……。

取付に着いてみると途中まで我々の前にいた4人パーティーがいて、カムも拾ってくれていました。取付にリュックサックをデポしていたので彼らも取付に戻ってくるのだろうとは思っていたのですが、最後のフェース登りをパスした4人パーティーは小山ロックから我々が知らなかった道を通って直接このメインエリアに戻っていたのでした。ともあれ、カムが手元に戻ってやれうれしや。聞けば、あと少し転がっていたら谷底というところで木の根に引っ掛かっていたそうです。見つけて下さった方に感謝!ですが、冒頭に書いたように他人の不幸を願う不心得者の私にも御利益を授けて下さったハサミの広場の祠の神様には、さらに深く感謝しなければなりません。

この日の新兵器は、こちらのモンベル「WIC.サイクルソックス」です。

ジムでもクライミングソックスは使っていますが、どれもくるぶし丈であるのがアルパイン向きではありません。足首の上までカバーするクライミングソックスはないものか、とセキネくんと話していたところ、このサイクリング用のソックスが代用になるらしいという情報をセキネくんが仕入れてくれて試してみたのですが、これはなかなかのスグレモノ。もう少し薄ければさらにいいように感じましたが、耐久性も考慮に入れるなら、これで十分期待に応えてくれています。これからのアルパインクライミングやマルチピッチクライミングには手(足)放せないアイテムになりそうです。