一ノ倉沢本谷〜4ルンゼ

山頂 一ノ倉岳1,974m / 谷川岳1,977m
分類 上信越 / アルパイン
日程 2016/10/15
同行 かっきー・セキネくん
概要 谷川岳一ノ倉沢を出合から沢通しに遡行。「幻の大滝」を越え、4ルンゼから一ノ倉岳に登頂して、谷川岳から天神尾根を経て下山。
一ノ倉沢本谷の遡行。寡雪の年にだけ現れる「幻の大滝」の迫力には感動。(2016/10/15撮影)

廣川健太郎氏の『チャレンジ!アルパインクライミング』でトポを見て以来の憧れだった一ノ倉沢本谷の遡行。二ノ沢出合の先にある20メートルの大滝は、例年は残雪の中に埋もれたまま次の雪を迎えるため、よほどの寡雪の冬の翌秋でなければ姿を現さないことから「幻の大滝」と呼ばれています。昨冬はその「よほどの寡雪」であったので「今年こそ一ノ倉沢は狙い目」と計画していたのですが、同じことは多くのクライマーが考えていたようで、珍しく晴天に恵まれたこの週末は少なからぬパーティーが一ノ倉沢に入りました。私も、前々から一ノ倉沢を一緒に登ろうと話をしていたかっきーと、たまたま会社の休みがこの計画実行日に重なったセキネくんとの3人で、長年の計画を実行に移すことにしました。

金曜日の午後を休みにした私は一足先に電車で土合駅に向かい、駅の構内でステーションビバーク(待合室は使用停止中)。かっきーとセキネくんもそれぞれ車を駆って三々五々土合駅前に達し、約束の翌朝3時半に起床して顔を合わせました。

2016/10/15

■04:20 駐車場 ■05:15-35 一ノ倉沢出合

土合駅構内で朝食をとってから車で上がりましたが、ベースプラザはやはり夜間閉鎖中であったのでその少し下の広場になっている駐車場に車を置いて、ここからスタートしました。

マチガ沢出合を過ぎる頃はまだ暗闇の中でしたが、一ノ倉沢出合に着く頃には薄明の状態で、何人かのクライマーや写真を撮りに来たハイカーがたむろしていました。ここで装備を身に付けて、いよいよ遡行開始です。

一ノ倉沢の奥の見慣れた岩壁を見上げつつゴーロを進み、右岸の巻き道を見送ってそのまま沢通しに前進。

最初は左岸をフィックスロープの手助けも借りて進み、途中から右岸のバンド状を渡ってゆくと、さして時間もかからずに一ノ沢出合のゴーロに達します。その先のスラブから先、通常は右岸のリッジを登るところも引き続き沢通し。

水量の少ないヒョングリの滝をフィックスロープもつかんで突破し、さらに顕著なボルダーを凹角から越えると、衝立前沢出合の先に大きな滝が立ちはだかります。ここは初めて一ノ倉沢に入った2002年にも登っていますが、そのときに比べるとフィックスロープが貧弱になっている印象を受けました。しかし、遠景の国境稜線直下の岩場・草付帯がモルゲンロートに染まる様子はたとえようもなく美しく、早くあそこまで達しようというモチベーションを高めてくれました。

まずは大滝を越えなければ話になりませんが、ルートどりは右奥の釜から右壁へ。かっきーと私はモンベル製のラバーソール、セキネくんはキャラバンのフェルトソールの沢靴を履いているので、ためらうことなく水の中に入っていきました。

III級程度とされる大滝の右壁を少々危なっかしいフィックスロープの力を借りて登りきった先のトラバースは、一歩間違えて滑った場合は少々深刻な事態になりかねません。フリクションを信じてフリーで渡るかロープを出すかは、安全とスピードとのバランスに関する感性の問題と言えるでしょう。

このトラバースを渡りきったところは、右岸リッジから懸垂下降してきてテールリッジへ向かうパーティーと交差する場所で、そこから先はいよいよ未知の領域となります。

■06:45 テールリッジ下 ■08:10-09:20 「幻の大滝」

テールリッジを目指すパーティーを右に見送りつつ前方を見たものの、沢通しに進むのはどうも難しそう。よって右岸のスラブに刻まれた段々を使った巻きにかかりました。ここでかっきーとセキネくんはクライミングシューズに履き替えましたが、リードの私はモンベルRSのままロープを引っ張ることにします。

巻きは易しいかと思いましたが、ところどころ岩が脆く確保条件も良くはないため、それなりに緊張します。50メートルロープを一杯に伸ばしたところで残置ピンにピトンを打ち足して作った支点で後続の二人を迎え、次のトラバースはかっきーのリード。下降気味のバンドは自然に沢床に下っており、かっきーは釜を過ぎた先の右への屈曲点で我々を待ってくれていました。

屈曲点の先にはV字の底に水が流れていましたが、右岸側のスラブを一段上がったところにバンドがあってたやすくここをクリアできました。

その先は、右上のテールリッジの向こうに衝立岩や烏帽子岩を見上げながらのスラブ帯。フリクションもよく効く上に適度な凹凸もあって、危険を感じることはありません。

二ノ沢に達する手前に段差があって、これを右寄りの階段状から越えましたが、後から考えるとこの尾根状の段差は南稜テラスから南稜バルコニーを途中に置いて落ちてきている尾根筋だったのでしょう。この段差を越えたところでルートは右に大きく曲がり、その先の深い谷の奥に「幻の大滝」が見えてきましたが、どうやら何人もの先行者がいて渋滞している様子なので、黒い染み出しに過ぎない様相の二ノ沢の前でおにぎり休憩としました。

人心地がついたところで、谷の奥へ進みます。右の高い壁を見上げて「フリーのルートが開拓できそうだ」と舌なめずりするセキネくんに「数年に一度しか登れないけどね」とツッコミを入れつつ先に進み、ちょっとした段差を二つ越えるといよいよ「幻の大滝」の取付となりました。我々が着いたときはちょうど直前の4人パーティーのリードが左壁を登っているところでしたが、そのパーティーのリーダーは以前岩根山荘でのアイスクライミング講習でご一緒したことがあるヤマザキ氏。さらに、実はこの日「峰不二子」ことミネコ女史(2012年に八ヶ岳東面の出合小屋でご一緒して以来の仲)も「幻の大滝」を登っていたことが後日わかり、またしても山の世界の狭さを実感することになりました。

さてこの大滝、ノーマルラインは左壁の断続するクラックをつないで登るものですが、共に私とかっきーの共通の友人であるひろた現場監督ペアは2010年に現場監督氏のリードで黒光りする正面を見事に突破しています。しかし、この日の大滝はジャージャーと水を落としている上に、どうやら滝壺にあたる部分が深く抉れて高さが増している様子。これは直登はないな、とすぐに左壁ルートを登ることに決めました。

先行パーティーが抜けるのを待つこと30分余り、先輩に花を持たせようとするセキネくんと後進に道を譲ろうとするかっきー・私との麗しい譲り合いの末に、セキネくんがリードすることになっていよいよ離陸。私もここからはクライミングシューズに履き替えました。

セキネくんの登りはあり余るリーチとフリークライミング能力を活かした大胆なもので、何のためらいもなくすいすいと登っていくその姿にロートル二人は「あんなのできねーよ」と文句を言いながら見上げていましたが、自分の番になって取り付いてみれば、多少ホールドが甘かったりハイステップになったりするところはあるものの、こまめに足の位置を上げてゆくことで安心感のあるホールド・スタンスが得られて、すこぶる快適なIV級という感じです。プロテクションはカムが使えますが、ところどころに残置ピンもあって助かります。

「幻の大滝」を越えれば、本谷バンドまでは広大なスラブ帯。ロープの必要性は感じませんが、コンテのままどんどん登りました。

滝沢の向こうにドームやマッターホルン状岩峰を見上げながらスラブをぺたぺたと登り、ふと振り返ると凄まじい抉れ方の本谷。谷川岳に来るたびに思うことですが、上越の豪雪が作り出す造形の妙には、人間の力がいかにちっぽけなものであるかということを痛感させられます。

左を見上げれば滝沢下部の岩壁。ダイレクトルートは黒く濡れている部分の左を登るはずですが、遠目にはルートを見つけることができませんでした。一方、右は南稜から烏帽子沢奥壁が見えていて、日当たりもよく快適そう。

でこぼこの起伏を適当につないでの長い登りの末に、やっと本谷下部を終了しました。

■10:10-25 本谷バンド ■12:00-13:30 F4大滝

砕石で谷が埋まったところが本谷バンドで、この砕石は1999年に4ルンゼ奥壁が崩壊してできたもののようですが、今はどうやら安定した状態です。左を見上げると、明日登る予定の2ルンゼが暗い影の中でいかにも不快な様相を示していますが、今日登るのは正面の4ルンゼ。これを一ノ倉岳まで登れば、一ノ倉沢の完全遡行となるからです。

まずはF滝の登りで、フリーでも問題はなさそうではありますが、一応ここからしばらくはリードを順繰りに交代しながらのスタカットで登ることにしました。

F滝の先の狭い谷筋は、途中でいつの間にか3ルンゼを左に分けつつ小滝を連ねて奥へ続きます。

ぬるぬるに濡れて嫌らしい小滝(巡り合わせで私のリード……)や、逆に乾いた階段状の小滝などが続き、本当はこれらにFナンバーがついているのですが、どれがどれやらわからないまま現在地を見失った状態で先に進みます。

簡単そうに見えて取り付いてみると意外に立っていてホールドも細かい小滝(巡り合わせでまたも私のリード……)を越えると3パーティーくらいがたむろしていて、ここがF4の大滝です。

トポには30メートルとありますが、それはおそらくロープスケールで、滝の高さとしてはそれほどないでしょう。しかし、一見行けそうに見える正面はそこに突っ込んで苦労したひろた・現場監督ペアの記録が「やめとけ」と教えてくれていたので、これまたセオリー通り右壁から取り付き、バンドを辿って落ち口の右上に抜けるラインを選択しました。先行パーティーを待つことまるまる1時間、そしてここでも若者1名と年長者2名との麗しい譲り合いが再現され、やはりセキネくんがリードすることに。

出だしの脆い凹角はリードだと緊張するところですが、その後のバンドはしっかりした登路を提供してくれており、最後の抜け口近くの細かい垂壁は、いったん出口とは逆の本流方向(左)へ向かって細かく硬い突起をフットホールドとして登れば安全。大滝を登りきった先は、沢身の左側のリッジ状をぐいぐいと登れます。

あまりに快適に登れるために調子に乗った私が微妙な草付トラバースで軌道修正しなければならなくなる場面もありましたが、傾斜は徐々に落ちてきて、どうやら先行きの見通しが立つようになりました。

CS滝の先にはまたしてもぬるぬるの不快な小滝が待ち構えており、「ここは左に逃げるんじゃないの?」というセキネくんと私の声に耳を貸さないかっきーは、あろうことかカムでA0にしてこの黒滝を突破しました。

さしもの4ルンゼもついに水流を失い、奥壁を見上げられるところで遡行終了となりました。ここで足をクライミングシューズから解放し、ロープも畳んで右上の一ノ倉尾根を目指すことにします。

振り返れば、斜光の下に沈む4ルンゼ。どうやら我々が最後のパーティーになったようです。一方、登路はスラブの続きが上に伸びていて、道に迷う気遣いはありません。

斜度もさしたることはなく、脚力任せでひたすら登り続ける内に笹の中に突入して腕力を使いましたが、多少の踏み跡はあって先日のオジカ沢の詰めの苦労に比べれば楽勝です。

やがて一ノ倉尾根の中の踏み跡に合流して、ほっと一息。下からクライマーが数名上がってきていましたが、おそらく彼らは南稜や烏帽子沢奥壁のルートからそのまま上がってきたものでしょう。尾根の左向こうには谷川岳本峰が聳えていますが、そのピークとこちらの尾根の間にあるはずの4ルンゼははるか下方にあって、もはや見下ろすことはできませんでした。

待望の登山道に到着!先に登っていたかっきーは一ノ倉尾根の途中で我々を待っていて行き違いとなり、一番最後に国境稜線に登り着くことになりましたが、3人揃ったところで握手を交わし、そこからほんのわずかの距離にある一ノ倉岳のピークも踏みました。

■16:00 一ノ倉岳 ■17:00 谷川岳(オキの耳) ■17:15-20 肩の小屋 ■18:20 天神平 ■19:25 駐車場

下山開始。いつの間にか日は斜めに傾き、一ノ倉沢は影の中に沈んでいます。

下山ルートを西黒尾根にするか天神尾根にするかは少々迷いましたが、この時刻での下山開始だと西黒尾根の途中の岩場の下降が暗い中になりそうなので、安全が確保されている天神尾根を採用することにしました。

一ノ倉岳を振り返ると、4ルンゼの詰めは「あんな急斜面だったのか?」と思える斜度に見えています。そして、ノゾキから見下ろす一ノ倉沢もはるか下まで切れ落ちた先に白いスラブを光らせており、よくこの高度差を登ってきたものだと思わされました。

谷川岳本峰までの稜線歩きの途中からは西に沈むお日様を見送ることができ、トマの耳に着いたときには東に昇る満月を眺められました。柿本人麻呂の歌の逆パターンですな。それはともかく、足の早い二人が待ってくれていた肩の小屋で一休みしてから、あとはよく整備された天神尾根を下るだけ。最後はヘッドランプの力を借りて天神平からブルドーザー道を下って駐車場に戻りましたが、ぎりぎり風呂に入ることができる時刻に下り着けたのはラッキーでした。

長い間の憧れだった「幻の大滝」をかっきー・セキネくんという最高の仲間と共に登ることができたこの山行が、自分の登山史の中でもとりわけ幸せな1ページとなったことは間違いありません。今年の夏から秋にかけては週末ごとに悪天候に見舞われてフラストレーションがたまることが多かったのですが、そうした不満をこの一日で一気に解消した感じです。

「湯テルメ谷川」でさっぱりした後、コンビニで酒と食料を調達し、再び土合駅舎に戻りました。我々の他にも宿泊者がいたのでひっそりと、しかし満ち足りた気分での乾杯。翌日は2ルンゼからのザッテル越えで、今日と同じく3時半に起床しようと申し合わせて早めのお開きとしたのですが、しかし、これまでに数多くの登山者を迎えているであろうこのクラシックなルートで手痛い目に遭うことになろうとは、もちろんこのときは思ってもいませんでした。

→「一ノ倉沢2ルンゼ〔敗退〕」へ続く。