片品川根羽沢大薙沢

山頂  
分類 上信越 / 沢登り
日程 2016/09/04
同行 yokkoさん・オトミさん・リンタロウさん・アイさん
概要 物見橋にテントを置いたまま、軽装で大薙沢へ。途中の二俣から左俣を遡行し、稜線に達した後、四郎峠から右俣を下降して物見橋に戻り、下山。

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入渓してすぐに出るF1。上の画像をクリックすると、大薙沢の遡行の概要が見られます。(2016/09/04撮影)

3段20m滝。黄色がリンタロウさん、ピンクが私のライン。(2016/09/04撮影)

フリクションがきく黄色いナメの下降。この沢の一番楽しいところ。(2016/09/04撮影)

→「片品川根羽沢湯沢」からの続き。

夜中は暑いくらいの気温で、シュラフから身体を出して眠りました。事前の天気予報ではこの夜あたりから雨模様になるはずだったのですが、そんな気配は微塵もないままに、やがて爽やかな朝を迎えました。

2016/09/04

■06:50 物見橋 ■08:25 二俣 ■11:50-12:00 稜線

朝5時、起床時刻を告げるyokkoさんの声で起き上がり、まずは焚き火の支度から。昨夜の薪はきれいに灰になっていましたが、燠を掘り出し細い枝を重ねて吹いてやるとすぐに火がつきました。私と同じテントに寝ていたリンタロウさんはこのところ社畜街道まっしぐらで、この山行に参加できるかどうかも直前まで不確定だったほどですが、今日ばかりはそうした暮らしから解放され、焚き火の前に座り込んでほっこり。

朝食をすませ、ほぼ燃え尽きた薪の上に大きめの石を置いて灰が飛び散らないようにしてから、いよいよ入渓。見上げれば青空も広がっていて、どうやら今日一日も楽しく遡行できそうです。

入渓してすぐの6m滝はリンタロウさんが先に登って上からロープを垂らし、残りのメンバーは確保された状態で登りました。その先、小さな釜を左右からへつって小滝を一つ越えると、そこには金鉱採掘に使われたトロッコ軌道の高架が残っています。思ったよりもよい状態で残っているその姿に、産業遺産大好きのアイさんは大喜び。その正体については後で触れることにして、ここは先を急ぎます。

二俣までの間は遡行図で見るよりも長く、しばらくはところどころのナメに癒されながら我慢の遡行が続きます。やがて、二俣を過ぎたあたりから徐々に効率よく高度が上がるようになってきました。

ところどころの小滝はあえて厳しそうなラインを選び、さらに左から入ってくる枝沢が立派な滝を連ねているのを見てyokkoさんが数歩上がってみたりと、やはり皆、根がクライマーだけに岩遊びには貪欲です。

やがて二段滝を過ぎると立派なスダレ状の滝が出てきましたが、これは下部がハングしていて登るのは不可能。右側の草付斜面から巻くと、その先にさらに立派な滝が出てきました。この沢のハイライトとなる三段20m滝です。ここはもちろん2010年にも登っているのですが、そのときリードの常吉さんがとった中間で右上へ渡るラインは、この日の水量では間違いなく弾き飛ばされそう。よって水流の左寄りを上まで登ることになりますが、途中の立った壁を右から迂回するラインも微妙です。もちろん最初から右を巻き上がることは簡単なのですが、このメンバーでそんなことを考える者がいるはずもなく、まずはリンタロウさんがオトミさんとロープを結び、次に私はアイさんとロープを結んでyokkoさんはその間でタイブロックを使って登ることにしました。

出だしが左端のガレた凹角というところはリンタロウさんも私も共通ですが、そこからリンタロウさんは目の前の立った壁に果敢に挑み、微妙な凹凸と脆い左壁を使いボルダーチックに突破してそのまま上へ抜けていきました。後続のオトミさんは壁の直登を避け、いったん水流の方向に回り込んでから左上してリンタロウさんのもとへ上がって行きましたが、同じラインを登る予定の私はオトミさんが使ったフットホールドを記憶に焼き付けて、オトミさんが登りきったところで後続しました。ガレた凹角を登りきったところで、いったんはリンタロウさんが登った直登ラインを探ってみたところ、確かに壁の上に片手を止められるホールドが得られはするものの、彼が左足を乗せた左壁の突起に触ってみるとボロボロと崩れ、このラインは断念。よって最初の見立て通りにオトミさんが登ったS字状のラインに向かいましたが、こちらも少々ヌメっていて嫌な感じ。こういうときのためにとザックの前にぶら下げてあるタワシを取り出してゴシゴシこすっては足を出すことを繰り返し、どうにか無事にリンタロウさんたちのところまで上がって、yokkoさんとアイさんを迎えました。

その上の二段滝は水流脇を簡単に上がり、続く倒木のかかった10m滝は右の泥のルンゼから巻き上がって微妙なトラバースを経て沢筋に戻れば、もうこれといった滝はありません。

柔らかく手触りのよい苔や草原の中の遡行を続け、やがて1,650mの二俣を過ぎて次の二俣で迷いました。見た目は左が本流のように見えるのですが、以前このあたりで間違えたことがある私の第一感は「右じゃないかな」。しかし、手元の高度計と地形図を照らし合わせるとそれでは右手の小尾根の鞍部に乗り上げてしまいそうなので、見た目に従うことにしました。実はこのとき標高は既に1,750mに達していて、高度計が正しくその数値を表示していれば間違えることはなかったと思うのですが、どうやら遡行している間にもこの地方の気圧が上がってきていたらしく、高度計の表示が20mほど低く出ていたようです。そんなわけで左俣に入り、すぐの湧き水を見送り両岸から笹が迫る薬研堀のような凹角を登って行くと、見覚えのあるガレ場に出てしまいました。

またしてもトラップに引っかかったか……とがっくりきましたが、後の祭り。「また藪漕ぎなのか?」と一気に不機嫌になる女性陣を鼓舞して笹藪のトラバースにかかりましたが、ここは多くの人が歩いているらしくところどころに笹の薄いところがあり、目的地となる鞍部も早い段階から前方に見えるので、昨日の湯沢の詰めの藪漕ぎに比べればはるかに楽です。よってそれほどの苦労もなく、燕巣山と1891峰の間の鞍部に登り着き、ほっと一息。ここで小休止をしていると、下流で抜かして行った単独行の方が燕巣山の方から歩いてきたのでどこを登ったかを聞いてみましたが、この方もやはり我々と同じガレに行き当たり、そのままガレの端を登ってさらに高度を上げて、最後に右側に逃げたのだそうです。これを聞いて読図隊長のアイさんは多少溜飲が下がった様子でしたが、確かにあの二俣で正しい方向を初見で見つけるのは厳しいかも……と今回改めて思いました。

■12:10 四郎峠 ■13:45 二俣

単独行の方を見送ってから、我々も四郎峠を目指して歩行開始。

奥白根山を左に見ながら歩きやすい登山道を進み、1891峰を越えて下ったところが四郎峠で、ここには南側に登山道が下っていますが、我々が向かうのは反対側です。草付の中のザレて滑りやすい急坂を慎重に下り、さほど時間をかけずに大薙沢右俣に降り着きました。沢筋は、最初は沢の奥の崩壊地からの落石でガレていますが、峠から30分ほども下ったところから、お目当ての黄色いナメが登場します。

このナメは実によくフリクションが効き、その下降は本当に楽しいものです。最初はおっかなびっくりだった女子3人組もこのナメが滑らないことを実感すると、ナメの真ん中をどんどんと下っていきました。そうした下降が20分間途切れることなく続き、最後に易しいクライムダウンを要する段差を慎重に下ったところでいったんナメは終わりますが、その後もところどころにナメ床が現れて楽しく歩き続けることができました。

二俣に戻ったのは、下降を始めてから1時間半余の時間を経てのこと。あとは勝手のわかっている沢筋をひたすら下るだけです。

軌道下の釜のある小滝ではこんな遊びも。実は、このウォータースライダーを楽しんだスロープ部こそが含金銀石英露頭鉱脈であるそうです。そして最後の滝を懸垂下降で下れば、テントのある広場はすぐそこです。

無事に帰還して、皆で握手を交わします。今回も楽しい遡行でした。

■14:50-15:45 物見橋 ■16:20 大清水

テントを畳み、荷物をザックに詰めて帰る支度を一足先に済ませた私は、背後にある鉱山施設の跡を見に行くことにしました。

広場の背後にあるズリ山に左のスロープから上がってみるとそこは予想以上に高く、そして奥にはレールが残っていました。この鉱山は明治35年(1902)に鉱脈が発見されて、大正5年(1916)に採鉱が始まり、昭和46年(1971)に閉山となった金鉱山で、検索をしてみれば往時の写真を見ることもできますが、まさかこんな動画がYouTubeにアップされているとは思いもよりませんでした。いや、これは恐ろしい。

恐ろしいと言えば、広場へ一足先に戻っていたyokkoさんは、通りがかった釣り師から「ここに泊まったんですか?怖くなかったですか?」と尋ねられたそうです。「いえ別に。何かあるんですか?」「いや、そういうわけではないんですけどねー」といったやりとりがあって、その余韻、いらないから!とyokkoさんは憤慨していましたが、もしかしてこの広場には本当に何か出るのでしょうか?確かに、最盛期にはこの鉱山に働く鉱夫だけでなくその家族も含め相当の数の人々がここに暮らしていたということですし、もしかすると鉱山事故で亡くなった人もいたかも知れません。そうだとすれば、昨夜焚き火に浮かれる我々をそれらの霊魂がズリ山の上からじっと見下ろしていたとしても、不思議はないのかも……。

ともあれ歩きやすい道を30分余り歩けば、そこはもう下界の賑わいに包まれた大清水ですから安心です。皆さん、二日間の沢登りお疲れさまでした。またどこかでご一緒しましょう。