一ノ倉沢烏帽子沢奥壁凹状岩壁

山頂  
分類 上信越 / アルパイン
日程 2014/10/18
同行 かっきー
概要 テールリッジから中央稜基部経由凹状岩壁に取り付き、登攀終了後中央稜を懸垂下降した後にテールリッジを下降。

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核心部=凹状岩壁全景。上の画像をクリックすると、凹状岩壁の登攀の概要が見られます。(2014/10/18撮影)

崩壊ピッチ。ここでルートファインディングに苦しみました。(2014/10/18撮影)

最終ピッチ。垂直のクラックで奮闘するかっきー。(2014/10/18撮影)

一ノ倉沢では長らく宿題になっている課題が三つありました。それは、凹状岩壁、ザッテル越え(2ルンゼ〜滝沢上部)、そして本谷〜4ルンゼ。これらの内、本谷〜4ルンゼの遡行は一ノ倉沢の雪渓が完全に消える稀有な年でなければ果たすことができず、おいそれとはチャンスを得られませんが、源流系釣り師のかっきーならこのプランに乗ってくれるだろうと考えて、前々からこの週をターゲットに声をかけてありました。

2014/10/18

■05:20 ベースプラザ ■06:00-15 一ノ倉沢出合 ■07:00 テールリッジ下 ■07:45-50 中央稜取付

金曜日の深夜に戸田公園で待ち合わせ、かっきーの車で関越道を飛ばし、一路ベースプラザへ。これまでであれば立体駐車場に車を駐めてベースプラザの暖かい床の上でぬくぬくと眠ることができたのですが、今回はベースプラザは営業時間外閉鎖となっており、仕方なく徒歩5分程手前にある広場の駐車場に車を停めて車内で仮眠としました。

5時に駐車場から歩き出してベースプラザに立ち寄ってみると、昨夜は締められていた入口のドアの施錠が解除されています。ありがたくトイレを使い、ペットボトルの飲料を購入してから、出発。今日は凹状岩壁を登りながら雪の残り具合を偵察し、雪が消えていれば日曜日に本谷、消えていなければザッテル越えをチョイスする作戦としています。

しかし、一ノ倉沢出合に近づいてみると、遠目にもはっきりと雪が残っているのがわかりました。うーん、やはり昨冬の雪の多さと今年の夏が冷夏だったことの影響は拭えなかったようです。これで今回(今年)の本谷遡行はなくなりましたが、まずは目先の凹状岩壁に神経を集中することにしました。ここは言うまでもなく、雲表倶楽部とRCCIIの即席合同パーティーによって冬季に初登された歴史あるルートです。先人の業績に思いを致しつつ、勝手知ったる一ノ倉沢下流〜右岸のリッジ登り〜谷底への懸垂下降を経てテールリッジ下に着いたのは午前7時。谷川岳の登攀セオリーからするとかなり遅い取付ですが、我々の前に見えているのは2パーティー程、我々の後ろにはぶなの会の3人パーティーがいるだけ。もちろんもっと先に登りだしているパーティーもいるでしょうが、それにしてもガラ空きと言ってよい状態です。

テールリッジを登るのは4年ぶりですが、いつ見てもこの眺めは独特の美しさと厳かさを湛えています。一直線に伸び上がる岩尾根のテールリッジの向こう正面には三角形の衝立岩、その奥に南稜テラス、そして国境稜線。登るにつれて一ノ倉沢の奥深く、クライマーを押し潰そうとするかのような岩々に取り囲まれるこの感覚は、剱岳でも滝谷でも味わえないものです。テールリッジを登るのは初めてのかっきーも、衝立岩の威圧感には感嘆の声しきり。そうそう、あのダイレクトカンテで墜ちて敗退したのは2008年のことだった、などと懐かしくも悔しい思いで見上げながら先を急ぐ内に、衝立岩中央稜の取付に到着しました。

中央稜取付で登攀準備をしているのは、男性二人組。「中央稜ですか?」「いえ、凹状です」といった会話を交わしながらしばし休憩の後、南稜テラスへと通じる烏帽子沢奥壁のトラバース道へと足を進めました。

■08:00-25 凹状岩壁取付 ■13:30-45 凹状岩壁終了点

明るいこのトラバース道も、先に凹状岩壁や中央カンテを登るパーティーがいれば落石の危険を覚悟しなければならないのですが、幸いなことにどうやらこれらのルートを登っている先行パーティーはいない模様。こんなに天気が良いのに、いったいどうしたことでしょう?

取付で登攀準備をしている間に、後続のぶなの会の3人組が通過して行きました。一ノ倉沢出合で言葉を交わしたところでは、彼らも本谷から4ルンゼを目指していた気配が感じられましたが、この日は南稜テラスから本谷バンドを奥へと進んで4ルンゼだけを登攀するプランに切り替えたようです。この時点で早くも紅一点のメンバーがへばりかけている雰囲気でしたが、先は長いはず。どうぞお気をつけて!

1ピッチ目(40m / III+)、私のリード。バンドを元来た方向へトラバースして、草付を左上。この、難しくはないもののランナウトに緊張する感覚も懐かしいものです。

2ピッチ目(45m / III)、かっきーのリード。スラブ状フェイスを横断して中央カンテへの左上バンド手前まで。ここはルンゼ奥の凹状岩壁目指してルンゼ直上するラインもありますが、このように一旦中央カンテを目指す方が自然な感じがします。ここまでは、2007年に中央カンテを登ったときと同じラインです。

3ピッチ目(45m / III+)、私のリード。ここから先は、未体験ゾーンへと突入することになります。中央カンテ沿いにスラブ状フェイスを、奥の凹状垂壁目指してひたすら直上。このフェイス一帯は、2005年の時点では凹状岩壁上部の崩壊の影響でザレザレになっていましたが、さすがに10年もたった今ではザレはすっきり洗い流されており、快適なフリクションを楽しむことができました。傾斜もさほど立っておらず、ホールドにも恵まれていますが、ただしやはりランナウトします。

4ピッチ目(25m / V-)、続けて私のリード。『日本の岩場』では核心とされるピッチで、遠目には傾斜は寝ているように思えますが、真下から見上げるとやはり垂直といういつものパターンです。ただしホールドはそこそこ豊富で、技術的な困難さはこのピッチのちょうど中間に打たれたリングボルト2本の上の数メートルに限られていますが、何しろそこまでランナウト、そこから先もランナウト。しかも脆いホールドは慎重に確かめながら使わなければ、命がいくつあっても足りません。「IV+」と「V-」の違いがどこにあるのかわかりませんが、もし確保条件の悪さをグレード表記の要素に加えるのであれば、確かにこれは「V-」ということになるのでしょう。この垂直の凹状壁を抜けて古びた残置支点にセルフビレイをとったときは、さすがにほっとしました。

この後、『日本の岩場』では右のカンテを越えて、さらに右上のハングを切れ目から越えるとされていますが、右のカンテというのが明瞭ではありません。ただ、何となく右上に茫洋としたカンテ状は認められ、さらに「ハング」というよりは縦の岩壁の連なりがその一番上の箇所で切れて草付が顔を覗かせていますから、そこを目指すのだなということは直感的にわかります。また、ピッチを切った場所から真上を見ると腐った残置ロープの切れ端がぶら下がっていましたが、これもよくここで凹状部を直上してしまい行き詰まっているパーティを見かけると言う『日本の岩場』の記述に合致しています。

5ピッチ目(35m / IV)、かっきーのリード。上述の通りハングの切れ目を目指してロープを伸ばしましたが、このあたりはルート上に細かい岩が多く、確かに落石を起こすなというのが無理という感じです。そしてこのピッチの核心となるハング越えは、真っ当にハングの下からかぶった岩を突破している記録も見かけますが、かっきーはカンテをどん詰まりまで登って奥壁にへばりついた三角の(一見剥がれそうな)岩の上を渡ってハングの上へ抜けていきました。このハングの切れ目を抜けたところがちょっとした草付テラスになっていて、ここで残置支点にセルフビレイをとり、シューズを脱いで足を休めつつ、右手のルンゼを挟んだ位置にある中央稜を登るクライマーの姿を眺めながらゆったり行動食をとりました。出発は遅かったのに、ここまでいいペース。これなら正午には下降を開始できるかも?とこの時点ではいい気になっていましたが、ただし、起床したときにはキンと冷えていた空気もこの頃には汗ばむ程の陽気になっており、二人とも持参した水の少なさを後悔しました。

さて、この次のピッチが崩壊ピッチ。2004年の地震で崩壊した後が今でも白々とした岩肌を示しており、かつては垂直のフレークからテラス、さらに左の凹角を登るとされていたものが、今では全く異なるラインどりを求められるピッチになっています。見たところ、頭上に伸びるフレークは薄く脆そうなので却下(カムを駆使して奮闘的にここを登っている記録もあります)。一方、事前の情報では右に大きく回り込んで黒っぽいカンテを登れば、ランナウトするもののIII級程度。しかし、残置ピンは右手すぐにあるチムニーの手前の白いカンテ状を目指しています。ここで事前の情報(右回り)と視覚情報(残置ピン)とを冷静に比較し、どちらかに方針をはっきりと決めてから登り出すべきだったのですが、とりあえず残置ピンにクリップしてから先のことを考えよう、たぶん中間のチムニーに入れば何とかなるだろう……という曖昧な覚悟で登り出したために、大きく苦戦することになってしまいました。

6ピッチ目(50m / III+)、私のリード。まずは目の前の白い岩を一段上がって、細かいスタンスを拾いながらさらに身体を引き上げ、最初の残置ピンにクリップ。そのすぐ右手にバンドを辿りながらさらにクリップ。ここまではOK。そして白い岩の切れ目の頭上に残置ピンを見つけて三本目のランナーをとってから予定通りチムニーに入ったのですが、このとき「頭上」に残置ピンがあることの意味をよく考えてそこから直上するラインを探るべきでした。しかし、チムニーに入っていったんバック・アンド・フットで安定してから、おもむろに態勢を入れ替えてステミングでチムニーを直上してみると、脆そうな壁に頭上を抑えられてしまって抜け出ることができません。先ほどの白い岩のカンテに戻ろうにも今ひとつよい態勢が作れず、かと言って反対側の右カンテはその先にルートが続いているかどうかの確信が持てません。あれこれと試行錯誤しながら元の態勢に戻ることを繰り返す内に、じりじりと時間がたち消耗するばかりで次の展望が開けず、仕方なく不本意ながら先ほどの三本目のランナーに荷重を掛けてロワーダウンでチムニーの下に降りました。そこから急な草付の中を右へ回り込んで黒っぽいカンテの右側から見上げてみると、確かにIII級程度のいかにも登れそうなラインが続いていました。あぁ、残置ピンは無視して最初からこちらに回り込めば良かった……と思ったものの、実はこのラインもそれほど易しいものではありませんでした。確かに技術的な難度はIII級程度なのですが、とにかくひたすらランナウトで痺れます。途中でかろうじてスリングを巻きつけた小灌木も試しに動かしてみると岩にへばりついた土付きの根元からごっそり剥がれそうになり、しばし沈思黙考の末これを見なかったことにして先に進みましたが、気分はほとんどフリーソロのようなものでした。やがてどうにか安心して体重を掛けられる灌木混じりの草付に入って一息つきましたが、先ほどのチムニーの出口の木にスリングが残置されているのを見て、どうやらチムニーまたはその左のカンテを直上するラインも登られているらしいことを認識しました。そして、そこから草付の中をさらに少し上ったところに、正規ルートの支点が残されていました。

7ピッチ目(25m / III)、かっきーのリード。草付から頭上のワンポイントの岩の直上を一旦は試みましたが微妙に悪く、右に回り込んで安定した草付テラスの灌木まで。

8ピッチ目(15m / III)、私のリード。頭上には最終ピッチの顕著なフレーク状クラックが見えていますが、その前のピッチでかっきーがロープの流れの悪さのために短く切っていたために、そこからフレーク状クラックを抜けて稜線に達することができるかどうかがわからず、またフレーク状クラックの直下に残置支点がはっきり見えていたので、そこまでの垂壁を登る短いピッチとしました。しかしこのピッチ、せめて一箇所くらいは残置ピンがあっても良さそうですがノーピンとは…。

9ピッチ目(35m / IV+)、かっきーのリード。後から見れば8ピッチ目と9ピッチ目をつないでもロープ長は足りていたので、みすみすおいしいピッチを譲ってしまったことになりましたが、ともあれ、ジムナスティックなこのピッチは岩もしっかりしており、大胆なムーヴを駆使することが可能。かっきーは正対からステミングで大奮闘の末に抜けていきましたが、後続の私は上から確保されている気楽さもあって、身体をほぼ真横にするような大胆なレイバックで華麗に(!)抜けました。このピッチはフレーク状クラックそのものよりも、むしろその上のやや脆い岩をプアな確保条件のもとで登る部分の方が緊張するでしょう。

ともあれ、抜けたところは衝立尾根の上で、ここでようやく登攀終了です。足を締め付けていたクライミングシューズをアプローチシューズに履き替え、残されていたわずかな水を分けあって飲んでしばしほっこり。登り終えてみればこの凹状岩壁は面白いルートでしたが、しかし返す返すも崩壊ピッチでルートファインディング能力の不足を露呈したことが残念です。ところで、その崩壊ピッチの手前では「正午には下降を開始できるかも」などと言っていたのに、もはや13時半。早いところ下降を開始しなければ、残業になってしまいそうです。

■14:00-05 中央稜終了点 ■16:00 中央稜取付 ■17:05 テールリッジ下 ■17:45 一ノ倉沢出合 ■18:30 ベースプラザ

剣呑な雰囲気の2ルンゼに一瞥をくれてから、衝立尾根上の明瞭な踏み跡を辿って下降を開始。崩壊ピッチでの大奮闘のせいもあって既にお腹いっぱいの感がありますが、とにかく明日のことは下山してから考えることにしましょう。

しっかりした踏み跡や安心感のある残置ロープは、この衝立尾根を下る道が今でも多くの人に歩かれていることを物語っています。そして、この衝立尾根を北稜へと下っていけばコップスラブから略奪点経由で衝立前沢を下降するルートで、そちらも一度は下ったことがあるのですが、時間が押している状況の中では勝手がわかっている中央稜を下降した方が確実だと判断しました。

……というわけで中央稜終了点を見つけ出して、ここから延々懸垂下降を繰り返しました。

定石通り、最初の数ピッチはロープの結び目が引っかかることを防ぐために50メートル一本で小刻みな下降を続け、核心ピッチの上の明るい垂壁の部分からロープ2本を結んで効率アップを図ります。

大抵のことには動じない沢屋かっきーも、この高度感満点の懸垂下降の連続にはほとんど壊れ気味……。ここまでずっと私が先に下降して次の懸垂支点を見つけ出すことを繰り返していましたが、最終ピッチはかっきーにウイニングラペルを譲りました。

テールリッジを下るところまでは十分明るかったのですが、本谷の底から右岸リッジへ登り返すあたりから急速に暗さが増してきて、最後はとうとうヘッデン歩行になってしまいました。やれやれ。

湯テルメ谷川で風呂に浸かり、近くの焼き肉屋さんで夕食をとりながら翌日をどうするかを協議。この日ずっと続いた晴天で2ルンゼの中が乾くことを期待していたものの、帰路に見たテールリッジ下部や右岸リッジの濡れ具合からすると、2ルンゼの中は金曜日の雨が残ったままのびしょ濡れであろうと思われました。代わりにかっきーが登ったことがないという南稜を登ることも考えましたが、私自身が疲労困憊していたことが大きくて、結局翌日の登攀は中止することにしました。かっきー、申し訳なし……。しかし「沢は沢でも一ノ倉沢」とは言いつつ、かっきーもかなり岩を登れることを発見したのは私としては嬉しい収穫でした。来年の秋は本谷の雪が消えてくれることを期待して、それまでの一年間お互いに精進を続けましょう。