塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

鹿島槍ヶ岳天狗尾根

日程:2014/04/26-27

概要:大谷原から鹿島槍ヶ岳天狗尾根を登り天狗ノ鼻に幕営。翌日、鹿島槍ヶ岳北峰を越えて北峰と南峰の鞍部から北俣本谷を下り、大谷原へ下山。

山頂:鹿島槍ヶ岳北峰 2842m

同行:現場監督氏

山行寸描

▲天狗ノ鼻の向こうに鹿島槍ヶ岳北峰(顕著なピーク)、北壁(右)と荒沢奥壁(左)。上の画像をクリックすると、初日の登高の模様が見られます。(2014/04/26撮影)
▲眼下には辿ってきた天狗尾根、左下はカクネ里。上の画像をクリックすると、2日目の登高の模様が見られます。(2014/04/27撮影)

鹿島槍ヶ岳にはこれまで1993年8月2000年5月2004年5月の3回登頂していますが、2004年の東尾根登攀のとき核心部の第二岩峰から右手に並行する尾根を歩くクライマーの姿を見て、そちらのルートにも興味をそそられました。それが今回登る天狗尾根で、雪稜ルートとしてのスマートさは東尾根に一歩譲るものの、ワイルドな徒渉や雪壁、スノーリッジ、さらには北壁への登路として多くの岳人を迎え入れてきた歴史などを思えば、ぜひ押さえておきたい一本です。

今回同行する現場監督氏もこの天狗尾根には昨年のゴールデンウィークに単独で挑んでいましたが、そのときは時ならぬ吹雪のために天狗ノ鼻の下で名誉の撤退を遂げていました。そのため、今年のゴールデンウィークはどうする?という話をおやぢれんじゃあ隊の臨時会合で情報交換しているうちに、現場監督氏の天狗尾根リベンジに私も相乗りさせてもらうことになったのでした。

2014/04/26

△08:05 大谷原 → △09:05-10 荒沢出合 → △09:35 天狗尾根取付 → △10:35 天狗尾根上 → △13:00 第一クーロアール → △14:00 第二クーロアール → △14:40 天狗ノ鼻 → △15:10 幕営地点

都内を午前4時に出発し、途中渋滞に引っ掛かることもなく無事に大谷原に到着。今日と明日とは天気予報も良好で、2泊3日分の食料を用意してはいるものの、極力スピーディーに行動して1泊2日で片付けようと申し合わせてあります。

大谷原は登山者の車で大賑わい。そして我々が身繕いをしようと車を降りると、待ち構えていたミニパトのお兄さんが登山届の提出を求めてきました。我々が向かう天狗尾根では今年の3月下旬にピオレドール・アジア受賞者の野田賢氏が不慮の滑落死を遂げているので、緊急連絡先や装備の確認などが入念で「迷ったら安全サイドでロープを出して下さい」と繰り返し指導を受けました。素直に、ありがたいことだと思います。

大谷原から橋を渡って左手へ向かう舗装路を進み、すぐに赤岩尾根方面への道を分けて右手へ曲がると、林道は大川沢に沿うようになります。直ちに沢に向かって下っていく道もありますが、しばらくは斜面中腹のやや高い位置を行く道を上流に向かって進むと林道は自然に高度を下げて大きな堰堤の左を通り抜け、その先で沢に削られたように道の姿を失いました。ここが最初の徒渉ポイントですが水量はさほどなく、場所を選んで飛び石伝いに対岸(左岸)へ渡れました。さらに河原を上流へ進んで取水口が見えてきたあたりで再び飛び石伝いで右岸へ渡り返し、少々ワイルドに朽ちた道を進んで取水口の橋のたもとに着きました。しかしここは橋を渡らずそのまま右岸を上流へ進み、滑りやすいランペ状の岩や脆い土の斜面をフィックスロープ頼りに突破すると、すぐに左手から荒沢が直角に出合う場所に到達しました。

荒沢出合は残雪が豊富に残っており、上流にも雪が多量に残っていそうでしたが、沢筋が完全に埋まっているわけではないため、この沢の左岸にある天狗尾根の取付に達するためには徒渉の覚悟が必要そう。しばしの休憩の後、荒沢右岸の雪の上を先行パーティーの踏み跡を辿るようにしてトラバースしていくと、やがて右岸の岩が切り立ち、案の定、対岸に渡らざるを得ない場所が出てきました。見下ろすと水量も決して貧弱ではなく、これは靴を脱がないわけにはいかないなと思いながら川床に降り立ちました。このときのために2人ともリュックサックの中にネオプレンの沢登り用ソックスを忍ばせてきているのですが、しかし降り立ってよくよく観察すると微妙に渡れそうなラインが見えてきます。よし、それなら土木工事だ!と脳内にクワイ河マーチを鳴らしながら手頃な石を拾っては沢の中に投げ込むと、いい具合に飛び石がつながりました。それでも水流が強いために飛び石の上を水が覆っているのを見た現場監督氏は、靴を濡らさないために裸足になって飛び石の上を渡りましたが、私はストックで身体を支えて靴を履いたまま対岸へ渡ることに成功しました。

引き続き残雪の上を上流へ進んでほんのわずかで、左岸に赤布の目印が見つかりました。ここは雪の上を歩いて斜面に取り付くことができたので、結局、私は徒渉のために靴を脱ぐことなく沢筋のアプローチを終えることができたことになります。

しかし、ここからの樹林帯の斜面の登りも大変でした。雪が残っていないためにキックステップが使えずもっぱら枝を掴んでの腕力頼みの登りが延々と続くのですが、この日は気温が恐ろしく高く、背中の荷物を水を含めて20kgに抑えていてもほとんど苦行の様相です。ところどころに群生しているカタクリの紫の花にかろうじて慰められながら、先行する3人組と抜きつ抜かれつ我慢の登りが1時間続き、尾根の上に乗り上げる頃になってやっと雪が出て歩きやすくなってきました。

木の間越しには天狗ノ鼻方面が垣間見えるものの、それでもしばらくは樹林の中の歩きが続きましたが、やがて徐々に樹間が疎らになって見通しがきくようになりました。引き続き緩やかな雪尾根の上をしばらく進み、前方に第一クーロアールから始まるギザギザの岩峰が聳えるようになってきて尾根が痩せ始めたあたりでリュックサックを置いて、ここで登攀具一式を身に着けました。

斜度を増した細い雪のリッジを登りきると尾根はいったん水平になって右手へ折れ、その先のギャップを下ったところから右上に幅広いスロープのような雪壁が伸びていました。左側から岩が覆い被さっているこの斜面が第一クーロアール(岩溝)です。早くもへたり気味の私はここで休憩をとることを要求し、その間に樹林帯の登りで抜かしていた3人組が先行してクーロアールを登っていきましたが、見ていると雪は凍っておらず快調にキックステップを決められる状態である様子です。一息ついたところで我々も後続しましたが、上部のシュルントの処理には少々気を使うもののさほど問題になるようなこともなくこの雪壁を登りきり、木の幹から垂れ下がった数本の懸垂下降用の残置スリングを横目に左へ続く細いスノーリッジへ乗り移りました。現場監督氏は1年前の経験からここが核心部になるのではないかと踏んでいたそうですが、この日の雪の状態はそれほど悪くなく、雪庇が出てはいても反対側の斜面におおむね安定したステップを切ることができました。

雪尾根はいったん下って再び細いスノーリッジとなり、その先に顕著なピークを際立たせていました。これが天狗ノ鼻で、この辺りになると行く手に荒沢ノ頭や鹿島槍ヶ岳北峰も見えており、そのスケールの大きさに目が釘付けになってしまいます。しかし、まずは目下の課題である鞍部の痩せたスノーリッジを慎重に渡り、そこからせり上がる第二クーロアールを第一クーロアール同様に問題なく登って、幅広い雪の斜面をひたすら高度を上げて天狗ノ鼻の上に到達しました。

天狗ノ鼻の上では、雪面にずっと足跡をつけてくれていた単独行の男性が既にテントの中で寛いでいました。さらに我々と前後しながら登っていた3人組(銀座山の会だそう)とも言葉を交わしてから、テントを張る場所を求めて頂稜上を鹿島槍ヶ岳方面へさらに進んでみました。

時折の思わぬ踏み抜きに消耗しながら頂稜を先端まで行き、そこより先には幕営適地がないことを確認した上で、少し戻ったハイマツの近くにテントを設営することにしました。ここは正面に鹿島槍ヶ岳の二大岩壁を望み、その右手には五竜岳まで続く後立山の主稜線を眺められる、山屋にはこたえられないロケーションです。

ゆき暮れて木の傍らを宿とせば 松や今宵の主ならまし

無風快晴の穏やかな天気の下、テントの外で雪を溶かして水を作りつつ、私はウイスキー、現場監督氏はワインを嗜みました。そのまま明るいうちに焼きそばを作って早々に食べてしまったので、お日様が鹿島槍ヶ岳の稜線の向こうに消えると共にテントの中にもぐりこんで、そのまま就寝しました。

2014/04/27

△05:15 幕営地点 → △07:20-08:35 岩場 → △09:10 荒沢ノ頭 → △09:45-10:05 鹿島槍ヶ岳北峰 → △10:20 北峰・南峰鞍部 → △13:25 西俣出合 → △14:25 大谷原

3時半起床。風もなく穏やかな夜でしたが、それなりに冷え込んで現場監督氏は寒い思いをしたそうです。ともあれ朝食をとり勤行を済ませ、御来光を仰いで振り返れば北壁や荒沢奥壁がオレンジ色。朝っぱらから素晴らしい眺めを楽しむことができました。

今日はまず最低コルへの下降から始まります。シュルントが目立つ雪壁をクライムダウンも駆使しながら下り続け、やがて到達した最低コルで先行する足跡が北壁の方へ伸びているのを見送って、こちらはそのまま荒沢ノ頭に向けて急なリッジ状の雪壁を登りました。

壁は幅を広く狭く変えながら頭上へと続いており、ところによっては雪がキノコ状に覆い被さるような場所もありましたが、おおむね締まって歩きやすいルートを提供してくれています。しかし高度のせいか、それとも前日のアルバイトがこたえているのか、なかなか我々の登高ペースが上がりません。

それでも頑張って登って斜度が緩んだところにある台座状の岩の根元で小休止とし、行動食をとりながら振り返ると天狗尾根とカクネ里とがいずれも特徴的な姿を見せてくれており、昨日の3人組が登ってきているのも見えてお互いに手を振り合いました。

引き続きすぐ向こうに見えている岩壁を目指して高度を上げましたが、遠目に見たところでは岩壁の正面左寄りに弱点を探すのかと思っていたのに、現場監督氏は右斜面をトラバースしていきました。しかし近づいてみると灌木に結び付けられた残置スリングもあってどうやら方向は間違いなさそうで、こちらからの狙いはそこから左上に伸びている凹角のラインということになります。

現場監督氏が作ってくれた支点の位置まで行って、ここまでがんばって担いできた60mシングルロープをリュックサックから取り出し、まずは私のリードです。狙いの凹角は雪と岩のミックスで、最初は頭上に1段高い右寄りのラインが灌木等でランナーもとれるのでベターだろうと思い登ったのですが、ほんの数歩分の高さが手掛かり・足掛かりに乏しくこのラインはすぐに断念しました。それならとビレイしている現場監督氏はさらに右から大きく回り込むラインを提案してくれましたが、それよりも第一感であった左寄りの浅い凹角のラインを試すことにして軌道修正してみたところ、薄くて頼りないと思っていた凹角内の雪が思ったよりもしっかり固まっており、安定して身体を引き上げることができました。岩角にスリングを巻き付けてランナーをとりながら頭上のハイマツをまとった岩に乗り上がると、そこは快適なテラスになっていてハーケンに新しいスリングで作ったビレイポイントまで設けられています。下のビレイポイントからここまでの距離は約20mで、ロープの長さからすればまだまだ先に進めるはずですが、ここでラインが大きく右に屈曲するので仕方なくピッチを切ることにしました。

2ピッチ目は雪の上を15m歩いてから5mほどの岩壁を正面突破するラインで、かかりの良いホールドと残置ピンが用意された「これぞIII級」というピッチです。ここを現場監督氏が登ろうとしているとき、不意に岩壁の上からクライマーが顔を出して我々はびっくり。誰かと思えば天狗ノ鼻の頂上に先にテントを張っていたソロクライマーで、暗い内に出て北壁を登り終えてからこの尾根を下降してテントに戻ろうとしているところでした。いやー、速い!しかしそれならば我々のテントの横を通ったはずなのに全く気が付きませんでしたから、目覚ましが鳴った3時半よりも前に彼は天狗ノ鼻を出発していたのでしょう。

岩場を終えてロープをしまい、リュックサックは再び重くなりました。60mロープを持参したのは敗退→懸垂下降の可能性も考慮に入れての選択ではありましたが、実際に使い終わってみると、大谷原(1132m)から北峰(2842m)まで標高差1710mの中でわずか2ピッチのためにこの重いロープを担いできたことにげんなりしてしまいました。

我々の左手に東尾根の核心部で渋滞しているクライマーたちの姿を眺めながら穏やかな雪稜を進むと荒沢ノ頭の手前のもう一つの岩壁に行き当たりますが、ここはあっさり右手から巻いて急な雪面を頑張って登れば、やがて傾斜が緩やかになってきて荒沢ノ頭に達することができました。さらに荒沢ノ頭から鹿島槍ヶ岳北峰まではもうひと頑張りですが、その向こうの南峰は恐ろしく遠くてまるで独立峰のよう。北峰と南峰を一括りにして「鹿島槍ヶ岳」と呼ぶのは本当はおかしいのでは?と思いながら北峰への登りを続けました。

行動を開始してから4時間半でもはやバテ気味ですが、時々立ち止まって呼吸を整えては足を出すことを繰り返してとうとう北峰の山頂に立つことができました。そこにある半ば埋もれた山頂標識はここが一般登山路の一部であることを示しており、これで一応天狗尾根の登攀は終了だと現場監督氏と握手を交わしました。

北峰から見る南峰はやはりどう見ても遠く、あれを越えてさらに赤岩尾根まで行くには相当の気力が必要です。そんな我々の心情を察してか、我々より先に北峰を越えていた2人組が北峰と南峰の間の鞍部から左へと北俣本谷を下っていくのが見えました。ここまでの雪の状態に照らすと北俣本谷を下るのはリスキーではないかというのが現場監督氏の見立てでしたが、あの2人組が行けるのなら……と、本来は望ましくない意思決定スタイルながら我々も北俣本谷を下ることにしました。

鞍部から下を覗き込んでみると2人組の内の1人の姿がまだ見えていて、なるほど、これなら行けるんじゃないか?という感じ。斜度はさほどきつくなく、雪の状態と技量との組合せ次第では前向きに下れそうですが、少なくとも私にはバックステップでの下降が無難です。意を決し、後ろ向きになって下降を始めてしばらく下ったところでふと上を見ると、我々の後から北峰に到着していた3人組が鞍部の雪の縁から覗き込んで「頑張れー!」と声を掛けてくれていました。

時折右手(南峰側)から落ちてくる石やスノーシャワーに肝を冷やしながらひたすら下降を続け、斜度が大きく落ちたところでようやく緊張を解きました。この下降路も時間はそれなりにかかりましたが、それでも赤岩尾根に回るのに比べればずいぶんと時間短縮になったはずです。

平らになった北俣本谷はところどころに堰堤を持っていましたが、先行した2人組が巧みに下降路を見つけて歩き下っている踏み跡を残してくれており、そのためルートファインディングの苦労なくどんどん歩くことができて、やがて西俣出合に到着しました。ここも本来の道が崩れているのか埋もれているのか、どうやって車道に出たらよいのか直ちにはわかりませんでしたが、雪面上の足跡頼みで下流へ進むとうまい具合に大冷沢左岸の整備された道に出ることができました。そして振り返れば、そこにははるか高くに鹿島槍ヶ岳が聳えていました。

いかにも春の山という風情の道を下る途中、現場監督氏はフキノトウをいくつか摘んで自宅への土産としていました(後日聞いたところでは、これらのフキノトウは天ぷらに姿を変えてこの日の夜の現場監督家の食卓を賑わしたそうです)。

西俣出合から歩くこと1時間で、ようやく大谷原に帰還です。北俣本谷の下降点からずっと先行して踏み跡をつけてくれていたのは東尾根を登ったという男女ペアで、ここで親しく言葉を交わすことができました。ありがとうございました。

大町温泉郷で風呂に入ってさっぱりし、見事に満開の桜並木をチラリと愛でて、信濃大町駅近くの昭和軒のかつ丼(私はソースかけ、現場監督氏は卵とじ)をいただいて打上げとしました。現場監督さん、お疲れさまでした。また秋にはどこかでご一緒しましょう。

なお今回も現場監督氏に車を出してもらい、行きの車中のBGMはひたすらLed Zeppelin、帰りの車中はSimon & Garfunkelとユーミンでした。そして帰路の渋滞につかまっている間の雑談はなぜか映画ネタになりましたが、二人とも監督や俳優の名前が出てこずやきもきということが少なからずありました。「ほら、あの人」「あぁ、あれあれ」と喉まで出掛かりながら結局Googleのお世話になったのは、たとえば次の方々でした。

  • 「ジャンゴ」を賞賛した、「キル・ビル」の監督。⇒クエンティン・タランティーノ
  • 「ムーラン・ルージュ」に出てた美人で、トム・クルーズの元奥さん。⇒ニコール・キッドマン
  • 「シカゴ」でリチャード・ギアと共演した、ぽっちゃりした女の人。⇒レネー・ゼルウィガー

やれやれ、お互い歳は取りたくないものです……。