阿弥陀岳南稜〜赤岳西壁南峰リッジ

日程:2013/01/12-14

概要:初日は舟山十字路から阿弥陀岳南稜に取り付いて尾根の途中に幕営。2日目に阿弥陀岳の頂上に立ってから赤岳方面を目指して文三郎尾根の分岐に荷物をデポし、少し下ってからただちに赤岳西壁南峰リッジへ継続して、その日は行者小屋前にテントを張る。計画では3日目に阿弥陀岳北稜を登ってそのまま中央稜を下降することになっていたが、あいにくの大雪にやむなく美濃戸口へ下山。

山頂:阿弥陀岳 2805m / 赤岳 2899m

同行:ケイ氏

山行寸描

▲立派な阿弥陀岳の姿。上の画像をクリックすると、阿弥陀岳南稜の登攀の概要が見られます。(2013/01/13撮影)
▲中岳から見た赤岳。上の画像をクリックすると、赤岳西壁南峰リッジの登攀の概要が見られます。(2013/01/13撮影)

阿弥陀岳南稜赤岳西壁南峰リッジ阿弥陀岳北稜阿弥陀岳中央稜下降。阿弥陀岳と赤岳を巡るいくつかの既登ルートを順繰りに繋ごうというこのプランはケイ氏と共に一昨年から計画していたものでしたが、最初の年は雪のために丹沢に転進、昨年は予定外の甲斐駒ヶ岳行となったため、今回が3度目の正直ということになります。

2013/01/12

△10:20 舟山十字路 → △10:50 広河原橋の先の道標 → △11:15 稜線 → △13:25-40 立場山 → △14:10 青ナギ → △14:25 幕営地

茅野駅でケイ氏と合流し、舟山十字路へ。路面は凍結気味ではあるものの雪は少なく、無事に舟山十字路まで車を乗り入れることができました。

身繕いをしてゲートを通り抜け、林道を30分歩いたところで標識に従い右手の尾根=南稜に取り付きましたが、安易にアイゼンなしで登り始めたものの薄くついた雪が凍った山道は極めてスリッピーで、この登りが今回の山行の中で一番緊張する場面となってしまいました。それでもなんとか尾根上に乗り上ると日当りもよく雪がほとんど付いていない状態で、そこにいた2人組に挨拶をして小休止してから後は尾根通しに歩くだけ。立場山の手前で道が凍り付き気味になってきたのでアイゼンを装着し、後は一投足で立場山頂です。山頂標識のすぐ先からは正面に旭岳と権現岳が見慣れた東面とは異なる西面の姿を見せており、さらにその先の開けた場所からは阿弥陀岳も姿を眺めることができました。この日は無風快晴で、真っ青な空の下の阿弥陀岳は威風堂々といった趣きです。

右側が立場川に向かって薙ぎ落ちている青ナギの鞍部を過ぎれば、後はどこにテントを張っても大差ありません。先ほどの立場山頂にも幕営跡がありましたが、我々は青ナギの先の樹林帯の中を少し登って傾斜がいったん緩んだあたりの雪面に幕営地を求めました。テントを張って中に落ち着いたら、何はなくともまず乾杯。私は一合パックのお酒を二つ持ってきていたのですが、一つをあっという間に飲み干してしまうと、もう一つのパックから「オレも呑んでくれ」という声が聞こえたような気がして(幻聴?)、ついそちらにも手を出してしまいました。

ところで、今回の山行での私の新兵器はサーマレストのNeoAir™ XThermです。これは昨年末の山行ではっしーに教えてもらったもので、近頃はやりのZ Liteに比べると保温に決定的な意味を持つ嵩かさの高さの違いは一目瞭然。それでいて畳むとZ Liteの数分の一になってしまうコンパクトさと軽さを持っています。もちろん性能に比例して値段はかさむのですが、一度このマットの温かさを実感してしまうと他のマットに戻る気にはなれません。

2013/01/13

△07:05 幕営地 → △07:20 無名峰 → △08:10 P3基部 → △09:40 P3上の稜線 → △09:50 P4基部 → △10:10-25 阿弥陀岳 → △11:45-11:50 文三郎尾根分岐 → △11:55 文三郎尾根途中 → △13:35-45 赤岳 → △14:05 文三郎尾根分岐 → △14:45 行者小屋テントサイト

ぬくぬくと温かい夜を過ごしたせいか、出足が遅れてしまいました。すっかり明るくなった7時すぎに幕営地を出発して、すぐに着いた無名峰からは南稜の核心部を一直線に見通すことができます。その先のP1とP2の間には大きな幕営跡があり、そして我々のすぐ先を6人パーティーが行動中でした。

取付の混雑を予想してP3直下でロープを取り出しておいてから左へのトラバースの後に下降バンドを下ると、先行パーティーが順次ルンゼに入っていこうとするところでした。以前に登ったときは雪が深くほとんど歩くように登ることができたのですが、今回は季節が早いためルンゼ入口は岩が露出し、その上も薄く氷がつながっている状態です。そこに設置されているワイヤーにセルフビレイをとって先行パーティーのラストが登り出すのを待ち、頃合いを見て後続しましたが、アイゼンの前爪を利かせながらさほどの困難なく30mほど登ったところで、先行パーティーが1本のリングボルトを支点にピッチを切っている手前でしばらく待機となりました。

先行パーティー全員が次のピッチに移ったところでケイ氏を迎え、続いて2ピッチ目はルンゼをさらに直上し、突き当たりを(先行パーティーは右にかわしていましたが)左に乗り上がって、少し微妙な斜上から灌木の残置スリングでビレイ。

そこからは稜線上が目の前に見えているのでケイ氏に先行してもらって、難なく上に抜けることができました。阿弥陀岳山頂の人影も近くに見える稜線をロープをつないだまま進むと出てくるP4基部のトラバースは、以前は少々肝を冷やしたところだったので1人ずつ渡りましたが、確かに手足の置き所に気を使うもののこれも困難を感じることなく通過できて、後は踏み跡に従って頭上に向かっていけば最後の岩のひと登りで雪に覆われた阿弥陀岳山頂でした。

阿弥陀岳の山頂には、各ルートから登ってきたヘルメット姿の登山者が大勢たむろしていました。そして遮るもののない360度の展望はこれまでに何度か登ったこの山頂からの眺めの中でも最上級のものでしたが、私は間近に聳える赤岳の西壁に南峰リッジのラインを目で辿るのに懸命で、景色を堪能するゆとりはあまりありませんでした。

毎度のことながら緊張する阿弥陀岳の下りをこなして振り返ると、明日登る予定の阿弥陀岳北稜の第一岩峰にはそれこそ「うじゃうじゃ」という形容がぴったりくるくらい大勢のクライマーが密集して取り付いています。明日は連休最終日なのでここまでのことにはならないでしょうが、それにしても早出は必須だと感じました。ともあれ、阿弥陀岳と赤岳の間できつい風の通り道になっている中岳越えの後、文三郎尾根分岐に着いて標識の足元にリュックサックをデポ。ここからは赤岳西壁南峰リッジモードにギアチェンジです。

文三郎尾根を行者小屋方面へ下って、道が角度を左へ変える手前から右手の斜面に登るのが南峰リッジのルートです。幸か不幸か先行者(おそらくソロ)の踏み跡が雪面に残っており、しばらくはロープをケイ氏に持ってもらったままこれを辿って真っすぐ登りました。

やがて1本だけ立っている灌木の上に見える顕著な岩尾根の末端へと踏み跡が左上し、この岩尾根に乗ったところでその奥を覗くと、雪のルンゼをはさんで並行する岩尾根が見えました。南峰「リッジ」というからには岩稜を登るのが正統派なのですが、どう見ても雪のルンゼの方が快適に登れそうなので以前登ったときと同じくルンゼルートを採用することにして、ここでロープを結びました。

以後は、よく締まった雪面をランニングビレイをとることもなくロープがいっぱいになるまで登っては、岩角にスリングをかけて後続を迎えることの繰り返し。と言ってもケイ氏に持ってきてもらったロープは60m長あり、そのおかげで2ピッチ目の途中で門のような岩の狭隘部を抜けるともうすぐ先に赤岳山頂の小屋が視界に入ってきます。3ピッチ目は易しく安定した岩稜なのでビレイなしでケイ氏に先行してもらい、真っすぐ南峰頂上に到達してロープを解きました。このルンゼルートはランナウトするとは言っても危険を感じることはほとんどなく、冬だけに生じる赤岳への自然の登路と言ってもいいかもしれません。

あっという間に終わった印象でしたが、後で時間を計測してみればそれでも1時間40分はかかっており、そこそこの充実感が得られた登攀でした。本当はすぐ隣を走っている赤岳西壁主稜を登ればさらに充実したのでしょうが、横目に見続けていた主稜は切れ目がないほど多くのパーティーで渋滞しており、あれでは後から取り付いた我々が山頂に抜ける頃には日没を気にしなければならなかったでしょう。

ともあれ、この赤岳からの山岳展望も一級品です。北には八ヶ岳の主脈が連なり、その向こうには浅間山。東には金峰山、その右に富士山、右手に目を転じて権現岳の向こうに南アルプス。阿弥陀岳の向こうには御嶽山と乗鞍岳。しかし何より素晴らしかったのは、北アルプスの山々が純白のギザギザの稜線を連ねて全山の姿を露わにしていたことでした。

文三郎尾根の分岐に戻ってリュックサックを回収し、十分に早い時刻に登攀を終えられたことに安堵しながらのんびりと行者小屋に向かって下りました。

行者小屋の周辺にはテント村ができており、中には中国語の大声での会話も聞かれましたが、我々は小屋のすぐ近くの広場に立つ小灌木の根元に陣取りました。ケイ氏持参のお酒を分けてもらってほっこりし、後は早めの食事をとって眠るだけですが、実はその前に赤岳鉱泉から出張してきたお兄さんにテント代(1人千円也)を支払わなければなりません。ところが隣のテントの住人とお兄さんの会話を聞くともなく聞いていると、こんなやりとりがなされていました。

住「明日の天気はどうですか?」
兄「『大雪』の予報ですから、良くないと思いますよ」

ナニ、大雪?

2013/01/14

△07:30 行者小屋テントサイト → △08:45 美濃戸 → △09:30-50 美濃戸口 → △11:35 舟山十字路

予言通り、というより予想より早く、夜半から雪がテントの外張りを叩く音が聞こえてきました。それでもまだ望みは捨てずに朝を迎えたのですが、明るくなったところで阿弥陀岳を見上げるとその姿は風雪の中に霞んでいる状態です。こりゃダメだ。

今回の企画は阿弥陀岳を南と北の両方から越える謂わば時間差交差縦走にポイントがあり、赤岳西壁南峰リッジへの継続登攀は行きがけの駄賃のようなものだったのですが、残念ながら志半ばでプランを諦めざるを得ませんでした。ケイ氏も悔しがっていましたが、自然を相手に無理はしないのが私の流儀です。

山行打切りを決めた後の行者小屋のトイレの前で、居合わせた女性クライマーから声を掛けられました。「現場監督さんでしょ?」「いえ。ときどき彼とはつるんでいますけど」「じゃ、えーと、塾長さんじゃなくて」「……その塾長です」。話を伺ってみると、彼女は以前我々が一ノ倉尾根を登ったときにオキの耳で会話を交わした方でした。これまでにも何度か実感していることですが、山の世界は本当に狭い。しかし、そうした中で一度お会いしたことがあるだけの方とでも旧知の仲のように会話できるというのは山屋ならではの幸せだとも思いました。

荷物をまとめ終えたらさっさと美濃戸口へ下りましたが、普通なら美濃戸口に着いたところで終わる山行も、今回ばかりはそういう訳にはいきません。

荷物をデポはしたものの、ケイ氏の車が置いてある舟山十字路までさらに7kmの滑りやすく歩きにくい雪道をひたすら歩かなければならず、これは苦行以外の何物でもありませんでした。

捲土重来を期しつつケイ氏と茅野駅で別れた後、帰京のあずさは雪の影響で30分以上の遅延で新宿に到着しました。

この日、東京は南岸低気圧の通過に伴う雪のために8cmの積雪を記録し、都内の交通機関も大幅に乱れていました。やれやれ、この低気圧が1日ずれてくれていたらよかったのに……。