上ノ権現沢夢幻沢大滝

日程:2012/12/22-24

概要:計画では上ノ権現沢 、天狗沢左俣などのロング遡行と夢幻沢大滝などのバーティカル登攀を組み合わせることになっていたが、直前に南岸低気圧と強烈なクリスマス寒波がやってくる予報となり、実際、初日の朝に美しの森駐車場に着いたときにははっきりと雪。結局、この日は出合小屋までの歩荷に終わって鍋宴会。2日目にかろうじて夢幻沢大滝1本を登ったものの、2日目の夜にも降った雪のために、権現沢左俣の展望台の滝を目指した3日目もあえなくラッセル敗退。

山頂:---

同行:かっきー / はっしー

山行寸描

▲夢幻沢大滝。上の画像をクリックすると、上ノ権現沢夢幻沢大滝の登攀の概要が見られます。(2012/12/23撮影)
▲夢幻沢大滝をフォローで登る私……要修行。(2012/12/23撮影)

アイスクライミングの講習を何度か受けて、用具と技術のチューンナップに努めた昨冬。その目的はもちろんアルパインアイスですが、1月の遺品回収山行に一緒に行ったかっきーに「次の冬にはぜひ誘ってほしい」とお願いしていた言葉が実現し、八ヶ岳東面の氷瀑を目指すことになりました。同行はもう1人、アウトドア全般のエキスパートであるはっしー。私はかっきー号で美しの森を目指し、関西から来るはっしーともそこで落ち合う計画です。

2012/12/22

△10:35 美しの森 → △12:55 出合小屋

中央自動車道が事故で不通のために奥多摩から柳沢峠を越えて甲州に入り、「道の駅 南きよさと」で数時間の仮眠をとってから美しの森へ。しかしというか、やはりというか、天気予報の通り南岸低気圧の影響で雪が降っており、この日の登攀ははなから無理という情勢です。はっしーが到着してもしばらくの間は車内で追加の仮眠を続け、雪があがった10時半すぎにようやく出発しました。

何度も辿ったこの林道に積もっている新雪はせいぜい足首程度までしかありませんが、その雪の下はがちがちに凍っていたりして油断はできません。それでも我々の少し前に出発していた4人ほどのパーティーを追い越し、さらに沢沿いに入ってからも平成21-22年(2009-10年)に新設された堰堤のためにすっかり歩きやすくなっていた道を上流に進んで、わずか2時間20分の歩きでこの日の行動を終了しました。

懐かしの出合小屋の中には先住者2人のテントが張られていました。我々も小屋の奥にテント2張りを設営し終えると、後はすることがありません。

そんなわけで、14時頃から早くも宴会開始。かっきー特製のつくね鍋(この日はキムチ味)で腹を満たしてから、各自持参した酒をひたすら飲み続けます。そうこうしているうちに、小屋の外には東京からの5人パーティーのテント2張りと石川県の4人パーティーのテント1張り、さらに小屋の中にも後から来た富山県の男女パーティーがテント1張りを張って賑やかになってきましたが、その間もかっきーとはっしーの飲みダベリは一向に止まる気配がありません。途中で戦線離脱した私は早々に自分のテントの中でシュラフに潜り込んだのですが、すっかり暗くなった小屋の中でヘッドランプの明かりを頼りに飲み続ける2人の会話は、

  • 私についての話(断片的に聞こえてきた「ああ見えて……」とか「あの歳で……」って何?)
  • K2に登りたい!という話(ただし、宝くじが当たればという留保条件つき)
  • いわゆる『種の保存本能』についての話(それぞれに赤裸々な体験談を語っていましたが、残念ながらとてもここには書けません)

などなど。先住者の2人組はこの騒音公害にもだんまりを決め込んでいましたが、さすがに21時頃になって、後から来た男女パーティーの男性の方が懇願するような口調で「すみません、そろそろ」と言ってきました。ところがすっかりでき上がっているかっきー曰く「あっ、声が大きいですよね。大丈夫ですか?」……って大丈夫なわけないでしょう!その後も二者協議が終焉の様子を見せないので今度は私がテントから顔を出して「もう寝ましょう。21時を過ぎてますよ」と声を掛けたところ、やっと2人とも正気を取り戻して自分たちのテントに帰還してくれました。やれやれ、どうなることかと思った。

2012/12/23

△07:50 出合小屋 → △10:50-15:30 夢幻沢大滝 → △16:40 出合小屋

他のパーティーが出掛けた後にのんびり起床。うむ〜、山屋としてこれでいいのか?という気もしないでもありませんが、当初の予報によればこの日は厳しい寒波の張り出しが始まる日で、稜線まで抜けると強烈な寒気に叩かれるだろうからと上ノ権現沢の途中の夢幻沢大滝までのショートトリップを予定しているので実は大丈夫です。

頃合いを見て小屋を出たら沢筋を上流に向かい、ツルネ東稜の取付の手前から左手に伸びる上ノ権現沢に入りました。この沢の下流域は『チャレンジ!アルパインクライミング』の記述によれば次々と現れる氷瀑、氷のナメが楽しいところのようですがただし、この沢は全体にゴルジュ状で、積雪が増すとほとんどの滝が埋まってしまう。タイミングとしてはよく冷えた年、南岸低気圧で本格的な積雪を見る前を狙いたいとも書かれてあるとおり、沢の中は新雪が覆っている上にところどころに結氷しきっていない釜が口を開けていて、アイスルートらしからぬ様相です。

それでも2カ所ほどの氷の小滝を楽しくダブルアックスで越え、アンモナイトのような雪のロールを横目に見つつ、幸いにして明るく晴れた空の下の稜線を見上げながらの遡行を続けました。

やがて顕著なゴルジュを経て1段高いところに出ると、本流の右岸に切れ込んだ支流の奥に細い垂直の氷瀑が見えてきました。しかしこれは目指す夢幻沢大滝ではなく、そこからさらに本流を上流へ進んだところで、本流が右へ向きを変えるのを見送ってわずかに直進したところへ左上から落ちてきていたのが正真正銘の夢幻沢大滝でした。水がしみ出していて状態は完璧とは言えませんが、それでも上から下までしっかりつながっていて問題なく登れそうです。ここまで前夜の酒が残っていて絶不調だったかっきーもこの立派な滝を見て大喜び、すっかり元気を取り戻しました。

リードは、はっしー。この滝は一見すると斜度がそれほどないように思えますが、取り付いてみればはっきりとバーティカルで、しかも比較的傾斜の緩い(70度くらい?)左端は小さなつららの集合体状態であるために体重を預けることができず、真ん中の80〜85度の壁を突破せざるを得ません。シーズン最初の登攀がこれではさすがのはっしーにも厳しかったようで、途中からは各駅停車でアックスにテンションをかけながら70分をかけての渾身のクライミングになりました。この間、かっきーはビレイ、私は撮影と役割を分けて下からはっしーを見上げていましたが、身体を動かしていない我々の身体はすっかり冷えきってしまいました。

しかし、リードの苦労は後続してみて初めてわかるもの。セカンドで取り付いた私も、高度を上げていくにつれてはっきりパンプしてきてしまいました。よく研いだモノポイントが足をしっかり支えてくれていたおかげで安定したレストができはしたものの、それでもはっしーが上からロープでテンションをかけてくれていなければ途中で力尽きてしまったことでしょう。そしてなんとかはっしーのところに登りついてセルフビレイをとり、アックスを手から放した途端、両手の指に血行が戻って激しい痛みが襲ってきました。

セカンドの私が20分、ラストのかっきーが15分。バーティカル部を抜けて傾斜の落ちた場所にはっしーがアイススクリュー2本で作った支点に3人が揃い、続く短いピッチをかっきー、はっしー、私の順に登って、滝の上の緩やかな雪のルンゼに達しました。そこにバケツを掘って腰絡みでビレイしていたかっきーのところに着いて、ここでビレイ解除。ロープを外して少し上流に進み、右手の尾根へラッセルで上がってから、しっかりした立ち木にロープをかけて懸垂下降しました。

下り立ったところは上ノ権現沢の少し上流に当たる場所で、そこから急なルンゼをクライムダウンして元の本流と夢幻沢の出合に戻りましたが、改めて見上げてみると夢幻沢大滝はやはり厳しい角度で立っていました。当初はこの滝でしばらく遊ぼうと言い合っていたのですが、登り終えた今となってはもうこの1本だけでお腹いっぱい。出だしが遅かったこともあり、今日はこれまでとして小屋へ戻ることにしました。

自分たちがつけた踏み跡を逆に辿り、途中の小氷瀑は後ろ向きにクライムダウンして、小屋に戻ったのは日が翳る頃合い。しかし暗いのは時刻のせいばかりではなく、稜線を風雪が襲い雪が降ってきてもいるからでした。ところが、小屋に戻ってみると先住者の2人パーティーのテントは跡形もなくなっています。昨夜あんなに遅くまで飲み騒ぎ続けたから外へ避難したのだろうかとかっきーはすっかり反省してしまいましたが、それよりも気になるのは後から小屋へ入った男女2人組と、小屋の外にテントを張った5人+4人が戻っていないこと。間もなくあたりは暗闇に閉ざされようとしているのにこれら3組の誰も戻ってきていないのは、全パーティーが計画外の行動を強いられている証拠です。男女2人組の行き先は天狗尾根、5人組と4人組はそれぞれ旭岳東稜。そのいずれも下降はツルネ東稜になるはずですが、トレースされていればともかく、昨夜の新雪の後のツルネ東稜を月明かりもなしに正確に下降してくるのは難度の高い行程になるはずです。

心配しながらも昨夜と同様に鍋を作り、ストーブに火を熾して、わずかに残った酒を大事に分け合って飲んでいたところ、まず18時半に天狗尾根パーティーが戻ってきました。お疲れさまでした!無事で何より!焼酎の薄いお湯割りをふるまいながら、ハードワークへのねぎらいと昨夜のお詫びとを混ぜこぜにして声を掛けましたが、お二人ともまだまだ余裕がある様子です。さらに、そこからずいぶんたった20時頃に東京の5人組が、続いて21時15分頃に石川県の4人組が帰還してきました。いずれも男女混成のパーティーでしたが、深い雪をかき分け岩と氷を攀じて稜線に達し、そこから風雪の稜線を縦走して暗闇の中に下降点を見つけ出し、方向を誤らずにツルネ東稜を下ってきたその力量には感服です。小屋に入ってきたそれぞれのパーティーのメンバーにホットウイスキーを提供したり、ストーブにあたってもらったりしながら話を聞きましたが、疲労はしていてもいずれもうらやましいほど充実感に満ちた顔。それもそのはず、鍛え上げた自分の体力と技術を信じて条件の厳しい山とがっぷり組み、しっかり生きて帰ってくるこうした山行こそ、アルパインクライミングの醍醐味なのですから。

2012/12/24

△06:55 出合小屋 → △07:25-45 権現沢左俣出合 → △08:05-30 出合小屋 → △09:50 美しの森

5時起床。この日は権現沢左俣の途中にある「展望台の滝」を登ってから下山する予定です。

昨夜帰ってきた3パーティーはさすがにいずれもまったりモードでテントの中でしたが、我々は朝日を浴びてオレンジ色に染まる権現岳の姿に見とれながら再び上流を目指しました。ところが、ツルネ東稜取付へ向かう踏み跡を右に分けて左手の権現沢に入り、引き続き昨日つけられたらしい踏み跡を辿っていくと、その踏み跡は途中から右手、つまり旭岳東稜に登って行ってしまい、そこから先は深雪で膝近くからところにより腰までのラッセルが待っていました。しばらく雪と格闘して権現沢の右俣と左俣の分岐までは進んだものの、ここで地形図とにらめっこをしてみると、ワカンもない状況下ではたとえがんばって展望台の滝まで達することができたとしても時間がかかり過ぎで、そこから直ちに引き返さなければ明るいうちの下山は覚束なくなってしまうという計算結果が出ました。

敗退決定。そうなれば、後は温泉が待つ下界へ下るばかりです。

小屋に戻ってデポしていた荷物を回収し、例によって箒で板の間の上を掃き清めてから、戸締まりをして小屋を出ました。山慣れた天狗尾根パーティーは既に下山した後、その他のパーティーはまだテントの中で寛いでいましたが、彼らはいずれも大仕事を終えた後の満ち足りた朝を過ごしていたことでしょう。

地獄谷の下流から振り返ると、抜けるような青空の下に権現岳から旭岳にかけての稜線が純白に輝いていました。我々も、次に来るときには沢筋を詰めてしっかりあの稜線まで達したいものです。ともあれ、かっきー、はっしー、同行ありがとうございました。今回は南岸低気圧の到来と重なったこともあってかなり控えめなクライミングになってしまいましたが、次回ご一緒するときは、心身共に全力を出し切るようなアルパインアイスを実践しましょう!

下山してから、美しの森からさほど離れていない「パノラマの湯」で身体を温め、併設されている食堂のステーキ丼で腹を満たしました。

はっしーとはここでお別れし、かっきーと再び甲府盆地から柳沢峠越えに道を辿って帰京しました。道中ずっと流れていたBGMは、およそ脈絡というもののない多彩な曲の数々。その中でもどういうわけか耳にこびりついてしまったのは、これらの曲でした。

  • The Carpenters「Only Yesterday」♫Tomorrow may be even brighter than today〜
  • 石川さゆり「あいあい傘」♫それでも許してあげる〜わ〜
  • 水木一郎&ヤング・フレッシュ「ゴワッパー5の歌」♫合図だあつまれゴワッパ〜

耳を傾けてみれば、どれもいい曲じゃないですか。