甲斐駒ヶ岳赤石沢奥壁中央稜〔敗退〕

山頂  
分類 南アルプス / アルパイン
日程 2011/01/08-10
同行 現場監督氏
概要 黒戸尾根を登って七丈小屋泊。翌日、八合目から八丈バンドを渡って奥壁中央稜を登るも、4ピッチ目途中で時間切れ敗退。七丈小屋に再度泊まり、三日目に下山。

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赤石沢奥壁全景。この景観は素晴らしかったのですが……。(2011/01/09撮影)

1ピッチ目のクラック。下部がかなり雪に埋もれているが、それでもアイゼンでは厳しかった。(2011/01/09撮影)

2ピッチ目のスラブを登る私。ここもかなり痺れました。(2011/01/09撮影)

4ピッチ目の途中。ここで撤退を決定。(2011/01/09撮影)

1月最初の連休を使って、甲斐駒ヶ岳の赤石沢奥壁中央稜へ現場監督氏と行ってきました。このルートには2006年7月に登ったことがあり、ある程度勝手はわかっていたのですが、やはり夏と冬とでは大違い。アイゼンの爪先やバイルのピックの先端に生命を預けてのシビアな登攀に神経をすり減らしているうちに時間がどんどん過ぎてゆき、正午を回ったところでまだ4ピッチ目の途中。その日の夜に寒波が到来するとの予報を仕入れていたため、ルート途中でのビバークを避けてここで撤退としました。はっきり言って敗因は、私の実力不足。アイゼン登攀の技術も、プアなプロテクションに耐える精神力も、完全に不足していました。甲斐駒に「要修行!」とダメ出しされたような気分です。

2011/01/08

■07:05 竹宇駒ヶ岳神社 ■11:40-12:00 五合目 ■13:05 七丈小屋

現場監督氏の車で竹宇駒ヶ岳神社の駐車場に着いたのは、午前1時頃。この日は七丈小屋までの登りだけなので、のんびり6時に起きて、7時頃に出発としました。駐車場にも神社の境内にも雪はほとんど見当たらず、登山道に入ってからもしばらくはふかふかの枯葉の窪地をひたすら高度を上げるだけ。やがて笹の平分岐点あたりからさすがに雪山の風情も出てきて、刃渡りでは背後に八ヶ岳の大展望が開け、左手には白い鳳凰三山や富士山の姿も見られるようになってきました。

五合目には、もはや小屋の影も形も見当たらず、その先の怒濤の梯子と岩場・鎖場を慎重に登ってゆくと、思ったより早く七丈小屋に着きました。2006年の夏はここまで5時間、今回は6時間。まあ標準タイムと言ってよいでしょう。

小屋で手続をしたのは我々がこの日の一番手で、名物小屋番の田部さんの指示に沿って記帳し料金を払うと、カップ汁粉とコーヒーパックをいただきました。その後に3人組、単独、二人組と上がってきましたが、テント客も少なからずいて小屋は空いていました。夕暮れまで時間は十分にあるので、現場監督氏は写真撮影かたがた八合目まで偵察に行きましたが、怠惰な私はぽかぽかと暖かい小屋の中でのんびり。しかし、2時間後に戻ってきた現場監督氏の言によれば、八合目までは雪が深く、その先もラッセルになりそうとのこと。年末からこちらは雪が降っていないと思っていたので、それは意外!

この時期の七丈小屋は寝具付素泊まりが4,500円、シュラフ持参なら3,500円で、食事は自炊が基本(カップめんの販売はあります)。私は「ペヤング超大盛やきそば」と「山菜おこわ」の夕食としましたが、やきそばの方は胸焼けするくらいのボリュームがありました。夕食で食べておいてよかった。こんなものを登攀当日の朝に食べたら、それだけで行動不能になってしまったことでしょう。田部さんも「何ですか?これは!」と覗き見たほどです。

さて、意外に雪が深いという情報をもとに翌朝は5時出発ということにしましたが、就寝前に田部さんから得た情報は、次の二点でした。

2011/01/09

■05:05 七丈小屋 ■06:25 八合目御来迎場 ■07:30-50 奥壁中央稜取付

つけっぱなしのストーブでぽかぽかの一夜を過ごして、3時半に現場監督氏の時計の目覚まし音で起床。寝静まっている他の登山客を起こさないように……というのは無理な話ではあるものの、なるべく静かに食事をすませて装備を身に着け、小屋の外でアイゼンを履きました。まだ真っ暗ではあるものの、気温はそれほど低くなく、風もない穏やかな天気になりそうです。

昨日現場監督氏がつけてくれていた踏み跡を辿って、八合目に上がったあたりであたりが明るくなりました。八合目の鳥居跡の先、平坦地にはテントを張った跡の風よけブロックが残っていましたが、これは「1月4日」のパーティーのものではなさそうです。

登山道を離れて左手へ下り、トラバースを開始。夏ならバンド上に踏み跡が続くところもこの時期は雪に足を潜らせながらの歩きとなりますが、確かにかすかに踏み跡らしきものがところどころ残っています。ただ、風に吹き寄せられた雪が踏み跡を覆っており、多少のラッセルは必要でした。

道はルンゼ状の箇所を一度下って登り返し、さらに摩利支天方向へ進むと尾根筋を回り込んだところで前方に圧倒的な奥壁の展望が広がりました。この景観は2006年に見ているはずですが、あらためて感動。そしてまず右ルンゼが同定でき、そこから中央稜も容易に特定できました。その中間部には顕著なクラックもはっきり見えており、そこからルート全体のスケールも見当がついたのですが……こんなに長大なんだっけ?ともあれ、後ろ向きになって右ルンゼへの急な雪壁を下り、さらに奥へ。雪は概ね安定しているものの、足を滑らせればそのまま赤石沢の下の方まで滑り落ちていきかねないので気は抜けません。

中央稜の取付は足元をかなり雪に覆われていましたが、特徴的なチムニー状の岩は見間違えようがなく、そこで残置ピンとカムとで支点を作ってからロープを結びました。順番はどうする?という現場監督氏の問いに「自分はここを夏にリードしているから、現場監督氏どうぞ」と他意なく答えたのですが、アイゼンで登るこのピッチが大奮闘ものになるとは、このときは知るよしもありませんでした。

1ピッチ目(25m / A0,IV+)。現場監督氏のリード。アイゼンの爪をガリガリ言わせながらチムニーに入っていこうとした現場監督氏ですが、ザックがつかえて奥に進めず、いったん仕切り直し。空身になって再びチムニーに突入し、ずりずりと身体を引き上げて奥にカムを決めると、チムニーの右壁の上から抜けていきました。そこで残置ピンに身体を固定して荷揚げをしてから、現場監督氏の姿はビレイしている私の視界からは消えていったのですが、その後も上からは「めちゃくちゃ悪い!」「ロープ張ってて、ちょっとレスト」などと現場監督氏にしては珍しいボヤキが聞こえてきます。それでも徐々にロープは伸びていって、やがてキンキンとピトンを打つ音が聞こえ、そこからさらにしばらく登ったところでビレイ解除の合図のホイッスルが聞こえてきました。後続の私は、現場監督氏が残したカムを使うことでチムニーから身体をはみ出させた態勢で登れたために、ザックを背負ったままでもチムニーを抜けることができましたが、その先のフェイスには痺れました。傾斜は多少緩やかになっている上に穏やかな天気のおかげで素手になることができたのですが、それでもアイゼンの前爪できっちり立ち込んでの登りが続き、途中ではホールドが乏しくなって泣きが入る始末。先ほどのキンキンという音は現場監督氏が草付にイボイノシシを打ち込んだ音でしたが、そのイボイノシシを回収するゆとりもなく(後で下降時に回収)、現場監督氏がダブルアックスで突破したという草付も思い切りゴボウで抜けました。このピッチ、私ではとてもリードで突破することはできなかったでしょう。

2ピッチ目(10m / A0,IV+)。私のリード。頭上のスラブは一見傾斜が寝ているように見えるのですが、右から回り込むように上がってスラブ右端の木にランナーをとったところで真横から見ると、思い切り立っています。ランナーによって上から確保された状態で岩壁の右端沿いに数m下り、スラブの途中に見えているひんまがったピトンまでの直登ラインを探しましたが、すぐには足の置き場が見えてきません。困ったな、とあれこれ悩んでいるうちに、現場監督氏からのアドバイスもあって岩に貼り付いた黒っぽい苔(?)がフットホールドを提供していることを発見。なんとか乗り上がって残置ピンに手を届かせ、クイックドローをかけてぶら下がりました。その上はスラブの左上に雪が着いているところに踏み跡らしきものがあり、試みに伸び上がってバイルを打ち込んでみると、どうにか身体を支えてくれそうです。ここでも何度も試行錯誤を繰り返し、最後は二本打ち込んだバイルに体重を預けて足を運んでみると、どうにかアイゼンの爪先が足場をとらえてくれてスラブ奥の壁の前に立つことができました。スラブの出口は、そこから真横左。スラブ上端の灌木に残置スリングとカラビナとが見えています。スラブ奥壁に縦に這っている小指ほどの太さの木の根にスリングを巻き付けてランナーをとり、そのスリングを右手で持って思い切り身体を左上に伸ばすとしっかりした小灌木に手が届いて、残置スリングの灌木の上へ出られました。ロープが屈曲しているのでその少し上でピッチを切りましたが、このわずか10mを抜けるのにリードだけで40分も使ってしまいました。

3ピッチ目(40m / II)。現場監督氏のリード。単なる雪壁を突き当たりの岩壁まで登るピッチですが、ラッセルとなり体力を消耗します。

このピッチを終えて岩壁の下(第二バンド)に二人が揃ったところで、行動食の干し柿を食べながら登攀継続の可否について協議。この時点で11時になっており、3ピッチ目の雪壁のようなラッセルが上部でも続くとするとこの日のうちに稜線まで達するのはかなり難しそうです。一応ビバーク装備として、ツェルト、軽量コンロ、食料、マット、シュラフカバーをザックの中に入れてきてはいるのですが、昨夜聞いた「寒波が来る」という情報が重くのしかかってきました。それでも、せめて下部岩壁を突破するところまでは行ってみようと意見がまとまり、登攀再開となります。

4ピッチ目(10m / A1,IV)。私のリード。出だしは残置ピンにアブミを2手つなぎ、その上に垂れている新しい残置スリングにしっかりつかまって右上へ身体を振り込んで一段上へ乗り上がりました。しかし、そこからもう一段上へあがるラインが見出せません。素直に見れば右上へ続くランペ状なのですが、よいフットホールドが得られそうにない上に、最後のランナーは既に足下で落ちればそれなりのダメージを覚悟しなければなりません。目の前の岩の凹部にピトンを打ち込もうとしてみてもよいリスがなく、行き詰まってしまいました。気持ちが完全に負けてしまっていることを自覚しながら逡巡しばし、発想を変えて左寄りの高い位置に横向きに生えている灌木に狙いを定めることにしましたが、こちらもそこに手を届かせるためには上から垂れ下がっている枯木に体重をかけなければなりません。枯木の幹は真っ白でひび割れており、頼りにしたくない風情。下でビレイしてくれている現場監督氏に「落ちたら頼みます」と声を掛けて枯木をつかみ、思い切り体重をかけて身体を引き上げました。

どうにか上のレッジに上がり、続いて見覚えのあるふくらんだざらざらの高さ2m程の壁に入ったクラックを突破しようとしましたが、ザックが引っかかってどうしても身体を進めることができません。夏に登ったときは上から垂れていた木の枝でA0にしたのですが、どうやらその枝は折れてしまっている様子。空身になろうにもザックを下ろせる安定した場所がないので、ザックを預けるためにここまで現場監督氏に上がってもらうことにしました。

……とは言うものの……。

■12:15-30 4ピッチ目途中 ■13:15-25 奥壁中央稜取付 ■14:20 八合目御来迎場 ■15:00 七丈小屋

現場監督氏に4ピッチ目の途中のレッジまで上がってもらったところで、再度協議。時刻は既に正午を回っており、この日のうちに上まで抜けるのはほぼ絶望的。ここからラインは右ルンゼ側へ右上するかたちになりますが、現在位置から下降するのであればほぼ直線的に退却可能です。残念ですが、今回はここで敗退とすることにしました。なにしろ、私が担当したピッチ(2ピッチ目と4ピッチ目)で、リードがそれぞれ40分をかけて合計20mしかロープを伸ばせないのでは、クライミングになりません。申し訳なし……。

いつの間にか気温が下がって金属製品が粘り気を持ち始める中、レッジに生えた心細い灌木を使って第二バンドまで懸垂下降し、そこから50m目一杯下って1ピッチ目終了点。もう一度の懸垂下降で取付に戻って、ロープを解きました。あとは、もと来たルートを八合目に向けて登るだけ。斜面の途中から振り返ると、中央稜下部に我々が残した足跡がはっきり見えていましたが、我々の到達点は中央稜全体の高距の1/5程度に過ぎないことは一目瞭然でした。

すごすごと七丈小屋に戻って、管理人の田部さんに連泊を申し入れ、あとはすることもなく就寝の時刻になるのを待ちました。

2011/01/10

■07:25 七丈小屋 ■08:15 五合目 ■11:30 竹宇駒ヶ岳神社

夜のうちに雪が降り、小屋の周りにも5cmほどの積雪がありましたが、空は快晴。ただし山頂付近は風が強そうです。前夜の同宿者は年配の男性二人組で、彼らは山頂をピストンする計画でしたが、我々は冬の甲斐駒山頂はそれぞれに踏んだ経験があるので、まっすぐ下界を目指すことにしました。

刃渡りの近くでは、太陽のある方向に霧が湧き、その中を舞う雪片が美しい光の柱をつくる現象を見ることができました。あとは淡々とした下りですが、日陰の斜面では登山道が凍結しており、下りの苦手な私は最後までアイゼンを脱ぐことができませんでした。

下山後に入った風呂は、現場監督氏のチョイスで「薮の湯みはらし」。ここの展望風呂は、掛け値なしに素晴らしかった!正面には八ヶ岳方面の展望がどーんと広がり、左手には甲斐駒の赤石沢奥壁をほぼまるまる見上げることができます。もちろん、我々が敗退した中央稜もはっきりとわかり、ちょっとばかり複雑な心境にもなりました。