太田切川本谷東熊沢

山頂 熊沢岳2,778m / 檜尾岳2,728m
分類 中央アルプス / 沢登り
日程 2010/09/18-20
同行 T女史
概要 太田切川本谷を遡行し、二俣から東熊沢へ入って、標高1,910m付近に幕営。翌日、70m滝で右岸に入る支沢を詰めて稜線に抜け、北へ縦走して檜尾岳直下の避難小屋へ。三日目は檜尾尾根を下山。
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フィックスロープで登る凹角。上の画像をクリックすると、太田切川本谷東熊沢(初日)の遡行の概要が見られます。(2010/09/18撮影)
東熊沢の40m滝。右のルンゼから巻き上がりましたが、ここで落石を起こしてしまいました。(2010/09/18撮影)
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標高1,910m右岸支沢の70m大滝。上の画像をクリックすると、太田切川本谷東熊沢(二日目)の遡行の概要が見られます。(2010/09/19撮影)

昨年中御所谷をご一緒したパートナーT女史と、今年も中央アルプスの沢へ。最初に考えたのは太田切川本谷を遡行して木曽殿越へ抜けるコースですが、下山にとる池山尾根の登山道が閉鎖されていた(のち修復)ためにこの案は廃案となり、なかなか決定打を見出せずにいました。そんな中、沢友ひろた氏の『その空の下で。。。』で太田切川本谷から東熊沢へ入り、さらに標高1,900mで右岸に出合う支沢が紹介され、その出合の70m大滝がフリーで快適に登れる上に、出合から少し入った1:2の二俣で右の20m滝を見送ったひろた氏は誰か、ここを右に入ってみてくださーい!と書いていました。義を見てせざるは勇なきなり。ここはひとつ、自分が入ってみようじゃないかとこのヴァリエーション(?)に挑むことにしました。

前夜新宿をバスで発って、駒ヶ根駅近くに着いたのは0時過ぎ。大阪から車で移動中のT女史に到着メールを入れて、駒ヶ根駅構内にマットを広げました。ここは待合室は夜間閉鎖されますが、券売機前のロビーも十分広く、明る過ぎる点を除けばステーションビバークには好適です。そして、「おはようございます」というT女史の声で目覚めたのは、4時45分。近くのマクドナルドで朝食をとり、菅の台の駐車場に車をデポして、しらび平行きのバスに乗り込みました。

2010/09/18

■06:55 檜尾橋 ■07:45-08:15 取水堰堤 ■10:05 梯子ダル沢出合

檜尾橋のバス停で下りて、ここから山行開始。橋を渡り、車道がヘアピン状に右へ曲がるところから山道に入ります。これは目指す太田切川本谷の取水堰堤最初はしばらく高度を上げますが、すぐに水平な道。橋を架けたりトンネルがあったりして変化に富んでいますが、どこまでもフラットな気持ちのよい道です。

のんびり徒歩50分で取水堰堤到着。既に先行パーティーが準備をしているのが見え、我々も橋を渡って取水施設の敷地に入ります。ここから沢に入るために「フェンスを乗り越えて」というウェブ上の記録をいくつか見ましたが、もちろんそんなことをしてはならず、施設の山側斜面に巻き道がちゃんとできています。そのルートをとって取水堰堤の上流側に下りたって、遡行準備開始。30分ほどで準備が終わりいざ出発!となったのですが、見れば先行パーティーはまだ視界の中にいます。30分かけてあそこまでしか進めないのか?とT女史を顔を見合わせましたが、その疑問はすぐに解けることになりました。

歩き出してわずか5分で最初の核心。釜に青白い激流が流れ込んでいるところで、見るからに厳しそうです。お助け紐では不安になりロープを出して私が釜に入りましたが、二日前の雨で増水しているのか足がふんばれない深さで、また左壁も手がかりに乏しく水圧に勝てません。まさか、ここで敗退?と一瞬あせりましたが、発想を変えて左壁沿い=水が流れ込んでくる場所への正面突破ではなく、右寄りにラインをとると、途端に水流が弱くなって無理なく渡ることができました。

一難去ってまた一難。続いて今度は大きな岩の間をフィックスロープ頼みに登るポイントです。念のためアブミを持ってきていたのですが、先にとりついたT女史は立てかけられていた流木で半分くらいまで高さを稼ぐと、手持ちのスリングをフィックスロープにつけられたループに掛け、そこに足を入れてすいすいと抜けてしまいました。やるなあ。

後続の私もT女史が残してくれたスリングを使って登りましたが、最上部は非常に狭く、ザックと身体がひっかかって二進も三進もいきません。結局、凹角の向こう側へ頭から倒れ込むような格好わるいスタイルでなんとかここを越えました。なるほど、先行パーティーが時間を費やしていたのも納得です。そして、間髪入れず右岸の膨らんだ岩をフリクションでトラバースするポイント。その膨らみ具合や岩の色がなんとなくフォアグラを連想させますが、T女史はここを難なく通過。私は相変わらずのへっぴり腰でずり上がったところでスリップし、右の釜へ胸までドボン!しかし、ここは最初から釜を進んだ方が早いかもしれません。

フォアグラトラバースを過ぎると右岸に糸ダル沢が落ちてきて、さらにその先で左岸に雨ダル沢を迎えるところで本谷は大きく左へ曲がります。このあたりからはっきりとゴルジュっぽくなってきて、テーブルのような小滝や洗濯機のような釜を持つ滝が現れますが、いずれも右壁から簡単に通過可能。丸太渡りやプチボルダリングも交えたりして、太田切川本谷の旺盛なサービス精神を満喫しているうちに、第二の激流ポイント。ここで先行パーティー4人に追いつきました。ちょうど男女二人が抜けて、残りの男女二人を迎えようとしているところでしたが、これから渡ろうとしている女性の方は「こわいー!もうここまででいいー!」と大声をあげつつも、大胆に水流に飛び込んでいきました。もう一人の男性も、我々に親切にラインを教えてくれてから、こちらは確保なしで飛び込んでいきましたが、どうやら泡立つ水面の下は意外に浅いようです。待ち時間の間に我々も念のためロープを出し、私から先行してみたところ、なるほど最初の一歩だけ身を投げ出すようにして距離を稼げば、あとは手がかり足がかりに困りません。T女史にも問題なく後続してもらいました。ただ、ここまで水に浸かる場面が少なくなかったので身体が冷えてしまっており、T女史から「唇が青いですよ」と指摘されました。これは早いところ日向に出て、エネルギーも補給しなくては。

そんな気持ちを沢が察してくれたのか、その上の小滝を左岸の草付から小さく巻いたところで日が当たり、そこに左岸から堂々たる40m滝を落として梯子ダル沢が出合っていました。この滝は、見惚れるほどに立派です。見るからに直登は無理そうですが……ひろた氏ならやるかも?ともあれ、ゴルジュを抜けたこのあたりで休もうかとも思いましたが、先行パーティーが休憩していたのでもう少し進むことにします。

続いて出てきたのは手前に釜を広げた5mほどの滝。ここは左側にバンドが続いていて、なるべく下へ下へとフットホールドを選んでゆけば、問題なくトラバース可能。ここを過ぎて、左岸に無名沢がこれまた立派な20m滝をかけているいるのを見上げながら、小休止としました。

■12:20-35 二俣 ■13:00-14:20 40m滝の高巻き ■15:00 1,900m幕営地

右岸の大地獄沢を見送ると、しばらくは単調なゴーロ歩き。トポに書かれていない支沢を左岸に迎え、さらに四角い大きなボルダーを右岸に見て進むと、やっと二俣に到着しました。今回は二泊三日の装備を持ってきていることもあり、ここまで時間がかかっていたら二俣周辺に泊まろうかとも思っていましたが、まだ早い時刻。それならと、小休止の後に二俣を右へ、東熊沢に入りましたが、このとき視界の隅に梯子ダル沢の前で抜かした4人パーティーの姿が入りました。第二激流ポイントで会話を交わしたときに、彼らも東熊沢へ入ることを聞いていたので、後でまた会うことになるなと思ったのですが……。

東熊沢に入ってしばらくで出てくるのは、二段10m滝。見た目にはもっと大きそうですが、傾斜は寝ています。ここは下部を左寄りから一段上がって奥へ進み、そこから水流の左のルンゼ状を問題なく登れます(III級程度)。

この滝を越えたすぐ上に、東熊沢のポイントとなる40m滝。なるほどこれは立派ですが、左岸に入ってきている大きなルンゼからのガレの押し出しが滝の手前の釜を埋めているのが残念。そしてこの滝の登路は、そのガレのルンゼです。

まずはロープをつけずにルンゼ内を10mほど登り、そこにピトンを打って確保態勢を作ります。ひろた氏たちは恐らくそこから左側の壁を小さく登って滝の方へ樹林帯に入るように回り込んだのだと思いますが、私はその一段上の岩棚の上から樹林帯へ抜けるラインを試してみることにしました。しかしこれは失敗!行けると思ったラインはホールドが乏しく、しばらく粘ってみましたが突破口が見出せません。しかたなく軌道修正してルンゼを上へ詰めることにしましたが、なにしろザラザラのガレガレ。石を落とさないようにするのは至難の業で、そうこうするうちに後続パーティーがこのルンゼに入ってくるのではないかと気が気ではありません。ルンゼはピトンを打ったところから30mくらいで左に大きく曲がっており、いったんそこにT女史を迎えてから左上のルンゼへさらに進みます。ルンゼが滝の上の方角へ向かっているのと、どうもその途中に草付が切れている箇所があるらしいのが見てとれるのとで方向としては間違っていないようだとの見当はつきましたが、相変わらず足元がデリケートな登りが続きます。それでも15mほど登ったところに目論見通りに踏み跡が草付に入口を作っている場所を見つけ、慎重にトラバースして草付の中に入って樹木に確保態勢を作りました。続いてT女史にも後続してもらいましたが、このとき既に後続パーティーはルンゼに入っていたようです。T女史が草付に入る直前に大きな石を落としてしまい、あわてて「ラーク!ラーク!」とコールすると、下からも落石を知らせあうコールと女性の悲鳴が聞こえてきました。当たったか?どうしよう?しかし、今いる位置からは後続パーティーの場所へ駆け付ける手段がありません。胸が塞がる思いでしばらく耳を澄ませましたが下の様子はわからず、仕方なく行動を再開。草付に入った位置から一段下ると滝の方向に脆い岩壁がありますが、うまい具合にバンドが続いていてIII級程度のトラバースで岩壁の向こうの草付から踏み跡を辿って樹林の中へ進めます。この間に後続パーティーのコールが聞こえてきたので、どうやら行動停止には至らなかった模様。多少ほっとしました。さらに樹林の中はロープも不要な易しい斜め下りで、降り着いたところはぴったり40m滝の落ち口でした。

上記のように我々がとったラインもそれなりの人を迎えているようですが、いかんせん脆いルンゼの登りが長く、お勧めできません。やはり、ルンゼを登り始めて10mほどの位置から左へ回り込むラインが適切なのでしょう。

小さなナメ滝をひとつ越えると、この日最後の滝となる10m滝。豪勢にヒョングっているこの滝をひろた氏はつるつるの右側から越えたのですが、いや〜これは……一般人は左から行った方がいいでしょう!幸い、左壁にはチッピングしたかのようにホールドが散りばめられているので、楽しくフリークライム可能。グレード的にもIII+程度です。

そこから先はゴーロとなり、幕営地を探しながらのんびり進みます。すると、あったあった、恐らくひろた氏たちがタープを張ったのであろう幕営適地と、その近くに豪勢な焚き火の跡。「ひろたさんが泊まった後はぺんぺん草も生えない」と言われるほど徹底的に薪が消費されるので、我々は焚き火ができないのではないか?と心配していたのですが、さすが中央アルプスの沢は懐が深く、ひろた氏渾身の焚き火にもかかわらず薪は豊富に残されていました。ただ、この頃ぽつぽつと雨が降ってきていることもあり、あまり河原にテントを立てたくありません。そこで周辺を歩き回ると、さらに20mほど上流の草付の中に草を踏みしだいた幕営跡があったので、そこを足でならしてテントを立てました。

雨は本降りになることもなく、控えめな焚き火を囲んでの夕食は、T女史が作った野菜シチュー、スパゲティ、ツナサラダ。アルコールは各自持参で、T女史はビールと白ワイン、私はロンリコ水割り。

我々がこの場所に着いてからちょうど2時間後に、後続パーティーも到着しました。すぐに声を掛けて落石の被害を確認しましたが、やはりメンバーの一人の足に石が当たってしまっていたとのこと。本当に申し訳ありませんでした。ともあれ、彼らはひろた氏たちのビバーク跡あたりに宿を定め、早速薪を集めて焚き火を熾していましたが、何しろ4人がかりで薪を積み上げたので、ひろた氏たちに負けず劣らずの豪快な焚き火。負けた……。

2010/09/19

■06:55 1,900m幕営地 ■08:05-09:50 20m滝高巻き ■13:20-50 稜線

朝5時、薄暗い中で起床。幸い夜中に雨が降ることもなく、テントの上にフライ代わりに渡していたタープはすっかり乾いています。朝食は、うどん。トッピングに油揚げ、とろろこんぶ、そしてなぜかピリ辛さきいか天が乗っているのがユニーク。

すっかり晴れ渡った空に喜びながら、出発。幕営地からすぐの上流に左から入ってくる顕著な支流が目指す支沢で、出合からはちょっと奥まったところに噂の70m滝が見えています。というわけで、ここで東熊沢の本流を離れてヴァリエーションルートに突入。

この70m滝、近づけば近づくほど立派ですし、取り付いてみれば本当にロープなしで快適に登れます。滝の途中からはお日様も当たって、朝一番から最高の気分。ひろた氏が激賞するのも頷けます。念のため手元の高度計で測定してみましたが、本当にぴったり高度差70mでした。

70m滝の最上部は狭いゴルジュ状になってナメ床に続き、その奥に今度は立った滝。下から見えているのはその滝の下半分で、その上のやや傾斜が緩くなった部分を足すと高さは10mをはるかに超えているかもしれません。ここをT女史は奥から右上するラインで抜け、私は右端の細い水流から取り付きましたが、私の方はIV級テイストになってしまってちょっと冷や汗をかきました。

10m滝を越え、さらに倒木がかかった小滝を過ぎると、目の前に立派な20m滝が立っています。この20m滝を擁する沢筋を詰めてみようというのが、今回の遡行の眼目。ひろた氏たちは地形図を読んでこの20m滝を右に見送り左に続く沢筋を詰めたので、ここから先は未知の領域ということになります。

ここは、大奮闘となりました。まず滝の正面は、傾斜がきつい上に上部がかぶっていて無理。左壁は草付から樹林帯ですが、こちらも傾斜が厳しそうです。これに対し、滝の右側の草付の中にはかっこうのルンゼが見え隠れしていて、どうやらそちらから登れそう。しかし、滝ノボラーとしてはできることなら水流から離れたくありません。あらためて滝を眺めてみると、滝の右端に下から上へ通じる狭い凹状のラインが見えてきました。あれなら何とかなるか?と思い、凹状の下まで進んで5mほど上がってみましたが、そこまでもIII級ではきかないグレードです。ロープを下ろしてT女史に草付で確保態勢に入ってもらい、自分はピトンを打ってランナーをとると、さらに上へ進みました。次の5mもさらにシビアでしたが、ここで2本目のピトンを打って、次の一歩が出せません。直上は手がないため、右の乾いた壁に手をかけ、右足ハイステップ&スメアリングで強引に身体を引き上げようとしたものの、一度足が滑ってしまうともうダメ。うーん、ここの2mが抜けられればなんとかなりそうな気もするんだが……と暫く呻吟していましたが、結局諦めて、ロワーダウンで下降することにしました。ピトン、ダイニーマスリング、カラビナを残置。美しいこの滝に人工物を残置したことを悔やみながら、いったん安定した場所まで降下し、あらためてルンゼルートを観察してから再び草付に入りましたが、右に回ってルンゼ状に入ると、そこにはバケツ状になった踏み跡がありました。やはり、この滝は少なからぬ数の遡行者を迎えていたようです。しかし、踏み跡があるとは言ってもこの右からのルートも楽ではありませんでした。草付のルンゼは途中で白い岩がV字状になった狭いディエードルになっており、そこがかなり立っているために一度は左の滝側へ逃げようとしたものの、垂直の草付に阻まれて撤退。仕方なく、覚悟を決めて白い岩のディエードルに突っ込みましたが、背中のザックがつかえる上に先ほどからの奮闘で腕がパンプしており、おまけにランナーは全然とれないので、心理的にも肉体的にもシビアでした。それでも苦しい態勢でレストしながらじりじり身体を引き上げて何とかここを突破すると、さらにワンポイント悪い岩を左へ抜けて土の広いルンゼへ。やれやれ助かった、と安堵しながらしっかりした木にセルフビレイをとりました。後続のT女史はゴボウ混じりで上がってきて、そのままビレイポイントを越えて先行してもらいましたが、ビレイポイントがちょうど滝の落ち口と同高度だったらしく、T女史は土のルンゼを少しあがったところから左へ折れ、草斜面を下って滝の上へ上手に降り立ってくれました。

20m滝の上で小休止し、ロープを畳みました。そして、結局この後ロープを出す場面はありませんでした。20m滝のすぐ上にある5m滝を左寄りから快適に抜けると、その後は5m以下の小滝がいくつか続いてぐんぐん高度を上げていきますが、それらの滝のいずれも簡単に直登可能です。背後には伊那谷の広がりと南アルプスの山々を見せながら沢筋はほぼまっすぐ上に向かっており、水量を落としつつ徐々に狭くなっていって、標高2,430mあたりで水涸れ。それでもしばらくは沢形が残り、多少のムーヴを必要とする涸滝もありましたが、そのうち沢形も草付に消えてゆきました。そして代わりに現れたのは、薄い踏み跡です。

太田切川本谷をはさんで空木岳を眺められる気分のよい展望台のような場所で行動食をとってから、踏み跡を追うように草付の中を高度を上げてゆくと、やがて植生はナナカマドやハイマツが目立つようになり、頭上に稜線が見えるようになった場所からついにハイマツの薮漕ぎに突入しました。このあたりのハイマツは背丈をはるかに越える高さで、そのおかげで地面の窪を追えば多少は枝をかわすことができるのですが、それでも手強い相手であることには違いありません。しかし、先を行くT女史のルートファインディングは的確で、極力ハイマツを避けながら稜線を目指しており、しばらく進むとハイマツ帯を抜けて灌木の中の登高に戻りました。いつの間にか真横に登山道が見えるようになりながらもなお直上を続け、途中から見えていた小岩峰を巻くと、そこが稜線=登山道でした。

抜け出た場所は、南北に細長い熊沢岳の頂稜の南端、地形図上に2,778mと記された場所(山頂標識はそのひとつ北のピークにある様子)からわずかに南の標高2,750mの小隆起です。

■14:05 熊沢岳 ■15:15-20 檜尾岳 ■15:30 檜尾避難小屋

沢装備を解除して、特徴的な宝剣岳の突起と檜尾避難小屋の赤い屋根を遠くに眺めながら、北へ向かって縦走開始。この道を歩くのは1995年以来ですが、森林限界の上の穏やかな起伏、ハイマツの緑とザレた白い岩のコントラストは登山者にフレンドリーで、あらためていい山だなあと感動してしまいました。

縦走路の途中の悪場で、北からやってくる22人の団体を待つことになりましたが、その最後尾にいた女性とT女史が顔を見てお互いに「あっ!」と声を上げました。一昨年、富山県のグリーンパトロールとしてT女史が白馬岳・朝日岳間に赴任していたときに一緒にGパトをしていたOさんで、私も朝日岳へ差し入れをしに行ったときにお目にかかっています。Oさんは、この22人団体の添乗の仕事で縦走している模様。しばし旧交を温めあった後に、お互いに「お気をつけて〜」と挨拶して別れました。それにしても、山の世界は狭いとはこれまでにも何度も経験していることですが、ルートの限られているアルパインならともかく、まさかこんな一般縦走路で知人に会おうとは……。

檜尾岳から東へ尾根を下ったところにある檜尾避難小屋が、今夜の宿。T女史はそのまま下界へ下れそうな勢いでしたが、せっかく二泊分の装備があるのだからと私が引き止めた(音を上げた?)のでした。檜尾避難小屋は、15人も入れば一杯になりそうな小さな避難小屋ですが、中には非常用のシュラフや銀マットが備え付けられており、トイレは清潔、水場も徒歩5分と便利。そして正面には伊那谷の向こうに南アルプス、左右には中央アルプスの主稜線が見渡せる絶好のロケーションにあって、素晴らしい避難小屋でした。小屋の手前は広場になっていて、そこではテントを張ることも可能です。我々は中に自前のマットを広げて地所を確保すると、小屋の前で空木岳を眺めながら湯沸かし。あいにくぱらぱらと雨が降ってきたので小屋に逃げ込んで、フリーズドライのちらし寿司とみそ汁の夕食をとりました。おっと、その前に手持ちのアルコールを総動員して遡行成功の祝杯を挙げたことは、言うまでもありません。

避難小屋の中で遅くまで酒盛りするような躾のできていない登山者は一人もいなかったおかげで18時頃には避難小屋の中は寝静まりましたが、ほぼ満員の小屋の中は暑く、まだ日付も変わらないうちに目が覚めてしまいます。そこから先はまどろんだり目を覚ましたり、凄い大声の寝言で怒り笑いする女性登山者にびっくりしたりしながら夜明けを待ちました。

2010/09/20

■05:50 檜尾避難小屋 ■07:20-25 赤沢の頭 ■08:40 檜尾橋

4時半、若い女性二人パーティーが起きてシュラフを畳み始めると、それを合図に全員が起床。昨夜と同じく小屋の外に出てガスを使いコーヒーと行動食での軽い朝食をとりましたが、そうこうしているうちに東の空は徐々に明るさを増してきました。雲が多く、すっきりとした朝焼けというわけにはいきませんでしたが、霧がかかった伊那谷の上に南アルプスのたおやかな曲線が影を何条にも差し掛ける不思議な光景に感動。

準備ができたところで、おもむろに下山開始。今回の山行の起点となった檜尾橋に向けて、よく整備されてとても歩きやすい道をのんびりと下りました。

ところで、この沢の名前には「太田切」と「大田切」の二種類の表記が混在して使われています。どちらが正解?『日本登山大系』などでは前者が使われていますが、ビバークした駒ヶ根駅構内の案内板では後者でした。

そこで駒ヶ根市のホームページを経由して広報担当の方に問い合わせてみたところ、次のような回答をいただきました。

当市あてのお問合せをいただきありがとうございました。お尋ねの川の名称の件ですが、各方面で調べてわかったことをお知らせいたします。

(1)河川を管轄する国土交通省天竜川上流事務所の地図では、「太田切川」となっています。
(2)市発行の地図では、川の名称は「太田切川」で、それ以外の付近の地名や川にかかる橋名などは「大田切」という表記としています。
(3)市立博物館によると、国土地理院発行の地図の表記が、「大田切川」となっていた時期があったようだとの話でした。

伊那盆地では、田が作られた平坦な扇状地を、山脈から流れだす急流の川が、切るように穿つことから「〜田切川」という名の川が多く見られます。「太」「大」の2種類の表記が見られることについては、地名のことですので地名研究者には異論などもあり、理由やどちらが正しいということは不明です。地図に書かれた地名が、必ずしも正しいということは言えませんが、(1)、(2)からすると、現状では「太」ということになりますでしょうか。

というわけで、こちらのサイトでは「太田切」を採用することにしますが、それにしても、ここまで丁寧な回答をいただけて大感激。それも、メールをいただいたのは金曜日の22時過ぎ。ありがたいやら恐縮するやらです。