奥穂高岳南稜

山頂 奥穂高岳3,190m
分類 北アルプス / アルパイン
日程 2009/10/10-11
同行 ケイ氏
概要 初日に上高地から岳沢経由で奥穂高岳南稜を登り始めたものの、途中から想定外の風雪。視界の悪さに難渋しながら登り切って奥穂高岳山頂に達し、ただちに紀美子平経由岳沢へ下降。暗くなったところで岳沢ヒュッテ跡に到着し、テント泊。翌日は快晴の空の下、上高地へ下山。

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奥穂高岳南稜。トリコニーと呼ばれる左上の三連岩峰が顕著。(2009/10/10撮影)

ルンゼを詰め切ったところにあるスラブ。本来はここを直登すべき(または右から巻くべき)ところを左から巻こうとしたため、ハマってしまいました。(2009/10/10撮影)

振り返り見るトリコニー一峰。このあたりから風雪に……。(2009/10/10撮影)

ルートミスもあってこんなチムニー登りも。なんだか訳の分からない登攀になってしまいました。(2009/10/10撮影)

奥穂高岳南稜といえば、かのウォルター・ウェストンが奥穂高岳に登った初登ルート。私の近年の山登りが所謂クラシックルートをなぞるものだとすれば、この南稜はクラシック中のクラシック、よって避けて通ることはできません。そこでこの夏、常吉さんと山に登ることにしたときにこの奥穂高岳南稜を候補に挙げたのですが、常吉さんがアドバイスを求めた現場監督氏のご託宣は「薮っぽいというし、どうかなあ?」と懐疑的なもの。ちぇっ、人がせっかく行く気になっているのに……と心の中で舌打ちしたものの、確かにネットで記録を見ても残雪期のものばかりで、無雪期に登っている記録は希少です。結局、常吉さんとは北岳バットレスへ行くことになったのですが、そうは言っても奥穂高岳南稜を諦めたわけではありませんでした。そして10月。当初、谷川岳の一ノ倉沢本谷下部を遡行するつもりだったのが、相方の仕事の都合で行けなくなりがっくりきていたところへ、ナメラ沢などでご一緒したことがあるケイ氏から沢登りの話がもちかけられました。しめしめこれぞ、飛んで火にいる秋のケイ。メールのやりとりしばしで、10月の三連休を初日は奥穂高岳南稜経由涸沢、翌日は北穂池方面散策、最終日に前穂高岳北尾根経由で下山、というプランが固まりました。

2009/10/10

■06:05 上高地 ■07:55-08:20 岳沢ヒュッテ跡

毎度のごとくさわやかとは言いがたい「さわやか信州号」で、上高地着。ちょっと歩いた河童橋からは、霧の向こうに黄色く染まった岳沢も見えて、いい感じです。

ここから徒歩2時間弱で、岳沢ヒュッテ跡。2005年末の雪崩による全壊後、岳沢ヒュッテは今年まで再建のメドも立たずにいましたが、いよいよ来シーズンから営業再開予定(ただしオーナー変更)とのことで、工事の人たちが入って作業をしていました。また仮設トイレも置かれており、ありがたく使わせていただきました。

ここでヘルメットとハーネスを着けて、出発。登山道は岳沢を左岸に渡って、前穂高岳直下の紀美子平へ急登が続くのですが、我々はガレガレの岳沢を詰めていきます。見上げれば、岳沢の奥から左上に二本の支稜が伸び上がり、その間のルンゼのどん詰まりの上の方に三つの岩峰が仲良く並んでいました。これが、南稜名物の「トリコニー」。そして、この時期になっても突き当たりの滝沢手前にはスノーブリッジが残っていましたが、南稜側の斜面と雪渓のコンタクトラインはどうにか支障なく歩ける状態でした。

しかし、南稜の二つの支稜の間のルンゼ下部はぼろぼろに岩が脆く、取付から岩が安定した位置まで右上するのに肝を冷やしました。

■08:55 奥穂高岳南稜取付 ■11:55 トリコニー一峰

ようやく岩が堅くなった位置から上を見れば、奥には斜めの柱状節理の小滝状段差。その下に立ってみると、右上へ切り返すように薄いフレークのラインがあり、残置スリングも垂れていました。まず私から取り付いてみましたが、簡単(III級程度)ではあるものの、フレークに無理に力をかけると壊れそう。そこで後続のケイ氏には上からロープを垂らして、確保された状態で登ってもらいました。

その先にもチムニー状の小滝がありますが、ここはそれぞれフリー。そこから歩きやすいルンゼ登りを30分余りも続けましたが、見れば西穂山稜は暗い雲に覆われ始めており、前穂の山肌にも白いものがちらほら、ルンゼ内の岩にもところどころに氷が着いていて、なんだか寒々しい雰囲気です。やがてルンゼ突き当たりのスラブ状岩壁に達しましたが、ここで判断ミス!スカイラインは右から左上へ続いており、早く稜線上に抜けようと思えばそこで岩壁の弱点を探して正面突破すればよかった(日本登山体系にも一般には30mの凹角を登り云々と書いてある)のですが、踏み跡につられてつい左側へ、スラブ状岩壁を回り込むように進んでしまいました。

ガスで上の方が見えなくなってはいても、これでは稜線は遠ざかるばかりだということはわかります。しまった、せめて右から巻くのだったか、と思っても後の祭りで、こうなったら直上するしかありません。稜線との距離感がわからないままに、さほど傾斜のきつくない岩混じりの草付斜面を登り始めましたが、えてしてこういうときは上に行くほど傾斜が強まって進退窮まるもの。気がついたときは引き返せない状態で、怒濤のハイマツ漕ぎに突入していました。

ところどころにちょっとした岩場を交えながら、急傾斜のハイマツ漕ぎを断続的に続けること1時間半で岩塊の積み重なった場所に出て、見れば錆びた残置ピンやアイゼンのひっかき傷もあり、どうにかトリコニー一峰に着いたらしいことがわかりました。

トリコニーの三つのピークは間近で見ると意外に近く、鶏冠のような一峰の頂上を神経を使いながら抜けてちょっと上がれば二峰のピークを少し右に巻いたところ。その先には三峰が稜線から左へ少し離れたところに聳えていました。ところが、ここでふとウェストポーチを見るといつの間にかチャックが空いていて、中に入れておいた財布が影も形もありません(号泣)。ハイマツ漕ぎで奮闘しているうちに枝にひっかかってチャックが開き、財布が飛び出してしまったに違いありません。財布の中に入れてあったのは、現金30,000円とVIEW / Suicaカード、健康保険証、それに家の鍵。そうした実害よりも、ウェストポーチへ財布を入れっぱなしにしていた自分の不注意が腹立たしく、がっくりきてしまいました。とはいえ、気温の低下とともに風雪が強まる様子を示しており、いつまでも立ち尽くしているわけにもいきません。手元の高度計は2835mを示しており、吊尾根の縦走路まではまだ300mも残っています。気を取り直して先を急ぐことにしましたが、ガスで見通しがきかず雪で踏み跡も消えて、手探りのルートファインディング。途中の厳しい岩峰で右に回り込んだところ、際どく滑りやすい岩場→抜けやすいハイマツの急斜面→III+くらいのチムニー登りの三重連となりました。これにはさすがに痺れましたが、振り返ってケイ氏を見ると余裕のVサインをかましたりしていました。

凍り付きそうになる指を口の中で温めながらの登りを続け、最後の岩峰は残置スリングを使っての懸垂下降。そこからようやく緩やかになってきたガレ斜面を闇雲に登ると、やっと「南稜の頭」と書かれた標識が立つ縦走路に出ることができました。

ケイ氏と握手を交わし、通りがかりの登山者に写真を撮ってもらって、仕上げの奥穂高岳頂上を目指しました。

■14:20-25 南稜の頭 ■14:35-40 奥穂高岳

南稜の頭から奥穂高岳山頂までは、指呼の間。この雪の中、前穂高岳方面や白出乗越方面から続々人がやってきていて賑やかな山頂に達して、ほんの一息入れてすぐ下山開始。当初の計画では涸沢に下り、翌日以降の行程をこなすことになっていましたが、この雪と財布紛失の痛手とで計画通りに行程を続けることは困難と判断し、紀美子平経由で岳沢ヒュッテ跡まで戻ることにしました。

しかし、一般縦走路の吊尾根もガスに巻かれた上に着雪してしまうと意外に悪く、思うようにペースが上がりません。ところどころで道を見失いかけながら、辛い1時間半でやっと紀美子平に到着しました。それにしても、この天候の中を大勢の人が奥穂高岳を目指して登ってきていることにびっくり。中には撥水性すらないズボンをしとど濡らしながら歩いている外国人もいたりして、心配になってしまいました。

■16:15-25 紀美子平 ■18:20 岳沢ヒュッテ跡

紀美子平で、行動食を口にしながらこの日最後の登山者(←奥穂高岳到着時には真っ暗になると思うんですが……)と言葉を交わしてから、岳沢へ。

重太郎新道を下るのは実に19年振りですが、こんなにきつかったかな?と思えるほどの急降下。一般登山道としては相当厳しい部類だと思います。途中から暗くなってしまい、ヘッドランプ頼みの下降を続けましたが、最後は岳沢ヒュッテ跡に張られたテントの明かりがよい目印になって、無事に岳沢ヒュッテ跡に帰着することができました。早速テントを張り、さっさと食事をすませると、12時間行動の疲れもあってすぐに眠りにつきました。

2009/10/11

■06:00 岳沢ヒュッテ跡 ■07:50 上高地

きーんと冷え込んだ空気の中で明けた11日は、予想通りと言うか何と言うか、これ以上ない快晴。まあ、世の中こうしたものです。

岳沢を渡るときに恨めしげに見上げると、そこには白く雪化粧をしたトリコニー。上高地への道を下りながら、何度も振り返っては二人ともため息をつくしかありませんでした。

こんな具合に天気に恵まれず、ルートも判然とせず、おまけに財布までなくすという訳の分からない結果に終わってしまった奥穂高岳南稜ですが、途中、普通の登山者だったら心が折れそうになるだろうシビアな場面もありながら無事に帰ってこられたのは、ケイ氏の体力と技術とマインドの強さのおかげ。というわけでケイさん!来年も涸沢を目指して、このリベンジを果たしましょう。ただし、別ルートからで……。

〔この山行で得た教訓〕

  1. 奥穂高岳南稜は、残雪期に登ろう。
  2. ……といった人の忠告には、素直に耳を傾けよう。
  3. 財布はザックの中にしまおう(特に薮漕ぎがあるときは!)。

〔後日談〕

南稜で迷子になった財布は、一年後に帰ってきました。そのあらましは、こちら