第2回いたばしリバーサイド・ハーフマラソン

山頂  
分類 ラン
日程 2008/12/07
同行  
概要 第2回いたばしリバーサイド・ハーフマラソン〔ハーフ〕。出だしは好調だったが、途中で両足ともふくらはぎ痛に見舞われ、辛うじて完走。

第2回いたばしリバーサイド・ハーフマラソンに参加。この冬は20〜30kmのランを多めに走ることとしており、これはその第二弾です。第一弾の「第24回甲州市勝沼ぶどう郷マラソン」は起伏に富んだ地形なのでタイムは最初から度外視でしたが、今回は荒川河川敷の極めて平坦なコースなので、せめて2時間は切っておきたいところ。そのための新兵器は、以下の3点。

ご存知iPod shuffle。これは超軽量でどこにでもクリップできるので、ランニング向き。
Nike Flight SHJ023。これまでランの途中でイヤホンがすぐにはずれて往生していましたが、これは(写真とは逆向きにかけると)ぴたりとフィットして具合がよろしい。
ラン友マドカからバースデープレゼントとしてもらったNike DRI-FIT ランニングキャップ♩

これだけガジェットを用意すれば、タイムもあがるだろう!と考えるのは素人の浅はかさで、スポーツは何事も日頃の練習が大事。で、この3ヶ月の走行距離は?

  • 09月:0km
  • 10月:21km(「勝沼ぶどう郷マラソン」)
  • 11月:0km

……はっきり言って、ランをなめてますよね。そんな私をマラソンの神様がお許しになるはずもなく、見事に天罰が下ったのでした。

2008/12/07

快晴の会場=荒川戸田橋陸上競技場に着いて、身繕いをして定刻を待ちます。

この日は、この通りの快晴。

10時ちょうどにスタート。イヤホンから流れてくる曲は、ノリの良いTotoの「Falling In Between」。3月の本家(?)荒川マラソンと違って参加者は申込みベースで1,800名と小振りなため、すぐにバルーンアーチをくぐって計測開始となります。コースは2.5km下流に進んだところで折り返し、スタート地点を通り過ぎて8km上流でもう一度折り返してスタート地点に戻ってくる設定になっていて、最初の折り返しを過ぎて上流に向かうようになったところで少々向かい風が気になりましたがそれもすぐにおさまり、おまけに快晴ながら暑くも寒くもない絶好のコンディション。5kmほどで足も心肺も巡航ペースに乗ったことを実感しましたが、この時点でキロ5分半を若干切るペースで、これなら間違いなく2時間は切れそうだと喜んだのもつかの間、9km前後で突然右足のふくらはぎに痛みが走りました。うっ、これは下手すると肉離れ?と内心冷や汗をかきながらコース脇の草地に出て歩きに切り替え、しばらくして痛みが落ち着いたところでコースに戻ってジョグペースに落として走り続けたら、右足をかばい続けたせいか今度は左のふくらはぎにも痛み。山屋のくせにふくらはぎが弱くてどうすんだよ!と自分で自分を詰りましたが、痛いものはやはり痛い。以前フロストバイトロードレースで肉離れを起こした記憶が蘇り、両足をやられた時点でよほど棄権しようかと思いましたが、このせっかくのラン日和をとぼとぼ歩いてスタート地点に引き返すのはどうしても気が進まず、ジョグと歩きを交互に繰り返しながらとうとう最後まで走り通してしまいました。

前方にゴールのバルーンアーチ。どうなることかと思いましたがなんとか完走できました。タイムは、手元の時計で2時間17分35秒とまったく不本意な出来。同じ時間帯に那覇のレースに参戦していたマドカとケータイメールで連絡をとり合ったら、あちらはフルを4時間35分。まいりました……。

抽選で豪華景品が当たることになっていましたが、私がもらえたのはティッシュひとつ。

レース後、焼きそばは400円が300円に、左隣の餃子スープは250円が100円に値下げされていました。

しかし、核心部はレース後に待っていました。会場を後にして都営三田線西台駅に向かう途中で、なぜかお腹がぐるぐると言い出しました。足を引きずりながらもスピードをすこし上げてなんとかトイレに駆け込みましたが、用意されている個室は全て「和式」。この足の状態でしゃがみこむのは極めてデンジャラス!しかし、私がいわゆる内面登攀に強いことは、錫杖岳の1ルンゼ谷川岳の変形チムニーで証明済みです。個室の横の手すりや後ろの壁も活用し、あらゆるムーヴを駆使して、なんとかこの難局(?)を乗り切ることに成功しました。これに気を良くして、まっすぐ帰ればいいものをそのまま恵比寿の「J&S」に移動。コソ練に来ていたクライミング仲間Y女史にはあきれられましたが、不自由な足をかばいながらの練習は、それはそれである意味実践的でためになりました。しかしこのY女史、先日あれだけ苦労していた課題を、いつの間にかあっさりクリアしていました。マドカといいY女史といい、私の周囲のアスリートレディーのモチベーションの高さには、正直たじたじ。