塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

幽ノ沢V字状岩壁右ルート

日程:2007/06/17

概要:幽ノ沢のV字状岩壁右ルート、通称「V右」を登攀後、堅炭尾根から芝倉沢を下降。

山頂:---

同行:現場監督氏

山行寸描

▲朝日に染まる一ノ倉沢と幽ノ沢。(2007/06/17撮影)
▲カールボーデンから右俣リンネ沿いを詰める。上の画像をクリックすると、V字状岩壁右ルートの登攀の概要が見られます。(2007/06/17撮影)
▲V字状岩壁全景。入門ルートと思いきや意外に手応えがあった。(2007/06/17撮影)

2007/06/17

△04:30 一ノ倉沢出合 → △04:50 幽ノ沢出合 → △07:05-25 カールボーデン → △07:55-08:05 バンド状ビレー点 → △11:40-12:00 終了点 → △12:30-45 堅炭尾根 → △14:35 芝倉沢出合 → △15:10 幽ノ沢出合 → △15:30 一ノ倉沢出合

朝焼けに染まる一ノ倉沢の岩壁を見上げてから一ノ倉沢出合を出発。今日は雲一つない快晴で、新緑の明るい道を気持ち良く歩いてあっという間に幽ノ沢出合に到着しました。ここから見上げる幽ノ沢の岩場もなかなか立派です。

そのまま沢筋を詰めて左に大きく屈曲した沢が右に折り返した先にスノーブリッジが出てきて、ここで作戦会議。雪渓を避けるなら少し戻って展望台経由のアップダウンのあるルートに向かうことになりますが、現場監督氏の見立てでは「たぶん、このまま行けそう」ということなので、雪の上に右端からおそるおそる乗って前進しました。

雪渓の先に出てきたのが二俣手前の大滝で、ここを現場監督氏はさっさと左壁から登っていきましたが、さっきから軽登山靴のソールが濡れた岩に滑る私は、びびって上からロープを出してもらう始末。お恥ずかしい……。ここで時間をくっている間に後ろからやってきたベテランらしい2人組が追いついて、二俣で挨拶を交わしました。こちらはV右、あちらは「左」とのこと。といっても「V左」ではなく、左方ルンゼのことだとわかったのは後ほどの話です。

二俣からは右俣を行くことになりますが、雪渓からの降り口がちょっと悪い感じ。右手展望台方面から出合う枝沢に入って右から巻き上がることも考えましたが、右俣と左俣の間の斜面に踏み跡があるのが見えたのでそちらに踏み込みました。しかし踏み跡はすぐに消えてしまい、そのまま尾根筋を強引に薮漕ぎで前進すると幸い密薮というほどではなくそこそこのペースで進むことができて、そのままカールボーデンに自然に降り立てました。先ほどの2人組は右俣を沢通しに登ってきているようですが、その位置からするとどうやら薮漕ぎコースでもさほどロスタイムにはならなかった模様です。

カールボーデンは、白い岩が波打つような広大なスラブ。正面には正面壁〜右俣リンネ〜V字状岩壁が広がり、巨大な円形劇場のようです。それにうれしいことに、ここの岩はビブラムソールと相性が良いらしくフリクションばっちり。そのままカールボーデンの中央まで進んでから小休止をとり、シューズをクライミングシューズに履き替えてからさらに右俣リンネ左手のカンテ状の岩をロープを結ばずにとっとと登りました。ところどころIII級程度はありますが、なにしろ今日のピーカンで岩は完璧に乾いており何の心配もいりません。

やがてカンテ状の岩が中央壁に突き当たるあたりにビレイポイントが見つかり、そこでアンザイレンしました。ちょうどこの頃にヘリコプターが一ノ倉沢上空に飛来するのが見えて、あれが昨日の続きなら遺体収容ということになってしまう……と少々暗い気持ちになりました(実際その通りでした)が、何はともあれ今日は現場監督氏からスタートです。

1ピッチ目(20m / III):ビレイポイントから細かいフットホールドを拾いながら真横にトラバースし、右俣リンネの水流をまたぎ越して右上の尾根上にあるテラスまで。このテラスから見上げると、なるほど岩がVの字の形をしているのがよくわかります。

2ピッチ目(40m / III):トポではここからクライムダウンしてT2(要)へ下ることになっていますが、いくら目をこらしてみてもそれらしいビレイポイントは見当たりません。案ずるより産むが易し(のはず)と、リングボルトにフィックスされたスリングを手掛かりに3m下ってから右手へトラバースしていくと、右上の方に支点が見えてきて、そのまま右上ラインに入りました。

3ピッチ目(40m / IV-):現場監督氏は濡れたフェースを右上し、フェース右端に見えていた支点にランナーをとってからさらに上を探りましたが、意外に壁が立っている上にホールドが信用できないらしく、何度か動作を起こしては元に戻ることを繰り返しています。と、そこへ遠く左方ルンゼ方面を登っている先ほどの2人組から「間違ってる!左!いったん下って!」と声が掛かりました。どうやらフェースを右上ではなく直上しなければならなかったようで、親切なアドバイスにこちらも大声でお礼を言ってはみたものの、さてどうしたものかとしばし思案。結局、現場監督氏の位置からクライムダウンで戻るのは無理なので、私が現場監督氏にビレイされた状態になって目の前のフェースを直上することにしました。

しかしこのラインは、岩は比較的しっかりしているものの意外に傾斜が急でけっこう痺れます。やがて現場監督氏と同じ高さに到達したところで残置ピンを発見したものの、ここでランナーをとると後続の現場監督氏はランナー回収のためにこの立った壁をトラバースさせられる羽目に陥ります。かといって、次のランナーがいつ出てくるかわからない中でランナウトに耐えながらこの傾斜を登り続けられるほど私の神経は太くありません。垂壁をはさんで狛犬のように向かい合った現場監督氏と私の間に一瞬無言の火花が散りましたが、現場監督氏に観念してもらってランナーをとることにしました。さらに直上を続け、やっと傾斜が落ちた先に現れた支点は銀色に輝くハンガーボルト。地獄で仏とはこのことです。支点を作りながら現場監督氏に「振り子でも大丈夫!」と朗報を伝えましたが、もちろん練達の現場監督氏は先ほどのトラバースを慎重にこなし、無事に上がってきました。

4ピッチ目(30m / III):ここからは偶数ピッチが現場監督氏のリード。スラブ状のフェースをどんどん上がります。

5ピッチ目(40m / III+):フェースを右上に見えているハング下まで登って、そこから左上する顕著なルンゼを辿りますが、ルンゼといっても岩は堅く快適に登ることができます。ルンゼの出口の手前左側にはハンガーボルトが一つ打たれており、ロープの残りが10mに足りなかったのでここでピッチを切りました。ここからはカールボーデンの全体を真横から眺めることができ、奥の左方ルンゼのA1ピッチの下で休憩中の2人組や、カールボーデンから右俣リンネ沿いのラインをロープを結んで登ってくる3人組を見下ろせました。つまり、この素晴らしいコンディションにもかかわらず、幽ノ沢右俣に入ったのは3組7人だけというわけです。

6ピッチ目(40m / IV):ルンゼ出口の立った壁を越えて、草付斜面から凹角を登ります。凹角内の狭くなったところを左のフェースから越えるあたりがワンポイントIV級。

7ピッチ目(50m / III):平らな岩の左手草付を踏み跡を辿りながら登りましたが、部分的に悪い箇所あり。笹をつかみながらの正統派草付登りにところどころ岩登りを交え、ロープ長いっぱい伸ばしたところに斜面が大きく剥がれてテラス状になっているところがあり、そこに腰掛けて肩がらみでビレイしました。

8ピッチ目(50m / II):さらにロープいっぱい伸ばしましたがもはやロープが意味をなさないので、ちょうど小岩峰の先のテラス状になった草付斜面で登攀終了とし、ロープを外してシューズを履き替えました。

ここから堅炭尾根までの草付斜面は案外厳しいものでした。さして明瞭ではない踏み跡を追い、笹や小灌木をつかみながら腕力頼みで黙々と登っていきますが、万一落ちれば途中でひっかかるような樹木はないため致命的。「うっ、ハマったか?」と思う瞬間もありましたが、なんとか登山道に出られたときには心底ほっとしました。

堅炭尾根に出た時点で昼すぎ。8時間前にスティックパン数本の朝食をとったきり無補給できていたのではっきりシャリバテになっているのに、下山を急ぎたかったので行動食はしまったまま登山道を下り始めました。しかしこれは失敗で、もともと下り道は苦手の上にエネルギーが枯渇した状態ではスピードが出るはずもなく、へろへろになりながらやっとの思いで芝倉沢に下り着くことになりました。

その芝倉沢も最初は普通の河原下りでしたが、やがて沢筋を埋め尽くす雪渓が現れました。軽アイゼンを装着し、崩れないことを祈りながら雪渓に乗って15分。幸い雪渓は安定していて危険なく下流の河原に降り立つことができましたが、今度はその先の左岸の高巻き道が数十mにわたりほとんど崩れかけたざらざらの斜面になっていて、ここで足を滑らせると10mくらいは滑落しそう。体感難度IV-のフリーソロの気分でここも突破するとようやく出合の車道に降り立って、約1時間の歩きで一ノ倉沢出合に戻り着きました。「昨日の話し好きのおっちゃん、いるかな?」と戦々恐々としながら駐車場に入ると、おっちゃんは別のパーティーがギアを広げて整理している横に立って、昨日と同様の熱い口調で盛んに話し掛けていました。

「昨日、ダイレクトカンテの1人が3mくらい墜ちてさー……」

幽ノ沢には実質的に初見参でしたが、出合から見上げた中央ルンゼや中央壁の立派な姿には登攀意欲をそそられ、人が少なく自分達のペースでの静かなクライミングを楽しめる点も好ましく感じました。ただ、たとえば「III級」とトポにあっても支点は少なくランナウトしますし、ルートファインディングを誤れば今回のように冷や汗をかくことになります。正直に言うと「V右」は入門ルートだからと甘く見ていた面がありましたが、今回の登攀では、そうしたこちらの侮りにルートが戒めを与えてくれた感じです。今後、機会を得て幽ノ沢の各ルートにも本気モードでチャレンジしていきたいと思いました。