第14回日本山岳耐久レース「長谷川恒男CUP」

山頂 三頭山1,527m / 御前山1,405m / 大岳山1,266m
分類 関東周辺
日程 2006/10/08-09
同行 H氏
概要 奥多摩の山々をめぐる71.5kmのコースを24時間以内に走破する長谷川恒男CUP。

これで参戦4回目の日本山岳耐久レース「長谷川恒男CUP」(東京都山岳連盟主催)。昨年第2関門で予想外のリアイヤに終わったH氏も捲土重来を期しての参加。もちろんビアマウントで(?)事前のトレーニングはばっちり。

2006/10/08-09

直前の1週間は発達した低気圧と秋雨前線の相乗作用で雨模様、特に金曜日の都内は暴風雨状態だったのですが、大会前日の土曜日にきれいに晴れて風も強く、コースはどんどん乾いてくれたようです。開会式の日曜日も、これ以上ないよい天気。これで完走できなければ、何を言われるかわかったものではありません。そんなプレッシャーを感じつつ、H氏と武蔵五日市駅で合流し、いつもの段取りで荷物検査を受けました。スタッフのおじさん曰く「水はどれくらい持っていく?」「2.5リットルのつもりです」「今日は気温が上がっているから3リットルにした方がいいよ」。おじさん、アドバイスありがとう。しかしこちらもダテに登山を20年以上やっているわけではないので、もちろんその点は計算済み。ただし、作戦としては水の量ではなく、レイヤードで体感気温を調整です。というわけで、出発時の私のスタイルは、上は速乾性生地のTシャツ1枚、下はCW-Xというシンプルなもの。ただし夜の寒さはこれまでも経験済みなので、長袖のアンダーウェアとヤッケ、パンツをザックに入れていきます。

ゲストの韓国チームとアメリカチームを紹介しての開会式の後、13時スタート。走ってみると、確かにコースコンディションは良好。昨年参加者から不満の声が集まった渋滞も大したことはなく、これなら快調に飛ばせるはず……だったのですが、今年は前日の寝だめがうまくいかず、暗くなる頃から徐々に睡魔が襲うようになりました。それでも第1関門の浅間峠まではそれなりのペースで進めましたが、そこから三頭山までの間が特に厳しかった。ヘッドランプを頼りに歩き続けているうちに睡魔にだらしなく負けては屍と化して道端に倒れこみ、やがて寒さに目覚めてふらふらと歩き出すことの繰り返し。峠ごとに待って下さっている大会運営スタッフの暖かい笑顔が「もう、リタイアしたら?」と囁いているように見えてしまいました。実際、これは第2関門を時間内に通過するのは無理だな、そこでリタイアしよう、と一度ならず心を固めたのですが、そこで思い出したのは一昨年のこの大会で49kmで棄権したときに味わった、たとえようもない悔しさ。うーん、目の前の眠気や寒さよりも、そっちの方が辛いぞ。

結局、第2関門の月夜見第2駐車場にはタイムリミットである午前4時の13分前に到着し、それなら自発的にリタイアすることはもうやめて、行けるところまで足を前に出そうと心に決めました。そうは言っても眠いものは眠いので、御前山の登りでも「もう疲れちゃったよ、パトラッシュ……」(© フランダースの犬)と呟きながら何度か横になりましたが、この寒さの中で寝込んでは本当に昇天してしまう!と無理にも起き上がることを繰り返しました。そのうちやっと空が明るくなってきて、そうなればどうにか眠気を向こうへ押しやることもできるようになりました。

大岳山の頂から見る富士山。ここに到達したとき、時間内の完走を確信しました。なお写真ではよくわかりませんが、かすかに冠雪しているのがはっきり見えました。

第2関門から歩き出したときは24時間フルに使うことになるかもしれないと思っていましたが、終わってみれば22時間台。もちろん自慢できるタイムではありませんが、睡魔との闘い・寒さとの闘い・時間との闘い、そしてそうしたもろもろの障害にめげて棄権しそうになる自分との闘いに克つことができたのが嬉しい。H氏も21時間台でゴールインでき、とりあえずはめでたしめでたし。

完走証。ちなみにトップは7時間52分台。あの山道を平均時速9km?あり得ません……。

〔タイム〕

  第1関門 第2関門 第3関門 ゴール
2003 05:53 12:44 19:26 22:46
2004 06:39 14:36 棄権  
2005 06:14 13:24 18:34 21:36
2006 06:29 14:47 20:05 22:43

過去4回を並べてみると、今回は前半で睡魔のために時間を費やし、その遅れを後半(特に第3関門以降)で取り返していることがわかります。なお、大会の開催要項や記録については日本山岳耐久レースのオフィシャルサイトを参照して下さい。