横岳西壁石尊稜

山頂  
分類 八ヶ岳 / アルパイン
日程 2003/02/15-16
同行 現場監督氏 / Niizawa氏
概要 美濃戸口から赤岳鉱泉を経て石尊稜を登攀。石尊峰から地蔵尾根を下り、赤岳鉱泉に戻る。翌日は、ジョウゴ沢F1でアイスクライミングの真似事をして遊んだ。

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石尊稜を仰ぎ見る赤ヤッケの現場監督氏と黄ヤッケのNiizawa氏。ちなみに私は青ヤッケ。上の画像をクリックすると、石尊稜の登攀の概要が見られます。(2003/02/15撮影)

下部岩壁2ピッチ目。「うわー、ここのスタンスが自信ねえな……」とボヤく現場監督氏。(2003/02/15撮影)

きれいな雪稜。上部岩壁が目の前に近づいてきました。(2003/02/15撮影)

現場監督氏とは昨年2度山行を共にしましたが、次は冬の八ヶ岳でご一緒したいと思っており、12月頃から具体的な日程調整に入っていました。さらに活発な登山活動が目をひくNiizawa氏もジョインすることになり、各人の休みの都合やNiizawa氏の膝の具合などを勘案して決行日は2月15-16日となりました。行き先は、赤岳東稜なども候補にあがりましたが、例年になく雪の多いこの冬はやはり西面がよかろうということで、まず取り付きやすい(と言われている)石尊稜、ついで翌日は赤岳西壁主稜が選定されました。

Niizawa氏とは現場監督氏も私もまだ手合わせしたことがなかったので、一度広沢寺でアイゼントレーニングをしましょうということになっていたのですが、Niizawa氏と私の二人で落ち合った2月11日はあいにくの雨だったため「ストーン・マジック」へ転進しました。インドアは初めてというNiizawa氏でしたが、実に軽やかな身のこなしにクライミングのセンスが感じられ、これならまったく問題なしと太鼓判を押しての週末、2月14日の23時に自由が丘駅前で待ち合わせてNiizawa車で美濃戸口を目指しました。車中の話題はこれまでの山行やホームページ仲間のことで、特に3人が共に敬愛する『やっぱり山が好き!』のsudoさんの職業がなぜかNiizawa氏の口から明らかになったときには現場監督氏も私も驚愕!「そういうお仕事とは思い付かなかった」「言われてみれば腑に落ちる……」などと自分たちのことを棚に上げて勝手に盛り上がってしまいました(sudoさん、すみません。しかしますます尊敬)。

2003/02/15

■07:00 美濃戸口 ■07:50-08:05 美濃戸 ■09:25-10:05 赤岳鉱泉

2時頃に美濃戸口に到着し、車の中で就寝。三季シュラフにシュラフカバーで暖かく寝られましたが、後部座席では足を伸ばせないのでちょっとつらい思いをしました。午前6時に起床して身繕ろいし、八ヶ岳山荘で朝食をとってから7時に出発。林道入口にはここのところACMLで話題になっているゲート(といっても簡単に手で動かせるもの)が設置されており、その脇を通って凍った滑りやすい道をてくてくと美濃戸を目指しました。

美濃戸山荘の前で、これも話題の雪上車を横目に小休止。さらに柳川北沢沿いの道を進んで行くと、やがて前方に硫黄岳、そしてそこだけ黒々とした大同心、横岳西壁が見えてきます。大同心ルンゼには青く凍った滝もよく見えました。美濃戸口から2時間半程で赤岳鉱泉に着きましたが、出発が遅かったし、今回は珍しく小屋泊まりの予定で荷物も軽かったのだから、もう少し速いペースで歩くべきだったかも?ともあれ今夜の宿泊を早速申し込み、さらに現場監督氏は余分な荷を小屋に預けて、これで準備完了です。

■11:00 石尊稜取付

中山乗越方面にしばらく歩いて開けたところが北沢右俣で、どうやら1パーティー分のトレイルもついていました。トポと突き合わせて目指す石尊稜を視認することもでき、いよいよ気分が高まってきます。そのまま沢を詰め、小同心ルンゼを左に見送って進むと、前方に石尊稜がぐんぐん近づいてきて、先行パーティーが中間の灌木帯を越えていくのも目に入りました。三叉峰ルンゼを過ぎ、日ノ岳ルンゼを少し登ったところで踏み跡は石尊稜に取り付き、Niizawa氏を先頭にきれいな雪面をぐんぐん登っていきます。ところが稜上に出てみると下部岩壁までの草付の斜面が案外堅く急で、ここから先はアイゼンが欲しい感じ。仕方なく手狭な稜上で店を広げ、各自アイゼンの装着にかかりました。ここで思わぬアクシデント!現場監督氏の新調のアイゼンバンドの環が溶接の不具合(?)で開いてしまい、アイゼンが着けられません。これには現場監督氏も相当あせったようですが(私もいきなりの敗退を覚悟しました)そこはベテラン、ありあわせの素材でなんとかしてしまいました。

このアイゼンバンドトラブル、後日現場監督氏がメーカーにクレームを出し、メーカー側でも在庫を検品したところ、やはり同様の不具合を抱えた商品が見つかったそうです。このためメーカーでは、製品回収の手立てを講じるとのこと。皆さんもご自分のアイゼンバンドをチェックしてみて下さい。

■12:00 下部岩壁取付

あらためて草付の斜面を登り、下部岩壁の下に辿り着きました。大きくしっかりした灌木にビレイをとって見上げてみると、岩壁の出だしのところに最近整備されたらしいハンガーボルトが二組設置されています。ここで現場監督氏=[黄ロープ]=私=[赤ロープ]=Niizawa氏の三重連にロープで結んでから、まず現場監督氏に岩壁直下でビレイ態勢に入ってもらい、1ピッチ目は私からスタート。左寄りの浅い凹状部が易しそうに見えましたが足を滑らせると左斜面に転げ落ちそうなので、あえて手がかりの乏しそうな右寄りにトライしました。しかし、下から見ると寝ているように見える壁も、実際に取り付いてみるとけっこう立っていて威圧感があります。出だしからランナーへのクリップにもたつきながら、「すみません、A0で行っちゃいます」と断ってヌンチャクを支点に身体を右へ振り込んで立ちこみ、さらに左足で土のコブに乗り上がって後は一歩一歩確実に身体を引き上げていきました。雪と岩のミックスのバンド状を右上すると、太いスリングもセットされたしっかりしたビレイポイントが作られてあってここで1ピッチ目終了。のっけから緊張させられました。足元は外傾した斜面で真っ直ぐ立つことはできず、支点のスリングにかけたビナにインクノットで留めたメインロープに完全に体重を預けてそっくりかえった姿勢のまま、まずNiizawa氏を迎え、続いて現場監督氏に上がってもらいましたが、第2のアクシデントはここで起こりました。ふとした拍子に身体に結んでいなかったNiizawa氏のアイスハンマーが落下し、「ラクッ!」の叫び声とともに現場監督氏が身を伏せると、哀れなアイスハンマーはその横1mを飛んでいってしまいました。

ここから2ピッチ目は現場監督氏。ビレイポイントからさらに右へ出ていくラインが一般的らしいですが、3人が狭いビレイポイントで身体を入れ替えるのも大変だし頭上のピトンが誘っているようにも見えます。そんなわけで現場監督氏は果敢に直上していったのですが、2メートル程上がって浅い岩溝の中に打たれたピトンにランナーをとって、次の2歩が意外に悪く、「うわー、ここのスタンスが自信ねーな……」というボヤキが頭上から聞こえてきます。それでも思い切って乗り上がり、やがて雪の斜面を快調に左上していく様子が窺えました。セカンドの私もアイゼンの前爪に神経を集中しながら後続、さらにNiizawa氏がラストで登ってきました。このあたり、前後に人の気配はありませんが、右の中山尾根を登るパーティーのコールも聞こえていて意外に賑やかです。

現場監督氏がビレイしているところは下部岩壁最上部の小岩峰の正面で、恐らく本当は左から巻き上がってしまえばなんということもなかったのでしょうが、先行パーティーの踏み跡は正面壁に向かっているように見えますし、右寄りの階段状を登って左にトラバースするラインが行けそうに思えたので、私がリードで取り付きました。ところが、もろい岩と案外な急斜面に夢中で取り組んでいるうちにいつの間にかトラバースすべき場所を過ぎて右壁を上がってしまっており、そのまま行けるところまで登って小灌木にランナーをとったものの、その上の2メートルがかぶり気味で突破できそうもありません。一度はトライしてみましたが信頼できるホールドを得ることができず、結局ロワーダウン気味に2メートル程下ってから左へトラバースを開始しました。

ぐらぐらの岩に神経を使いながら頭上の灌木を頼りに小岩峰の左へ強引に回り込んでみると、どうやらそこから先は歩ける雪の斜面が小岩峰の上に続いていました。稜上に抜けて、流れが悪くすっかり重くなったロープをなんとか引き上げ、息もたえだえになりながらコール。後続した現場監督氏は、最初の小灌木に設置したランナーのビナとスリングを回収してから正面壁のトラバースを抜けてきましたが、右壁のフリーソロに近いクライムダウンや不安定なトラバースにはやはり苦労したらしく「塾長さん、今のは……ヘルでしたよ」とまたしてもボヤキが入りました。

■14:00 下部岩壁終了 ■15:30 灌木帯終了

私のライン選定ミスから思わぬヘル・ピッチに時間を使ってしまい、小岩峰の上にラストのNiizawa氏を迎えた時点で時刻は既に14時。ここからは急な灌木・草付の斜面が上へと続いており、3重連で可能な限り飛ばしたいところですが、50mと45mという具合にロープの長さが異なるため、やや変則的なピッチの切り方・進み方となりました。

まず灌木帯1ピッチ目はNiizawa氏に先行をお願いし、その後に私が続いてビレイポイントまで。今度は現場監督氏が後続し、そこから灌木帯2ピッチ目は目の前の小岩峰右の急な草付をアイゼンの爪を立てながらダブルアックスでリード。コールを待って私が後続しましたが、ロープの長さの差があるので現場監督氏のビレイポイントまで行かず、途中で灌木にビレイをとりNiizawa氏を迎えました。そのままNiizawa氏に先行してもらい、現場監督氏のビレイポイントを越えてそのままロープ一杯まで先行(灌木帯3ピッチ目)。灌木帯4ピッチ目は私が現場監督氏のビレイポイント・Niizawa氏のビレイポイントを越えて先行し、最後にNiizawa氏が私のビレイポイントを越えて灌木帯最上部の安定した灌木まで先行(灌木帯5ピッチ目)。現場監督氏・私が後続したところで灌木帯が終了しました。このように灌木帯も基本は車がかり(?)のスタカットで登りましたが、ここはランニングをとりながらコンテで行くべきだったかもしれません。しかし、灌木帯といっても思っていた以上に傾斜は急で、最後の方はふくらはぎが張ってきてしまいました。

さすがにこの頃になると冷たい風が出てきて耳が凍傷になる危険があったため、灌木帯を抜けきったところの小ピークの灌木にビレイをとっていったんザックを置き、目出帽をかぶりました。ここから上部岩壁まではきれいな雪稜が続いており、休憩らしい休憩をとることもなく、健脚の現場監督氏に引きずられるようにしながら、私・Niizawa氏がコンテで後続しました。

■16:15 上部岩壁取付 ■17:35-45 石尊峰

雪稜を登りきって傾斜が緩やかになると目の前は上部岩壁。稜線も近づいてフィナーレが近いことを予感させます。3人揃ったところで、

現「どうします?」
私「んじゃ、私が行きます」

全体を通して一番快適なピッチをリードさせていただき、感謝。左寄りの浅い凹角をアイゼンの爪を効かせながら3メートル程登り、よっこらしょと一段上がってから右上すると堅いリッジ。最初の2手がかぶり気味の岩を抱くように登ることになるため、ごめんなさいと岩にお詫びをいいながら1本ピトンを打ち足し(後続に回収してもらいたかったのですが、残置になってしまいました)ランナーをとったら、あとはホールドを信じてぐいぐい登るだけ。しかしこの小リッジの上に抜けたあたりでロープが後ろに引かれ、振り返って見ると赤ロープがぴんと張りきってしまっています。

私「赤ロープ!」
現「ごめんごめん」

現場監督氏とNiizawa氏が下でスタックしていたロープを手早く解いてくれて再び前進できるようになりましたが、やはりロープの流れが悪いので草付斜面の手前でピッチを切ることにし、少し心もとない岩にスリングをかけてまず現場監督氏を迎えました。この頃には日も傾き、冷たい風が金属製品を凍りつかせてエイト環にロープが粘りつくような感じがします。ふとみると左の手袋の小指が指の形そのままに凍ってキャップ状になっていたりして、これは早いところ稜線に抜けねば、と思わされました。ランナーを回収しながら登ってきた現場監督氏に、そのまま草付斜面の上のピナクル(上部岩壁1ピッチ目の本来の終了点)に行ってもらって確実な支点を作ってもらってから、私、そして取付からのNiizawa氏の順に後続しました。

上部岩壁2ピッチ目も私が先行。易しい凹角から大きなバンドを右上し、目一杯ロープを伸ばしたところで岩角を使ってビレイ。現場監督氏・Niizawa氏の順に上がってきてもらい、最後のピッチをNiizawa氏に譲ろうとしましたが、奥ゆかしいNiizawa氏は息があがったふり。結局最後も私が先行することとなり、ひと筋の飛行機雲が横に流れる暗い青空を目指してバンドを登りきると、そこはもう稜線でした。現場監督氏・Niizawa氏を上で迎えてがっちり握手!しかし夕日は中央アルプスの山並の向こうにほぼ沈んでおり残業必至、ゆっくりしてはいられません。手早くロープをしまい、ヘッドランプをザックからポケットに移して、地蔵ノ頭を目指しました。

■18:10-15 地蔵ノ頭 ■18:50 行者小屋 ■19:10 赤岳鉱泉

横岳の稜線から地蔵ノ頭までは1999年3月に歩いたときの記憶が鮮明に残っており、西面のトラバース道や日ノ岳東面の雪壁の下りも夏道並みのスピードでさっさと歩きました。それでも地蔵ノ頭に着いたときにはすっかり暗くなってしまい、風にはためくお地蔵さんの衣類がまるでお地蔵さんが生きているように見えてぎくっとしました。ここからヘッドランプの明かりを頼りの下降に入りましたが、幸い月齢14日くらいの月が既に東に上がっており、西からの残照もかすかに残っていて助かりました。雪も締まりきってはおらず、適度に足が沈んでくれるので不安なくどんどん下ることができます。シリセードも混じえながら下降して安全な樹林帯に入ったところで、先に下って待っていてくれた現場監督氏がどら焼きを渡してくれました。考えてみれば、赤岳鉱泉の前でチューブのコンデンスミルクをなめて以来ここまで全くの無補給・無休憩でいいかげんシャリバテ寸前だったので、このプレゼントは実に嬉しく思いました。Niizawa氏はチーズ蒸しパン、私もテルモスのコーヒーを出してここでようやく人心地つき、あとは意気揚々と行者小屋、中山乗越を過ぎて赤岳鉱泉に帰り着きました。

夕食の時刻はとうに過ぎていましたが、朝のうちに予約をしてあったので大丈夫(小屋の方々、遅れてすみませんでした)。缶ビールでまずは乾杯し、食後は場所を変えて現場監督氏持参の黒糖焼酎でまったり。この時点で既に、今日は思わぬヘル登攀になってしまったし、明日は天気も悪そうだから、赤岳西壁主稜はやめようという話になっていました。

2003/02/16

■07:35 赤岳鉱泉 ■07:50-09:30 ジョウゴ沢F1

朝、起きてみると案の定雪が降っています。昨日Niizawa氏が落としたアイスハンマーを探しにいこうかという話も出ましたが、この雪では埋もれてしまって見つからない可能性大。そんなわけで、手近のジョウゴ沢でアイスクライミングの真似をしてお茶を濁すことにしました。幸いNiizawa氏はアイスクライミング未体験なので、滝が雪に埋もれてしまっていてもそれなりに練習にはなるでしょう。

赤岳鉱泉からわずかの歩きで辿り着くジョウゴ沢のF1は予想通り半ば以上が雪に埋もれていましたが、それでも右寄りは比較的立った氷が露出していていい感じ。早速ロープをセットしてから、お二人の短めのピッケルを使ってまず私がお手本を示し、Niizawa氏に登ってもらいました。現場監督氏もかつて広河原沢の3ルンゼなどを登った経験者ですが、アイスは久しぶりの模様。たまにほかのパーティーが通りましたが、雪に埋もれた滝を一瞥して先に進んでしまうので、ここは我々3人の貸し切り状態となりました。

数本ずつ登ってもういいや、となったところで、Niizawa氏持参のスノーシューを試し履き。つぼ足だと腰から胸までくるような吹きだまりの斜面も、スノーシューを履いていると膝までしか潜らないのは凄い効果です。そのままF2を見物に行ってから、荷物をまとめて赤岳鉱泉に戻りました。

■09:40-55 赤岳鉱泉 ■10:50-11:20 美濃戸 ■11:55 美濃戸口

降りしきる雪の中をどんどん歩いて美濃戸に着き、「やまのこ村」でお茶をして(Niizawa氏はここで「岩魚の薫製」をお買い上げ)から、滑りやすい道を美濃戸口まで下りました。その後に「もみの湯」の露天風呂ですっかり暖まり、行きと同様にNiizawa氏の運転で帰京。最後にNiizawa氏宅の近くである自由が丘の「やるき茶屋」で打ち上げをしました。現場監督さんもNiizawaさんも、お疲れさまでした。ぜひ、また行きましょう!