奥穂高岳 / 涸沢岳

山頂 奥穂高岳3,190m / 涸沢岳3,110m
分類 北アルプス
日程 2001/04/28-30
同行  
概要 上高地から涸沢に上がってテント泊。奥穂高岳と涸沢岳に登って翌日下山。
涸沢への道。左が屏風岩、正面は大キレット。(2001/04/28撮影)
奥穂高岳山頂からのジャンダルム。岩と氷の鎧をまとっていかめしい。(2001/04/29撮影)
涸沢岳からの奥穂高岳。右端にジャンダルム、下の方に穂高岳山荘。(2001/04/28撮影)
涸沢岳からの槍ヶ岳。槍の右遠くは後立山、右手前は北穂高岳。(2001/04/29撮影)

2001/04/28

■05:45 上高地 ■06:30 明神

今回は、2年前に天候の変化のため登り残してしまった奥穂高岳を片付けるのが目的です。「さわやか信州号」で上高地に到着してみると素晴らしい快晴。梓川沿いに出て岳沢の上の奥穂を目に焼きつけてから、涸沢を目指して歩き出しました。

■07:15-40 徳沢 ■08:25-09:00 横尾

徳沢園でカレーうどんの朝食をとり、横尾の真新しい橋の手前のベンチでスニーカーからプラブーツに履き替えました。徳沢と横尾の間にもけっこう雪が残っていましたが、ここから先は本格的な雪山の領域となります。仕上げに日焼け止めを塗りたくってから、横尾大橋を渡りました。すぐに雪が道を覆い隠し、自分の記憶と他人のトレースを頼りに進みましたが、屏風岩の威容にみとれているうちにどこかで本谷橋へ下る道を見落としたようです。2パーティー程が先行しているのについていくうちに左岸のずいぶん高いところへ押し上げられるようなトラバースになり心配しましたが、沢筋へ下る雪の斜面が現れて助かりました。ここから明るい沢筋を詰めていきますが、気温が高く上半身は上衣を脱いでアンダーウェアだけになり、しかし顔は焼きたくないのでサングラスにバンダナでマスクをした異様な風体になってしまいました。本谷出合から左へ急坂を登り、しばらく進んだ雪渓の上にカモシカの子供らしい半ば白骨化した死体がありました。弔いのつもりではありませんが近くにザックをおろし、その上に仰向けにひっくり返ってしばらく仮眠。しかし、じりじりと焼け付くような暑さで目が覚めました。

■13:45 涸沢

前回もそうでしたが、涸沢ヒュッテの鯉のぼりが見えてからが意外に遠く、最後は息を切らせながらようやく涸沢に辿り着きました。早速テントを張りましたが、連休初日、それもまだ昼過ぎとあってこの時点では他には20張り程しか見当たりません(しかし夕方にはその5倍くらいにはなっていました)。さて、涸沢に来たらまずしなければならないのは、涸沢ヒュッテのおでんを食べることです。しかし、外の売店はせっせと組み立て中でとても客におでんを出せる状態ではありません。落胆しながらテントの手続をすませようとヒュッテの中に入ると、奥の受付の脇にちゃんとおでんを売っていたので、嬉しくなって全種類一品ずつ注文してしまいました。

実は今回の山行では食料計画のかなりの部分を涸沢ヒュッテに依存しています。むろん単独でも支障ないだけの用意はしてきてありますが味気ないフリーズドライ製品ばかりであり、可能ならヒュッテが出す食事を大いに活用しようと思っていました。というわけで昼食かわりのおでんだけでなく夕食もヒュッテに注文し、持参した食料は朝食のみで消化することとしました。ちなみに、もう1軒の涸沢小屋は雪崩にやられたらしくトレードマークの三角屋根は跡形もなくなっていました。売店だけは営業するものの、宿泊可能になるのは夏になるそうです。

2001/04/29

■04:20 涸沢 ■06:30-40 白出のコル

03:00起床、ポリタンクの水にはうっすらと氷が張っていました。テントから首を出してみると頭上には星が見えますが、東の方は曇っているようです。手早く朝食とトイレを済ませ、ヘッドランプの明かりで歩き出しました。既にザイテングラートがぼんやりと見え始めており、その末端を目指してまっすぐ雪の坂を登りました。左手の方には、前穂の北尾根を登るパーティーが五・六のコルを目指して急斜面を登っていくのがライトの動きでわかります。5時頃、常念山脈の向こうにオレンジ色の太陽がのっそりと昇りました。ザイテングラートの左、アズキ沢につけられたトレイルをひたすら登ること2時間で、白出のコルに到着です。

白出のコルの西側には笠ヶ岳、そして遠くに白山が見えます。少し休んで息を整えてから、左手の岩の急斜面に取り付きました。

■07:20-40 奥穂高岳

ハシゴを越えると急な雪壁にステップが切ってあり、ここをスピーディーに越えれば傾斜が落ちて山頂も見えてきます。ロープで結びあった数名のパーティーを抜かし、案外に遠い山頂の手前でもうひとつの雪壁を越え、岩峰を右から回り込むと大ケルンが目の前に立っていました。待望の山頂からは、どんよりとした空の下ながら北アルプスの山々が片端から目に飛び込んできます。遠くには富士山や南アルプス・八ヶ岳のシルエットも見ることができますが、何より立派なのは眼前に聳えるジャンダルムの魁偉な姿です。いくらでもこの山頂にとどまっていたいところですが、時間がたつと雪壁の雪が緩んでくるし、何より渋滞が始まってしまいます。後ろ髪を引かれながら山頂を後にしました。2個所の雪壁をアイゼンをきかせて慎重に下り、ハシゴに差し掛かるあたりからようやく、続々と登山者が登り始めるのと行き交うようになりました。

■08:20-09:15 白出のコル ■09:30-10:30 涸沢岳

コルに下り着いた頃から雲が切れて日が差してきました。行動食を口にして休んでいると、山荘の従業員がヘリが近づくから退避するようにと登山者達に声を掛けてきました。やがて遠くから爆音とともに近づいてきたヘリはコルの上に凄い風を巻き起こしながら着陸。ローターを回したままのヘリに山荘の従業員たちがわらわらと走りよって荷物を降ろすと、ヘリはそのままゆっくり飛び去って行きました。今日の午後から天気は崩れるとの予想なので、今のうちに運べるだけ運ぼうということのようです。

今度はコルから奥穂と反対側にある涸沢岳へ登りました。こちらは危ないところがまったくなくわずかに高度を上げるだけ、それでいて前穂から奥穂への吊尾根も、奥穂とジャンダルムが並び立つ様も、そしてもちろん大キレットの向こうの槍ヶ岳も一望できる素晴らしい展望台です。風もなくぽかぽかと暖かい山頂にほっこりと座り込んで、そのまま1時間もトカゲをきめてしまいました。

■10:45-50 白出のコル ■11:35 涸沢

白出のコルから下りだしの急斜面は丁寧に足を置いていましたが、既に相当気温が上がっていて雪が腐っています。アイゼンダンゴを叩き落とすのも億劫になり、最後は足で雪をかきわけるようにして一気に駆け下りました。

涸沢に着いたのは昼前。ここで休憩をとってもちょっと頑張ればこの日のうちに帰京することは可能ですが、帰りのバスを翌日に予約してあったので涸沢にもう一泊することにしました。ヒュッテの売店は既に復活しており、ふと見ると去年三ツ峠の宿で見かけたガイドのS氏らしき人物がいました。そのS氏と話しているのは雑誌山Kの元編集長Y氏のようでした。

午後はどんより曇ってきました。テントの中で昼寝をし記録を整理して時間をつぶしましたが、16時半頃からとうとう雨が降り出し、暗くなって寝入るまで雨音が止むことはありませんでした。

2001/04/30

■06:50 涸沢 ■08:45-50 横尾 ■09:40-10:00 徳沢 ■10:40-11:00 明神 ■11:35 上高地

今日はゆっくり05:10起床。相変わらず雨が降っているということは気温が0度を下回らなかったようで、道理で羽毛400gのへなちょこシュラフでも全然寒くなかったわけです。朝食を終え、シュラフをシュラフカバーに入れたままぐいぐいシュラフ袋に押し込んで、その他テントの中でできるパッキングは全部すませて外に出ました。幸い風はほとんどなく、さっさとテントを片付けて直ちに下山開始。雪渓の雪はぐさぐさに腐っており、足をとられるようにしながらひたすら下りました。

横尾に着いた頃から雨が概ねあがって山肌に霧のかかった曇天となりました。今日は13時までに上高地に着けばよいので、沢沿いの赤や黄色の木々の芽吹きを愛でたり、徳沢でまたもカレーうどんを食べたりしながら、上高地を目指してゆったりと歩きました。