丹沢主脈縦走

山頂 蛭ヶ岳1,673m
分類 関東周辺
日程 1999/02/20-21
同行  
概要 塔ノ岳から丹沢山、蛭ヶ岳を経て八丁坂の北から東野へ下山。

塔ノ岳から見る日没。富士山のほぼ真上に落ちていきます。(1999/02/20撮影)

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塔ノ岳から見る朝の丹沢主稜の山々(右端が蛭ヶ岳 / 中央が檜洞丸)。富士山の素晴らしい裾野の広がりも一望。(1999/02/21撮影)

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不動ノ峰から蛭ヶ岳方面を眺める。左に富士、遠くに南ア。素晴らしい眺めのおかげで、寒さも感じません。(1999/02/21撮影)

1999/02/20

■11:25 大倉

10年振りの丹沢は、渋沢の駅を降りた時から驚きの連続でした。駅前の風景がすっかり変わっているし、バスから降り立った大倉もおそろしくきれいになっています。近くの店でラーメンを食べながら聞いたところ、神奈川国体のときに整備されたものだそうです。この店で同じくラーメンを食べていた関西方面からの単独行者(50代なかば)が丹沢は初めてとのことなので同行することにしました。

■13:50-14:00 花立山荘 ■14:35 塔ノ岳=尊仏山荘

いいペースで足が進みますが、期待した雪はほとんど見かけられません。花立山荘で名物のお汁粉を食べてからひと登り、金冷ノ頭からようやく雪山らしくなってきました。久々の山頂からは、明日辿る予定の蛭ヶ岳方面がよく見えますが、展望は明日に期待することにしてすぐに尊仏山荘に入りました。荷物を2階に上げてから、同行者や山荘の常連客と1階の広間で飲んでいましたが、たまたまトイレに立った常連客が山荘の裏手に現れた鹿に気づき、表から回ってタクアンやきゅうりの漬物を与えようとするのにつきあいます。この鹿は人を選ぶらしく、私がカメラを構えて近づこうとすると後じさりするのに、くだんの常連客には警戒心を解いて手から餌をもらうというのはどういうことなのでしょうか。

夕方、お日様が空をオレンジ色に染めながら富士山の肩に沈む(富士の真上に沈むのは例年2月23日とか)のを見届けて振り返ると、湘南から横浜方面に素晴らしい夜景が広がっていて感激。塔ノ岳がこんなに展望の良い山だったとは、不覚なことに今まで知りませんでした。

夕食はカレー。日本酒を4合程も飲んだため、すっかり気持ちよくなって19時過ぎに床に着きました。

1999/02/21

■06:35 塔ノ岳=尊仏山荘

05:45起床で朝食はおでん。ゆっくり食べて足ごしらえをしてから外に出ると、ちょうど日の出を迎えようとするところ。昨日以上に海岸線がはっきりと見え、江ノ島や三浦半島のかたちがはっきりとわかります。東京方面はもやの下に新宿の高層ビルが沈んでおり、その左には筑波山のシルエットが見えます。日の出の方向はちょうど雲が盛り上がっており、太陽はその縁を金色に染めながら上がってきました。振り返ると雲ひとつない空の下に富士山、南アルプス、西丹沢の山々が静かに居並んでいます。一通り写真を撮ってから、昨日の同行者と共に出発。

■07:15-20 竜ヶ馬場 ■07:45-55 丹沢山

気持ちのよい笹原から尊仏山荘、箱根方面を振り返ります。太陽はかなり上がり、その真下に東京湾が金色に輝いています。ここからふた登り、雪におおわれた丹沢山頂で休憩。同行者はここから引き返し、大倉へ下って今日のうちに自宅のある三田市(兵庫県)へ帰るとのこと。互いの安全登山を祈って別れました。

■08:45 不動ノ峰

奈良時代に山岳修験が御不動様を祀ったことからこの名が着いたピークですが、それにしても今日は凄い天気で、ここから少し下った斜面からは富士が裾野まで全て見え、左には愛鷹、箱根。右には南アルプス全山、さらに蛭ヶ岳の左には八ヶ岳まで見えます。

■09:50-10:15 蛭ヶ岳

ここでも山小屋が新しくなっているのに驚きました。ジュースを買うついでに聞いてみたところ、台風で屋根を飛ばされたために一昨年11月に建て替えたとの話。山頂の広場には2パーティーが賑やかに店を広げていましたが、さすがにこの時間になると遠くの山に雲がかかり出していました。

蛭ヶ岳から北へ急斜面を下ります。今回は軽登山靴と4本爪の軽アイゼンという組み合わせで歩いていますが、この軽アイゼンがよく効くほど雪は固く締まっていました。

■11:30-35 姫次

既にどんよりと曇った空の下に蛭ヶ岳が遠く、ベンチで休んでいるうちに小雪もちらつきはじめました。

■12:00 黍殻分岐 ■13:35 東野

「丹沢主脈」といえば焼山方面へ抜けるのですが、そのコースは前にも歩いたことがあるので、今回は東野方面へエスケープすることにしました。急な斜面を下ること1時間、車道に出てすぐのところに「熊出没注意」の立札。バス停から三カ木に出てバスを乗り換え、橋本から京王線で帰宅しました。