爺ヶ岳東尾根

山頂 爺ヶ岳2,670m
分類 北アルプス
日程 2012/05/05-06
同行  
概要 初日、鹿島山荘から爺ヶ岳東尾根に取り付き、初日はP3までで幕営。荒天に悩まされながら、二日目に爺ヶ岳に登頂し、南尾根を扇沢へ下山。

初日の模様。かなり早い時刻にP3で幕営としましたが、結果的に正解だったかも。(2012/05/05撮影)

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荒天。上の画像をクリックすると、テントの中から見た爺ヶ岳周辺の空の荒れ模様が見られます。(2012/05/05撮影)

二日目の模様。登頂時は横殴りの風雪となりましたが、気温の高さには救われました。(2012/05/06撮影)

GWの後半は剱岳の予定でしたが、天気予報は5月3日から4日にかけての雨模様を伝えていたため、この計画は流れてしまいました。それでは5日と6日で単独でどこかへ行こうか?ちょうど扇沢行きのバスを予約していたのだから、それを信濃大町までに変更して爺ヶ岳東尾根にでも行くことにするか、と安易な気持ちでプランを変更しました。爺ヶ岳東尾根は積雪期のみ利用されるルートで、むしろ年末年始や3月の連休などに登られることが多いようですが、5月上旬でも下部の薮をクリアすれば、あとは穏やかな雪稜歩きを楽しむことができる「はず」でした。

2012/05/05

■05:30 鹿島館 ■09:15-40 ジャンクション・ピーク

午前5時前に信濃大町でバスを降り、あらかじめ予約してあったタクシーに乗り継いで「鹿島山荘までお願いします」。でもって、下ろされたところはなぜか「鹿島館」。うーん、似て非なる場所に下ろされた訳か……と雨がぱらつく中で少々憮然としましたが、どうせ裏手の山を高い方へ登って行けばルートに出るのだろうと雨具を着込んでまるで雪のない斜面に踏み込みました。鹿島館の裏手のお墓から地形の成り行きで左手に回り込むように進むと沢筋に出て、堰堤を越えたところから勘を働かせて右手の涸れた支沢沿いの斜面に取り付きました。滑りやすい意外な急登を小灌木をつかみながら、カモシカの食事を邪魔しないように慎重に登り、やがて傾斜が落ちて開けたところに出たら、そこには明瞭な踏み跡と赤布の目印。こう書くとあっという間に正規ルートに戻ったように思われるかもしれませんが、ここまでで既に2時間を消費していました。最初に正しく「鹿島山荘」で下ろしてもらえていれば、こんな苦労はしなくてもすんだはずなのに……。

踏み跡に達してしまえば、あとは親切な赤布や赤旗を追う概ね明瞭な道筋。天候も徐々に回復して青空が広がるようになり、高度が上がると共に残雪が目立ってきました。そして、斜面が全て雪に覆われるようになって辿り着いたピークが、細長い頂稜を持つジャンクション・ピーク(1,767m)です。ここからは前方に複数のピークを並べる爺ヶ岳の展望が雄大で、さらにその右手やや遠くにはてっぺんを雲に隠されてはいるものの鹿島槍ヶ岳も見えています。

ここでこの日初めての休憩をとり行動食を口にしていると、前方から4人パーティーがやってきて、ジャンクション・ピークの爺ヶ岳寄りで休憩しながら記念撮影を始めました。恐らく昨夜はこの東尾根のどこか上部に幕営し、今朝爺ヶ岳のピークを踏んで戻ってきたところなのでしょう。

休憩を終え、彼らに挨拶をして登高再開。ジャンクション・ピークからは細い尾根筋の緩やかな登りがうねうねと続いており、1時間余りの登りで丸く平坦な頂上を持つP3(1,978m)に着きました。

■11:00 P3

さあ、ここが思案のしどころ。時刻はまだあまりにも早く、先へ進めばこの日のうちに爺ヶ岳のピークを踏んで冷池山荘前にテントを進めることができそうです。ただ、出だしの薮の急斜面で少々消耗していたし、この際日頃の寝不足も解消したいし、何より目の前の展望をのんびり満喫したい気持ちが勝って、ここで幕営することにしました。P3の頂上にはうっすら幕営跡があり、そこにそのままテントを設営したのが11時半頃。ちょうどそのとき赤いヘリコプターが下界から飛来してきて、爺ヶ岳中央峰の北側のコルあたりでホバリングを始めました。遭難救助かな?と思って見上げていると、ヘリからレスキュー隊員が下ろされ、しばらくして何かを吊り上げて回収すると、冷池山荘の方をぐるっと回って下界へ戻って行きました。

mouseover

このときはわからなかったのですが、どうやらヘリがピックアップしたのは、前日に吹雪の中で遭難した60歳代の女性登山者の御遺体だったようです。そんなことがあったとはつゆ知らぬこちらは、何か不審なものを感じつつも疲労に負けてテントの中で昼寝に入ったのですが、15時頃、テントを揺るがす強風で目が覚めました。いつの間にか前方の稜線の向こうから黒雲が次々に湧き出してきており、時折突風が音をたてて近づいては、テントのポールを曲げるくらいに叩き付けてきます。あわててテントの外に出て、スコップで雪のブロックの壁を作りましたが、こういう気候になるのなら最初にきちんと雪面を掘り下げておくのだったと後悔。そうこうするうちにばらばらと雹が降りはじめ、そしてピカっと空が白く光ると遠雷の音が響き渡りました。あたりは急速に暗くなり、その暗さを一瞬吹き飛ばす稲光が瞬いて、最短で3秒後に雷鳴。山で雷に囲まれるのは10年前の甲斐駒ヶ岳以来ですが、ぐらぐら揺れるテントの中で天井を見上げながらも、今いる位置は比較的低いから危険度はそれほど高くないはず、それよりもこのP3で幕営せずに先に進んでいたらこの雷に爺ヶ岳から冷池山荘への主稜線上で遭遇することになっただろうから運が良かった、などと自分に言い聞かせていました。

やがて雷が収まると共に、睡魔に呑み込まれてシュラフの中で深い眠りに……。

2012/05/06

■06:15 P3 ■07:00 P2 ■07:50-08:15 P1=矢沢ノ頭

5時起床。まだ名残りの雷が鳴り渡っており、「敗退」の二文字を思い浮かべながらシュラフの中で撤収の手順を考えていましたが、遠鳴りが収まった頃合いをみてテントの外に出てみると、東からオレンジ色の太陽が弱々しい光をP3の上に注いでいました。朝日は前方にも届いて爺ヶ岳の斜面を淡く染めており、その上、稜線の上空の雲はきれぎれになって合間に青空を覗かせるようになってきています。しめた、どうやら好天になりそうだ。焼きそばの朝食を素早くすませ、テントを畳んでP3を後にしたのが6時15分。

崩れかけた雪のブロックが古代遺跡のような様相を呈している幕営跡地を横目に先を急ぐと、ハイマツと残雪のミックスした急登の上がP2(2,198m)。ここからしばらくは細くはあるものの安定して歩ける雪稜となり、その先で古い残置スリングも残された岩と木がむき出しの細いギャップを慎重にこなせば、淡々とした雪の斜面の登りの末に台地状のP1=矢沢ノ頭に出ます。南から白沢天狗尾根が出合うここには古い標識があり、また真新しい幕営跡もありましたから、前日にジャンクション・ピークで会った4人組はあるいはここに泊まったのかもしれません。私が参照したガイドブックには「P3の先には幕営適地はない」と書いてありましたが、この矢沢ノ頭の上でも十分快適にテントを張れそうです。ただし、昨日のような雷に見舞われなければの話ですが。

そして、このあたりから出発時の青空は灰色の雲に隠され、湧き上がってきたガスで周囲の視界も遮られるようになってきました。それでも踏み跡は明瞭なので迷う心配なく爺ヶ岳中央峰を目指して歩き続けましたが、頂上が近づくにつれて風雪模様となってきて、最後は横殴りの雪に叩かれるようになってしまいました。ただ、冬用アンダーウェアの上に直接ヤッケを羽織っただけのレイヤードでも寒さを感じずに行動を続けられたので、気温はさほど下がってはいなかったのでしょう。横殴りの雪も「鬱陶しいな!」くらいの感覚で先を急ぎ、雪の急斜面からハイマツ帯の中につけられた踏み跡を辿って、人待ち顔の指導標が立つ爺ヶ岳中央峰に登り着きました。

■08:50 爺ヶ岳中央峰 ■09:10 爺ヶ岳南峰 ■12:00 柏原新道入口 ■12:10 扇沢

中央峰には滞在1分、登頂の感慨もなくただちに下山開始。限られた視界の中、登山道らしきルートをいったん大きく下って再び登り返したところが南峰で、そこからは指導標にくくりつけられた注意書きの指示に従って南尾根へ入りました。アイゼンでは歩きにくいガラガラの長い岩斜面を相変わらずの強風に閉口しながら下り、やっと樹林帯に入って風雪から解放されてからは、雪の上の踏み跡や樹間の明瞭な道筋をつないで下降を続けます。

よく整備されて歩きやすい柏原新道に出ればあとはわずかの下りで登山口で、再び鳴り出した雷と豪雨の中、そこから車道を10分ほど遡れば扇沢のターミナルでした。そして、この連休の間(5月4日から5日にかけて)に白馬岳で6人、涸沢岳で一人、爺ヶ岳でも一人が気象遭難で亡くなっていたことを知ったのは、このターミナル内の暖かいレストランでのことでした。