日本百名山

日本百名山の完登まで

登山家にして作家、深田久弥の代表作『日本百名山』に掲げられた百の山々への巡礼。

1984年の男体山からスタートして、北は利尻岳から南は宮ノ浦岳まで、百の頂にある百の憩いを求めていつ果てるともなく続いていた私の旅も、1998年の富士山でピリオドを打つことができました。そしていつかは、この長い旅を通じて知ることができた、ナキウサギの甲高い声やフレップの赤い実が迎えてくれる北海道の夏の原始の山々や、錦秋の彩りの中から豊かで密やかな歴史を語りかけてくれる東北の山々を、あらためて思いのままに、そして丹念に訪ね歩きたいと思っています。

[地域別一覧](山名表記は『日本百名山』による)
北海道 利尻岳 1,721m 1990/07/28 関東周辺 甲武信岳 2,475m 1988/05/02
羅臼岳 1,661m 1991/08/11 金峰山 2,598m 1987/05/05
斜里岳 1,547m 1991/08/15 瑞牆山 2,230m 1987/05/06
阿寒岳 1,499m 1991/08/14 大菩薩岳 2,057m 1988/06/19
大雪山 2,291m 1989/08/20 丹沢山 1,567m 1986/08/31
トムラウシ 2,141m 1989/08/22 富士山 3,776m 1998/08/09
十勝岳 2,077m 1990/08/09 天城山 1,406m 1990/06/23
幌尻岳 2,052m 1990/08/12 北アルプス 白馬岳 2,932m 1993/08/08
後方羊蹄山 1,898m 1990/07/01 五竜岳 2,814m 1993/08/10
東北 岩木山 1,625m 1996/08/12 鹿島槍ヶ岳 2,889m 1993/08/10
八甲田山 1,585m 1996/08/13 剣岳 2,999m 1989/09/16
八幡平 1,613m 1990/09/22 立山 3,015m 1989/09/15
岩手山 2,038m 1990/09/23 薬師岳 2,926m 1992/08/12
早池峰 1,917m 1990/11/16 黒部五郎岳 2,840m 1992/08/14
鳥海山 2,236m 1994/07/23 黒岳 2,986m 1992/08/15
月山 1,984m 1994/08/13 鷲羽岳 2,924m 1992/08/15
朝日岳 1,871m 1994/08/10 槍ヶ岳 3,180m 1988/09/25
蔵王山 1,841m 1996/08/17 穂高岳 3,190m 1990/08/26
飯豊山 2,105m 1994/08/08 常念岳 2,857m 1990/05/03
吾妻山 2,035m 1995/05/05 笠ヶ岳 2,897m 1997/07/21
安達太良山 1,699m 1990/06/10 焼岳 2,455m 1990/09/08
磐梯山 1,816m 1991/07/14 乗鞍岳 3,026m 1989/08/13
会津駒ヶ岳 2,133m 1989/10/15 御嶽 3,067m 1992/08/02
上信越 魚沼駒ヶ岳 2,003m 1998/07/18 中央・南アルプス 木曾駒ヶ岳 2,956m 1987/08/02
平ヶ岳 2,141m 1997/05/28 空木岳 2,864m 1995/08/14
巻機山 1,967m 1990/04/15 恵那山 2,191m 1991/05/04
谷川岳 1,977m 1989/04/30 甲斐駒ヶ岳 2,966m 1988/07/24
雨飾山 1,963m 1992/06/20 仙丈岳 3,033m 1987/10/10
苗場山 2,145m 1995/07/30 鳳凰山 2,841m 1986/09/15
妙高山 2,454m 1989/10/29 北岳 3,193m 1987/08/13
火打山 2,462m 1989/10/28 間ノ岳 3,190m 1987/08/13
高妻山 2,353m 1993/10/11 塩見岳 3,052m 1995/08/11
男体山 2,486m 1984/08/26 悪沢岳 3,141m 1988/08/09
奥白根山 2,578m 1991/02/10 赤石岳 3,121m 1988/08/08
皇海山 2,144m 1997/10/19 聖岳 3,013m 1988/08/07
草津白根山 2,160m 1994/10/10 光岳 2,592m 1997/08/16
四阿山 2,354m 1994/10/09 北陸・近畿・中四国 白山 2,702m 1993/05/04
浅間山 2,568m 1990/05/13 荒島岳 1,523m 1991/05/19
燧岳 2,356m 1989/05/03 伊吹山 1,377m 1991/07/07
至仏山 2,228m 1989/05/02 大台ヶ原山 1,695m 1991/11/03
武尊山 2,158m 1996/09/16 大峰山 1,915m 1994/05/05
関東周辺 赤城山 1,828m 1994/07/03 大山 1,729m 1992/05/04
那須岳 1,915m 1990/06/03 剣山 1,955m 1992/11/22
筑波山 877m 1989/01/29 石鎚山 1,982m 1992/10/11
美ヶ原 2,034m 1989/05/28 九州 九重山 1,787m 1989/03/26
霧ヶ峰 1,925m 1989/05/27 祖母山 1,756m 1990/03/08
蓼科山 2,531m 1990/03/25 阿蘇山 1,592m 1989/03/25
八ヶ岳 2,899m 1987/06/29 霧島山 1,700m 1989/06/10
両神山 1,723m 1989/04/22 開聞岳 924m 1989/06/11
雲取山 2,017m 1986/11/03 宮ノ浦岳 1,936m 1997/06/05
[年次別一覧](初登のみを掲示)
  1-2 3 4 5 6 7 8 9 10 11-12
1984             男体山      
1985                    
1986             丹沢山 鳳凰山   雲取山
1987       金峰山
瑞牆山
八ヶ岳   木曾駒ヶ岳
北岳
間ノ岳
  仙丈岳  
1988       甲武信岳 大菩薩岳 甲斐駒ヶ岳 聖岳
赤石岳
悪沢岳
槍ヶ岳    
1989 筑波山 阿蘇山
九重山
両神山
谷川岳
至仏山
燧岳

霧ヶ峰
美ヶ原
霧島山
開聞岳
  乗鞍岳
大雪山
トムラウシ
立山
剣岳
会津駒ヶ岳
火打山
妙高山
 
1990   祖母山
蓼科山
巻機山 常念岳
浅間山
那須岳
安達太良山
天城山
後方羊蹄山
利尻岳
十勝岳
幌尻岳
穂高岳
焼岳
八幡平
岩手山
  早池峰
1991 奥白根山     恵那山
荒島岳
  伊吹山
磐梯山
羅臼岳
阿寒岳
斜里岳
    大台ヶ原山
1992       大山 雨飾山   御嶽
薬師岳
黒部五郎岳
鷲羽岳
黒岳
  石鎚山 剣山
1993       白山     白馬岳
五竜岳
鹿島槍ヶ岳
  高妻山  
1994       大峰山   赤城山
鳥海山
飯豊山
朝日岳
月山
  四阿山
草津白根山
 
1995       吾妻山   苗場山 塩見岳
空木岳
     
1996             岩木山
八甲田山
蔵王山
武尊山    
1997       平ヶ岳 宮ノ浦岳 笠ヶ岳 光岳   皇海山  
1998           魚沼駒ヶ岳 富士山      

日本百名山を登り終えて

多くの場合がそうであるように、私も山登りの初めから百名山を意識したわけではありません。振り返ってみると、1983年の神戸勤務時代に同じ課のN氏に六甲全山縦走に誘われたのが山登りに親しむことになったきっかけで、東京に戻ってからも数年は丹沢や奥多摩などの日帰り山行が中心でした。そうした自分の目を低山から高山へ向けさせてくれたのは、兵庫から東京に戻ってきてしばらくした頃の職場の同僚で韮崎出身のKさんの偶然の示唆で、彼女の甘利山登山の話からその背後にある鳳凰三山に興味をそそられたのが1986年、日本アルプスへのデビューです。新潮文庫版の『日本百名山』を読み、その完登を志したのは1989年の正月のこと。その時点で、南アルプスや奥秩父を中心に18座に登っていました。そこから8年半でのゴールインは速いペースだったと言えるかもしれませんが、その達成に長期間を要する目標を設定し、これを着実に前進させてゴールに至る成功体験を得ることができたのは、幸運だったと思います。

百名山時代の私の山行の特徴のひとつは、「単独行」です。自分の好きな山に自分のスケジュールに合わせて計画を組み、自分のペースで登る単独行は、山登りのひとつの理想形と言えると思います。百名山に関しても51座が単独行でしたが、しかし、アプローチの長い山、日数を要する山では、パーティーを組んでの登山が有利であることは間違いありません。南アルプス・北海道の山々に御一緒いただいたK・S両氏、最後の富士山を含む32座につきあってくれたFさんほかの方々の存在がなければ、いまだ多くの山が手付かずで残されていたはずです。この場を借りて、これまで山行を共にして下さった皆さんにあつく御礼を申し上げます。

「百名山」を追うことについては、世上に批判も少なくありません。とりわけ、ピークハントのみを目標としたスピード登山の横行は、本来の登山のありようとは異なるのではないかとの意見が、山岳雑誌に繰り返し表明されています。確かに、たとえば大雪山系や朝日連峰のように、その山域を一体として味わうことに価値がある山も多く、自分もできるだけ広範囲の縦走を心掛けるようにしてきましたが、それ以上に、百名山がなければ出会えなかっただろういくつもの山々に登るきっかけを与えてくれてきた点にこそ、百名山を辿る意味はあったと感じます。思い出深い山旅ができた斜里岳をはじめとする道東の山々や東北の飯豊・朝日、上信越の平ヶ岳、九州の久住などは、百名山がなければあるいは知ることもなかったかもしれません。そして、これらの山を登る過程で、特に北海道・東北の山への関心はさらに増しており、「百名山後」の山行リストを豊穣なものにしてくれています。これが、自分にとっての百名山の価値だったように思います。

日本百名山を登り終えた今、これからは本当に気の向くままに山に登ることができます。北の山々への新たな挑戦、懐かしい山域への季節とコースを変えての再訪、海外の山への遠征、ヴァリエーション・クライミングへの挑戦などなど。さらに、これまでは自分(だけ)のための山登りでしたが、これからは周囲の人たちに登山の楽しさを伝えるという、自分にとって新しい登山の目的も見えはじめています。こうしてみると山に登ることそのものが、長大な山脈の縦走のように、新たな目標の発見と達成の連続体なのかもしれません。

〔1998年8月記〕