野田版 桜の森の満開の下

2017/08/19

4年ぶりの歌舞伎座は、八月納涼歌舞伎の第三部「野田版 桜の森の満開の下」。野田秀樹が坂口安吾の「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」ほかを下敷きに夢の遊民社時代に「贋作 桜の森の満開の下」として戯曲化した作品の歌舞伎への移植です。

雷雨の中の歌舞伎座に入ると一階席の最後列中央という微妙な席でしたが、花道での演技がほとんどない作品だけに、舞台全体を見渡すことができて好位置だったかも知れません。

時は天智天皇の時代、ヒトが住む世界と鬼が住む世界に分かれていた頃のこと。満開の花を咲かせる桜の下で鬼女たちが眠るところへ、長い耳が特徴の耳男がやって来る。すると目覚めた鬼女の内、ひとりの鬼女が耳男に向かい、自分も一緒に連れて行って欲しいと願う。しかし、耳男に断られてその場を去って行く。

第1幕
ヒダの匠の弟子・耳男はヒダの王の元へ向かう桜の森の中で錯乱した師匠の赤名人を殺してしまうが、その直後にヒダの使いに赤名人と間違われて連れて行かれる。一方、金目当てに青名人を殺したマナコも青名人の懐の手紙から幸運を拾ったとヒダ国を目指す。さらにもう一人の名人オオアマも加わった三人へのヒダの王からの命は、宵の明星を見つけると眠ってしまう早寝姫と明けの明星が見えると眠りに就く夜長姫のために三年の内に守護仏のミロク像を彫ることだった。恩賞は奴隷のエナコだが、そのエナコは隙を見て耳男の片耳を切り落としてしまう。
仕事場を与えられたものの彫りもしないマナコは、早寝姫の恋心を利用してヒダの王の巻物を手に入れようとするオオアマが謀反を企むオオアマノ皇子であることを見抜き刀を作り始める。一方、夜長姫の命によってもうひとつの耳までエナコに切り落とされた耳男は、呪いの心を注ぎ一心不乱にバケモノの像を彫る。裏山で蛇を捕らえ、これを噛み割いて生き血を絞り、死骸は屋根から吊るす。そこへやってきた夜長姫は凄惨な小屋の様子に喜び、耳男を甍の上に連れ出すと桜の森に行こうと耳男を誘う。しかしその申し出を耳男に拒まれた夜長姫が向かった古代遊園地で、オオアマは鬼が通る鬼門のありかを探り当て、役目を失った早寝姫は首を吊る。
三年の期限の日、マナコはオオアマと都との両天秤の刀剣十八万本を伴う像、オオアマはヒダの王の心を奪う早寝姫写しの像を彫り上げたが、耳男の像は身の毛もよだつ鬼の形相。しかし夜長姫は耳男の像を気に入り、これを丑寅の門の上に飾ると鬼門が開いて鬼たちが入り込んでくる。ついに挙兵したオオアマが都の兵たちと激しく争うところを、耳男と共に鬼門の上に座った夜長姫は楽しげに見下ろす。
第2幕
即位して天武の大王となったオオアマと、その后となった夜長姫。鬼門は鳥居となり、その向こうには大仏が見える。天武はヒダの国の歴史を抹殺し、耳男に大仏の顔を彫るよう命じる一方、謀反に際し両天秤にかけていたマナコを追放する。追われたマナコが牢獄へ行くと、そこにはヒダの王家の人々がおり、大仏の首を落として鬼門が開き元の通りにして欲しいとマナコに頼む。これを承諾したマナコは耳男を訪ねるが、大仏の首を渡すよう求めるマナコの申し出が拒否されたことで、耳男が夜長姫に心を寄せていることを察して逃げて行く。そこへ現れた夜長姫は、かつて耳男がバケモノを彫ったときと同じように蛇を捕らえて引き裂き、これで青空いっぱいにするようにと頼むと、明日からは朝に起きてくる、いい子になると告げて去って行く。
自らも謀反に倒される恐れを内に秘めながら開眼式を迎えた天武は、耳男に褒美として耳を返す。その耳を通して耳男に聞こえてきたのは、鬼を睨み返すミロクを作った耳男を鬼と呼ぶ人々の声。そのとき現れたマナコが人々が驚く内に大仏の首を打ち落すと、これを機にヒダの王たちは逃げ去り、耳男も夜長姫の手をとって桜の森へと向かう。しかし天武の狙いは、鬼狩りによってヒダの王や鬼門を通ってきた鬼たちを倒し、そのことによってクニの境界を明らかにすることだった。
桜の森の満開の下で展開する凄惨な殺戮。夜長姫が高らかに笑いながら指差すたびに追手の刀が鬼たちを貫き、ヒダの王も、そしてマナコも斬り殺される。震撼する耳男の背後から近づいた夜長姫はいつしか鬼の姿になって耳男の首を締めるが、耳男が鑿で鬼の胸を突き刺すと、その顔は元の夜長姫。姫の亡骸はいつのまにか消え、その場に座り込んだ耳男に、葬列のように連なってこの地を離れて行く鬼女たちの声が語りかける。その中には、夜長姫の声も。

このように、「桜の森の満開の下」と題してはいてもそのモチーフが用いられるのは冒頭の赤名人の錯乱とラストの夜長姫の鬼への変化だけで、話の大筋は「夜長姫と耳男」からとられ、そこに坂口安吾の独自史観である飛騨王朝説をとりこんだ重層的な構造となっています。つまりストーリーは二軸になっていて、その一つは主人公をその高貴な美しさと酷薄な笑顔とで翻弄する夜長姫と飛騨の匠・耳男のモノヅクリの物語、もう一つは早寝姫の犠牲の上に鬼門の秘密を我が物にして帝位を奪い遂には鬼たちをも打倒するオオアマのクニヅクリの物語。その二つの物語をつなぐ役割を担うのがマナコということになるのでしょうが、実は、原作「夜長姫と耳男」に描かれる、夜長姫の笑顔に圧倒されまいとする耳男のモノヅクリの切迫感は野田版においては希薄です。まつろわぬ者のイメージは伝統芸能の中にさまざまに織り込まれた概念ですが、本作が力点を置くクニヅクリの結末に見られるように、ヤマトの国が化外の民(本作では「鬼」)の殺戮という成り立ちを持っているのなら、この国はその創世のときから巨大な桜の森の満開の下での狂気と共にあると見ることもできるでしょうし、それがこの戯曲の題に「夜長姫と耳男」ではなく「桜の森の満開の下」を採ったことの意味なのかも知れません。

もともと名作の評価が高い本作を、野田秀樹自身が一目も二目も置く演劇のプロ集団である歌舞伎役者と歌舞伎座の舞台機構を用いて演じる上に、既に初日から10日ほどもたって細部が練り上がっている状態ですから、舞台の完成度は言わずもがな。ただし、いわゆる古典としての歌舞伎にしか親しんでいない観客には、台詞の速さや随所に織り込まれる言葉の連鎖反応にはついていくのが難しいかも知れません。すなわちそれが「野田版」と銘打たれる所以でもあります。

以下、いくつかのエピソードを備忘として記録します。

  • 第1幕
    • 冒頭、不気味な美しさをたたえる満開の桜の巨木の下へ、花道を全力疾走で駆け込む耳男の登場が鮮烈!
    • マナコがヒダの手紙に惹かれたポイントは、ヤクルトいっぱいの冷蔵庫。
    • 耳男とマナコの二人に木の根で何か彫りたまえ、とノーブルに命じたヒダの王の小ネタは「堀ちえみ……江利チエミ」。
    • 赤名人と青名人は顔見知りであると聞かされて、なりすましの耳男とマナコは「久しぶりだなぁ〜」とここだけ話法が歌舞伎風。そこへ颯爽と登場するオオアマの背中には、なぜか青いイルカ(蘇我入鹿?)の人形が背負われている。
    • 姫たちを乗せた大宮は祇園祭の山車のような高さ、神社風の屋根、側面には牛車風の車輪。
    • 仕事の赤鬼の願いは、物語に復帰して七五調で台詞を語れるようになること。
    • オオアマと早寝姫の逢瀬を覗くマナコたちは羽目板を一人一枚持ってパントマイム風、そのマナコの板に対してオオアマが壁ドン!
    • 早寝姫との密会のために舞台奥から手前へははは〜と笑いながら進むオオアマの姿が飛ぶようで、一種異様なテンション。
    • 仕事部屋から出てこない耳男をいぶり出すため火をつける夜長姫は、耳男が慌てているうちにすかさず串に刺した芋を火にかざす(日によって芋が魚に変わっていた模様)
    • 甍の上へ上がる場面は、いつの間にか舞台中央に屋根が置かれた状態になり、青い幕が落ちてきて一気の場面転換。そしてこの甍の上での夜長姫と耳男の対話を通じて、観客はそのめちゃくちゃな性格にも関わらず夜長姫に惹きつけられてゆく。ここにもちらっと「桜の森の満開の下」からの引用あり。
    • 古代遊園地は、酒船石や亀石、石舞台が登場するので明らかに飛鳥。一方、早寝姫の亡骸にオオアマが手向ける花は白い百合。これはジゼルからの引用?
    • 三人の名人が鑿を振るう音が打楽器の響きとなるところで、オオアマの染五郎丈は本物の小鼓をとりだし見事な音で打つ。かたや両天秤をかけるためにマナコは小さく六方を踏んで花道のすっぽんでひとり小芝居。
    • 三人のミロク比べの場面で背後に流れるのは箏曲「春の海」、そしてなぜかストレッチをしながら待機する鬼たち。そして、耳男の彫ったバケモノの像と夜長姫・耳男を乗せた台はせり上がりによって高い鬼門となる。
  • 第2幕
    • 鬼征伐にやってきた桃太郎がなぜか二人。その点を問われると「近頃の流行り」だと返されるが、これは今年二月の「門出二人桃太郎」(勘九郎丈の二人のご子息(5歳と3歳)が出演)が下敷き。
    • 牢獄の中のヒダの王は「資産12兆円、トランプなんか目じゃない」とマナコに大仏の首奪取の代役を頼み、これを受けたマナコはもし自分が帰らなかったらその金を「西巣鴨周辺の恵まれない老人」に恵んでくれと言い残す。
    • 仏像の顔を彫ることにした耳男が、短い髪で鏡獅子。客席から大拍手。
    • おかっぱ頭で巫女姿の童女ヘンナコ(芝のぶ丈がエナコと二役)、無表情なのにナウシカのレクイエムを「らん、らんらららんらんらん」と歌いながら出てくるインパクトが強烈。この後も天武がやめろと言うのに缶を蹴ったり(政権転覆の比喩)「オニ」という言葉を繰り返したりして天武を翻弄。蹴られた缶を拾おうとした天武は自分の足でまた蹴ってしまいおろおろ(これは事故?意図した演技?)。
    • 開眼式で期せずして起こる耳男コール。しかし、このあたりから天武にはっきりと実悪の雰囲気が漂ってくる。
    • 大仏の右手の上にチェーンソーを持って颯爽と登場したマナコ、BGMはラヴェル編曲の「展覧会の絵」からプロムナードのトランペット。
    • 天武が自らをファースト・エンペラーと呼び、これに対してヒダの王が自分をラスト村長と切り返すのは、この作品の初演(1989年)の少し前にヒットした映画「ラスト・エンペラー」に引っ掛けたもの。
    • 耳男の背後から近づいた夜長姫の声色は、それまでの裏返った高いものから徐々にドスの効いた低音になり、耳男ともみ合った後に桜の木の根元で背後を覗き込んでいる間に鬼の面が掛けられる。そして耳男に刺されて動きが止まった後、面がぽろりととれて元の顔になり、長大な海老反りの後に崩れる。
    • 繰り返し用いられる歌曲は、プッチーニの歌劇『ジャンニ・スキッキ』から「私のお父さん」。

戯曲に注目すると、随所に野田秀樹の他の作品(いずれも本作より後発)に通じる要素を感じました。消えてゆく鬼(「透明人間の湯気」の出雲神)、都合よく書き換えられる歴史(「エッグ」)、耳男の台詞の中だけで示される大きな青い空のイメージ(「キル」)、そしてもちろん本作からラストシーンを引用したと思われる「足跡姫」。

それにしても、それぞれの役者の人物造形には目を見張りました。

  • 鬼の中の主役四人組(彌十郎・巳之助・亀蔵・吉之丞)の凸凹コンビぶりは最高。特にハンニャ(本来女優の役)の巳之助丈が何とも言えない頼りなさを出していていい味。
  • 同じく女形ではエナコ / ヘンナコの芝のぶ丈がすごい。第1幕のエナコはドレイでありながら夜長姫の酷薄さの実行犯となって耳男の耳を切り取る役で、その擦れた雰囲気がこの芝居の中では異色。ところが第2幕で出てくるエナコの娘ヘンナコは上述の通り無垢な少女(設定は3歳)の残酷さで幼児発音なのに無表情に天武を痛めつけます。
  • ヒダの王の扇雀丈は「足跡姫」の伊達の十役人に続いての野田作品ですが、この人ならではの高貴さと鄙びた大らかさとを上手に出していて、ちょっと他に適役が見つからないくらい。
  • 難しかったのはマナコの猿弥丈。もともと古田新太が演じた役だけに比較して観る向きもあったかも知れませんが、その高く設定されたハードルに対して果敢に挑んでいたと思います。
  • オオアマの染五郎丈は、さすがです。冒頭のイルカを背負ってのつかみから早寝姫との逢瀬での軽やかなステップまでは笑いをとる役かと見せて、徐々にその邪悪な本性をむき出しにしてゆくところが貫禄。そうした中にもヘンナコに翻弄されるピンポイントの笑いを入れるところがますます印象的でした。
  • 夜長姫の七之助丈は、この作品での最大の功労者ではないでしょうか。「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」の両作品に通じる妖しく美しく残酷な(耳男曰く「とこしえに、下りの坂道を笑いながら、荷台に地獄を載せて自転車で下り続けてゆく」)女を演じながら、途中から客席をすっかり感情移入させてしまいました。そのターニングポイントとなったのは私の場合は甍の上の耳男との対話であり、「いやあ、まいった、まいった」の台詞です。他にも、この戯曲の中での心に残る台詞は夜長姫のものであることが多かったように思いました。以下は、夜長姫の最期の場面から(いずれも坂口安吾「夜長姫と耳男」に由来)。
    • さよならのあいさつをして、それから殺してくださるものよ。
    • 好きなものは、呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。
    • ねえもしも、また新しく、なにかをつくろうと思うのなら、いつも、落ちてきそうな広くて青い空をつるして、いま私を殺したように、耳男、立派な仕事をして……
  • そして耳男の勘九郎丈。随所に勘三郎丈の声や仕草が見えてきて驚くほどでしたが、それでも、たとえば野田作品なら「走れメルス」など早くから現代演劇に積極的に関わってきた勘九郎丈の台詞術と身体能力の発揮の仕方は、伝統的な歌舞伎の枠(そうしたものがあるなら)を軽々と超えていました。

この「野田版 桜の森の満開の下」が、将来、新作歌舞伎としての再演の機会を得られるかどうかはわかりませんが、中村屋の財産として後世につなげてほしいものだと思います。

配役

耳男 中村勘九郎
オオアマ / 天武の大王 市川染五郎
夜長姫 中村七之助
早寝姫 中村梅枝
ハンニャ / ハンニャロ 坂東巳之助
ビッコの女 中村児太郎
アナマロ 坂東新悟
山賊 中村虎之介
山賊 中村弘太郎
エナコ / ヘンナコ 中村芝のぶ
マネマロ 中村梅花
青名人後に仕事の青鬼 中村吉之丞
マナコ 市川猿弥
赤名人後に仕事の赤鬼 片岡亀蔵
エンマ / エンマロ 坂東彌十郎
ヒダの王 中村扇雀
この記事を書いている内に、つい「夜長姫」を「耳長姫」と書きそうになったり、「足跡姫」を「足長姫」と書きそうになってしまいました。いやあ、まいった、まいった。