海賊(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)

2017/07/14

7月8日の「コッペリア」に続きこの日は、東京文化会館でイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)の「海賊」を観ました。「コッペリア」は初めてでしたが、「海賊」は2005年2003年にいずれもレニングラード国立バレエで観たことがあります。今回はアンナ=マリー・ホームズ振付で、ストーリーをより直線的なものにしてあるようです。

ホールに入ると、正面にはどーんと主役二人が睦み合う絵が描かれた幕が垂れていました。やがて場内が暗くなり、勇壮な序曲と海賊たちが海原の上を正面に向かって帆船で進む様子が描かれる短いプロローグの後に、紗幕によるオスマントルコの都市の様子が描かれてから、市場の場面となりました。

第1幕 市場
まず、さらってきた女たちを奴隷として売り買いする市場(バザール)が舞台。背景は遠くにハギア・ソフィア?ダンサーたちの衣装が落ち着いた色調ながらカラフルかつエキゾチックで、雰囲気を高めてくれます。奴隷商人ランケデム(ブルックリン・マック)とその手下たちの登場、ついで海賊たちの登場、さらにコンラッド(イサック・エルナンデス)、アリ(セザール・コラレス)、メドーラ(豊満なタマラ・ロホ)の登場の踊りが続き、ビルバント(ヨナ・アコスタ)と村人の長(アデーラ・ラミレス)を中心として海賊たちと市場の女たちとが組んで踊る群舞が溌剌としていてわくわく。この幕は市場の喧騒感が強調されていて、こうした群舞や、さらには後で出てくる主役級のダンスの最中でも、舞台の隅や奥に屯ろしている人々は盛んに諍う小芝居を展開しているのが面白くもうるさくもあります。
そこへ登場したパシャは、豪華な衣装に埋もれるようにでっぷり太ってよちよちと歩くユーモラスなキャラクターになっていて、そのパシャの前でランケデムが三人の娘たちにプレゼンさせるオダリスク(寵姫)の踊りは三人三様の個性を発揮して見応えがありましたが、続くギュルナーラ(ローレッタ・サマースケールズ)とランケデムのパ・ド・ドゥ(pas d'esclave)が強烈でした。最初にランケデムのサポートによりギュルナーラが売られてゆく身の悲しさを(したがってランケデムとはほとんど目を合わせないで)踊った後、ランケデムのヴァリエーションは力強い跳躍、ギュルナーラのヴァリエーションはピケターンの中にフェッテを入れて痛切、そしてコーダでのマネージュでランケデムがトゥール・ド・レン(背面跳躍)から最後に540を決めたときは大歓声が上がりました。
ところが、パシャの前に引き出されたメドーラがベールをとると、パシャはその美しさにショックを受けて気絶しそうになり従者に支えられる始末。ここからパシャを誘惑するようなメドーラのヴァリエーション、そしてパシャの錫杖で遊ぶパシャとのユーモラスなパ・ド・ドゥからきびきびしたマネージュに貫禄が漂います。メドーラが売られ、パシャと共に下手に消えたところで海賊たちは本業の実力行使に移り、メドーラも取り返して幕。
第2幕 海賊が潜む洞窟
コンラッドとビルバントの対立の予兆を見せた後に、お待ちかね、メドーラ、コンラッド、アリによるパ・ド・トロワ。アダージオのタマラ・ロホは余裕たっぷりで安心して観ていたら、アリのヴァリエーションでセザール・コラレスが相変わらず身体能力の限界に挑むような跳躍と回転を見せ、最後にトゥール・ザン・レール三連発で観客席から驚愕の拍手と歓声が上がりました。イサック・エルナンデスも負けずに力のこもった跳躍で舞台を回って見せたのですが、再び登場したセザール・コラレスがスピーディーなグラン・テカール三連続に続いて空中で減速しているかのような滞空時間の長いトゥール・ド・レンで舞台を回りました。タマラ・ロホのグラン・フェッテ・アン・トゥールナンは1-1-3や1-1-2を織り交ぜながら見事な回転で拍手を集めましたが、間髪入れずに始まったセザール・コラレスのグランド・ピルエットが主役二人を吹き飛ばしそうなくらいの勢いで、半径を徐々に縮めて回転速度を上げてゆく様子はかつてのアンヘル・コレーラを彷彿とさせました。最後に三人が揃う場面でまたしてもアリが三連続トゥール・ザン・レール(最後は一回転だったかも?)を決めて、観客席は爆発したような状態になりました。
この後は、メドーラに財宝を与え、またメドーラの懇願に応じて拉致してきた女たちを解放するコンラッドとビルバントや他の海賊との対立になるのですが、ここはどう考えても、女に目が眩んで海賊の掟を破るコンラッドが悪いに決まっています。しかし、一対一で対決するとコンラッドは強く、他の海賊たちも渋々その言うことに従うのですが、一計を案じたビルバントが眠り薬をバラの花に振りかけ、これをやはり拉致してきていたランケデムに持って行かせました。このあたり、嫌がるランケデムと脅したりすかしたりしながら花を手渡すビルバントのやりとりのマイムはたいへんリアルで説得力あり。この場面に限らず、ENBの舞台ではマイムが大きな役割を果たしているように感じます。一方、そんなこととは露知らぬメドーラとコンラッドは、月光が照らす洞窟の中で美しい旋律に乗った優雅なパ・ド・ドゥ。愛を確かめ合う二人のダンスは、しかし高々と掲げたリフトからのフィッシュダイヴや各種のリフトを交えた見応えのあるもので、あのパ・ド・トロワの後にこの運動量をこなす(しかもまだ第3幕がある)というのも凄いことです。
さあ、いよいよベッドイン!というところでランケデムの命令を受けた女がバラの花をメドーラに渡し、その花の眠り薬を嗅いだコンラッドが昏睡するのですが、バラの花を渡す前に後ろ手に隠してみせる乙女っぽい仕草や、一転して踏み込んできた黒覆面のビルバントにナイフで立ち向かう毅然とした姿など、タマラ・ロホの演技力全開。どさくさの中でメドーラはランケデムにさらわれ、海賊たちはその後を追い、一人残ったビルバントがコンラッドを殺そうとしたときにアリが踏み込んできたので咄嗟にビルバントはランケデムが自ら逃亡したとその場を取り繕って幕が下りました(ここは展開が非常にスピーディーなので、あらすじを事前に仕入れておかないと混乱するかも知れません)
第3幕 パシャの宮殿
第3幕は舞台装置を巧みに駆使して場面が次々に変わります。まず最初はパシャの宮殿で、第1幕では売られる身を嘆いていたはずのギュルナーラが早くも環境に適応したのか楽しげに高官と踊っていましたが、そこへメドーラが連れてこられて涙の再会。これに満足したパシャは二人を下がらせて下手の大きな椅子に深々と沈みアヘンを(なぜか)水パイプで吸引すると、舞台前面にかかっていた紗幕にパシャの夢の様子が浮かび上がり、この間に背景が変わって第2場の踊る花園に移りました。「ラ・バヤデール」で言えば「影の王国」に当たると思われるこの場面は、照明は全体に白と青が基調で、遠景には(なぜか)タージ・マハル。「コッペリア」の作曲家であるレオ・ドリーヴの音楽が使われたこのパートは、クラシックなチュチュで踊られます。メドーラの、薔薇の花を左右から受け取ってポワントでの静止の長さ、床に置いた花輪を渡り歩く姿の優美さ、そして音楽に乗ったイタリアンフェッテ(ちょっと不安定に感じる部分もありました)が素敵。
舞台前面にいかにもイスラム風な細かい文様の壁が降りてきて、黒服に身を包んだ海賊たちが目を覚ましたパシャに贈り物をし、これにパシャが喜んでいる間に衛兵の首をかききって、パシャと共に宮殿の奥に侵入。壁が上がると再び宮殿のセットになっていて、そこへパシャと共にやってきたメドーラは後から入ってきた黒服たちの中にコンラッドを見つけて大喜び。引き続き能天気に踊るギュルナーラにもそのことを知らせて、二人で嬉しそうに回りながら踊るその回転の同期度合いが、驚くほどぴったりです。正体をあらわした海賊たちがパシャや廷臣たち、ランケデムを追い出したところで、ギュルナーラを追ってきたビルバントの腕の傷からビルバントがコンラッドを裏切ろうとしていた張本人であることが明らかになり、開き直ってナイフを振りかざしたビルバントをコンラッドはアリが手渡したピストルで一撃。飛び道具を使うとは卑怯な……。
宮殿を抜け出したコンラッド、メドーラ、ギュルナーラ、アリは船に乗って高飛びしようとしましたが、やがてティンパニのロールと共に嵐につかまり、大揺れの船から放り出されたアリは海の藻屑、ギュルナーラも行方不明。そして、難破した船につかまっていたコンラッドとメドーラが月明かりの下で抱擁するところで、終幕となりました。

ストーリー的にはツッコミどころ満載の「海賊」(冒頭に記したレニングラード国立バレエの版とは話の流れがかなり違います)でしたが、とにかく男性ダンサーたちのダイナミックなダンスが素晴らしく、熱気に満ち溢れた舞台でした。冒頭のブルックリン・マックの全身バネのような身体能力、イサック・エルナンデスとヨナ・アコスタの感情を的確に表現する正確で力強い踊り、そしてもちろんセザール・コラレスのおよそ力をセーブするということを考えない圧倒的な跳躍と回転。「海賊」のパ・ド・トロワやパ・ド・ドゥはそこだけ取り出したガラ形式で何度も観ていますが、それらを通してみても今回のセザール・コラレスのアリは凄いものでした。もちろん、タマラ・ロホの芸術性、ローレッタ・サマースケールズののびのびとしたダンスも素晴らしいものでしたし、第1幕のエキゾチックなオダリスクや第3幕のクラシカルな花園の場面も美しいものでしたが、カーテンコールで最も大きな拍手を集めたのはやはり、キューバ出身でまだ20歳のファースト・ソリスト、セザール・コラレスです。したがって、何度目かのカーテンコールのときにタマラ・ロホが黒いロングドレスに着替えてマイクを持って舞台に現れたとき、ホール内にはある種の予感が漂いましたが、その予感の通り、セザール・コラレスのプリンシパル昇格が発表されて観客席は通訳を待つまでもなく総立ちとなりました。

ENBを私が認識したのは、2013年にアリーナ・コジョカルが英国ロイヤル・バレエ団を退団して移籍した先がENBだったことからです。2014年の「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト 2014」の前にそのことを知ったとき「イングリッシュ・ナショナル・バレエ?」というのが正直な印象だったのですが、実は2012年にやはり英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルだったタマラ・ロホがENBの芸術監督に就任してから、それまで常に「ロンドンの二番手バレエ団」の地位にあったこのバレエ団は意欲的なプログラムと才能豊かなダンサーたちを世に送り出す世界一流のバレエ団に変身したのだそう。そしてその象徴となったのが、イギリスの他のバレエ団のレパートリーにはないこの「海賊」です。

第2幕と第3幕の幕間にロビーに出ようとしたところ、最後列で観劇していたと思われるダンサーらしき若者たちがこんな会話を交わしていました。「ヤバいよ」「化け物ばかりだ」。その「化け物」たちを再び観るために、ENBには早い時期にまた来日してもらいたいものです。今回の公演を通じて間違いなく、ENBのファンを日本にも増やしたことでしょうから。

キャスト

メドーラ タマラ・ロホ
コンラッド イサック・エルナンデス
ギュルナーラ ローレッタ・サマースケールズ
ランケデム ブルックリン・マック(ワシントン・バレエ)
アリ セザール・コラレス
ビルバント ヨナ・アコスタ
パシャ マイケル・コールマン
 
パシャの従者 シュヴェル・ディノット
村人の長 アデーラ・ラミレス
オダリスク 金原里奈 / アリソン・マクウィニー / カーチャ・ハニュコワ
 
パ・ダクシオン タマラ・ロホ / イサック・エルナンデス / セザール・コラレス
 
踊る花園 タマラ・ロホ / ローレッタ・サマースケールズ
薔薇 クリスタル・コスタ / アンジュリー・ハドソン / アリソン・マクウィニー / 康千里
花のソリストたち ジア・チャン / ジャネット・カカレカ / ユナ・チェ / ティファニー・ヘドマン
 
指揮 ギャヴィン・サザーランド
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団