コッペリア(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)

2017/07/08

東京文化会館でイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)の「コッペリア」を観ました。

くるみ割り人形の原作者としてもおなじみのホフマンの『砂男』を原作とするこの「コッペリア」を観るのは初めてですが、各幕の冒頭の序曲で聴かれるレオ・ドリーブの美しい旋律には相当程度聴き覚えがありました。原作が19世紀ドイツの都市で人形のとりこになる男の悲劇であるのに対して、1870年にパリ・オペラ座バレエでバレエに移植されたこの作品は、ポーランドの農村を舞台とした明るい喜劇に作りかえられています。

この日のENBが上演した「コッペリア」はロナルド・ハインド振付で、プログラムに掲載されたハインド自身の言によれば、スワニルダを市長の娘に設定し、コッペリウス博士が変わり者であることを強調した演出になっており、物語に現実味を増すというその目的に沿ってマイムの比率が高いようですが、その分ストーリーが視覚的にわかりやすいものとなっていました。また、舞台上の装置と衣装(デズモンド・ヒーリー)の見事さは特筆もので、第1幕と第3幕の広場を囲む建物や聖母子の泉のすばらしくリアルで細かい装飾にも第2幕のコッペリウス博士の工房内の不気味な巣窟のような造形にも目を見張りますし、衣装には中世っぽさが感じられてよりおとぎ話らしくなっていました。

なお、この日のスワニルダ役はアリーナ・コジョカルの予定でしたが、おめでたのために降板し、代わりに今年の6月にENBのリード・プリンシパルとして入団したユルギータ・ドロニナがスワニルダを踊ることになりました。

第1幕
舞台はガリシア地方のとある村の広場で、上手手前にコッペリウス博士の家があり、その2階のバルコニーがコッペリア人形の顔見世の場所で、博士(ジェームズ・ストリーター)が。上手奥は酒場で、遠景をはさんで下手奥は遠近法を強調した形状のスワニルダの家。下手手前は美しい装飾が施された聖母子の泉です。
早々に登場したスワニルダ(ユルギータ・ドロニナ)はバルコニーに見慣れない少女が座って本を読んでいる姿に挨拶を送るのですが、無視されておかんむり。なんだあいつは!といったマイムから、スワニルダの少しばかり気の強そうな性格が見てとれます。続いて登場した婚約者のフランツ(セザール・コラレス)もバルコニーの少女に気づいて盛んに秋波を送りましたが、こちらはマイムや表情から実にチャラい感じ。しかしパの要所要所に端正さを見せて、チャラいだけではありません。そんなフランツにむかつくスワニルダとのひと悶着があった後に村人たちが出てきて賑やかに踊るマズルカの輝かしさ!この曲だけで幸福な気持ちにさせてくれます。
ところが、スワニルダをなだめようと市長が麦の穂を取り出したとき、コッペリウス博士の家から不気味な金属音、そして爆発音と共に二階の窓から白煙が吹き出し、博士が手すりに飛び出してきて人形の腕などが飛び散るというダイナミックな演出には仰天しました。コッペリウス博士が荒々しく窓を閉じると広場の全員がのけぞるというのもコミカルでしたが、スワニルダたちが博士のことを「頭おかしい」というように指で自分の頭の横に円を描いてみせたのは、くるくるぱーというニュアンス?ともあれ、恋愛の成就を予言するという麦の穂の音は聞こえないものの、スワニルダと友人たちの群舞(スラブ)、フランツと村人たちの群舞(チャルダーシュ)とそれぞれに楽しいダンスが展開されるうちにスワニルダの機嫌も直って仲直りのキス。やがて暗くなって人々が消えた広場にコッペリウス博士がよぼよぼと現れ、酒場を目指すところで若者たちにからまれ鍵を落としてしまいます。これを後から拾ったスワニルダと友人たちが謎の少女の正体を知ろうと博士の家に忍び込み、一方フランツも少女に会いたいために梯子をバルコニーに立てかけたところで第1幕は終了しました。
第2幕
コッペリウス博士の家の2階は、建物の外観からは想像がつかないほどに広く、不気味ながらくた屋敷の様相を示しています。おっかなびっくりで入ってきたスワニルダたちは下手の小部屋に目をつけたものの、颯爽と小部屋の扉に向かったスワニルダは怖くなって途中でUターン。それでもついに扉を開けたところそこにコッペリア人形がいるのに驚いて駆け戻り、膝をがくがくさせているのを友人が必死に押さえて震えを止めようとする姿に笑いが広がりました。何度かのスカートめくりの試みの後、少女が人形であることがわかったときのスワニルダの得意満面の様子も楽しく、その人形に求愛のポーズをとっていたフランツの物真似をして「あいつバカぁ?」。部屋の中には他に兵隊の人形(くるみ割り人形の兵隊とそっくり)や長靴をはいた猫の人形(熊の剥製にしか見えない)もいましたが、中国の人形が動き出したときにはスワニルダたちも陽気に一本指のダンスを踊りました。このダンス、音楽も振付も可愛らしく楽しいものですが、どういうわけか中国=一本指というのはバレエの世界ではお約束です。
そこへコッペリウス博士が帰ってきてスワニルダたちは大慌て。友人たちは逃げおおせましたが、逃げ場を失ったスワニルダはコッペリア人形の小部屋に隠れます。窓から入ってきたフランツと博士との一悶着があった後に、睡眠薬入りのワインを飲まされてフランツが上手のベッドに倒れこむと博士はコッペリア人形を引き出し、さらになにやら怪しい機械を持ち込んでフランツと人形のそれぞれの手足に心電計の電極のようなものをセット。博士が怪しい機械のハンドルをぐるぐると回すと、そのたびに機械が火花のような光を放ち、フランツはびくびくと痙攣。フランツの魂が移しかえられた(と博士が思っている)コッペリア人形は人形振りで機械仕掛けの人形の踊りを踊りましたが、やがてある瞬間、人形は人形であることをやめ人間らしい動きに変化します。コッペリウス博士の願いがかなったその瞬間の描写の神々しさには、それが実はコッペリア人形ではなくスワニルダが扮装したものだとわかっていても感動しました。アバニコを手にしてのボレロ、スピーディーなジーグ。一人ディヴェルティスマンのように踊ったスワニルダは奮闘の末にフランツを目覚めさせてコッペリウス博士の家を脱出し、取り残された博士の前にはマネキンのような抜け殻のコッペリア人形。さすがにこれでは博士がかわいそうな感じです。
第3幕
広場での収穫祭。行進曲に続いて時のワルツに乗った非常に美しい組織だった群舞、そして軽やかなリズムの暁の踊り、優美な旋律が印象的な祈りの踊りと女性のソロが間をおかずに連続(暁の踊りの金原里奈さんに拍手を送るタイミングがなかったのが残念)し、四人の女性による仕事の踊り(手にしているのは鎌?と紡ぎ棒?)、四組の男女のダイナミックな(女性が男性陣によって投げ渡される)群舞と続いて、主役二人のソロの応酬となりました。フランツのソロは跳躍と回転の大きさを示すもので、特に後半の豪快な大回転には会場内がヒートアップ。そしてスワニルダのコケティッシュなステップと回転の後にヴィオラの独奏に乗ったパ・ド・ドゥ。幸福感に満ちたリフトの連続に続き、フランツにサポートされてアラベスクでのプロムナードを含む長いバランスの安定感を見せたスワニルダに拍手が湧きました。最後はギャロップに乗って全員での群舞の中、スワニルダを抱きかかえたフランツがスワニルダの家の扉を足で押し開けて家の中に消えて幕。

とにかく楽しいバレエで、レオ・ドリーブの音楽の美しさにも惚れ惚れ。ENBのダンサーたちの安定したダンスとコミカルな演技、これを支える舞台装置と衣装の見事さとを堪能しました。ユルギータ・ドロニナは、元気がよくて少々鼻っ柱が強いものの実はフランツにぞっこんというスワニルダを、セザール・コラレスはちょっと目を離すと他の女に投げキッスを送る軽さと行動力を併せ持つフランツを、いずれも豊かな演技力で演じて見せましたが、随所に気合いの入ったダンスで二人ともダンサーとしての実力を如実に示しました。コラレスは豪快、ドロニナは着実という感じ。特にユルギータ・ドロニナは代役であることを意識させない舞台で終演後に喝采を浴びていましたが、しかし、こんなにコミカルな役柄をアリーナ・コジョカルが演じるなんてなんだか信じられないような、やっぱり観てみたかったような気もします。主役以外では、コッペリウス博士を演じたジェームズ・ストリーターのマッドサイエンティストぶりがすごい存在感。怪演と言ってもいいかも。第1幕・第2幕ともいじめられてかわいそうでしたが、最後はお金をもらえて錬金術師的にはOKなのかな?

ただ、第1幕が40分、第2幕と第3幕が30分ずつで、その間に休憩20分ずつというのは少々間延び感がありました。舞台上をがらりと作り変えなければならないので仕方ないのかも知れませんが、できることなら第2幕と第3幕はうまくつないでほしかったようにも思います。

ともあれ、7月14日の同じENBによる「海賊」も楽しみになってきました。

キャスト

スワニルダ ユルギータ・ドロニナ
フランツ セザール・コラレス
コッペリウス博士 ジェームズ・ストリーター
スワニルダの友人 金原里奈 / ジャネット・カカレカ / アンジュリー・ハドソン
康 千里 / ティファニー・ヘドマン / ジア・チャン
宿屋の主人 ダニエル・クラウス
宿屋の夫人 タマリン・ストット
市長 ファビアン・ライマー
コッペリア人形 フランチェスカ・ヴェリク
 
兵隊の人形 ジョージオ・ガレット
長靴をはいた猫の人形 ネイサン・ハント
中国の人形 クレア・バレット
 
暁の踊り 金原里奈
祈りの踊り ジャネット・カカレカ
仕事の踊り ユナ・チェ / フランチェスカ・ヴェリク / アンバー・ハント / エミリア・カドリン
花嫁の介添人たち アンジェリー・ハドソン / 康 千里 / ティファニー・ヘドマン / ジア・チャン
アイトール・アリエタ / ギレーム・メネゼス / 猿橋 賢 / ジンハオ・チャン
 
指揮 ギャヴィン・サザーランド
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

物語

第1幕
市長の娘スワニルダは村の青年フランツと婚約中だが、変わり者のコッペリウス博士の家のバルコニーで椅子に腰掛けていた美少女にフランツが見とれているところを目撃しておかんむり。それでもやがて二人が仲直りをして広場を去った後に、コッペリウス博士が家を出て居酒屋に向かう。通りがかった村の青年たちに荒っぽくちょっかいを出されるうちに落とした鍵を拾ったスワニルダと友人たちは、美少女の正体を知ろうとコッペリウス博士の家に忍び込む。一方フランツも、バルコニーからコッペリウス博士の家のバルコニーにはしごをかける。
第2幕
恐る恐るコッペリウス博士の工房に入ったスワニルダたちは、あの美少女が機械仕掛けの人形であることを知り大はしゃぎ。ところがそこへ帰ってきたコッペリウス博士に追われ、逃げ場を失ったスワニルダは美少女が置かれた小部屋に隠れる。そこへフランツがバルコニーから入ってきたが、コッペリウス博士はフランツを薬で眠らせ、その命を人形に移し替える実験にとりかかり、見事に人形は命を得たように見えた。しかし、その人形はスワニルダがなりかわっていたもので、真相が明らかになるとコッペリウス博士は落胆。
第3幕
広場での収穫祭で、スワニルダとフランツの結婚式がにぎやかにとり行われる。怒ったコッペリウス博士が乗り込んできたが、市長に見舞金を渡されてなだめられ、祝宴は夜更けまで続けられる。