茶碗の中の宇宙

2017/03/20

東京国立近代美術館で「茶碗の中の宇宙」を見てきました。展覧会の内容は、次の通り。

16世紀後半、千利休の理想の追求から生み出された樂茶碗。樂焼は樂家の初代長次郎によって始められ、日本の陶芸の中でも他に類例を見ない独特の美的世界を作りあげています。本展は、一子相伝により樂焼を継承する樂家歴代の作品に、17世紀初頭の芸術家本阿弥光悦の作品を含め、樂焼の美的精神世界と極めて日本的な深い精神文化にふれようとするものです。

樂家は家祖・田中宗慶の孫娘を娶った長次郎を初代とし、宗慶の長男・常慶を二代吉左衛門として、以後現在の十五代吉左衛門に至るまで、ところにより養子も入れながら系譜と技法を繋いでいます。この展覧会は「樂家一子相伝の芸術」と副題がついているように、樂家代々の作品を初代長次郎(右の写真の茶碗群)から当代吉左衞門に至るまで順を追って展示するというシンプルな構成になっていますが、それが成り立つのは後述するように樂家代々が先代の業績をなぞるのではなくその時代ごとの「今」を自身の感性で結晶させることを続けてきたからです。

まず鑑賞に先立って、展覧会の公式サイトからの引用(一部省略)によって予備知識を仕入れておきました。

樂焼とは
樂焼は、織田信長、豊臣秀吉によって天下統一が図られた安土桃山時代(16世紀)に花開いた桃山文化の中で樂家初代長次郎によってはじめられました。樂焼の技術のルーツは中国明時代の三彩陶といわれています。この時代には京都を中心に色鮮やかな三彩釉を用いる焼きものが焼かれはじめていましたが、長次郎もその技術をもった焼きもの師の一人であったと考えられています。
樂焼の技法
樂焼は、轆轤や型を使用せず、一点一点手捏ね(手捻り)によって制作されていて、それは初代長次郎にはじまり現在15代まで続いています。さらに形ができた段階で、今度は篦によって土をそぎ落とすという方法により造形を作っていきます。樂焼の窯は、1点しか入れることができず、それも、備長炭という堅い炭を用いて鞴で火を調整しながら焼き上げます。
樂焼の名称
千利休や長次郎が生きていた時代は、まだ「樂焼」という名はありませんでした。この新しく生まれた茶碗は当初「今焼」と呼称されました。樂の名称は豊臣秀吉から樂の字を賜ったことによるといわれています。長次郎は秀吉の建てた「聚楽第」の付近に住まいし、そこから出土する「聚楽土」を用いて茶碗を焼きました。聚楽屋敷に住まいした利休の手を経て世にだされ「聚楽焼茶碗」とやがて呼ばれるようになりました。

展示の冒頭は、初代・長次郎作の《二彩獅子》。激しい気迫で見るものを威嚇する写実的な獅子像で、もともと明から三彩陶の技術を伝えた渡来人・阿米也の子とされる長次郎のルーツがわかる作品です。ところがこの獅子を横目に一歩進むと、そこからは照明がぐっと落ちて、それぞれ独立したケースの中に極限まで簡素化されたフォルムと色合いをもつ黒樂や赤樂の茶碗が並びます。《大黒》《太郎坊》《一文字》といった銘をもつ茶碗は千利休が所持していたもので、長次郎の手の小ささを反映したのかどれも小振りのそれらの茶碗は、手にとってそのざらりとした肌合いの触感を確かめてみたくなります。この日展示されていた長次郎の茶碗は全部で13。映画『利休にたずねよ』で市川海老蔵が使ったという《万代屋黒》もありました。

続いて家祖・田中宗を経て、二代・常慶の動きのある造形が、古田織部も生きた慶長期の時代の雰囲気を伝えてきますが、続く三代・道入(ノンコウ)の茶碗群が一気に革新的で、あっと驚かされます。千利休の侘茶の精神性を素朴な器の中に凝縮したような長次郎の茶碗とは大きく趣を異にし、釉薬の光沢や装飾、大振りな寸法と土の薄さとが開放的な雰囲気を見る者(使う者)にもたらし、軽やかにモダン。黒い地に鳩の形のようにも見える黄抜けの文様が浮かぶ《青山》も異色ですが、赤樂の筒茶碗《山人》のおおらかな存在感や、三角形の口の下に小さな四角の白抜き文様を三つ並べてあたかも後世の抽象絵画を連想させる美しい赤樂《僧正》の前衛性には、長時間その茶碗の前に立ち止まらされる吸引力を感じました。

次のコーナーは、琳派の本阿弥光悦。常慶及び道入の指導を受けて自ら樂茶碗を制作する一方で芸術家としての自己表現に挑む姿勢の面で樂家に影響を与え、さらに徳川家、前田家といった大名家と樂家との関係を取り持ち利休没後の樂家を支えたとされています。その光悦の作品はどれも独創的で、黒樂《雨雲》の厳しいフォルム、赤樂《乙御前》の非対称ながら美しい造形、飴釉樂《紙屋》のどっしりしたフォルムと色合い、赤樂《加賀》の装飾性と白樂《冠雪》の清々しさなど、どれも光悦の美的感性をさまざまな角度から照射したような茶碗が並んでいました。

以下、展示は四代・一入から代々の茶碗を並べ連ねてゆくのですが、具象的な文様を入れた四代・一入、長次郎の非装飾性へ回帰する五代・宗入、篦で削る彫刻的な造形に力点を移した九代・了入と十代・旦入……といった具合に、その技法と思想を一子相伝で引き継いでいる樂家の系譜の中にあっても代々個性があり、それぞれの時代において当代が先代を凌駕しようと創造性の限りを尽くしているようにも見えてきます。

明治期に入ってからの茶道の一時的衰退や当主の徴兵による不在といった艱難を乗り切って現代に至った樂家の先代=十四代・覚入のモダンなセンスが窯の中での炎の揺らぎと呼応して独特の文様を描いた赤樂《樹映》《笑尉》を拝見した先には、当代吉左衛門のアヴァンギャルドな形態の上に釉薬を自在に遊ばせた独特の彩色(中にはコバルト釉や金彩、銀彩も)の作品が数多く展示されたコーナーが設けられて、その旺盛な制作意欲にほとんど気圧されるものを感じつつ、鑑賞を終えました。

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この展覧会を観ることになったきっかけはNHKの『日曜美術館』で、たまたま「利休の志を受け継ぐ 樂家450年 茶碗の宇宙」と題する回を1月に見たことから関心をもったのですが、こうして代々の作陶のさまに触れて、その多彩な表現形式と一貫した精神性の高さとに感銘を受けました。欲を言えば、茶碗は手にとってその重みや手触りや、あるいは光線の当たり具合による色合いの変化まで味わいたいもの。とは言うものの、映画に貸し出された《万代屋黒》が売るなら3億はするとも言われるが、価値はプライスレスと言われてみると、やはり手にとるのは遠慮しよう……という気にもさせられます。

樂焼きの銘品の数々を拝見して眼福に預かった後は、和のお菓子が合うでしょう。

……どこが和菓子?一応お店の名前は「和栗や」と和を強調していますが、主体はモンブランです。

私は左の「モンブランパフェ 完熟女峰」、相方は右の「和のモンブラン」。どちらも美味しうございました。