ドン・キホーテ(ミラノ・スカラ座バレエ団)

2016/09/22

東京文化会館で、ミラノ・スカラ座バレエ団の「ドン・キホーテ」(振付:ルドルフ・ヌレエフ)。キトリはエリサ・バデネス、バジルはレオニード・サラファーノフ。

キトリ役はもともとポリーナ・セミオノワの予定でしたが、彼女が妊娠により降板したためにバデネスが急遽代役となったもので、バデネスは昨年11月にシュツットガルト・バレエ団の一員として来日しています。一方、サラファーノフは今年7月のあの「バレエの王子さま」でお目にかかったばかりです。

東京文化会館大ホールのロビーに入ると、日伊友好の雰囲気が横溢していました。それもそのはず、今年は日伊国交樹立150周年にあたるのだそうです。

この公演もこの150周年を記念する行事の一環だそうで、開演に先立ち舞台上からミラノ市長ジュゼッペ・サーラ氏が挨拶をされていました。ちなみに同じ日、ミラノでは王宮博物館で北斎・広重・歌麿の浮世絵展が開催されるそうです。

さて、この日の「ドン・キホーテ」はヌレエフ版。この振付の特徴はプログラムの解説を引用すれば極端なまでのスピードだそうですが、実はこのミラノ・スカラ座バレエ団によるヌレエフ版「ドン・キホーテ」を2007年にも観ており、そのときはキトリがタマラ・ロホ、バジルがホセ・カレーニョという凄い組合せでした。今日の二人はそのときの二人を超えることができるか?というのもこのプログラムを観る上での楽しみでしたが、結論から言うと、そうした野暮な比較は抜きにして純粋に目の前の二人の幸福感一杯なダンスを堪能できました。

第1幕
自室でドルシネアと幽霊たちの幻影を見て旅立ちを決意するドンキホーテのエピソードをプロローグに置いていったん幕が降り、序奏の後に始まった第1幕は、賑やかなバルセロナの広場。女性たちの明るい赤やオレンジのドレスの色彩感覚が素晴らしく見惚れているところへ飛び込んできたキトリはおきゃんな性格の町娘という感じで、冒頭の背中を反らせてのジャンプやアバニコを床に打ち付けながら舞台を回る姿が伸びやか。続いて登場したバジルは膝下をくねくねと揺らし細かいステップを刻みながらの複雑なダンスを披露して、いずれも客席を一気に惹きこみました。お互いに簡単にはなびかないのに相手が他の男や女にちょっかいを出すとムカつき割って入る恋の駆引きは、この後のエスパーダと街の踊り子との間でも行われます。エスパーダのマントを用いたダンスの勇壮さに比し、床に突き立てたナイフの周りを踊る街の踊り子のダンスはこの演出ではケレン味を抑えたものですが、エスパーダの気を引くためのものであることがはっきりとわかります。
主要登場人物のコミカルなマイムや街の若者たち・娘たちのカラフルな群舞(セギディーリャ)、二人のキトリの友人のスピーディーなステップなどを散りばめ、さらに三組の男女のダンスでドン・キホーテを相手に踊りながらもキトリの友人とパートナーを組んだバジルを「なれなれしくするな!」とアバニコでひっぱたくキトリに笑わされた直後のキトリとバジルの短いパ・ド・ドゥにハッとさせられました。安定したサポートによるピルエット、キトリのグラン・バットマンの右足の高さ、リフト直前の空中での回転、そしてぴたっと決まるフィッシュ。その後のヴァリエーションは、バジル→パ・ド・トロワ(空中で肩をくいくい)→キトリという流れになっていて、キトリが闘牛士たちのマントの壁の前を抜群の安定感でターンしていった後に友人二人のダンスをはさんでコーダ。その二回目の片手リフトはやや安定しなかったようです。ともあれ、芝居心満点のダンサーたちによる華やかなダンスの洪水に陶酔している内に、第1幕が終了しました。
第2幕
第2幕は、うってかわって暗いジプシーたちの野営地。叙情的で親密なキトリとバジルの月下のパ・ド・ドゥ(この音楽は「ラ・バヤデール」第1幕の逢瀬の場面からの引用です)、ジプシーたちの野生的なダンス(ブーツを履いてのコサックターン)、そして子供達が演じる人形劇にドン・キホーテが乱入して大混乱となってから舞台はドリアードの森に移って、薄緑のドリアードたちのアレグレット、ドリアードの女王のこの上もなく優美なイタリアン・フェッテ、リズミカルながら品のあるキューピッド(衣装は子供ではなく大人の姫スタイルの色違い)のヴァリエーション。ドゥルシネアの素晴らしいポワントでのバランスと高速ターンに大きな拍手が湧きました。
第3幕
第3幕冒頭の酒場は、天井が斜めにデフォルメされているのが不思議な立体感。スカーフで髪を包んだキトリがすばらしくキュートで、彼女を中心とした溌溂としたダンスから会場の笑いを誘う狂言自殺、ガマーシュとドン・キホーテとの決闘のエピソードを経て、舞台はいよいよ結婚式へ。
赤く暗い照明の中で踊られたファンダンゴは、女性たちのファルダと髪に刺した赤い花がいかにもスパニッシュです。エスパーダ・街の踊り子ペアによる情熱的なパ・ド・ドゥがやがて群舞に飲み込まれて鮮やかに終息した後に照明が明るくなり街の娘たちによるアントレを置いて、弦の流麗な旋律に乗って白い衣装に身を包んだキトリとバジルが登場しました。優美なアダージオでキトリの美しいプロムナードやポワントでの静止を堪能した後は、ブライズメイドを挟んで、高さのある跳躍と端正な回転を見せるバジルのヴァリエーション、エシャペ〜アティテュード・ターンではなく軽やかなパッセを連ねるキトリのヴァリエーション(出だしがオケと息が合っていなかったように思えました)。アダージオはバジルの豪快なトゥール・ド・レン・アン・マネージュ、キトリの1-1-2のグラン・フェッテ・アン・トゥールナンの頑張り(スタミナ切れか、ちょっと不安定)、そしてバジルのグランド・ピルエットが息もつがせぬ勢いで披露され、大きな歓声が上がりました。最後は、ガマーシュにちょっとした仕返しをされながらも新たな冒険の旅へと向かうドン・キホーテと、若者たちの幸福感いっぱいの群舞の場面で幕。

色彩感と躍動感に満ちた楽しい舞台で、音楽・ダンス・マイム・衣装・装置のすべてが魅力的。「ドン・キホーテ」を観ることの満足感を与えてくれました。エリサ・バデネスはもともとスペイン・バレンシア出身だけにキトリの役柄をそのまま(むしろ勝気過ぎるくらい?)に演じていましたし、レオニード・サラファーノフは持ち前の端正さを示しつつ前半抑え気味でスタミナを残しながら最後にダイナミックさを発揮していたように思います。また、脇役や群舞も見応えあり。ミラノ・スカラ座バレエはコール・ドの統一感に欠けるという評価がありますが、「ドン・キホーテ」に限ってはそれもアリです。特に第1幕のすべてが恋の駆引き的なカオスなフレーバーは、スペインというよりイタリアンという感じ。

とは言うものの、今回の主役二人はいずれも客演ダンサーで、9月22日から25日までの5回の上演のうちスカラ座のダンサーが主役を張るのは一度だけ(ニコレッタ・マンニ / クラウディオ・コヴィエッロ)。あとはキトリがポリーナ・セミオノワ改めエリサ・バデネスとマリア・コチェトコワ(サンフランシスコ・バレエ団)、バジルがレオニード・サラファーノフ(ミハイロフスキー劇場バレエ)とイワン・ワシーリエフ(同)。有能なソリストがミラノ・スカラ座バレエには不足しているということなのでしょうか?そういう私も、今回はついセミオノワ、サラファーノフのネームバリューにつられてしまったのですが、今回のように代役が立っても新鮮な喜びが得られるのですから、次にミラノ・スカラ座バレエが来日するときはそのへんを考えてプログラムを選んでみようと思います。

キャスト

ドン・キホーテ ジュゼッペ・コンテ
サンチョ・パンサ(従者) ジャンルーカ・スキアヴォーニ
ロレンツォ(宿屋の主人) マシュー・エンディコット
 
キトリ(ロレンツォの娘)
ドゥルシネア姫
エリサ・バデネス(シュツットガルト・バレエ団)
バジル レオニード・サラファーノフ(ミハイロフスキー劇場バレエ)
 
ガマーシュ(裕福な貴族) リッカルド・マッシミ
二人のキトリの友人 デニース・ガッツォ / ルーシーメイ・ディ・ステファノ
街の踊り子 ヴィットリア・ヴァレリオ
エスパーダ(闘牛士) マルコ・アゴスティーノ
ドリアードの女王 ニコレッタ・マンニ
キューピッド アントネッラ・アルバノ
ジプシー アントニーノ・ステラ
二人のジプシー娘 エマヌエラ・モンタナーリ / フィリピーヌ・デ・セヴィン
ジプシーの王と女王 ルイジ・サルッジャ / ダニエラ・シィグリスト
ファンダンゴのソリスト ヴィットリア・ヴァレリオ / マルコ・アゴスティーノ
花嫁の付き添い ヴィルナ・トッピ
 
指揮 デヴィッド・コールマン
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団