ロミオとジュリエット(英国ロイヤル・バレエ団)

2016/06/17

東京文化会館で英国ロイヤル・バレエ団の「ロミオとジュリエット」を観ました。

この「ロミジュリ」をこれまで全幕で観たのは2002年のチューリヒ・バレエしかないのですが、そのときはハインツ・シュペルリ版でした。しかしこれは上演機会が少なく、一般的な「ロミジュリ」の振付としてはジョン・クランコ版が採用されることが多いようですが、この日は1965年にマーゴ・フォンテインとルドルフ・ヌレエフを主役に英国ロイヤル・バレエ団によって初演されたケネス・マクミラン版。シェークスピアによる原作が二つの家の対立の狭間で翻弄される悲劇のカップル、という仕立てであるのに対して、マクミランの演出はジュリエットの一途な恋愛感情が体制への抵抗となり、ロミオをも破滅へと導いてゆく、という特徴を持っているとされています。

ところで、当初この日のジュリエットにはベルリン国立バレエ団のヤーナ・サレンコが客演することになっていたのですが、同バレエ団の「突発的なスケジュール変更」によって出演がかなわなくなり、代わりに2016 / 2017シーズンにファースト・ソリストからプリンシパルへの昇進が決まったばかりのフランチェスカ・ヘイワードがジュリエット役を勤めることになりました。正直に言うと、この日の自分の目当てはロミオ役のスティーヴン・マックレーの方にあったので、この主役変更には特に注目していなかったのですが、結果からするとこれは大きな出来事でした。

第1幕は、ヴェローナの市場から。左右と中央の3箇所に階段がある重厚なセットが背後にあり、これが全幕を通じてさまざまな役割を演じます。初っ端からロザラインにストーキングを仕掛けて従者に脅され引き下がるロミオ。ロミオたちと娼婦たちの3組の賑やかなダンスに続いて、モンタギュー家とキャピュレット家の争いは集団での剣戟がガチャガチャと音を立てて打ち鳴らされるド迫力で、ヴェローナ大公が諍いをやめるように命じた後には、舞台中央にずるずるとひきずられた死体が山積みにされるという恐ろしい演出です。

場面変わってジュリエットの登場ですが、人形を持って乳母をからかうジュリエットの姿は小柄で見るからに幼く、求婚者パリスの手をすり抜けて乳母の背後に隠れる動作にも恥じらいではなくストレートな恐れが感じられて、ほとんどロリータの世界……と思えるのも当然で、シェークスピアの原作の設定は13歳です。そして、この最初の場面からその可愛らしさと躍動感で、フランチェスカは客席すべての心臓を鷲掴みにしてしまった感がありました。

キャピュレット家の舞踏会でも、求婚者とのパ・ド・ドゥではジュリエットはなすがままに踊らされていたのに、その場に忍び込んでいたロミオとふと目があうと、そこから胸騒ぎが始まります。舞踏会のモチーフに基づく群舞を背景に舞台下手のジュリエットと上手のロミオがそれぞれ立ち尽くして見つめ合う場面は印象的な構図で、続くモーニング・セレナーデでスティーヴン・マックレーが全く軸のぶれない回転を見せれば、ジュリエットとロミオのただならぬ様子を察したマキューシオ役のアレクサンダー・キャンベル(彼もプリンシパルに昇格が決まったばかり)もスピーディーな回転技を連続させて舞踏会の参加者と客席の両方の目を引きつけることに成功しました。やがていったん人気のなくなった舞踏会場での短いパ・ド・ドゥで、ロミオにリフトされたジュリエットは軽やかに宙を舞うかのよう。その後の再びの群舞を終えてロミオが去るときにはジュリエットは恋のとりこになっているのですが、フランチェスカの演技には適度な抑制が効いていてはしゃぎ過ぎている感じがしないのが続くバルコニーの場面に向けてむしろ効果的でした。

そのバルコニーのパ・ド・ドゥは、この世のものとは思われないほどに美しいものでした。さまざまなリフトを繰り返しながらかなり濃密な接触が続くダンスですが、フランチェスカのジュリエットはどこまでも清純で、天使のよう。それはスティーヴン・マックレーのサポートの巧みさにも起因していて、滑らかなリフトの動きはもとより、飛び込んでくるフランチェスカをふわっと受け止めてまったく重さを感じさせないことに驚嘆しました。美しい音楽と完全に一体化した数分間のパ・ド・ドゥが終わって静かな弦の響きと共に幕が閉じると、客席からは拍手と共にため息のようなものが漏れ、近くの席に座っていた女性同士が「すごい……」と圧倒されたような感想を漏らしているのが聞こえもしました。

第2幕も再び市場から。女たちの賑やかな群舞に続いてスティーヴン・マックレーが回転と跳躍の圧倒的なキレを見せつけた後、ピンク衣装に白塗りの男たちによるコミカルでエネルギッシュな3拍子のマンドリン・ダンスが続きましたが、客席の喝采と笑いを集めたのは、ジュリエットからの手紙を受け取って有頂天になったロミオが夢見心地のまま超高速シェネで乳母の周りをくるりと回った場面です。

教会でのひそやかな結婚式に続いて舞台は三たび市場に戻り、賑やかな群舞の中へやってきた酔っ払いティボルトによるマキューシオの刺殺は、マキューシオが倒れるまでに相当の時間を要しましたが、それはリアルな死を受け止めることができないロミオたち3人に覚悟を迫るための時間だったのでしょう。かたやティボルトも自分がもたらした人の死に対して苦悩し、単純に粗暴な人物ではない深みを示した上に、厳しい殺陣の末にロミオの剣に貫かれてからは迫真の断末魔の演技を見せました。

第3幕の冒頭に管の音が重なってフォルテシモで奏される不協和音は、実は第1幕でヴェローナ大公が両陣営を制するときに鳴らされていたもの。その、運命の酷薄さを象徴する和音に続いて舞台はジュリエットの寝室となり、夜明けと共にヴェローナを去らなければならないロミオと別れがたい思いをぶつけるジュリエットの悲痛なパ・ド・ドゥ。ここもダンサーによっては愛欲の深さが出てしまうところですが、フランチェスカのジュリエットはあくまで少女らしさを残しているところが特色と言えるかも知れません。ロミオが去り、両親と求婚者パリスが部屋にやってきてからのジュリエットの演技も素晴らしく、パリスに対するはっきりとした拒絶と逃避、両親に対する懇願と激しい感情のぶつけ合いがあった後に、一人残されたジュリエットがベッドの端に腰掛けてじっと佇む内に彼女の中で何かが変わる様子がまざまざと示されました。彼女にとっての世界と戦う決意をして立ち上がったジュリエットは、ショールをはためかせて屋敷を抜け出し、僧ロレンスのもとで睡眠薬を受け取ると再び屋敷へ。再度やってきた両親とパリスの前で、ポワントですっと伸び上がって心を殺しての偽りの受容を見せはしたものの、婚約者と踊っている内に湧き上がる嫌悪の情を隠せないジュリエットは、最後に婚約者を受け入れるマイムを示して一人きりになると、強い恐れとためらいを感じながらも遂に薬を飲んで苦しみ悶えながらベッドに倒れこみます。

キャピュレット家の墓室で、石棺の上に横たえられたジュリエットの遺体。戻ってきたロミオはそこにいたパリスをひと突きにするとジュリエットの遺体を抱き上げるのですが、完全に脱力した状態のフランチェスカを相手にしてのパ・ド・ドゥはかなり厳しいものであると思えるにもかかわらず、スティーヴン・マックレーに揺らぎは一切感じられませんでした。最後は、ロミオが薬を飲んで自殺し、その後に目覚めたもののロミオの死を知ったジュリエットがロミオの遺体にすがって嘆いた後、短剣で自らの胸を突き石棺の上によじ登ってロミオに手を差し伸べて仰向けに息絶えたところで終幕。

カーテンコールは、大喝采と歓呼の声、そしてスタンディングオベーションとなりました。期待通りのキレキレのダンスを見せ、パートナーリングでも素晴らしい貢献を示したスティーヴン・マックレーと、急遽の代役ながら極めて魅力的なヒロインを確かな技術と独自の表現力で演じきったフランチェスカ・ヘイワードの二人が大きな拍手を受けたのはもちろんですが、助演のダンサーたちもすべて素晴らしい演技とダンスを見せて、マクミランの演出意図を舞台上に見事に再現していたと感じました。また、装置や衣裳の豪華さは特筆すべきであったと思いますし、演奏もプロコフィエフのカラフルなスコアを十二分に生かしていました。

こちらはサラ・ラムがジュリエットを演じたときの制作映像ですが、男性陣の多くはこの日と同じ配役です。英国ロイヤル・バレエ団のチケットは他のバレエ団に比べて高額で、これまでなかなか手が出せていなかったのですが、今日の充実した舞台を観ればやはり値段だけのことはあると実感。そして、代役としてではなく最初からフランチェスカ・ヘイワードを主役として舞台が制作され、これを観に行くことができる日は遠からず来るものと思います。

キャスト

ジュリエット フランチェスカ・ヘイワード
ロミオ スティーヴン・マックレー
マキューシオ アレクサンダー・キャンベル
ティボルト ギャリー・エイヴィス
ベンヴォーリオ トリスタン・ダイヤー
パリス ヨハネス・ステパネク
キャピュレット公 クリストファー・サンダース
キャピュレット夫人 エリザベス・マクゴリアン
エスカラス(ヴェローナ大公) ベネット・ガートサイド
ロザライン クレア・カルヴァート
乳母 クリステン・マクナリー
僧ロレンス フィリップ・モズリー
モンタギュー公 フィリップ・モズリー
モンタギュー夫人 ベアトリス・スティックス=ブルネル
ジュリエットの友人 メーガン・グレース・ヒンキス / エンマ・マグワイア
ヤスミン・ナグティ / アンナ・ローズ・オサリバン
ジェンマ・ピッチリー=ゲイル / レティシア・ストック
3人の娼婦 ヘレン・クロフォード / オリヴィア・カウリー / ロマニー・パイダク
マンドリン・ダンス ジェームズ・ヘイ
アクリ瑠嘉 / ケヴィン・エマートン / ポール・ケイ
フェルナンド・モンターニョ / マルセリーノ・サンベ
 
指揮 クーン・ケッセルズ
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団