俺たちの国芳 わたしの国貞

2016/05/21

Bunkamura ザ・ミュージアムで「俺たちの国芳 わたしの国貞」。Bunkamuraのホームページには、以下の熱い惹句が踊っていました。

浮世絵は江戸の人々が求めた悦楽(エンターテイメント)を凝縮したメディアであり、現代の雑誌やポスター、ブロマイドといえるでしょう。そこには物語世界で活躍するヒーローや憧れの歌舞伎役者たちが描かれています。 国芳ファンは、漢(おとこ)に憧れ、ヒーローたちの活躍する物語の世界にのめり込む江戸っ子ヤンキー層。個人より仲間に重きを置き、コミュニティを大切にする「俺たち」です。義理人情を優先する彼らに、理想の男の姿を見せてくれるのが“俺たちの国芳"。 一方、国貞の作品の中核は、江戸文化のメインストリームである歌舞伎をとりあげたものであり、そこに登場するキラキラと輝く男女に憧れる女性たちが思い浮かびます。国貞が描く世界は女性たちが各々に憧れ夢見る世界でもあり、いわば"わたしの国貞"なのです。

葛飾北斎(1760-1849)からやや遅れて浮世絵界に登場した歌川国貞(1786-1864)とその歌川国芳(1797-1861)は、まず兄弟子の国貞が役者絵と美人画の第一人者となり、同じジャンルでは勝負できなかった弟弟子の国芳が折からの水滸伝ブームを好機として伝奇物に活路を開きます。1882年にフェノロサと共に日本にやってきたウィリアム・スタージス・ビゲローは、後に浮世絵の代表とされる北斎や歌川広重(1798-1858)の風景版画には目もくれず、国貞・国芳の二人の作品の収集に励み、1911年にそれぞれ数千枚もの膨大なコレクションをボストン美術館に寄贈しました。本展覧会は、ビゲローによって基礎を築かれたボストン美術館の浮世絵コレクションの中から国貞・国芳の作品を選りすぐって紹介するもので、一幕目が主に国芳、二幕目が主に国貞という構成。江戸のまさにエンターテインメントの世界を、Bunkamuraの中に再現してくれました。

《一幕目の一》髑髏彫物伊達男

スカルとタトゥーに彩られたクールガイたちの世界。『水滸伝』や翻案物の『本朝水滸伝』の好漢たちが躍動します。右の浮世絵は《国芳もやう正札現金男野晒悟助》ですが、浴衣のドクロ模様が実は猫の集合体であるというところが実にファンキー。

《一幕目の二》物怪退治英雄譚

モンスターハンターとヒーローを描く、伝奇趣味たっぷりの浮世絵群。下の《相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を試さんと爰に来り竟に是を亡ぼす》のダイナミックな構図には驚きますが、他にも、三枚続のワイド画面いっぱいに巨大な緋鯉とこれを見下ろす人物を俯瞰したり三人の人物の背景にこれまた巨大な化け猫が口を開いていたりと、何でもアリ。

《一幕目の三》畏怖大海原

下の《讃岐院眷属をして為朝をすくふ図》は曲亭馬琴『椿説弓張月』に題材をとり、白縫姫の身投げ(右)、自害しようとする為朝を救う烏天狗(左)、鰐鮫の背の瞬天丸と紀平治(奥)という一連の場面がひとつの画面に同時に表現されていて大胆。

他にも、大荒れの海と翻弄される船を描く浮世絵が二点あっていずれも豪快でしたが、このコーナーでは水底でフジツボにまみれた大碇や蟹、エイ、魚と共に居並ぶ家臣に囲まれた平知盛の姿を描く《大物之浦海底之図》に度肝を抜かれました。

《一幕目の四》異世界魑魅魍魎

ゴースト&ファントムの世界を、当代の歌舞伎役者に当てて描いた浮世絵が一粒で二度美味しく、たとえば右の《見立三十六歌撰之内在原業平朝臣 清源》は八代目市川團十郎がモデル。しかしこのコーナーでは、「芦屋道満大内鑑」の「葛の葉子別れの段」に題材をとったと思われる《木曾街道六十九次之内妻籠 安倍保名 葛葉狐》が圧巻です。シオってみせる狐の前に女の姿が立っているのですが、その背後の狐の身体の一部や障子が透けて見えるという絶妙の表現には、多くの人が息を飲んで見入っていました。

《一幕目の五》天下無双武者絵

サムライウォリアーの獅子奮迅を描くこのコーナーでは、三枚続の大画面をフルに活かした勇壮な場面が続きます。源義経の八艘飛びあり、源頼朝の狩りで暴れまくる手負いの巨猪あり、和田合戦での朝比奈義秀の怪力無双ぶりあり。

上の図は敵の将兵を蹴散らしながら疾駆する柴田勝家を描く《水瓶砕名誉顕図》ですが、このコーナーに集められた他の浮世絵に比べると遠近感が乏しく、やや平板な感じ。むしろ、絵師自らが宇治川に入って川面に顔を出して、先陣争いをする佐々木高綱と梶原景季の彼方に斜めに向こう岸を見る《宇治川合戦之図》の大胆な構図に驚きます。もっとも、先日宇治に行ったときに見た限りでは、宇治川はこれほどの大河ではありませんが……。

《二幕目の一》三角関係世話物

当代の歌舞伎役者たちを三人一組で大胆に配してさまざまな場面を描くこのコーナーには国貞と国芳のそれぞれの作品が並びますが、なるほどやはり、国貞の描く役者の表情の豊かさに軍配が上がるように思えます。右の《松竹梅雪曙》は八百屋お七が火の見櫓から飛び降りるところで、お七は四代目市川小團次、下女お杉は四代目尾上菊五郎、土佐衛門伝吉が初代河原崎権十郎です。

《二幕目の二》千両役者揃続絵

ここはスター役者のブロマイド集。左上の初代中村福助以下6人のスターのシリーズ物《御誂三段ぼかし》は、こうして出版されれば否応なしに全部揃えないわけにはいかなかったでしょうが、役者の背後にそれぞれの紋を配したデザインが実にモダンです。

《二幕目の三》楽屋浦素顔夢想

かたやこちらは、オフステージ画像。この群像図《踊形容新開入之図》の下には《踊形容楽屋之図》が続いているのですが、賑やかな楽屋でくつろいだり化粧をしたりする役者たちの姿が生き生きと描かれて、その喧騒が聞こえてきそうです。

《二幕目の四》痛快機知娯楽絵 / 《二幕目の五》滑稽面白相

このあたりから、展示される浮世絵は若干小粒なものが続くようになりました。天保の改革で美人画に規制がかかる中に真面目だか不真面目だかわからない筆致で描かれた《荷宝蔵壁のむだ書》、大道芸の興行を報じる《江戸ノ花 木葉渡 早竹虎吉》(これらは国芳)など。

《二幕目の六》今様江戸女子姿

禁じられた役者絵や美人画に代わるものとして、町家の娘をその仕草もリアルに描いた浮世絵が売れた模様。《当世三十弐相 よくうれ相》はいかにも国貞。その他、国貞の町娘図はだいたいがこのように上半身アップでの平面的な構図ですが、画面左から右上へ斜めに広がる提灯の光に照らされる三人の娘とその背後に遠近感をもって小さく描かれる無数のシルエットを描く《春夕美女の湯かゑり》は、国芳もかくやの大胆な構図で楽しませます。

《二幕目の七》四季行楽案内図

販促ポスターの趣を伴うこのコーナーの浮世絵は、名所案内でもあり、ファッションやグルメ案内でもあり。国貞と広重の合筆である《田子のうら風景》は右端の前景に縁台で寛ぐ男女を置き、中央の中景に田子の浦、左奥の遠景に雪の富士山を聳えさせ、そしてさらに画面最奥を左端から右端まで朝焼けの赤が縁取るという大胆な構図で目を引きましたが、かたやこちらの《初雪の戯遊》は屈託のない娘たちの雪遊びの中に大きな雪の猫像を立たせ、もしやと思って確認するとやはり国芳でした。

《二幕目の八》当世艶姿考

最後のコーナーは、細密精緻な花魁たちの姿を描く浮世絵が飾ります。中でもこの五点の夜桜を背にした花魁たちは、藍刷りのモノトーンの中にピンポイントの唇の紅がかえって華麗。

展示室を出たところには、こちらの「浮世絵のできるまで」が掲示され、改めて浮世絵というものが絵師・彫師・刷師の共同作業であるということを思い出させてくれました。しかし、こうした匠の技が生み出す浮世絵の当時の値段は、そば一・二杯分くらい。この解説にも書かれているとおり、浮世絵はやはり庶民のものだということがわかります。

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ともあれ、面白い展覧会でした。とりわけ前半の国芳の奇想には驚かされてばかりで、江戸時代末期の絵師たちの自由で大胆な発想にはすっかり脱帽です。