盆山 / 鞍馬天狗

2016/04/05

国立能楽堂の定例公演で、狂言「盆山」、能「鞍馬天狗」。

「鞍馬天狗」の前場は鞍馬山の花見が舞台ですが、国立能楽堂の前庭にも桜があるということを、恥ずかしながら今まで気づいていませんでした。

盆山

「盆山」は以前、茂山良暢師のシテと茂山茂師のアドで観たことがありますが、今回はお豆腐狂言の茂山千五郎家の丸石やすし師と松本薫師。面白くないわけがありません。禿頭でおおらかな笑いを誘う丸石やすし師が泥棒になっておどおどしながらも屋敷に侵入する場面の一人芝居はすばらしく、本当にそこに垣根や塀があるように見え、そして舞台空間が盆山を置いてある座敷になったかのようでした。物音に気づいた亭主に踏み込まれたあとの狼狽ぶりもおかしく、泥棒の正体が「丸石やすし」であると見てとった亭主の無理難題に応え、必死になって犬の鳴き声や猿の鳴き声を真似し、鯛の形態模写を強いられ、ついには鯛の鳴き声を求められてひっくり返った声で「たい!たいたい!」と奇想天外な開き直りをする怪演。役者の演技力の高さが存分に発揮された狂言でした。

鞍馬天狗

「調伏曽我」「小袖曽我」「烏帽子折」等の作者とされる宮増による切能。この曲には子方がたくさん登場しますが、登場時間が短く特に所作もないので、能役者の子息の初舞台となることが多いそうです。この日は小書《白頭》が付くため、後シテが白頭となり、全体に緩急のある演出となるとのこと。

まず直面の前シテ・山伏(観世恭秀師)が無音の内に舞台に進み、正中に立って鞍馬の奥僧正た谷に住まう僧であると名乗ると、当山において花見があると聞いたので外からでも眺めようと思うと語って後見座へ。ついで文を手にしたアイ・能力(網谷正美師)が登場し、西谷・東谷が交互に行う花見のうち今年は西谷の番であるので、東谷の衆を迎えに来たと語るのですが、そう説明している間にも揚幕から子方たちがぞろぞろと列をなして登場しました。橋掛リ上に8人の子方が紅の小袖に緑の袴で鈴なりに並ぶのはなんとも壮観です。振り返ってこれにびっくりした能力が文を示すと、子方たちの後ろ、三ノ松あたりにいたワキ・僧(工藤和哉師)は文を受け取ってそこに今日見ずは悔しからまし花盛り 咲きも残らず散りも始めずとあるのを面白く眺め、地謡の初同を聞きながら子方たちを先に立てて舞台に進みました。大小前から地謡の前までずらりと子方が並び16個のつぶらな瞳が見つめる中、能力はワキの求めに応じて小舞を舞うことになったのですが、この小舞「いたいけしたるもの」は飛び返りなども含む動きの速いもので、能力は息を上がらせ気味に謡いつつ舞い続けます。ところがこの間にシテはひっそりと後見座から一ノ松へ、そして脇正に進んで座しており、これに気づいた能力は小舞を止めてワキに、当山では他山の輩は禁制であるから引っ立てようと進言しました。しかしワキは無用のこととこれにとりあわず、花は明日にてもと子方たちを連れて下がります。目の前を引き上げて行く子方たちに能力は狼狽してもうし、まず待たせられいと声をかけ続けましたが、まるで桜の花が散るときのようにあっという間に一同はいなくなってしまいます。忌々しげにシテを見下ろした能力は拳を振り上げましたが、振り下ろすこともできず腹立ちやと捨ぜりふを残して自分も下がっていきました。

先ほどまで賑やかだった舞台が今は静寂に包まれ、そこにぽつんと残されたシテが、貴賎や親疎を問わず桜を共に愛でるのが春の習いであるというのに……と嘆いていると、ひっそり脇座に残っていた子方・牛若丸(武田章志くん)がげにや花の下の半日の客、月の前の一夜の友、それさへ好みはあるものを、あら傷はしや近う寄つてご覧候へと呼びかけました。その力強く、良く通る声はつい聞き惚れてしまうほど。ここからシテと牛若丸の二人きりのやりとりとなりますが、その中で地謡がシテの言葉として御物笑ひの種蒔くや、言の葉しげき恋草の、老いをな隔てそ垣ほの梅、さてこそ花の情けなれ、花に三春の約あり、人に一夜を馴れ初めて、後いかならんうちつけに心空に楢柴の、馴れはまさらで恋の増さらん悔しさよとかなりストレートに恋心を謡う間、シテと牛若丸とが見交わす目と目には、稚児愛の淫靡な雰囲気が濃厚に漂います。その後の問答で、平家の子弟たちに混じって肩身の狭い思いをしている牛若丸の境遇を知り深く同情したシテは、牛若丸に近寄って立たせると舞台上で次々に向きを変えながら、愛宕高雄の初桜、比良や横川の遅桜、吉野初瀬の名所、といった具合に牛若丸に見せた花の名所かつ修験の霊地の名所尽くしを謡いました。鞍馬山からでは愛宕は見えても吉野までは見えないと思いますが、そこはまだ素性がわからないシテの神通力のなせるわざということなのでしょうか?ここでさすがに不思議に思った牛若丸がシテに名を尋ねると、今は何をかつつむべき、我この山に年経たる、大天狗は我なりと正体を明かします。そして前場最後の地謡は、シテが平家打倒のための兵法伝授を牛若丸に約束し、明日また会おうと手をついてから飛び去ってゆく情景を描くものですが、このときの地謡はフォルテシモですごい迫力。ただし最後の立つ雲を踏んで飛んで行くの一句のみいったん間をおき、テンポを落として余韻を残しました。太鼓が入って中入来序となり、シテは中入り。ややあって牛若丸も退場していきましたが、一人下がって行くその背中にはもはや風格のようなものすら漂っています。

アイ語りは木の葉天狗で、ユーモラスでもあり不気味でもある面を掛けた木葉天狗一号がこれまでの経過を語ったところへ、木葉天狗二号と三号が登場しました。どうやらこの時点では大天狗から牛若丸への兵法伝授はかなり進んでいるようで、木葉天狗たちは牛若丸の相手をするために稽古をしようということになったのですが、実際に太刀を打ち合わせてみると一号が圧倒的に強く、二号も三号もさっと太刀を外されてスコーンと一本とられてしまいます。見所には笑いが広がりましたが、打たれた二人の木葉天狗たちはすっかり戦意を喪失して「戻るぞ戻るぞ」と引き上げてしまい、残された一号も自分では相手にならないと揚幕に向かって「遮那王殿」と呼び掛けてから退場しました。

一声の囃子と共に登場した牛若丸は、小袖の上に薄黄色の水衣を肩上げにして白大口を穿き、鉢巻姿に長刀を持って舞台中央に進むと、自分の出立を自分で謡いつつ長刀をぶんぶんと振るってから脇座へ立ちました。これを地謡が花やかなりける出立かなと褒め称えたところで、長く高く、強い笛から始まる大ベシの囃子。重々しい大小の鼓が掛け声と共に打ち込まれる内にゆっくりと登場した後シテ・天狗は、白頭に大兜巾を乗せ、癋見悪尉面もいかめしく、袷狩衣にキンキラの半切、背にヤツデのような羽団扇を刺し、緑の葉をつけた(=自然のままの木の枝という意味)鹿背杖を突いています。尋常ならざる迫力をもって一ノ松に立つシテが、ここで改めて自らを鞍馬の奥僧正が谷に住む大天狗であると名乗ると、地謡も極めてゆっくりと供の天狗の名を尋ねます。宝生流の小書《白頭別習》では供の天狗たちがぞろぞろと登場するそうですが、ここではシテと地謡とによって名前が挙げられるだけ。英彦山の豊前坊、白峰の相模坊、大山の伯耆坊、飯綱の三郎富士太郎、大峰の前鬼が一党などなどと呼びながら強烈な足拍子を轟かせるシテは、二ノ松、三ノ松と位置を変えながら雲霞のように群がる天狗たちの喧しい様子を説明した後、一気に舞台に走り入って杖を投げ捨てました。

一転、穏やかな口調になったシテが牛若丸に小天狗たちとの稽古の様子を尋ねると、牛若丸は斬り付けもして稽古の手際を見せたいとは思ったものの、それでは師匠に叱られるかと思って控えたと答えました。このあたりはちょっと意味がうまくとれなかったのですが、シテは師匠思いの牛若丸を褒めると、背の羽団扇を手に取り正中で床几に掛って漢の高祖の功臣・張良の故事を語り出しました。その故事というのは、老仙・黄石公から太公望の兵書の相伝を受けるに先立ち、馬上の黄石公が二度までもわざと沓を落とし張良に拾わせようとしたところ、張良は内心穏やかではなかったものの大事の相伝のためにはと沓を拾って捧げ、これによって黄石公の心が和らいで兵法の奥義を受けることができたというもの。こうした話を、羽団扇を振るい仕方で語ったシテは、牛若丸が天狗である自分を師匠として立てるのはなんとしても兵法相伝を受けて平家を討とう思うからであろう、殊勝であることよ、と慈愛に満ちた目で牛若丸を見つめました。

地謡そもそも武略の誉の道に続いて、常であれば舞働が入るのですが、この日の演出では牛若丸が長刀を突きシテが立ち上がると直ちにキリに移って、羽団扇を手にシテは地謡を聞きながら勇壮に舞台を回りました。そして御身を守るべしこれまでなりやと立ち去ろうとするところ、牛若丸は一ノ松まで追ってシテの袖に縋りつきます。これをシテは優しく脇座まで後ろから送り返し、踵を返すと最後の詞章頼めや頼めと、夕影鞍馬の、梢に翔つて、失せにけりと共に猛スピードで三ノ松まで下がって、袖をかずいて強烈な留拍子を踏んで終曲としました。

今回は《白頭》の小書つきであるために、シテの性格に年を経た重厚さが加わり、手元の謡曲集と見比べると舞働がなかったり所作が重々しくなっているところがありましたが、それだけに一曲の中でメリハリがつき、大天狗の超常的な存在感も強まっていたように感じました。子方たちが賑やかな冒頭から、急転してシテと牛若丸との二人の世界、木葉天狗たちによるユーモラスなアイ語りをはさんで大天狗の威圧感と仕方の語り、そしてラストの勇壮から牛若丸との別れまで、構成も多彩で見どころの多いこの曲を地謡による恐ろしくダイナミックな緩急のコントロールがリードし、囃子方とも呼吸が合って素晴らしい舞台であったと思いましたが、大ベテランのシテと堂々とわたり合った子方・武田章志くんの殊勲を何より讃えたいと思います。

配役

狂言「盆山」(大蔵流) シテ・男 丸石やすし
アド・亭主 松本薫
 
能「鞍馬天狗 白頭」(観世流) 前シテ・山伏
後シテ・天狗
観世恭秀
子方・牛若丸 武田章志
子方・稚児 清水義久
子方・稚児 岡勇太
子方・稚児 田邉鈴
子方・稚児 谷本康介
子方・稚児 岡桃果
子方・稚児 谷本悠太郎
子方・稚児 馬野訓聡
ワキ・僧 工藤和哉
ワキツレ・従僧 則久英志
ワキツレ・従僧 野口能弘
アイ・能力 網谷正美
アイ・木葉天狗 茂山正邦
アイ・木葉天狗 茂山宗彦
アイ・木葉天狗 茂山逸平
主後見 武田尚浩
地頭 坂井音重
寺井宏明
小鼓 幸清次郎
大鼓 柿原弘和
太鼓 観世元伯

あらすじ

盆山 → [こちら

鞍馬天狗

春の鞍馬山、僧が大勢の稚児を連れて花見にやってくるが、その席に怪しい山伏が上がりこんでくる。山伏の不作法な振る舞いに、僧は憤慨する能力をなだめつつも、花見は延期として稚児たちとともに去ってしまう。山伏は人々の心の狭さを嘆くが、しかし稚児の一人である牛若丸だけはその場に残っており、山伏と親しく語り合う。牛若丸の境遇に同情した山伏は、ともに桜の名所を巡り廻り、最後に自身が鞍馬山の大天狗であることを明かして姿を消す。翌日、約束通り鉢巻・薙刀を携えて牛若丸が待ち受けていると、各地の天狗たちを引き連れた大天狗が登場する。牛若丸の自分を想う心のいじらしさに感じ入った大天狗は、黄石公と張良の逸話を語り聞かせた後、兵法の奥義を牛若丸に相伝する。袖を取って別れを惜しむ牛若丸に、戦場での守護を約束して、大天狗は去る。