フェルメールとレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展

2016/01/26

六本木の森アーツセンターで「フェルメールとレンブラント オランダ黄金時代の巨匠たち展」。人数限定の夜間貸切開館・音声ガイド無料貸出券・オリジナルグッズのお土産つきのプレミアム鑑賞券を購入しての鑑賞です。

展覧会の惹句は、次の通り。

本展覧会では、60点の作品を通して、オランダ黄金時代と当時活躍した画家たちを紹介します。フェルメール、レンブラントと並び、フランス・ハルス、ヤン・ステーン、ピーテル・デ・ホーホなど、黄金時代を彩った巨匠たちの作品によって、当時の文化と人々の生活が私たちの目の前によみがえります。 ニューヨーク・メトロポリタン美術館、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、アムステルダム国立美術館を中心に個人蔵の作品も加え60点を一堂に展示します。中でもメトロポリタン美術館の傑作、フェルメールの《水差しを持つ女》とレンブラントの《ベローナ》は日本初公開作品となります。

17世紀オランダ絵画は好きなジャンルで、これまでにも「レンブラントとレンブラント派」「栄光のオランダ・フランドル絵画展」「フェルメール展」「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」「フェルメールからのラブレター展」「マウリッツハイス美術館展」といった具合にそこそこ見てきていますが、今回の展覧会での自分にとっての目当ては、やはり何と言ってもフェルメールの《水差しを持つ女》ということになります。

久方ぶりの六本木ヒルズ、美術館の受付で予約券をチケットに引き換え、52階のギャラリーに向かいました。展示構成は、冒頭に「オランダ時代への幕開け」、最後に「オランダ黄金時代の終焉」を置き、その間を風景画、建築画、海洋画、静物画、肖像画、風俗画、レンブラント派に区切ってそれぞれのジャンルの絵画を紹介するという、今どき珍しいほど衒いのないものです。フェルメールは?それは「風俗画家たち」の中に分類されていました。

I ハールレム、ユトレヒト、アムステルダム―オランダ黄金時代への幕開け
スペイン・ハプスブルク領ネーデルラントからネーデルラント連邦共和国への独立は1581年、オランダ東インド会社設立は1602年。急速な経済発展の中で生まれた都市部富裕市民層が、黄金時代の絵画の需要家となり、その家には競って絵画が飾られたと言います。このコーナーで展示されたのは、ヘンドリック・ホルツィウス《苦悩するキリスト》(1607年)、ピーテル・ラストマン《モルデカイの凱旋》(1617年)などの宗教画や神話画。しかし、プロテスタントの国となったオランダではこうした伝統的な絵画への需要が減ったことから、次のコーナーから絵の主題はこうした伝統的題材を離れていきます。
II 風景画家たち
神々や王侯貴族の背景に過ぎなかった理想形としての「風景」を、オランダ郊外の景色をもとにそれ自体を主題とするジャンルへと高めた画家たちの作品が、ここに並びます。水辺の情景を細密な樹木の描写(葉の一枚一枚を丹念に描きこんである)と共に描くサロモン・ファン・ライスダールの《水飲み場》(1660年)、《家と鳩小屋のある砂丘風景》(1648年)がとりわけ素晴らしいものでしたが、他にも月夜の専門家アールト・ファン・デル・ネール、牛や牛飼いを描くアールベルト・カイプなど、風景画家たちはそれぞれ自分の得意な様式を確立していたようです。また、ヤーコプ・エッセレンス《フェヒト川沿いに集う人々》(1660-65年頃)は縦構図の中央に巨大な木を立たせ、その周囲に川辺に遊ぶ人々を配した強い印象を与える絵ですが、手前側の木の陰に入っている人物と向こう側の陽光い照らされた人物との明暗のコントラストが鮮やかで、まるで3Dホログラムを見るような劇的な効果をあげていました。
III イタリア的風景画家たち
17世紀、多くのオランダの画家たちがイタリアで絵画修行をし、太陽が燦然と輝く風景や古代ローマ風の都市景観をモチーフの一部として持ち帰りました。ここでもっともそれらしい特徴を備えた絵画は、ヤン・バプティスト・ウェーニクス《地中海の港》(1650年頃)。主役は前景にいて言葉を交わしている着飾った女と犬を連れた紳士ですが、その背後右側には底部が妙に太いオベリスクや円柱をもつ神殿、左奥の遠景には陽光の下で帆を白く輝かせている帆船がそれぞれ描かれ、雑然と賑やかな南国の雰囲気を示しています。
IV 建築画家たち
ここでは、主として教会内部の絵画を描いた画家の作品がとりあげられます。なんとなく後のエッシャーに通じる幾何学的な構図と質素な内陣の様子を描くピーテル・サーンレダム《聖ラウレンス教会礼拝堂》(1635年)の静謐に対し、エマニュエル・デ・ウィッテ《ゴシック様式のプロテスタント教会》(1680-85年)ではやや複雑な構図の中に社交場としての活気が付け加えられていて趣きが異なりますが、共通しているのは上述の通りカトリック的な宗教図像が一切排除されていること。また、後者に描かれているようにプロテスタント教会ではパイプオルガンが重要な位置を占めているというのは、初めて得た知見でした。
V 海洋画家たち
海洋国家オランダにとって当然の主題=海と船。ウィレム・ファン・デ・フェルデ(2世)による英蘭戦争の一コマを描いた《ロイヤル・プリンス号の拿捕》(1670年)の主題は他の機会にも見たことがありますが、それがこの絵画そのものであったのか、他の画家の手になる同一主題による絵であったのか、記憶が定かではありません。オランダでニシンを食べたことがある人がこのコーナーに来れば、戦艦同士の戦いよりもシモン・デ・フリーヘルが描く《海上のニシン船》(1649-50年頃)に興味をそそられたかも知れません。
VI 静物画家たち
静物画は、この時期のオランダ絵画の重要な一ジャンルです。いかにも賑やかに様々な果物をテーブル上に並べたフローリス・ファン・スホーテン《果物のある静物》(1628年)、逆に抑制の効いた構図の中でレモンの瑞々しさと銀やガラスの光沢を対比させるピーテル・グラースゾーン《銀器やグラス、皮の剥かれたレモンのある静物》(1660年)、そして豊かな経済力を背景に舶来の異国情緒溢れる品々を取り込んだ「豪華な静物画」のひとつ、ウィレム・カルフ《貝類と杯のある静物》(1675年)がそれぞれに目を引きますが、漆黒の背景の前で光を浴びる死んで吊るされた雄鶏やその脇に横たわるヤマウズラ(その口からは血を流し、羽には小さなハエがたかっています)を細密に描写したウィレム・ファン・アールスト《狩りの静物》(1670-80年頃)の写実にはショックを受けました。
VII 肖像画家たち
このコーナーも、ある意味圧巻。順路に従って歩みを進めている内に、ふと気づくと四方から肖像画の主人公たちに見つめられていることに気づいてぎょっとしました。とりわけフランス・ハルス《ひだ襟をつけた男の肖像》(1625年)に描かれたこの絵のモデルは、今にもこちらに向かって話しかけてきそうなほどに生き生きとしています。
VIII 風俗画家たち
ヤン・ステーンの2点の作品(《恋の病》《女将と戯れる老人とバックギャモンに興じるふたりの男のいる酒場の室内、通称「二種類の遊び」》)でにやりとして、ピーテル・デ・ホーホ《女性と召使いのいる中庭》(1660-61年)の、タッチは異なるものの一種アンドリュー・ワイエスに通じる無機質な写実にじっと見入ってから、いよいよヨハネス・フェルメールの《水差しを持つ女》(1662年頃)へ。
確かにこの絵は、静謐なのにある種の強い印象を見る者に与えてくれます。この作品はフェルメールの初期から成熟期への過渡期的作品と言われていますが、その技巧は確かで、白い亜麻布のスカーフの透け具合と陰影は実に自然であり、主人公の手によって開かれた窓には雲が、銀鍍金の水差しの下の洗面器には赤いテーブルクロスの模様がそれぞれ映り込み、ウルトラマリンのスカートの青が抑制された色使いの中でひときわ鮮やかです。しかし、この絵の魅力はそうした技巧以上に、簡潔で無駄のない構図がもたらす安定感の中にあります。制作の過程で前景にあった椅子は消され、壁面の世界地図は女の右に縮小され、モティーフの配置を中景に集中することで白い壁面の前の女の姿を中心とする調和のとれた小世界をそこに描き出しています。
図録の解説は、次のように記述しています。永遠に時は止まり、女性の心地よい夢想を妨げようとするものは何もない。しかし、あまりにも調和がとれて静謐であるがために、この若い女性はフェルメールが描く理想の絵の中に永遠に閉じ込められてしまったかのようにも見え、そのことに同情しないわけにはいきませんでした。
IX レンブラントとレンブラント派
闇の画家、レンブラント。その漆黒の闇の中に強い光を受けて立つ戦いの女神を描いた《ベローナ》(1633年)が、本展覧会でのもう一つの眼目です。金属の光沢をもつ鎧と金や宝石による細かな装飾がそれぞれの質感で煌き、左手の盾を飾るメデューサの首は禍々しく口を開いていますが、モデルの顔は二重顎でなんともしまりのない主婦顔。なんで?と思わないわけにはいきませんでしたが、この絵はスペインからの独立を勝ち取るための交渉中というネーデルラントの政治的状況の中で注文された可能性を指摘されており、純粋な神話画としての理想形を求められていなかったのかも(?)知れません。
また、レンブラントの弟子たちの作品も集められており、レンブラントの最も才能ある弟子と目されながら火薬庫爆発事故で若くして亡くなったカレル・ファブリティウスの作品2点(《アブラハム・デ・ポッテルの肖像》(1649年)と《帽子と胴よろいをつけた男(自画像)》(1654年))が展示されているのも重要な点ですが、このコーナーの最後に置かれたアーレント・デ・ヘルデル《ダビデ王》(1683年頃)に描かれた古代の王の威厳と強い感情の動きの表現にも惹かれました。
X オランダ黄金時代の終焉
最後に置かれた作品はアガメムノン王の娘を生贄に捧げる劇的な場面を描いたアルノルト・ハウブラーケン《ノピゲネイアの犠牲》(1690-1700年頃)でしたが、おそらく展示意図はこの作品そのもの以上に、絵画史家でもあったハウブラーケンの著述『ネーデルラント男性・女性画家の大劇場』(1718-21年刊)の記述を引用することにあったと思われます。その中でハウブラーケンは1560年から1660年の時期のオランダには、芸術の神が、絵画芸術を授け給うたと述べ、そして、例えば偉大なる海洋画家たちには才能ある新人が続かなかったことや、もはや農民の風景を描く画家たちをみつけることはできないとも書いています。

プレミアム鑑賞券による「オリジナルグッズのお土産」とは、図録、クリアフォルダー、ポストカード、そしてフィナンシェ2種詰め合わせでした。これらがついて、人数限定で入場できて、それで6,000円なら、プレミアム鑑賞券は極めて安い買い物だったと言わざるを得ません。

人数限定だったおかげで、日本で大人気のフェルメール作品を人の肩越しでなく真正面からじっくりと鑑賞することができたのは、なんとも幸福なことでした。この味を知ってしまうと、以後、展覧会でこうした特別鑑賞プランがあれば逃すことはできなくなりそうです。

帰宅の途上、近所のスーパーマーケットに立ち寄りましたが……。

果物、肉、魚……これらの見慣れた眺めが、静物画のように見えてしまいました。