岡太夫 / 蟻通

2016/01/15

国立能楽堂の定例公演で、狂言「岡太夫」、能「蟻通」。

先週の能は金春流でしたが、今日は「謡宝生」との異名をとる宝生流です。

岡太夫

最初に登場するのは、侍烏帽子に素袍長袴の舅(石田幸雄師)と狂言裃の太郎冠者(深田博治師)。今日は聟入り=結婚後しばらくして初めて夫が妻の実家を訪ね妻の親と盃を交わす日ということで、準備に余念がありません。続いて登場したのは、やはり素袍長袴の聟(野村萬斎師)で、その文様は松葉に折鶴。「舅に可愛がるる聟でござる」と名乗って舞台に進み、舅と挨拶を交わしました。太郎冠者に酌をさせながら盃を交わしましたが、聟を一杯飲んで酒が「茨を逆茂木にするよう」に辛いと一度は閉口するものの、舅に気を使ってもう一杯。それでも大らかな酒宴の雰囲気に舞台上は楽しげになり、多少酔ったと見える聟は、妻が初めは初々しかったのに今では私を叱る、と愚痴をこぼしたものの、それでも中が良い証拠に、近頃は青梅を好く(妊娠したということ)とノロけて舅と太郎冠者の爆笑を買いました。

ここで舅が太郎冠者に出させたかねて用意の菓子は、三宝に乗った蕨餅。聟は蕨餅を初めて見るようですが、一つとってもぐもぐ〜カッ!と音を立てて食べて、すっかり気に入った様子です。勧められるままに三宝の上の蕨餅を次々に食べる聟の、実に美味そうに食べるその演技は、落語にも通じる写実と様式のバランスが絶妙です。とうとう全部食べてしまった聟に、舅は娘が作り方を知っているから作らせればよいと言うのですが、聟は物覚えが悪いらしく「蕨餅」が言えません。食べている途中でも舅との間に「……なんという名でござる?」「蕨餅じゃ」の繰り返し。この間合いが絶妙に面白いのですが、舅はそれならと蕨餅には延喜の帝(醍醐天皇)が献上された蕨餅を気に入り岡太夫という官位を与えたという故事を教えます。これなら覚えられるか?と思われたものの、この「岡太夫」を繰り返しブツブツ唱えてみてもやはり聟は覚えられません。呆れた舅は、忘れたら娘が好きな朗詠の詩(『和漢朗詠集』所収の詠詩)に出てくる物だと言えばわかるとアドバイス。ここで宴は終わり、舅と太郎冠者は切戸口から去っていきました。

聟は舞台上を廻って道行となりますが、案の定、「蕨餅」も「岡太夫」も忘れてしまっており、自分で自分に愕然とします。ともあれ舞台から橋掛リの向こう、揚幕に向かって呼びかけると、美男鬘を垂らした妻が登場しました。聟入りの首尾を尋ねる妻に、聟はずいぶん頑張ったと自慢げに報告した上で、さあ作ってくれと要求します。何を?わごりょがよく知っているものを。……これでわかるはずがありません。そこで舅のアドバイスだけは覚えていた聟は、妻に朗詠の詩を詠わせます。

鶏既に鳴いて忠臣旦を待つ→鶏から連想して「とさか海苔」
池の氷の東頭は風度って解け、窓の梅の北面は雪封じて寒し→「朝茶の梅干し」
気晴れては風新柳の髪を梳り、氷消えては波旧苔の鬚を洗う→根が鬚のように伸びる「野老(山芋の一種)」
花の色は蒸せる粟の如し、俗呼ばって女郎とす→「粟の飯」

なんで粟の飯なんか!と文句を言う聟に、妻はそれなら知らん!とキレかけます。

林間に酒を温めて紅葉を焚く→「紅葉鮒に古酒」

あれも違う、これもダメ。一向に正解に辿り着かないことに業を煮やしてぞんざいな物言いになった妻に逆ギレした聟は、妻を手にかけようと肩を脱いでつかみかかりました。その剣幕に肝をつぶした妻はかろうじて紫塵の嫩き蕨人手を挙る、碧玉の寒き葦は錐袋を脱すと詠うと泣き出してしまいましたが、ここで「!」と気づいた聟は妻をなだめすかしてもう一度詠ってもらいます。これでやっと思い出した聟は、おーそれそれ、蕨餅の名前を忘れたばかりに苦労をかけたと猫なで声になって妻をいたわり、二人仲良く橋掛リを下がっていきました。

蟻通

世阿弥作の四番目物。旅の途中で蟻通明神の前で紀貫之の馬が倒れ死んでしまい、宮人の言葉に従って和歌を捧げると馬が再び立ち上がるという説話が、源俊頼の『俊頼髄脳』、紀貫之の『貫之集』、清少納言の『枕草子』に採り上げられており、これらの歌徳説話を能に仕立てたものが本作です。宮人が実は蟻通明神の化身であったという話ですが、一場物の現在能の構成をとっています。また、ワキに型が多く、ワキ方の重い習いとなっているとのこと。

強く澄んだヒシギから次第の囃子。風折烏帽子、紺の狩衣に白大口のワキ・紀貫之(飯冨雅介師)と素袍長袴のワキツレ二人が静かに登場します。あたかも肺活量の豊かさを誇示するかのように長く引く笛の音を聞きながら舞台に進んだワキとワキツレが、向かい合い謡う次第は和歌の心を道として、玉津島に参らん。ここで入った地取が、地を這うような低いものではなく、やや高めの、歌心を感じさせる節付けでした。名ノリに続いて道行もワキとワキツレ美しく謡いましたが、その間にもワキとワキツレの位置関係に流れるような動きがあり、やがてある場所に来かかったところであら笑止やとワキは困惑。にわかに雨が降り出し、そして乗った馬が伏して動かなくなってしまった様子を自分の(鞍の)下を見下ろして座す所作で示しました。詞章には四面楚歌が騅行かず虞意いかがすべきなどと引用されています。

ここでワキが脇座に移ると共に囃子は極めてゆっくりした大小のリズムが夜の闇のムードを醸し出すアシライ出シとなり、しばらくして揚幕が上がるとシテ・宮人(田崎隆三師)が現れました。2メートル程も長さのある軸を持つブルーの傘を頭上にかかげ、烏帽子の下には白く泣き顔のように口を開けた小尉面が傘の影の中で暗い気配を漂わせています。茶の狩衣を肩上げにし、右手の松明を時折振りながらゆっくりゆっくり橋掛リを進んだシテは、一ノ松でしばらく立ち尽くした後、ややしわがれた低い声で灯火も神楽もない社頭の暗さ・寂しさを謡い始めます。そこにはぞっとするような暗さがあり、舞台上はいつもと変わらぬ照明に照らされているのに、闇夜の社の情景が出現していました。

常座に進んだシテが松明をかざしたところへ、ワキが立ち上がって声をかけました。馬が倒れて途方に暮れていることをワキが説明すると、さては下馬しなかったのですねとシテは咎める口調。暗さのためにここが社頭であることに気づいていなかったワキは、ここは蟻通明神という物咎めの神でそれと知って下馬せずにいたなら命もなかっただろうとシテから説明されておののきます。シテが松明で照らす中正面方向をワキも眺めやれば、確かにそこには鳥居があり、ワキは平伏して赦しを請いました。

この間に傘と松明を後見に渡して扇を手にしたシテはワキにその素性を問い、ワキは自分が紀貫之で住吉玉津島へ参詣の途上であることを説明します。これを聞いてシテはワキに貫之にてましまさば、歌を詠うで神をすずしめ御申し候へとアドバイス。これに対し、自分の歌では神慮に叶うまいと妙に弱気のワキでしたが、それでも次のように歌いました。

雨雲の立ち重なれる夜半なれば ありとほしとも思ふべきかな

雨雲が立ち込める夜半なので、星があるとは思うでしょうか / ここに蟻通の神の社があるとは思いませんでした。この歌を全身でじっと聞いていたシテは、さらに自分でも繰り返し味わって読んで、面白し面白し、神も納受されるでしょうと請け合います。さらにシテとワキとがこの歌の心を語り合った後、地謡に歌の六義を語らせつつシテは正中に下居しましたが、そのとき自分で面を直す動作がありました。どうやら面の位置がずれた模様で、ここでシテに近寄って狩衣の肩を下ろした後見の一人がシテの耳に何かを話しかけ、その上で面を少し上げてから後見座に戻りました。

以下、和歌の徳を地謡が朗々と謡うクセは居クセでじっと聴きどころ。今の歌を神も納受されるべきことをシテの心で地謡が謡うと、ワキは居住まいを正し、扇を持つ右手を前に立ち上がる所作で馬が生き返った様子を見せました。月毛のこの駒を、引き立て見れば不思議やな、もとの如くに歩み行くと小さく舞台を回ったワキは神の心が和らいだことを示すこの奇瑞に再び舞台上に平伏してから、シテに対し祝詞をあげるように頼みます。これを承けたシテは常座で扇を捨て、木の棒の先に稲妻型の白紙を垂らした幣帛を後見から受け取るといでいで祝詞を申さんと、神の白木綿かけまくもと声色を変え厳かに謡うと、面を上げ神々しい姿でノット(祝詞)。謹上再拝、幣帛を振って拝礼し、正中に下居して小鼓が拍を刻むのを聴きながらそもそも神慮をすずしむる事、和歌よりよろしきことはなしと和歌の徳を讃えつつ神前に祈り続けましたが、シテの思いはやがて天の岩戸の神楽へと飛び、囃子に太鼓が加わる中、力強く足拍子を踏んで素早い回転を見せるカケリへと入りました。短い時間ながら、太鼓の高い打音が舞台を支配し、幣帛を肩に舞台狭しと舞い廻ったシテが大小前に戻ったところでキリへと入ります。和光同塵は結縁の始め八相成道は利物の終り、そして天地開け始まりしより、舞歌の道こそ素直なれ。力強く前に出てワキに向かいついに蟻通明神の本体を明かしたシテは、くるりと後ろを向いて幣帛をシテ柱に当てると後ろへこれを投げ捨て、鳥居の笠木に立ち隠れ……かき消すやうに失せにけりと橋掛リを颯爽と下がっていきました。そして、ワキは常座に立ってユウケンの後、旅立つ空に立ち帰ると留拍子を踏みました。

宝生流らしい美しい謡が随所に聞かれ、そしてシテの出の雨夜の陰鬱さからダイナミックなカケリへの振幅の大きさも面白く、全体で65分ほどとコンパクトながら、見どころの多い曲でした。とりわけ社頭の暗さ、あるいは馬が倒れ、再び立ち上がるさまなど、そこに見えてはいないものが見えてくる能の表現力の深さに、一種震撼させられました。

配役

狂言「岡太夫」(和泉流) シテ・聟 野村萬斎
アド・舅 石田幸雄
小アド・太郎冠者 深田博治
小アド・妻 竹山悠樹
 
能「蟻通」(宝生流) シテ・宮人 田崎隆三
ワキ・紀貫之 飯冨雅介
ワキツレ・従者 椙元正樹
ワキツレ・従者 岡充
主後見 宝生和英
地頭 小倉敏克
竹市学
小鼓 野中正和
大鼓 佃良勝
太鼓 徳田宗久

あらすじ

岡太夫

婿入りの挨拶のために舅の家を訪れた男は、出された蕨餅がいたく気に入ったものの、その名前を覚えることができない。舅は蕨餅に岡太夫というの替えの名を教えた上で、娘(男の嫁)が好きな朗詠の詩に出てくる物だと言って作らせればよいと助言する。帰宅した男はやはり蕨餅も岡太夫も忘れてしまい、嫁に朗詠の詩を次々に詠わせて、ついに蕨餅の名を思い出す。

蟻通

紀貫之が玉津島明神に詣でようと紀の国に向かい、蟻通明神の前を通りかかると、俄かに日が暮れて雨が降り出し、貫之が乗った馬が動かなくなってしまう。暗闇から傘をさした宮人が松明をかざして現れ、貫之に歌を読んで神の心を鎮めるように促す。貫之が「雨雲の立ち重なれる夜半なれば ありとほしとも思うべきかは」と詠むと宮人は歌を口ずさみ、神もこの歌を受け入れるはずと言う。動かなかった馬が元通りになったので貫之が宮人に祝詞をあげるように頼むと、宮人は幣帛を掲げて神楽を舞い、やがて鳥居の横木に姿を消す。