碁太平記白石噺 / 桜鍔恨鮫鞘 / 団子売

2015/11/14

文楽を観る(聞く)のは3年ぶり、さらに大阪の国立文楽劇場へ遠征するのは5年ぶり

あら懐かしや。ちょうどここへ着いたとき、劇場の前で軽い追突事故があり、前の車から降りてきたコワモテのおじさんが後ろの軽自動車のお姉さんに「出てこいや!」と凄んでみせる場面に遭遇しました。いやー、いかにも大阪らしいエピソードだなと思います(違うか)。

この日は第二部に「玉藻前曦袂」がかかってこちらに心惹かれたのですが、夜に京都で人と会う約束になっていたので第一部の「碁太平記白石噺」「桜鍔恨鮫鞘」「団子売」を観ることにしました。

碁太平記白石噺

安永9年(1760)、江戸の豪商・大工の棟梁・医者などの通人による合作になる江戸浄瑠璃。奥州白石の姉妹が亡父の敵である剣術指南の侍を討ち果たしたという事件を南北朝の時代に置き換えた話で、新吉原揚屋の段で効果を上げるおのぶの奥州訛りが特徴的です。

最初に小住大夫が口を切る田植えの段で、物語の発端が語られます。のどかな田園風景が広がり、前景で腰をかがめる百姓たちの手元へ、時折後ろから苗束が投げ入れられて田植えが続けられ、休憩時に通りかかった庄屋とのやりとりからはこの庄屋が百姓たちから慕われていることが窺えます。昼食をとるために百姓たちが自宅へ戻ったところへ入れ替わりに現れたのが悪役・志賀台七と家来の丹介で、何やらいわくありげな毒薬秘方の一巻と天眼鏡を手にしています。このうち天眼鏡を畦に隠そうと田に入れると下からにょきと手が出てきてこれを受け取り、まるでアーサー王のエクスカリバー。

床が廻って、与茂作と娘おのぶが登場しました。与茂作は、妻が病気で寝込んでいるために田植えがはかどらず、そのことを気遣うおのぶの言葉にほろりとしますが、その言葉の端々から与茂作が元は武士であること、おのぶの姉は江戸吉原で傾城になっていることなどが明らかになります。また、家には旅の侍を泊めていることがおのぶの口から語られ、これは後々の伏線になっているのだと思いますが、この日はそれが活かされることはありませんでした。ともあれ、松香大夫が父娘を巧みに語り分ける内におのぶは母の看病に戻りましたが、そのとき草履の鼻緒が切れる所作があり、語りはこれぞこの世の別れとは後にぞ知られける。一人残った与茂作は足に触った鏡を取り上げて不審がっているところへ台七と丹介が戻ってきて、鏡をよこせと高飛車に迫ります。与茂作も元武士、台七の態度に合点がゆかず、昨日殿様のお家に騒動があったことを思い合わせて食い下がりましたが、ついに台七と丹介に滅多斬りにされてざんばら髪。娘のために命は助けてくれとの願いも虚しく、とどめを刺されてしまいました。そこへ戻ってきたおのぶは父の無残を知って仰天、泣き叫びながら台七に向かって苗束を投げつけると見事なコントロールで一発二発と当たります。百姓たちも戻ってきて台七が与茂作を殺した訳を聞かせろ、「どうぢやい」「どうぢやい」「どうぢやい」「どうぢやい」「どうぢやい」と全部語り分けながら詰め寄りましたが、そこへ庄屋が割って入りました。以下、庄屋が自分に任せろと言うのに百姓たちは「庄屋どん、ええかいノ」×三回、台七がおのぶに刀を振り上げると百姓たちはおのぶを囲んでお代官でも怖うない「さうぢや」×五回。語り分ける方は大変です。そんなところへ台七の弟が隣村で殺されているのが見つかったと知らせが入り、一瞬驚いた台七でしたが素早く奸計を巡らせて、与茂作殺しも同じ者の仕業に違いないと言い繕うと、百姓たちは嘘だ嘘だという素振りを示しながらも反論できません。その場を立ち去る台七たちを見送った百姓たちは、庄屋の指図で戸板に与茂作の亡骸を載せ、蛙の声がゲコゲコと鳴る中を下手へ下がっていきました。

浅草雷門の段はチャリ場。舞台は上手に門があって雷神の絵が描かれ、背景は塀越しに寺の屋根、下手は茶屋です。口は希大夫で、豆蔵(大道芸人)のどじょうが参詣客を前に手品を見せています。破れたと思った扇が元に戻り、懐から出した花びらを三色の花束に変化させ、扇であおって花吹雪を飛ばして客席からも大喝采。ここは左遣いの腕の見せ所ですが、稼ぎ終わったどじょうが道具一式をしまって手に提げる紙袋は近鉄百貨店(以前の上演では三越の手提袋が使われたこともあるそう)で、これまた場内爆笑となりました。

吉原の揚屋の主人、大黒屋惣六(首は「検非違使」)が風格のある姿で茶屋の中に入った後に続き、ならず者の観九郎が威丈高な様子でやってくると茶店の亭主にどじょうの行方をぞんざいに尋ねました。観九郎はどじょうに金を貸しており、その取り立てのために雷門に足を運んだものの、姿が見えないのでいらいらしている様子です。床几に腰掛けて亭主が出す茶に「こんな出がらしはいやだ、旨い茶をもってこい」と毒づきましたが、亭主もしたたか。お茶を汲み直してきたところ蹴つまずいて盆の上にこぼしてしまったものの、観九郎が気づいていないことをいいことに盆から茶碗にこっそり戻して差し出し、これを美味そうに飲んで満足げにうなずいた観九郎を見て陰で笑っていました。このように、床本には書かれていないところで見せる人形遣いの創意工夫がちらちら見え隠れするところが、文楽の面白さです。それはさておき、その場へやってきたのは巡礼姿のおのぶ。亭主に向かって東北訛りを丸出しにして吉原の名高い女郎を教えて欲しいと頼みますが、名前がわからなくては答えようがありません。先ほど茶店の奥に入った惣六ならわかるかも知れないとおのぶを待たせて奥に引っ込みました。

ここから奥は、津駒大夫の代役で咲甫大夫。観九郎は猫なで声になっておのぶにすり寄ると、姉に会いたければ吉原へ奉公しなければならぬ、そのためには自分(観九郎)を伯父と呼ばなければならぬと言い含めて「姪よ」「伯父サア」と練習してみます。さて吉原へ売り払いに行こうかというところへ茶店の中から様子を見ていた惣六が呼び止め、五十両でおのぶの身柄を引き取りました。困惑したおのぶはコレ伯父サア、あの人に奉公すりゃ姉さアに逢はれ申すかよとどこまでも姉会いたさですが、惣六はとサアこれからはもうこちの娘ぢや、怖いことも何もない、姉にも俺が逢はせてやると優しく手をとって連れ去りました。

この場の本筋はここまでなのですが、この後にチャリ場らしい遊びがもうひとつ待っていました。

濡れ手に粟の五十両が懐に入った観九郎は大喜びで飲み屋へ向かいましたが、このやりとりを葭簀の陰から聞いていたのが先ほどのどじょう。緩急・高低を自在に動かして一人語りの思案をしばし、地蔵に化けることを思いついて変装の支度にかかります。早くもほろ酔い機嫌の千鳥足で戻ってきた観九郎は高笑い混じりに自分の強運を喜び、懐の五十両ににんまり。このあたり咲甫大夫の表情の豊かさを見るだけでも楽しくなってきますが、そこで観苦労の前に現れたのは頭上に赤いとんがり(鳥の形のよう)を突き出した頭巾をかぶり、顔はうどん粉で白塗り、黒い衣をまとった奇妙奇天烈な地蔵ルックです(写真は豊松清十郎さんのブログから拝借しました)。頭を振ると粉が散って自分でくしゃみをしたりしていましたが、仰天する観九郎に対し、震えるようなありがたげな声色で自分を賽の河原の地蔵尊だと名乗り、観九郎の十歳にもならずに亡くなった息子が賽の河原で積んだ石を鬼に崩される様子を語ると共に、その子にせがまれて餅や芋を自分への賽銭で買い与えてやったことを厳かに告げました。これにはさすがの観九郎も涙顔になって勿体ない勿体ないと泣きだし、なんだ観九郎も根は悪い奴ではないではないかと思わせましたが、かまわず地蔵はこれまで使うた賽銭の〆高が十一両二分二朱、只今我に戻してたも。えらく細かい計算ですが、観九郎は疑うこともなく「返しますとも」と五十両の封を切りました。ところが中は小判ばかりで、仕方なく十二両を渡してどうぞ一分二朱だけお釣りを戻して下さりませとこちらもせこいことを言い出します。それにはかまわずどじょうは、近頃は地蔵稼業も斜陽なのでもう五両貸せ、それからお前の親父から冥土へ行くときの物入りが火の車の人足賃、地獄の釜の油代、剣の山に登る時の脇差借賃、その他花代抹香代、閻魔の帳面で三十三両と伝言を預かったと言い出して、五十両を全部巻き上げようとします。これには観九郎もなんぼ親父の言ひ付けでもそれは余り大さうな物入り、まそつと減少はなりますまいかなと値切り交渉に入りましたが、支払えないならお前を今から冥土へ連れて行くぞと無体な申し渡し。悶絶しそうなくらいに悩み抜いた観九郎でしたがついに諦めて財布を地蔵の前に置くと、どじょうはこれを足で引き寄せ取り上げてオオ善哉々々と頰ずりしました。その声はもしやどじょう?と一瞬正体がばれかけたものの、奇怪な論理とくねくねダンスで観九郎を煙に巻いたどじょうが下がっていった後に取り残された観九郎は、これは夢ではなかろうか?いや、どじょうに貸した金の証文があれば夢ではあるまいと証文を懐から取り出して確認し、これさえあれば大丈夫、有難い忝いと押し戴いていたのですが、後ろからそっと近づいたどじょうが錫杖で証文を見事にすくい上げて意気揚々と下がっていき、証文さえもなくした観九郎は紙吹雪に巻かれながらがっくりうなだれてしまいました。

新吉原揚屋の段は、英大夫と鶴澤清介さん。この段は歌舞伎でも2004年に時蔵丈の宮城野と菊之助丈の信夫で観たことがあります。傾城宮城野の部屋で客の品定めに余念のない宮里と宮柴、廓の浮き立った雰囲気が漂う中へ、二人の新造は昨日惣六が連れ帰った訛りのおかしな娘を連れてきました。宮城野の部屋の光り輝く様子に目をパチクリさせて東北訛り全開で驚く娘はおのぶ。確かに床本を読んでも何を言っているのかよくわからない(!)、その言葉使いのおかしさに笑い転げる宮里と宮柴をたしなめた宮城野は、二人を客のところへ先に送り出してからおのぶに「もしや」とすり寄りました。生まれは奥州逆井村、父は与茂作、それならお前は私の妹!と証拠の御守りを出して抱き合いましたが、妹の口から告げられたのは父の非業の最期と母の病死。敵討ちをするために姉を尋ねての旅路も苦労とは思わなかったが、いざ会ってみたら力が抜けた、妹遥々尋ねてよう来てくれた、めごいめらしと言うてくんせい姉さアと泣き崩れ、末の松山を袖に波越す涙なりが英大夫の絶唱となりました。

ついで宮城野も、年貢を納められず水牢に入れられた父を助けるために廓へ身を売った八年前をしみじみ語って涙にくれましたが、気を取り直して敵討ちを決意し、健気に見得を切るおのぶと共に立ち上がって大黒屋を出奔しようとしました。ところが、二人の話を聞いていた惣六が部屋に入ってきたため、宮城野は懐剣で惣六に斬りかかるものの、あっさり鏡台の鏡で打ち落とされてしまいます。以下、曽我兄弟の話を引きつつ時節を待てとの惣六からの長い長い説得が淡々と続いて、二人も敵討ちをいったんは思いとどまり、一同見得となって幕が引かれました。こうした幕切れは「寿曽我対面」をなぞったようなものですが、今ではこの後に来るはずの敵討ちの場を上演する機会はほぼないようですから、演劇的にはいかにも尻切れとんぼ。それが文楽らしいと言えば言えるのですが。

お弁当の表の絵は、後で出てくる「団子売」に題材をとったもの。美味しくいただきました。

桜鍔恨鮫鞘

元禄の頃、古手屋八郎兵衛が馴染みを重ねた遊女お妻が心変わりしたと思い込んで四つ橋で殺害した事件があり、これを題材に作られたいくつかの歌舞伎や浄瑠璃の内の一つで、安永2年(1773)に初演されたもの。主人公に感情移入できないタイプの世話物で、それがまたいかにも文楽という作品です。

古手屋八郎兵衛は屋敷奉公をしていた元武士で、今は大坂の鰻谷で古着を商う丹波屋のお妻と内縁の夫婦となり、お半という幼い娘もいます。そして、奉公先だった家の主人・伊織のための金の工面をお妻に頼み、自分はその屋敷から盗まれた刀の詮議に飛び回っている、というのがあらかじめのあらすじ。そして舞台は上手寄り半分ほどが丹波屋の家屋で、下手にも塀の向こうに二階屋、その手前に柳の木と井戸があります。靖大夫が語り出すのは、てんぽの十兵衛が仲人となって香具屋弥兵衛(首は「陀羅助」)を連れてきたところから。前金二十両・祝言の後に三十両という持参金つきで、前金を受け取ったお妻の母は大喜びの様子です。婿になろうという弥兵衛はいかにも強欲そうな商人の風情で、お妻に懸想したのか店を手に入れたかったのかは定かではありませんが、煙管片手に早くも主人面。その弥兵衛と十兵衛を接待しようと母は奥の間に招き、残されたお妻は力なく鏡を立ててそこに出てきたお半の髪を撫でつけます。鏡の前での会話から母娘の情愛がじわっと描き出されたところで語りは呂勢大夫に引き継がれ、八郎兵衛(「検非違使」)が外から戻ってきました。

八郎兵衛はお半のために鶉焼(うずらを串焼きにでもしたものか?子供に買い与えるにはアバンギャルドな……と思っていたら、餅菓子の一種でした)を買ってきており、喜んだお半はお妻にも分けようとしましたが、お妻は先ほどからどんよりとあらぬ方を向いています。その様子に気づいた八郎兵衛は、頼んでいた金の工面ができていないからだと考えて大事ないと慰めましたが、そこへ母が出てきて八郎兵衛に縁切りを宣告しました。お妻の母はすっかり意地悪バアさん風になって、婿をとったから早く出て行けとにべもありません。さらに弥兵衛も奥から出てきて悪態をつき、お半も邪険に突き飛ばしました。これに怒った八郎兵衛はお妻に説明を求めましたが、お妻は涙を隠して母親大事、金次第と愛想づかしを告げました。この「偽りの愛想づかし」は文楽や歌舞伎の定番メニューですが、江戸時代の人々がいかに金と体面とに縛られていたかということをつくづくと考えさせられます。

ともあれ持参金に負け、主人の大事も思い出し、悔しさをこらえて一人その場を立ち去る八郎兵衛。仲人の十兵衛も帰っていき、婿になった弥兵衛は母と共に奥の間に消えて、残されたお妻とお半の母娘はしみじみと語り合います。コレお半、この間から言ひ聞かして置いたこと、よう覚えてゐるかやと問うお妻はよく覚えているというお半を褒めて、たとへ母がゐぬとても、二度の殿御を持ちやんなやとお半に言い聞かせつつ自身の身を嘆いて感極まってしまいました。さらに偽りの愛想づかしをした八郎兵衛を思ってさぞ腹が立たうけれど、コレ堪忍して下さんせと詫び、さらに自分の弔いをお半に頼みます。この言葉に驚いて、母が死ぬなら自分も死にたいというお半に、お妻は赦して下され八郎兵衛殿、堪忍してくれ我が子やとほとんど半狂乱で、この愁嘆場は呂勢大夫の語りが全開。泣けます。しかし、そこに奥から出てきた弥兵衛は酒に酔い、心の下帯解いて抱かれて寝ようとセクハラモード。邪魔なお半を屋外に締め出し、お妻を奥の間へ引き立てていきました。

いよいよ切は、咲大夫。戻ってきた八郎兵衛はまだお妻が心底自分を裏切ったかどうか測りかねていましたが、お半を外に放り出して寝所に入ったと聞いてやはり裏切りだったのかと憤ります。とは言えここで騒動を起こしては刀も見つけられず金も届けられずと心を乱してうろうろしていましたが、祝言の声が内から聞こえてきたのを耳にしてついに切れてしまい、ほっかむりをとり肩を脱いで戸を蹴破り中に入ると、まず出てきたお妻の母を一刀両断。さらにコレ、待つてとの言葉も聞かずにお妻にも刀を振り下ろしました。八郎兵衛の腕にぶら下がって母様が死なつしやる、堪忍してと叫ぶお半の声を聞いてお半はどこにぞ、必ず必ず怪我すなえと呟くとお妻は事切れてしまい、弥兵衛が逃れ行くのを見送った八郎兵衛が今はこれまでと切腹しようとするのをまたしてもお半が取り付いて止めようとします。そのお半を抱いて八郎兵衛が涙しているところへ、同僚の銀八が来合せてびっくりしながらも八郎兵衛がここで切腹しては主人への忠義が立たぬと諭しました。そして銀八の口から、主人の伊織から頼まれていた五十両の工面はできたものの、馴染みの遊女・梅川が他の男に請け出されそうになったために伊織はまたも難儀となり、梅川と駆け落ちしてしまったと告げられます。八郎兵衛は、それを先に知っていれば忠義の尽くしようもあったのに、不忠を重ねることになったのは憎いお妻のせいだと訳のわからないことを口走り、お半の目の前でお妻の亡骸を足でひっくり返し、手にした刀でめった刺しにしてしまいました。

しかし、ここでお半が父様待つてと口にした「書置のこと」とは、文字が書けないお妻がお半に遺言を覚えさせたものでした。主人の難儀のために金がいると聞いてもこしらえるあてもなく、母と言い合わせて夫の為にこの身を穢し参らせ候。訳を言えば止められるのは知れたことだが、それでは夫が主人に不忠となってしまうからと死を覚悟してお半に遺言を託した、それにつけても言ひたいことも得書かぬ、無筆は何の因果ぞやとお妻の言葉を語って、お半は母様がここ言ふ時、泣いてぢやあつたわいナと八郎兵衛、銀八、さらには客席の涙を絞り出させようとします。さすがにこれを聞いて八郎兵衛は正体を失い、お妻はどうして真意を明かしてくれなかったのか、そう言えばお妻の母が憎々しい口調だったのもお妻を助けて自分一人が殺されるつもりだったのかと悔やみ嘆いて赦して下され母者人、堪えてくれ女房と死骸に取り付きました。

このあたりが、どうしても自分には納得できないところ。この場に登場しない主人・伊織は、かつての奉公人たちに金の工面も刀の詮議もさせておいて、自分は遊女にうつつを抜かし、ついに駆け落ちに及んでしまっています。そんな情けない主人に八郎兵衛が忠義を尽くそうとしたために、お妻は好きでもない弥兵衛を婿にとって持参金を手に入れ、それを八郎兵衛に渡そうとして命を落としてしまったわけです。主人は選ぶことができないというのが当時の価値観だったのだろうと想像はつきますが、それでも八郎兵衛は人としての底が浅過ぎで、これではお妻は全く浮かばれませんし、それに八郎兵衛がいくら悔やんだところでお半が母と祖母をむごたらしく手にかけた父を許すとも思えません。いや、そこまで考えていたのでは文楽は成り立たない、ということなのでしょうか……。

最後は、弥兵衛の訴えによってわらわらと駆けつけた捕手たちと八郎兵衛・銀八の立ち回りとなり、捕手の一人を井戸に放り込んだ八郎兵衛が屋内の銀八と共に見得を切って、幕が引かれました。

団子売

最後は舞踊。清元「玉兎月影勝」を義太夫節に移したもので、これも江戸の町中が舞台になっています。影勝団子売りの夫婦が歌いながら杵で餅をつく様子を賑やかに踊りますが、杵と臼とで夫婦円満子孫繁栄とは、あまりにもわかりやすくて力が抜けてきます。しかし、吉田玉男さんと桐竹勘十郎さん(桐竹紋壽の代役)とはなんとも贅沢。ハンサムな夫(首は「源太」)と可愛い妻(「娘」 / 途中で「お福」)とが笛や太鼓も入った明るい囃子に乗って踊り続け、楽しく締めくくってくれて、気持ちよく国立文楽劇場を後にすることができました。

ところで、私が文楽を前回観た3年前から今日までの間に住大夫と源大夫が引退、嶋大夫も来年2月で引退することを発表して、現役の切場語りは咲大夫だけということになってしまいました。文楽は、本当に大丈夫なんでしょうか?

配役

碁太平記白石噺 田植の段 竹本小住大夫
鶴澤清公
豊竹松香大夫
鶴澤清友
浅草雷門の段 豊竹希大夫
豊澤龍爾
竹本咲甫大夫
鶴澤寛治
新吉原揚屋の段 豊竹英大夫
鶴澤清介
〈人形役割〉
庄屋七郎兵衛 吉田蓑一郎
志賀台七 吉田文司
家来丹介 吉田玉翔
百姓与茂作 吉田玉輝
妹おのぶ 吉田一輔
家来貫平 桐竹紋吉
豆蔵どじょう 吉田勘市
大黒屋惣六 桐竹勘壽
茶店亭主 吉田玉路
悪者観九郎 吉田玉勢
傾城宮城野 豊松清十郎
禿しげり 吉田和馬
新造宮里 桐竹紋臣
新造宮柴 桐竹紋秀
百姓 大ぜい
町人 大ぜい
 
桜鍔恨鮫鞘 鰻谷の段 豊竹靖大夫
鶴澤清丈
豊竹呂勢大夫
鶴澤清治
豊竹咲大夫
鶴澤燕三
〈人形役割〉
香具屋弥兵衛 吉田玉香
てんぽの十兵衛 吉田蓑紫郎
お妻の母 吉田蓑一郎
女房お妻 吉田蓑助
娘お半 吉田蓑次
古手屋八郎兵衛 吉田和生
仲仕銀八 吉田玉志
捕手 大ぜい
 
団子売 お臼 竹本三輪大夫
杵造 豊竹芳穂大夫
  豊竹咲寿大夫
竹澤團七
竹澤團吾
豊澤龍爾
鶴澤清允
〈人形役割〉
団子売杵造 吉田玉男
団子売お臼 桐竹勘十郎

あらすじ

碁太平記白石噺

奥州坂井村の百姓・与茂作は、代官・志賀台七が畦に隠した天眼鏡を見つけたことから台七に斬り殺されてしまう。与茂作の娘・おのぶは姉を頼って江戸へ出て来たところを浅草で悪者観九郎に売り飛ばされそうになるが、吉原の揚屋・大黒屋の亭主惣六に助けられる。おのぶの奥州訛りを廓の人々はからかうが、同じ奥州の出の傾城・宮城野がこれを庇い、お互いの身の上を語り合う内に二人が実の姉妹であることが分かる。妹から父の非業の最期の様子を聞いて宮城野は仇討ちを決意するが、話を聞いていた惣六は逸る二人を曽我物語になぞらえて諭し、姉妹はその言葉に従って時節を待つことにする。

桜鍔恨鮫鞘

古手屋八郎兵衛は、香具屋弥兵衛から祝言の持参金を受け取った女房お妻とその母お菊から愛想尽かしをされ、一度は家を出たものの愛娘お半までも家を追い出されているのを見て激昂し、お菊とお妻を斬り殺す。しかしお半の口から、この愛想尽かしが主君のための金策に難渋している八郎兵衛を助けるためだったことを知らされ、後悔の悲嘆に暮れる。

団子売

団子売りの夫婦は、杵と臼を夫婦になぞらえて子孫繁栄を願いながら賑やかに踊る。