ドン・キホーテ(東京バレエ団)

2015/07/29

東京文化会館で、東京バレエ団の「ドン・キホーテ」(振付:ウラジーミル・ワシーリエフ(マリウス・プティパ / アレクサンドル・ゴールスキーによる))。キトリはアリーナ・コジョカル、バジルはワディム・ムンタギロフ。ムンタギロフ(以下「ムンタ」)は2014年にイングリッシュ・ナショナル・バレエから英国ロイヤル・バレエ団にプリンシパルとして移籍しており、アリーナ・コジョカルとは彼女のドリーム・プロジェクトでも来日しています。

東京文化会館のロビーに入ると、内装は世界バレエフェスティバルに向けた飾り付けで華やかな様子で、購入したプログラムもフェスティバルのものになっていました。3年に一度のこのフェスティバルは開催の都度なるべく観るようにしているのですが、今年はちょうどシャモニー旅行の期間と重なってしまっているのが残念。せめて全幕特別プログラムであるこの「ドン・キホーテ」だけでも観ようとチケットをとったというわけですが、仮にそうでなかったとしても、アリーナとムンタの組み合わせなら間違いなく見逃すことはなかったでしょう。

第1幕第1場
バジルの床屋でのどたばたでドン・キホーテが憑依するプロローグの後に幕が上がり、第1幕第1場は賑やかな広場の場面。颯爽と登場したアリーナ=キトリの性格造形は、バジルをさかんにからかいながら恋を楽しむいたずらっぽい娘、という感じです。群舞を背景にスピーディーなダンスを見せたかと思えば、アバニコ(扇子)の影でいちゃいちゃしたりとやりたい放題。続いて男女12人ずつが、男性はタンバリン、女性はアバニコを手に素晴らしいリズム感を発揮する群舞(東京バレエ団の層の厚さを実感)を披露してから、白い闘牛服も凛々しいエスパーダとエキゾチックで情熱的なメルセデスが登場しました。メルセデス役は第1幕はキューバ出身のヴィエングセイ・ヴァルデスで、黒いまっすぐな髪を真ん中で分けて赤い花をあしらい、赤い唇、赤いドレス、赤いアバニコが鮮やかです。柄本弾のエスパーダがマントをふるっての強烈なダンスを見せれば、メルセデスは妖艶な表情を湛えながら床に突き立てられたナイフの列を巡ってバランシーに蛇行。ところがナイフを全部かわして舞台奥に達したところでふと気づくとエスパーダが下手で他の女と仲良くしており、これを見たメルセデスは「あのガキ!」といった上目遣いでのしのしとエスパーダに詰め寄りました。その後、妙にオカマっぽいガマーシュの求婚を巡るマイム、サンチョ・パンサのトランポリン、2人のキトリの友人のダンスと続いて、キトリとバジルのパ・ド・ドゥ。相変わらずアリーナの真上へ上がる足の鋭い動きや180度開脚での跳躍に目を瞠り、ムンタによるほとんど投げ上げんばかりの高いリフトに驚かされたと思ったら、優美な曲調に変わって滑らかなサポーテッド・ピルエット。途中で違うパートナーと組んで踊りながらお互いに意識し合う素振りを見せて、最後はアリーナがムンタの肩に膝を揃えて跳び乗り、高い位置から一気のフィッシュへ。ここで喝采を受けてから、ムンタの回転と跳躍の能力を示すヴァリエーション、アリーナの細かいステップと回転技の確かさを誇示するヴァリエーションの後に、出ました!大胆な片手リフト。高々と掲げ上げられたアリーナも足を上下に180度開いて、一直線に上下に伸びた足先は天地を突き刺すようです。
第1幕第2場
ジプシーの野営地。ジプシーの男性8人の激しい群舞とエスパーダのタンバリンでの力のこもったダンスに続き、奈良春夏さんの若いジプシーの娘が狂気じみた気迫のダンスを踊りました。ただ、このダンスに限ってはもっと地霊に取り憑かれたたような土俗的な匂いを出して欲しいのですが、音楽のテンポが速すぎたような気がします。それにもしかするとこの役柄は、ノーブルな奈良さんにフィットしていないのかも?
第1幕第3場
人形劇、風車と続いて、第1幕第3場はドン・キホーテの夢の世界。渡辺理恵さんのドリアードの女王、イントロダクションでも登場した松倉真玲さんのキューピッド、そしてアリーナのソロがそれぞれ見られましたが、すらりと優美な女王やブレのない回転を見せるキトリもさることながら、キューピッドのダンスが明るい表情ながらもきびきびとした動きで客席を引きつけました。
第2幕第1場
居酒屋。最初にキトリがバジルに向かって小手調べのダイヴを見せて休憩直後の客席を覚醒させておいてから、エスパーダのソロはこれも高く上がる足と膝をついての正確な回転が端正な印象を与えます。そして第2幕のメルセデスは川島麻実子さん。第1幕のメルセデスよりも少しアクの強い感じで、大きく開いた背中を思い切り反らしながら身体を反転させる動きを繰り返し、最後は舞台正面で客席に背を向けながら大きくのけぞったポーズを大胆に決めました。そこへオカマのガマーシュがやってきてマイムの応酬となり、一計を案じたバジルはナイフを胸に突き立てて死んだふり。びっくりしたキトリが駆け寄って嘆いているとバジルがキトリに素早くキスをしてみて、そこでアリーナは「なんだ嘘だったのか!」とふ〜と息をつくと共に、手のひらでバジルをぺしっと叩きました。このあたり、アリーナの演技者としての魅力が全開です。結局ドン・キホーテの強請が通ってキトリの父・ロレンツォはキトリとバジルの結婚を認めることになり、そこで生き返ったバジルとキトリは結婚式へ。
第2幕第2場
第2幕第2場は、第1幕第1場の広場ではなく、奥に噴水のある広い庭園が舞台です。ドリアードたち、キューピッドたち、ドン・キホーテとサンチョ・パンサ、エスパーダとメルセデスが次々に入場し、まずキューピッドたちが賑やかな祝祭のダンスを踊ると、それまでの黒と赤の衣装から白と青の衣装に変身したメルセデスが白衣のエスパーダや青衣の闘牛士たちと共にダンスを見せ、淡いピンクのドリアードたちも群舞を見せてくれました。ところがこのあたりから、上手の席についているオカマっぽいガマーシュの挙動が不審になっていて、ドリアードたちが近づくと左手薬指を指し示すマイムで求婚したり、正気を失ったような表情になってロレンツォに心配されたり、ドン・キホーテに思い切り手の指を握られて痛そうにしたりと、完全に変な人状態。それが面白すぎて、つい舞台中央のダンスに集中できなくなってしまいました。しかしもちろん、主役二人のグラン・パ・ド・ドゥは別。再びの片手リフトやポアントでのバランス(二度目のバランスの長さ!)、リフトからフィッシュ・ダイヴと息を継がせません。メルセデスの大らかなヴァリエーションに続くムンタのジャンプは、すらりとした足を左右に180度開いて滞空する強烈なもの。さらに安定した回転、高い跳躍をぴしっと決めて、観客から大きな拍手を集めました。続くキトリのソロはアバニコを手にきびきびとしたステップを見せるもので、終わった途端に上手のガマーシュが立ち上がってブラボー!最後はムンタの舞台一杯のマネージュからアリーナのグラン・フェッテ・アン・トゥールナン(最初の二回は1-1-3、ついで1-1-2を入れて以後は連続回転)、そしてムンタの迫力満点のグランド・ピルエットを経てキトリの一瞬の静止技から舞台正面でムンタとアリーナがラストのポーズを決めてくれて、場内は大歓声と拍手に包まれました。

客席の高揚ぶりからもわかる通り、アリーナとムンタの二人に東京バレエ団の充実したダンサー陣が加わって、この日の舞台は最初から最後まで幸福感一杯。観に来て良かったと十分に思わせてくれました。

今年アリーナ・コジョカルを観るのは6月の「ラ・バヤデール」についで二度目ですが、ニキヤとキトリという全く性格の異なる役柄をいずれも的確に演じきって、それでいてどちらにも通じる華やかで確実なダンスを見せてくれるアリーナには脱帽です。そしてこの日のもう一つの収穫は、もちろんワディム・ムンタギロフ。そのダンスの見事さは上述の通りですが、上演が終わって帰路につく観客の中から「ムンタさん、凄いね」という声が聞こえてきたことからも、観客が彼の踊りに満足していたことが窺えます。

ところで、本来この日は特別ゲストとして振付のウラジーミル・ワシーリエフ氏がサプライズ出演(役柄も当日発表)するはずだったのですが、頚椎を傷めて長時間の移動ができなくなったために出演を断念し、その代わりにということでキューバ国立バレエ団のヴィエングセイ・ヴァルデスが第1幕のメルセデスを踊ることになったとアナウンスされていました。ということは、ワシリーエフ氏がメルセデスを踊ることになっていたのか?まさかね。

キャスト

キトリ
ドゥルシネア姫
アリーナ・コジョカル(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)
バジル ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤル・バレエ団)
ドン・キホーテ 木村和夫
サンチョ・パンサ 岡崎隼也
ガマーシュ 梅澤紘貴
メルセデス ヴィエングセイ・ヴァルデス / 川島麻実子
エスパーダ 柄本弾
ロレンツォ 永田雄大
2人のキトリの友人 乾友子 / 吉川留衣
闘牛士 森川茉央 / 杉山優一 / 安田峻介 / 原田祥博 / 岸本秀雄 / 和田康佑 / 宮崎大樹 / 入戸野伊織
若いジプシーの娘 奈良春夏
ドリアードの女王 渡辺理恵
3人のドリアード 小川ふみ / 二瓶加奈子 / 三雲友里加
4人のドリアード 村上美香 / 岸本夏未 / 沖香菜子 / 河合眞理
キューピッド 松倉真玲
ヴァリエーション 1 吉川留衣
ヴァリエーション 2 乾友子
 
指揮 ワレリー・オブジャニコフ
演奏 東京フィルハーモニー交響楽団