ラ・バヤデール(東京バレエ団)

2015/06/12

東京バレエ団の「ラ・バヤデール」を、東京文化会館で観ました。ニキヤはアリーナ・コジョカル、ソロルはウラジーミル・シクリャーノフ、ガムザッティは奈良春夏さんです。この演目はバレエ・ブランの「影の王国」の場面を昨年の「東京バレエ団創立50周年祝祭ガラ」で観ていますが、通し上演で観るのは2001年のレニングラード国立バレエ「バヤデルカ」についで二度目です。

「ラ・バヤデール」はマリウス・プティパ振付、レオン・ミンクス作曲で1877年にボリショイ劇場で初演された後、ソ連での改訂の中で最後の結婚式と寺院崩壊の場面が失われてしまっていましたが、1980年に、キーロフ・バレエから西側社会に亡命していたナタリア・マカロワがABTのために振り付けたマカロワ版でこの終幕が復活し、東京バレエ団もこのマカロワ版を2009年にレパートリーに加えています。

この日、会場ロビーでは「世界バレエフェスティバル前夜祭」と題して、これまでのフェスティバルの出演ダンサーのサインパネルやポワント、映像が展示されていました。

第1回のサインパネルには、エヴァ・エフドキモワ、マーゴ・フォンティーン、フェルナンド・ブフォネス、カルラ・フラッチ、マイヤ・ブリセツカヤといったダンサーたちのサイン。そして、今年の5月2日に亡くなった「20世紀最高のバレリーナ」マイヤ・ブリセツカヤを追悼するコーナーも設けられていました。

第1幕第1場:神殿の外、聖なる森の中
上手奥に巨大狛犬と階段を伴う神殿の正面。舞台中央には石組みの炉に燃える聖なる火。ターザンのような出立ちの苦行僧の激しいダンスから幕が開き、トラ狩りから戻ってきた戦士たちに続いてソロル=ウラジーミル・シクリャーノフが登場。一見すると神経質そうな顔立ちで、あまり戦士という感じがしません。一方、南アジア風の僧侶たちを引き連れたハイ・ブラーミン(大僧正)の木村和夫は、その大仰なマイムと表情に偏執狂的な気配を感じさせてくれて期待度大です。8人の巫女のエキゾチックな踊り、マグダヴェーヤと6人の苦行僧のダイナミックなダンスとそれぞれに見せ場を作りましたが、もちろん最も素晴らしいのはヴェールをかぶって登場したニキヤ=アリーナ・コジョカル。登場時のソロはインド風の手のポーズを組み込みつつ、最初はいつものように重力を感じさせない優美な舞、途中からテンポを上げてアティテュードの高速回転へ。そして他の登場人物が消えた神殿の前庭で踊られるニキアとソロルのパ・ド・ドゥは、今まで見たこともない程に純度の高い愛情表現に息を飲むほど。
第1幕第2場:宮殿内の一室
豪華な王宮のセットの中で、上手にはソロルの肖像画、舞台両袖にはチェス盤を置いたテーブル。インドはチェスの原型であるチャトランガの発祥の地なので、この設定は案外正しいものです。衣装も豪華で、カシオペアの野呂一生に似た風貌のラジャはいかにもインドの藩王らしい堂々たる盛装、常にかがみ腰で動き回る侍女に呼ばれて登場したガムザッティ=奈良春夏さんはすらりと高貴な姫姿で、確かにこれではソロルが心を移して彼女と婚約するのもやむを得ないと思わせます。ゆったりした布を翻しての侍女たちの踊りはこれも優美で異国情緒あふれるものでしたが、その間、下手ではソロルとガムザッティがチェスを指し、勝気なガムザッティに負けたソロルが憮然とする様子を見せていて、観ている方はその演技の様子が気になり侍女の踊りに集中できません……。そんなところへ大僧正が現れてラジャに人払いを求め、ソロルがニキヤと恋仲であることを告げるのですが、大僧正の思惑とは逆にラジャはニキヤ排除を決意します。誰もいなくなった宮殿内に再び現れたガムザッティは、ソロルの肖像画に向かって純粋な乙女心を垣間見せるのですが、侍女に呼ばれてきたニキヤがやはり肖像画に恋心を示すと、ここから二人の女のマイム対決、そしてリアルな取っ組み合い。ついにナイフを振りかざしたニキヤが、そのナイフを侍女にはたき落とされて我に返り逃げ去ると、ガムザッティの表情にはニキヤへの殺意が表れます。「ラ・バヤデール」はマイム中心の様式をまだ色濃く残している作品ですが、この第2場はとりわけマイムの要素が強い場面で、それだけにダンサーたちの演技力が際立ちました。
第1幕第3場:宮殿の中の庭
婚約の祝宴の場面は、宮中の四角い庭で6人の男性に続いて登場した女性12人による団扇を用いたワルツから。ついでおへそを出したピンクのチュチュの女性4人の明るい4拍子と伸びやかな2拍子。これらが賑やかに踊られた後に、エキゾチックドレスからチュチュへと姿を変えたガムザッティと悩ましい表情のソロルとのパ・ド・ドゥとなりました。ゆったりしたワルツはソロルのサポートによるピルエットやポワントでのアティテュード・アン・プロムナードが多用され二人の近しさが強調されますが、ソロルの心が実は既にこの婚約に乗り切れなくなっているのは明らか。キレの良い女性4人のパ・ダクシオンの後にソロルが一人で登場しましたが、このソロは素晴らしいものでした。大胆なマネージュに高い跳躍と回転を組み込み、最後のキメのポーズは舞台下手に左膝をついて頭が床に付きそうになるほど上体を思い切り反らせた大胆なもの。それまで線が細い演技者と見えていたシクリャーノフの予想外の渾身のソロに、会場は大きな興奮に包まれました。続くガムザッティの優美なソロは群舞を背後に従えてのフェッテの連続でこれもブラボー。しかし、ここで音楽が短調のストリングスに変わって、ニキヤの悲しみのソロへと舞台は転換します。舞台上手に座るガムザッティとソロルの姿を認めたニキヤは打ちひしがれ、ソロルに目で訴えながら近づこうとしますが、ソロルはラジャとガムザッティの前で身動きがとれず、ニキヤの心に応えることができません。悲痛なソロの間にラジャからの目配せを受けたアヤが持ち込んだ花籠をソロルからの贈り物だと思ったニキヤの儚い喜びも束の間、花の間に隠れていた毒蛇に噛まれて苦悶の表情となりますが、霞んでゆく視界の中でソロルがガムザッティと共に去って行く後ろ姿を見て、ニキヤは生きることを諦め、大僧正が差し出した解毒薬の瓶をとり落として息絶えます。
この場は、前半の群舞からガムザッティとソロルのパ・ド・ドゥでダンスの喜びを満開にして見せた後、一転してアリーナ・コジョカルの演技者としての魅力を示す場となりました。ここでニキヤが自らの意思で死を選ぶ際に、初演台本では自立した女性として決然と薬瓶を投げ捨てていたそうですが、アリーナは異なる解釈を採用したようです。確かに、ここでニキヤがソロルの不実への抗議の意思をもって死を受け入れていたとしたら、天上で結ばれるというラストシーンには結びつかないでしょう。
第2幕:ソロルのテントの中
孔雀の装飾が施されたソファに座り込んだ傷心のソロルがマグダヴェーヤの勧めに応じて阿片を吸うと、紗幕の向こうにニキヤの幻影。そして幻想が深くなると「影の王国」の場面となりました。この場面のセットは昨年の「東京バレエ団創立50周年祝祭ガラ」と同じく、深い森の中に右奥から左奥へ下るスロープをコール・ドが降りてくるもので、純白のチュチュに薄絹の天衣をひらめかせた24人のコール・ドの一糸乱れぬ群舞はナタリア・マカロワが「完璧さの手本」と絶賛したものです。その後に相次いで登場したソロルとニキヤによるパ・ド・ドゥは、神々しいまでの高貴さに満ちたもの。曲調をそれぞれに変えた3人のヴァリエーションに続いて天衣を掲げてのパ・ド・ドゥから、アリーナは軽やかなワルツでのソロ、そしてソロルは跳躍の高さを活かしたソロ。またしても大のけぞりのフィニッシュに会場は大きく沸きました。そしてアリーナによる見ている方が目が回るほどの超高速ピケターン〜シェネ。その動きに幻惑されたようにソロルがふらふらとソファに戻ったところで「影の王国」は終わり、ラジャとガムザッティがソロルの部屋を訪れました。最後は、ソロルと二人きりになったガムザッティがゆっくりとソロルに迫り、ガムザッティが後ろずさる内に幕。
第3幕:神殿
洞窟の奥の天上が高い窟院という雰囲気のセット。中央奥には台座の上に大仏のような坐像が鎮座しています。まず披露されたのが、全身金色のブロンズ像のソロ。前に見たレニングラード国立バレエではこの踊りは婚約式の場面に登場していましたが、今日の演出ではもっぱら演劇的展開が中心となる第3幕の冒頭にこの圧倒的にテクニカルでスピーディーなダンスを持ってくることで、ダンスの要素と演劇の要素のバランスをとったのでしょう。実際、ブロンズ像を踊った梅澤紘貴のパフォーマンスは圧倒的で、きびきびとした回転と高速移動の最後に大仏の下の階段にピタッと座してソロを終えた瞬間、客席からはこれ以上ない拍手が湧き起こりました。ついで僧たちと舞姫たちが入場し、大僧正の立会いの下に白い衣装のソロルと赤い衣装のガムザッティの婚礼となりました。しかし、「影の王国」でニキヤと再会したことでソロルの心は既にガムザッティから離れており、それを察しているガムザッティのソロは短調のストリングスに乗った悲痛なものでした。ついで舞台の左右に分かれて立ったガムザッティとソロルの周囲を巡る舞姫たちの輪の中で、ガムザッティは悲しげに横を向いてソロルを見つめ続けますが、ソロルはうつむいたり顔を上げたり。通い合わない心に泣きそうになりながら、ガムザッティはやがてソロルと共に儀式のように両腕を広げ、歩み寄り、そしてすれ違い……。この場面の心理描写の切なさは、もはや高度なストレートプレイに匹敵する深さを備えています。そこへニキヤの亡霊が登場し、パ・ド・トロワ、さらにラジャも加わってパ・ド・カトルとなりますが、ニキヤの姿が見えているのはソロルだけで、ガムザッティは時に突き放されるようにしてソロルから遠ざけられ、ニキヤにその位置を占められてしまいます。ダンスは徐々に激しさを増し、ソロルはほとんど惑乱をしてしまって、これを見たガムザッティは父親の胸で泣くばかり。そして、ここから先は展開のスピードが上がってめくるめくように場面が転換していったのですが、それらを断片的に表現すると、不吉の印である花籠の登場と怯えるガムザッティ、キャンドルを捧げ持つコール・ド、大僧正によってなかば強制された婚姻の誓いと、その瞬間の轟音、仏像の沈降と頭上からゆっくり降り注ぐ岩……となります。最後に、ニキヤとソロルが白く長い布を持って階段の上下に立ち、天上において再び結ばれたことを示して幕が降りました。

この「ラ・バヤデール」を全幕通しで見るのはこれが二度目、しかも前回ははるか昔とあって、新鮮な気持ちで舞台を見続けましたが、これほどに演劇的要素が強く、しかもダンスの見どころもまたはっきりしている作品であったということを、今回改めて認識しました。婚約式の場でのディベルティスマンはかなり省略されていましたが、それでもここぞというところで踊られるニキヤとソロル、あるいはガムザッティとソロルのパ・ド・ドゥ。パ・ダクシオンの賑やかさと「影の王国」の美しさ、ブロンズ像の技巧とエネルギーなど、ダンスの要素だけをとっても十分に充実している上に、複雑な心理描写を見事に演じるダンサーたちの演者としての技量を存分に堪能することもできました。

そして、第3幕の神殿崩壊が演じられることによって、物語には人間の原罪を覗き込むような深みが生まれています。嫉妬に狂う大僧正、恋敵に向かってナイフを振り上げるニキヤ、そのニキヤとソロルを奪い合うガムザッティ、娘のために花籠に毒蛇を忍ばせるラジャ、ラジャの権威に流されてガムザッティを一度は選びニキヤを裏切るものの、結局ガムザッティをも悲しみの淵に追いやる不実なソロル。誰一人として罪のない者はいません。そうした中で、かつて見たレニ国の「バヤデルカ」ではニキヤの怒りはソロルにも向けられ、ニキヤ以外の人物はすべて崩壊した神殿の下敷きになるのですが、このマカロワ版ではニキヤはソロルを取り戻し、ソロルもこのことを受け入れています。それではガムザッティは、死を受け入れるべき罪深さを持っていたのか……というと、大いに疑問。ニキヤも命を失っていますが、それは言ってみればニキヤ自身の選択なのですから、これではガムザッティが気の毒過ぎます。

アリーナ・コジョカルは、今日も随所に高い身体能力と技巧とを示しながら、愛らしく一途なニキヤ像を作り出していました。ソロルのウラジーミル・シクリャーノフはマリインスキー・バレエのホープとして既に十分な知名度を得ていますが、この日も最初こそ線が細い印象を受けたものの、強靭な跳躍力と高さのあるリフトの安定感でその印象を払拭しました。しかし、私が最も感銘を受けたのはガムザッティを演じた奈良春夏さんです。すらりとした長身とノーブルな雰囲気で役にはまっており、上記の通り最終幕ではニキヤ以上の悲劇のヒロインとして客席の感情移入を一手に引き受けていた感があります。そのせいか、最終幕の最後の数分は舞台上の展開に自分の処理能力がついていけなかったところがあったので、この演目はぜひとももう一度観たいと思っています。

なお、装置の豪華さと指揮・演奏の質の高さにも満足したこと、感動した様子の観客が幕間に「すごいね〜」「この12,000円(A席)、安いね〜。」と語り合っていたことを、最後に記しておきます。

キャスト

ニキヤ(神殿の舞姫) アリーナ・コジョカル(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)
ソロル(戦士) ウラジーミル・シクリャローフ(マリインスキー・バレエ)
ガムザッティ(ラジャの娘) 奈良春夏
ハイ・ブラーミン(大僧正) 木村和夫
ラジャ(国王) 永田雄大
マグダヴェーヤ(苦行僧の長) 岡崎隼也
アヤ(ガムザッティの召使) 川淵瞳
ソロルの友人 森川茉央
ブロンズ像 梅澤紘貴
 
第1幕
侍女たちの踊り(ジャンベの踊り) 川島麻実子 / 三雲友里加
パ・ダクシオン 村上美香 / 岸本夏未 / 沖香菜子 / 河合眞里
渡辺理恵 / 小川ふみ / 伝田陽美 / 政本絵美
森川茉央 / 和田康佑
 
第2幕
影の王国(ヴァリエーション1) 岸本夏未
影の王国(ヴァリエーション2) 渡辺理恵
影の王国(ヴァリエーション3) 川島麻実子
 
指揮 ベンジャミン・ホープ
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団