塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

マグリット展

2015/04/18

この日の締めくくりは「マグリット展」。美術展巡りもそろそろ苦行の様相を呈してきました。

ルネ・マグリット(1898-1967)の絵は2002年にまとまった形で見ているのですが、それからはや13年。干支が一周していることもあり、ここで改めて彼の作品群に触れておくことも悪いことではないでしょう。今回は、ブリュッセルのマグリット美術館を中心に世界10ヵ国以上から約130点の作品を集めた久々の回顧展ということになります。

I. 初期作品 1920-26

戦時下のブッリュセル美術アカデミーで学んだ20代の若きマグリットの初期作品を紹介するこのコーナーでは、キュビスム / 未来派の影響が顕著なカラフルな抽象作品に続いて置かれた、具象的でありながら象徴的でもある《心臓の代わりにバラを持つ女》(1924年)の穏やかな暖色の画面、女性の体柔らかい曲線と部屋の床や壁、テーブルの硬い直線の対比には心を惹かれるものがありました。また、商業デザイナーとしてのポスター群が展示されていたのも斬新で、一種ロートレックを連想させる大胆な簡素化が図られた図案にマグリットの機知を見てとることができます。これらはある意味、今回の展覧会の一番の見ものであったかもしれません。特に蠱惑的な女優の姿を大胆な構図で描く大ぶりなポスター《プリムヴェール》(1926年)は非常に魅力的です。

II. シュルレアリスム 1926-30

ここに登場するのは、ジョルジュ・デ・キリコの作品に衝撃を受けたマグリットが、パリに移って一気にシュルレアリスムへと舵を切った時期の作品たち。実にさまざまなモチーフが描かれて一見カオスのようですが、そこに、後に繰り返し登場するモチーフである銀色の球体(馬の首につける鈴)、切り取られた空と海景(《嵐の装い》(1927年))、匿名となった人物(《恋人たち》(1928年))などが登場することは見逃せません。

III. 最初の達成 1930-39

1929年のサルバドール・ダリとの出会い、1931年の初めての個展と1936年のアメリカでの個展の開催などブリュッセルを舞台に極めて活発に活動した時期の作品群。それはマグリットの作風が完成し、その名声が高まった時期でもあります。イーゼルに掛けられた絵や割れた窓ガラスの中に切り取られ閉じ込められた風景というモチーフの《人間の条件》(1933年)、《野の鍵》(1936年)に惹きつけられ、山脈の一部が羽を広げた猛禽のように見える《前兆》(1938年)の写真とも見紛うばかりの迫真の描写力に圧倒されます。

IV. 戦時と戦後 1939-48

全体主義の台頭と戦争や妻との不和という現実の暗さに耐えかね、明るく優しい画風の「ルノワールの時代」(1943-47)からけばけばしい色彩と粗野な筆致が目立つ「ヴァーシュ(雌牛)の時代」(1947-48)へと作風を変化させた時代。これらの作品やマグリット自身はシュルレアリストたちから拒絶され、マグリットもまたシュルレリスムは戦前の方法に戻ることはできないと考えていました。とはいえ、このコーナーに配置された《空気の平原》(1940年)や《絶対の探求》(1940年)は、地面から直立する巨大な葉が彼方の地平を眺めやるというその非現実的な情景描写がマグリットの一つの到達点を感じさせますし、いくつかの裸婦像も空へと同化する身体や実体化する影といったモチーフがシュルレアリスムの精華を思わせます。

しかし、《不思議の国のアリス》(1946年)に見られる印象派風の明るい画面や、何かに対する怒りが筆を走らせたとしか思えない《飢餓》(1948年)のほとんど子供の落書きのようなタッチには困惑せざるを得ませんでした(もちろん、《飢餓》制作当時の作品がすべて同様のスタイルを持っているわけではないのですが)。

V. 回帰 1948-67

50代を迎えたマグリットが、自身の1930年代の様式に立ち返って制作した作品群が、最後のコーナーを飾ります。しかし、それでは過去の遺産の再生産に過ぎないのかと言えばそうではなく、マグリットの業績を決定づける重要な作品がこの時期に生み出されている点にマグリットの偉大さを感じました。会場は、有名な《光の帝国》の続編にあたる《光の帝国 II》(1950年)の他、鳥の形に切り取られた空(《大家族》(1963年))、宙に浮かぶ巨大な卵型の石(《現実の感覚》(1963年)。これも有名な《ピレネーの城》(1959年)は残念ながら京都会場のみの模様)、山高帽の不思議な人物(《レディ・メイドの花束》(1957年))といったおなじみのモチーフを展開し、エッシャー的なだまし絵とも言える《白紙委任状》(1965年)の前に人だかりを集めて、展示を締めくくっていました。

戦いすんで、手には四つの展覧会でゲットした4冊の図録がずっしり。これらをじっくりと読む時間をとることはなかなかできないでしょうが、来たるべき老後の楽しみと思えばいいのかもしれません。

つらく長かった一日を終えて(だったら行かなければいいのに……)、締めくくりは渋谷で皿鉢料理。

なんてゴージャス!これもマグリットに結びつけてオチにしようと思いましたが、メインはマグロではなくカツオなので、そういう訳にはいきませんでした。おそまつ。