エッグ(NODA・MAP)

2015/02/17

池袋の東京芸術劇場プレイハウスで、NODA・MAPの「エッグ」を観ました。2012年の初演から2年半、そのときと同じ主要キャストでの再演なので観るべきか観ざるべきか少し悩んだのですが、何か新しい工夫があるのかも、と思ってチケットをとりました。しかし、実はこの公演は3月3日から8日までパリ国立シャイヨー劇場へ出張することになっており、してみると東京における3週間にわたる上演はいわばパリに向けたウォーミングアップ?よって「新しい工夫」への期待は見事なまでに裏切られたのですが、その代わりに前回の観劇時に十分には見えていなかったこの作品の主題のようなものに気づくことができたのですから、これはこれで良かったようです。

会場に入ると、BGMとして流れていたのは作詞:野田秀樹、作曲:椎名林檎、そして深津絵里が歌う「The Heavy Metallic Girl」でした。懐かしい。そして座席は1FのF-16で、これは前から6列目のほぼど真ん中という絶好の位置でした。

さて、開演してみれば脚本自体はまったく変わっておらず、装置も同じ。唯一異なる点と言えば、今回は2020年の東京オリンピック開催が決まっているためにそのことに言及したアドリブが冒頭で若干含まれていた程度ですが、そのことはこの作品の本質に何の影響も及ぼしてはいません。したがって、芝居の内容については前回観たあとの記録の記述に委ねることにしますが、そこにも記した通り、この作品は野田秀樹演じる芸術監督がたまたま手に入れた寺山修司の脚本『エッグ』を、その登場人物である消田監督(橋爪功)と共に読み解きながら劇中劇的にストーリーを展開させるという基本構造をもっています。そして、舞台上の時制が複雑かつスピーディーに行き来するので下手をすると展開についていけなくなってしまうのですが、これを強引に図示してみると、こんな感じになります。

この芝居の中でポイントになる言葉は、深津絵里さん演じる苺イチエの台詞そんな話じゃないわ!で、かたや記録映画のリール、かたや寺山修司直筆の黄色い原稿が改竄の対象となった歴史のメタファーとなります。そして上の図で「脚本1940 満州」と記したように、この作品は満州で生物兵器の開発に関わったとされる731部隊がモチーフになっており、初演のときの私はその謎解きの鮮やかさに目を奪われてしまったのですが、よく観れば『エッグ』は731部隊の人体実験を非難することを目的としているわけではなく、スポーツの熱狂にナショナリズムの危うさを見立て、その果てに歴史の闇に埋もれ忘れられていった人々の悲劇を描くことに主眼があったようです。

このことに目を向けると、主要キャストが2時間近くにわたって繰り広げたエネルギッシュでトリッキーなストーリー展開もさることながら、あるいはそれ以上に、最終盤の敗戦の混乱の中で列車に乗って逃れようとする3人の女学生の運命を描くスローモーションの場面が実はとりわけ重要な意味を持っていたことがわかります。妻夫木聡演じる阿部比羅夫のモノローグによって、一人は列車から落ちて満州に取り残されることになり、一人は集団自決を強制されて死に、一人は無事に帰国できたものの二度と満州でのことを口にしなかったことが説明されましたが、史実としては戦時の満州に在留していた邦人は約166万人、終戦後に満州から内地へ引き揚げてこられたのは約100万人。『エッグ』を観ようとするならば、この数字から目を背けるわけにはいかないでしょう。

冒頭に記したようにこの公演はシャイヨー劇場から招待されているのですが、その理由はパリの人々が知っている日本と知らない日本と知りたい日本とが混在している作品だからだそうです。しかし、現代の日本の観客が、この作品の中に存在する「かつてあった日本」(満州のことをそう表現してよいかどうか少々自信はありませんが)のことをどれだけ知っているのでしょうか?

なお、相変わらず深津絵里さんと秋山奈津子さん、それに橋爪功の3人(劇中では実は娘と両親という設定)がさすがの存在感だったことに加えて、今回は大倉孝二と藤井隆の存在感がぐっと上がっていたように思えました。かたや妻夫木聡と仲村トオルは、見事なまでにブレない(変わらない)演技だったような。

キャスト

阿部比羅夫 妻夫木聡
苺イチエ 深津絵里
粒来幸吉 仲村トオル
オーナー 秋山奈津子
平川 大倉孝二
お床山 藤井隆
劇場案内係 / 芸術監督 野田英樹
消田監督 橋爪功
 
○田フミヨ 深井順子
女学生・×田 内田慈
女学生・△田 大西智子
女学生・□田 秋草瑠衣子

「女学生・×田」以外は初演時と同じキャスト。