塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

上原ひろみ The Trio Project

2014/12/05

東京国際フォーラムで、上原ひろみ The Trio Projectのライブ。前回の「MOVE」ツアー以来2年ぶりです。今回は、このトリオでの3作目になる『ALIVE』のリリースに伴うツアーということになります。

『ALIVE』の楽曲が初めて披露されたのは、2013年から2014年にかけてのブルーノート東京。その後曲を練り上げて2月にNYでレコーディングして、4月からそれぞれのプロジェクトと並行しつつ世界中を回るツアーに出た3人が日本でのツアーを開始したのは11月22日の奈良県からで、この日は日本での10ステージ目に当たります。ちなみにこの後、トリオは東京国際フォーラムで土日も演奏し、東北・北海道・岡山から福岡を回って12月21日の大阪が日本ツアーの千秋楽となります。

パンフレットの扉には、例によって上原ひろみからのメッセージが記されていました。

「ALIVE JAPAN TOUR」へようこそ!今年も北はロシア、南はアルゼンチンまで、世界通々浦々、3人で旅してきました。そして、また日本でライブが出来る事を、心からうれしく思うとともに、人生の大切な時間を私達に預けてくださる事、心から感謝しています。

ライブは生き物であり、一本一本驚きと新しい発見があります。それを一つでも多く探せるよう、守りに入る事なく、全身全霊で音楽と向き合い、今日この場所でしか生まれない音楽を皆さんと創り上げていきたいと思います。

最高に「ALIVE」な瞬間を求めて、いざ出陣!

上原ひろみの音楽に対するどこまでも前向きな姿勢が端的に示されたこのメッセージに、ちょっと感動。それにしても、2012年のツアーパンフレットでのメッセージの締めくくりが音楽の冒険旅行へ、いざ出発!でしたから、彼女はよほどいざ○○!というフレーズが好きなのでしょうね。

ホール内に入って、まずはステージに近寄って楽器を確認しました。上原ひろみはYAMAHAのピアノオンリー、Simon Phillipsのドラムセットは5月のブルーノート東京での彼のソロプロジェクトのときと同じセッティング。Anthony Jacksonの6弦コントラバス・ギターを初めて至近距離で見ましたが、そのボディの分厚さには驚きました。15cmくらいはありそうです。

Warrior
客席の照明が落ちると共にステージ上が明るくなり、歓声と拍手を受けてステージ上に3人が登場。黒づくめのステージ衣装の上原ひろみが深々とお辞儀してからそれぞれの位置につき、やや間をあけてから、ピアノのマイナーコードから始まる「Warrior」。ブレイクの後、緊迫したモチーフを全楽器ユニゾンで示して曲が展開してゆきます。Simonが3台のスネアを巧みに組み合わせてフレーズを組み立てている様子が見て取れ、途中では曲は6/8拍子で進むのにハイハットだけがスクエアな4拍子を刻むポリリズムも面白く、またAnthonyのベース音もよく前に出てきていましたが、さすがにこの会場ではいかにも「PAを通した音」という音色になってしまうのは仕方ありません。
Player
Simonのスティックによるカウントから、冒頭に緊迫した曲調を持つ「Player」。速いテンポで曲が進み、早々にAnthonyのベースソロコーナーへ。彼はソロは指(それも親指を多用)で弾くことが多いのですが、ステージ左右に置かれたスクリーンに映る彼の指の太さには目を疑います。指弾きの間はピックを口にくわえているのですが、これまた特大サイズ。そんなところに目を奪われているうちに曲はスイングし始め、ウォーキングベースがひとしきり古風なジャズっぽい雰囲気を漂わせてからいきなりテンポアップして曲は倍速の駆け足に。上原ひろみがゴキゲンな笑顔で繰り出す両手ユニゾンフレーズや高速単音連打に会場が湧いて、ものすごい精度でのリズムのキメからラストまで元気いっぱいに弾き通しました。
Dreamer
Anthonyが東京スカイツリーに登りたがっているから近々連れて行ってあげたい、というMC。メンバー紹介はなぜかかみまくり、客席に笑いが広がりました。そして、ピアノの低音部の弦を右手でミュートしてのダークなフレーズに導かれる「Dreamer」。Simonが右スネアとタムを組み合わせたデリケートなフレーズを重ねて、曲は時折起伏を示しつつも夢見るように密やかに進みます。
Seeker
左手のコードでリズムを刻みながら右手でいたずらっぽいフレーズを重ねるイントロを、上原ひろみがいかにも楽しそうに客席を見たまま弾いて、リズム隊も後から軽やかに合流。何か面白いものはないかな?と街を徘徊するような愉快な気分の曲の後半でピアノとベースの掛け合いになり、盛んに煽る上原ひろみとこれに応えるAnthony。曲が終わったときに「どうだい?」という顔をするAnthonyに、上原ひろみも笑ってうんうんと頷いていました。
Flashback
ここまで4曲続けて『ALIVE』収録曲でしたが、ここで『VOICE』から緊張感溢れる「Flashback」が登場。ステージ上に光の筋が躍動し、密度の濃いリズムの上で歌いながら(?)激しいソロを展開する上原ひろみ。一転してリズムがスイング調になり、さらにポリリズムからSimonのドラムが徐々に、そしてどこまでもヒートアップ。最後は出し切った感を漂わせて、ここで3人は一旦下手に下がり休憩となりました。

15分の休憩の間にピアノが調律され、その後にピアノの上に赤いボディもおなじみのNord Lead 2が置かれました。そして再び登場した上原ひろみの衣装は、黄色い華やかなものに。

MOVE
後半は、目覚まし時計が覚醒を強制する「MOVE」からスタート。のっけからかなり荒々しい演奏である印象を受けましたが、ピアノソロ部分は部分的にラテンフレーバーを漂わせつつ「行き先は鍵盤に聞いてくれ」という感じの即興そのもののソロ。肘打ち、拳打ちも交えたピアノソロの後にSimonのドラムソロパートになると、原曲では同音程を延々続けるピアノとベースのリフレインがここではぐんぐん高さを上げてきて、これにSimonも負けじとチャイナシンバルとバスドラの連打で応戦。明らかにこれはジャズではなくロックだ、という体育会系の強烈な演奏でした。
Wanderer
ステージ上が暗くなり、背景にピンクに輝く雨が降るような照明効果がもたらされて、再び『ALIVE』から「Wanderer」。リリカルなピアノとベースの絡み、ジャジーなSimonのブラシワーク。雨がピンクから銀色に変わると、そこにはジャズクラブを思わせる洒落た雰囲気が……。やがて唐突に不安を掻き立てるリズムブレイク、曲調が変わってAnthonyのコントラバス・ギターが儚げなメロディを奏でます。
Margarita!
Simonがオクタバンと左スネアのコンビネーションでフレーズを組み立て、ブレイクの後にハイハットとスネアでリズムを刻み出すと、Anthonyのベース音があのイントロを弾き始めました。上原ひろみのNord Lead 2が珍しくストリングス音の全音符をフェードインさせてきて、頃合いを見てピアノの楽しいフレーズへ。ステージ後方からの照明がイエローとブルーの光の束を上空へと伸ばし、ルーズな雰囲気のかなり長いシンセソロへ。ピッチベンダーを多用して音を揺らし、演奏しながらスイッチを操作して音色も次々に変化させていきます。酔っ払って壊れてしまったかのようなシンセソロの後には、Anthonyのコントラバス・ギターがコード弾きやダブルストップを組み込んだソロ。そしてメインテーマに戻り、折れたスティックをSimonが素早く後ろへ飛ばすうちにも上原ひろみは妖しげな視線を客席に送りつつトリル。最後のピアノの即興部分では、立ち上がって踊りながら弾いたり、両手で超高速で掻き込み続けるような曲芸技のソロを見せて、喝采を浴びました。ちなみに、シンセサイザーを使用したのはこの日この曲だけ。
Firefly
ピアノソロ。先ほどの激しい演奏が嘘のような、どこまでも静かで穏やかな時間の流れに寄り添う叙情的な曲。ピアノを弾きながらタイトルの「蛍」を見上げる遠い目をした表情は、天に召された誰かを見上げていたのかも。
Alive
「シートベルトを、お締め下さい」というMCに続いて、最新アルバムのタイトルチューン。真っ赤な光の中でイントロが演奏された後に、上原ひろみの目がじっと間合いを測る中、Simonのタムから一気に曲へ。手のひら全部を使った激しいグリッサンドからソロパートに移り、エスニックな音階でのピアノソロに続いてSimonと上原ひろみが手数の多さを競い合うようにして曲が進みますが、2人は激しくバトルを展開しながらも「どう?」「まだまだ」といった感じで目で笑いあっている様子。戦いが最高潮に達したところでスネア連打からブレイク(ライティングもぴったり追随)し、暗黒のピアノのリフレイン上でハイハットとバスドラがリズムを刻む中、スネアロールがフェードインしてきてカオスの世界へ。最後はオープンハイハットでのロック風のリズムに乗って上原ひろみが憑かれたように激しくピアノの不協和音を鳴らすところを、リズム隊の2人によって強引に締めくくられました。
こちらはスタジオライブの映像ですが、東京国際フォーラムでは、こんな「上品」な演奏ではありませんでした。なお、基調のリズムは7拍子ですが、ピアノソロは27/16拍子。上原ひろみ曰く「シンバシ、シンバシ、タマチ、タマチ、シンバシ、タマチ、タマチ、タマチ」とカウントするとよいのだそうです。
Spirit
アンコールは、『ALIVE』収録曲「Spirit」。穏やかなピアノから入り、中間のベースソロパートではAnthonyがボリュームペダルを用いたヴァイオリン奏法で印象的なソロを聴かせます。ゆったりとした静謐なリズムを聴きながら上原ひろみの指が軽やかに鍵盤の上を行き来し、最後はリズムの遊びを見せて、大団円。

上原ひろみは終始にこやかに客席を眺め、AnthonyとSimonに視線を送り、ゆとりをもって演奏していた様子が窺えました。それだけに2012年のときのような、魂が震えるような感動を味わうことはありませんでしたが、3人のミュージシャンがステージ上で交わす濃密な対話に客席から参加させてもらえたといった、そんな幸福感に満ちたライブでした。それでももし贅沢を言うとすれば、やはりこうしたホールクラスでのライブではなく、生のピアノ音が聴けるクラブサイズで、この饒舌な3人の音を聴きたいものです。

ミュージシャン

上原ひろみ piano, keyboards
Anthony Jackson contrabass guitar
Simon Phillips drums

セットリスト

  1. Warrior
  2. Player
  3. Dreamer
  4. Seeker
  5. Flashback
    -
  6. MOVE
  7. Wanderer
  8. Margarita!
  9. Firefly
  10. Alive
    -
  11. Spirit