塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

東京バレエ団創立50周年祝祭ガラ

2014/08/30

NHKホールで「東京バレエ団創立50周年祝祭ガラ」。

東京バレエ団は1964年8月に前身の東京バレエ学校を継承するかたちで設立され、1966年に早くも海外公演をソ連(当時)で実現した後、海外からの名ダンサーの招聘と自らの海外公演を重ねつつ成長したバレエ団。当初はロシアのバレエ界とのパイプが太かったようですが、1976年に第1回を開催した「世界バレエフェスティバル」を契機に1980年代からモーリス・ベジャールの作品を取り上げるようになりました。今では日本を代表するバレエ団としての地位を確固たるものにし、特に欧州では「ザ・カブキ」などのベジャール作品を擁するカンパニーとして名を知られています。

NHKホールのロビーには、そうした東京バレエ団の歴史の長さを示すように、これまでの海外公演でのポスターの数々が掲示してありました。

私が東京バレエ団の舞台を初めて観たのがいつなのかはもはや定かではないのですが、この「50周年」のプログラムに書かれた東京バレエ団の沿革から推測すると、おそらく1985年2-3月のジョルジュ・ドン「ボレロ」公演であったろうと思います。ということは、こちらのつきあいもかれこれ30年近くということ。

定刻になり開演すると、まず1962年の銀座界隈の風景が映し出され、東京バレエ学校の校舎や指導風景、東京バレエ団の発団式、その後の公演や練習の様子が豊富な写真と映像とで示されました。ジョルジュ・ドンやモーリス・ベジャールなど今はもういない人々の顔も映し出されて感慨に耽っているうちに「さらに夢はつづく……」とのテロップが映し出されて、最初の演目へ。

ペトルーシュカ

サンクトペテルブルクの広場での謝肉祭の賑やかな情景を描き出すストラヴィンスキーの音楽が始まると、もうそれだけでわくわく。ストラヴィンスキーの曲の中でも「ペトルーシュカ」は私の大のお気に入りです。しかも生演奏!「ペトルーシュカ」はベジャール版では観たことがあるものの、バレエ・リュスのオリジナルを振り付けたミハイル・フォーキンの版を生で観るのは初めて(ビデオでは観たことがあります)なので、ここでは少し詳しく舞台進行を再現してみます。

舞台上では大勢の通行人や商人たちが行き交う中、2人のジプシー娘が大道芸の競演を始めました。上手側の娘のフェッテの見事なこと!官憲も入って収拾がつかなくなってきたとき、舞台背後の芝居小屋から見世物師が突如現れて、驚いた人々を見回しながらフルートを吹いてみせたのち、こっそり官憲に賄賂を握らせて興行を始めます。芝居小屋の幕が開くとそこにいるのは左からムーア人、バレリーナ、ペトルーシュカ。「ロシアの踊り」の始めは壁に貼り付いているように身体を固定させて足だけのダンスでしたが、途中で前に出てきて、音楽と見事にシンクロしながら踊りました。マラーホフのペトルーシュカは、両手を股の間にはさんで終止もじもじした雰囲気。

第2場はペトルーシュカの部屋で、暗い寒色系の壁と恐ろしげな絵に囲まれて煩悶するペトルーシュカ。バレリーナがやってきて喜ぶものの、結局は取り残されて嘆き、恐れの感情に取り憑かれます。一方、第3場のムーア人の部屋は、暖色系の壁に熱帯樹のデザイン。ベッドに寝転んでココナッツをもてあそんでいるところへバレリーナが入ってきてラッパマーチ、そしてバレリーナがラッパを上手袖へ放り込み、ムーア人はココナッツを下手袖へ蹴込んで、2人で人形振りのパ・ド・ドゥ。ムーア人がバレリーナをベッドへ誘い込んだところへペトルーシュカが乱入してきますが、簡単に追い出されてしまって、第4場へ。

第4場は再び広場の情景から。雪合戦、民族衣装風の乳母たちの踊り、コサック風の振付を取り入れた男性たちの踊り、熊遣い、身なりの良い商人と2人のジプシー娘の踊り、仮装した人々。次第に夕闇が迫り、それと反比例して人々の喧噪が高まってきたところへ、抜刀したムーア人に追われたペトルーシュカが飛び込んできます。相変わらずもじもじしながら逃げるペトルーシュカは、バレリーナの制止も空しくムーア人に後ろから刺されてばったり。凍り付いたようになった人々が取り囲んでいる間にマラーホフは舞台の背後へ抜け出して本当の人形と入れ替わり、見世物師が人々にくたっとなったそのおがくず人形を示すと、安心した人々は暗くなった道を帰路に就きます。独り残された見世物師も下手へ下がろうとしたとき、芝居小屋の屋根にペトルーシュカの霊が現れました。スポットライトを浴びて怒りと哀しみを訴えるペトルーシュカの姿に恐慌をきたした見世物師が下手に消えると、ペトルーシュカの霊もぐったりと力を失って、謎めいた静寂のうちに暗転します。

マラーホフのペトルーシュカの、悲しい魂を持ってしまった人形の内向的な性格描写の見事さに、まずブラボー。カーテンコールでもおずおずとした様子でカーテンの陰から顔を覗かせて、観衆の爆笑を誘っていました。しかも、音楽と振付がここまで写実的にぴったり同期している例は観たことがありません。これはよほど緻密な演出プランがあって、それに沿ってストラヴィンスキーが曲を書いたのだろうと思ったのですが、実は音楽が先で、その後に台本が書かれ、振付は最後であったということを東京バレエ団のレパートリー紹介のページで読んで驚きました。

スプリング・アンド・フォール

ドヴォルザークの弦楽セレナーデにジョン・ノイマイヤーが振り付けた作品。東京バレエ団の若手たちが清楚な白い衣装を身に着け、抽象的な水墨画を思わせる背景と、照明の効果によってもたらされる大理石のようなグラデーションの白い床の上で、あるいは群舞となり、あるいはパ・ド・ドゥとなりながら、幾何学的でいて優美なダンスを繰り広げます。唐突に駆け込んでくる乙女の鮮烈なイメージがあるかと思えば、日本人体型の男性たちのエネルギッシュな群舞が見事にばらばらだったりと、評価の難しい出来になりました。35分間が少し長く感じられたのは、そのせいかもしれません。

オネーギン

マニュエル・ルグリと吉岡美佳さんによる別れのパ・ド・ドゥ(ジョン・クランコ振付)。美しく成長し公爵夫人となったタチヤーナに、かつてその純情をないがしろにしたオネーギンが愛を求めるものの、タチヤーナに断られて絶望のうちに去ることになる場面で、セットは上手手前に机と椅子、下手奥にソファがあるだけのシンプルなものですが、さすがベテラン2人。これだけノーブルかつドラマティックに演じ、踊れるのは、この組合せならではでしょう。

ラ・バヤデール

バレエ・ブランの代表の一つ「影の王国」。全幕の「ラ・バヤデール」は2001年にレニ国のザハロワ、ルジマトフの組合せで観たことがありますが、さすがにもうそのときの様子を覚えていません。しかし、森の中とも地底とも思えるようなセットの背後に設けられたスロープをしずしずと降りてきた東京バレエ団のコール・ドたちの一糸乱れぬ群舞は素晴らしいものでした。ニキヤを踊る上野水香さんのすらりと180度上がる足や美しく安定したターンは彼女ならではでしたし、ソロルの柄本弾の大きなワルツに乗った大きな跳躍と回転も見事でしたが、コール・ドがこれだけ揃うとそれだけで十分な感動を与えてくれるということを実感した舞台でした。

ボレロ

シルヴィ・ギエムが踊る「ボレロ」を観るのは何度目なのか……。すぐには答が出ないくらい、彼女の「ボレロ」を何度も観ているのですが、今回、今までの「ボレロ」とは違うものを感じました。これまで観たギエムのメロディは、彼女が乗る赤い丸テーブルの周りを囲むリズムたちをその気迫のこもった表情と振付で支配し、その力で自らも燃やし尽くすようなエネルギッシュなものでしたが、今回のメロディはどこかに暖かく包み込むような穏やかなオーラを湛えていたような気がします。それがギエムの円熟度のせいなのか、たまたま観ている私の席が遠かったからそう思えただけなのかはわかりませんが、もし彼女が来年末に予定されている引退公演の中で再び「ボレロ」を踊ることがあるなら、その答も明らかになることでしょう。

熱狂した観客からの拍手と歓呼を受け、「ボレロ」出演者に加えてこの日出演した全員と指揮者が舞台に集まり、その上に金色の箔が降り注ぐ中、数度にわたるカーテンコールを経てこの日の公演は終了しました。

入口で配られていた大入袋を帰宅してから開いてみたら、ミニサイズの手元灯が入っていました。なんで?と思いましたが、もしやこれ、舞台上でも暗いところで使われているのでしょうか。

配役

ペトルーシュカ ペトルーシュカ ウラジーミル・マラーホフ
バレリーナ 川島麻実子
ムーア人 森川茉央
シャルラタン 高岸直樹
スプリング・アンド・フォール 沖香菜子-梅澤紘貴
村上美香 / 吉川留衣 / 岸本夏未 / 矢島まい / 河合眞理 / 三雲友里加 / 岡崎隼也 / 森川茉央 / 安田俊介 / 杉山優一 / 永田雄大 / 吉田蓮 / 原田祥博 / 岸本秀雄 / 入戸野伊織
オネーギン
第3幕のパ・ド・ドゥ
オネーギン マニュエル・ルグリ
タチヤーナ 吉岡美佳
ラ・バヤデール
影の王国
ニキヤ 上野水香
ソロル 柄本弾
第1ヴァリエーション 吉川留衣
第2ヴァリエーション 渡辺理恵
第3ヴァリエーション 乾友子
ボレロ シルヴィ・ギエム
森川茉央-杉山優一-永田雄大-岸本秀雄
指揮 ワレリー・オブジャニコフ
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
ピアノ 菊池裕介(「ペトルーシュカ」)