ミケランジェロ展

2013/09/08

昨日の「ルーヴル美術館展」への途上で見かけたのが、国立西洋美術館で開催したばかりの「ミケランジェロ展」の広告。実は、つい最近飲み会の話題の中でミケランジェロの「ダヴィデ」の話をしたばかりだったのでこれは見なければと思ったのですが、昨日は「ルーヴル美術館展」だけで手一杯だったので、この日再び上野へ足を運びました。

今回の展示は、ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)の子孫(ミケランジェロは生涯未婚だったので、彼の甥の系譜)がミケランジェロの住居であったフィレンツェのカーサ・ブオナローティに所蔵して代々引き継いできたコレクションを紹介するものです。

……といっても、まさか「ピエタ」や「ダヴィデ」を持ってくるわけには行かないし、もちろんシスティーナ礼拝堂の天井画や祭壇壁画も同様。というわけで、この展覧会の主たるコンテンツは素描と書簡ということになります。

展示の構成は、次の通り。

  1. 伝説と真実:ミケランジェロとカーサ・ブオナローティ
  2. ミケランジェロとシスティーナ礼拝堂
  3. 建築家ミケランジェロ
  4. ミケランジェロと人体

「伝説と真実:ミケランジェロとカーサ・ブオナローティ」のコーナーでは、ミケランジェロが甥のレオナルドに宛てた手紙(複数)や食べ物のスケッチと3種のメニュー(肉料理を含まない質素なもの)の後に《レダの頭部習作》(1530年頃)が置かれていました。当時の伝統に従って弟子(男性)をモデルにした頭部の左下に、長い睫毛など女性的な要素を加えた目から鼻筋にかけての素描が置かれた、たいへん美しいものです。この習作をもとに制作された《レダと白鳥》は後世に猥褻であるとして焼却されてしまいましたが、ミケランジェロの作品の模写が伝わっており、会場にもそのひとつが展示されていました。

続く「ミケランジェロとシスティーナ礼拝堂」のコーナーは、今回の展示の中で最も重要なパートでしょう。旧約聖書から〈天地創造〉〈アダムとイヴ〉〈ノアの洪水〉に由来する9つの場面を描き出し、その周囲に預言者や巫女、イスラエルの民の救済のエピソード等が配置された広大な天井画は、ミケランジェロが30代のときの作品ですが、自分を彫刻家であると自任していたミケランジェロにとっては好ましいオーダーではなかったそうです。そして習作の多くはミケランジェロ自身の意思によって焼却され、現存している習作は極めて断片的なものばかりですが、会場には天井画の全体を見渡せる図版が置かれて見る者の理解を助けていました。一方、新約聖書の〈最後の審判〉を描いた祭壇壁画はミケランジェロ66歳のときに完成したもので、暗めの青い空にイエスを中心にして浮かぶ膨大な人物が、ある者は天国に召され、ある者は地獄へと落とされて、全体として渦を巻くようなダイナミックな群像図になっています。こちらは全体の構成を示す習作が残されており、さらにやはり祭壇壁画全体のレプリカあり。そして、システィーナ礼拝堂の内部を撮影した鮮明な映像作品も放映されていて、その美しさには息を飲みました。確かにこれは、これを見るだけのためにヴァチカンまで飛ぶ価値がありそうです。

「建築家ミケランジェロ」のコーナーで、発注主である教皇クレメンス7世に対して大理石が届かないこと、自由に制作させて欲しいことを直訴する赤裸裸な手紙を見た後、最後の「ミケランジェロと人体」のコーナーで今回の展示の目玉とも言える大理石の薄肉浮彫《階段の聖母》(1490年頃)に出会いました。階段に腰掛けて、幼子イエスに乳を含ませながら遠くをぼんやりと見つめる聖母マリアの姿は聖母子像としては極めて異色ですが、ミケランジェロはこの作品を15歳頃に制作していることから、彼が青年時代から独創的な表現方法を追求していたことがわかります。また《クレオパトラ》(1535年頃)は、蛇に乳房を噛ませて自ら命を断つ女王の気品と覚悟を表わす格調高い素描ですが、1988年に裏打ちが除去されて現れたもう一人のクレオパトラは茫然自失の表情を示していて、ミケランジェロがなぜこのようなものを描いたのか意図不明。そして、円空仏を連想させる未完の小さな木像《キリストの磔刑》(1563年)にミケランジェロ最晩年の枯淡の境地を見て、終了。

このように、ミケランジェロの89年にわたる生涯のかなりの部分をカバーした作品・史料群を展示した展覧会でしたが、彫刻家としてのミケランジェロへの目配りは意外にも希薄でした。そこで年譜を見てみると、《ピエタ》が制作されたのはミケランジェロが25歳のとき、《ダヴィデ》は29歳のとき。まさしく早熟の天才であったことがわかりますし、その後60年間にわたり創作を続けた持久力にも、驚嘆しないわけにはいきません。

左=《階段の聖母》 / 右=上から《レダの頭部習作》《クレオパトラ》《キリストの磔刑》