宗八 / 杜若

2013/05/17

国立能楽堂の定例公演で、狂言「宗八」と能「杜若」。この日、国立能楽堂の前庭はカキツバタならぬサツキがきれいでした。

宗八

今も昔も転職というのはリスキー……かどうかはさておいて、これは元料理人で出家になったばかりの男と、元出家で料理人になったばかりの男=宗八の話。有徳人(深田博治師)が掲げた料理人と出家を雇う旨の高札に応じて、まずやってきた墨染頭巾姿の出家(野村萬斎師)は最近料理人から転職したばかり。経も読めないで食にも事欠く有様でしたが、無事有徳人に雇われました。次いでやってきた裃短袴の宗八(石田幸雄師)も同様に出家を辞めて料理人はなったものの生活に行き詰まっていたところでしたが、これまた有徳人に迎えられます。有徳人は山一つ向こうへ用事で出掛けることになり、脇座に澄まして座っている出家へ経巻を渡してこれを声高らかに読んでおくようにと言いつけると、出家は「げっ!」という顔をしながらも経巻を受け取りました。ついで常座に座る宗八の前には後見から受け取った分厚いまな板(その上には二尾の魚と庖丁・真魚箸)が置かれて「鮒のなます」と「鯛の背切り」を作るよう命じられました。

橋掛リを下がっていった有徳人をひっそり見送った二人は、有徳人が遠ざかったのを見極めて緊張を解き「これはいかなこと」とそれぞれにボヤき始めます。出家は四角い漢字ばかりの経なんか読めないし、宗八は魚の生臭さに辟易する始末。それでも宗八は果敢に庖丁を取り出し、思い悩んだ末に一気に魚の頭を落とそうとしたのですが、それを見た出家が「うわ!」と慌ててストップを掛けました。ここから二人は打ち解けて身の上話を交わし、それなら互いに教え合うことにしようと居場所を交替。このあたり、いかにも狂言らしい登場人物の人の良さが楽しいところです。まず経巻を開いた宗八は、「摩訶般若波羅蜜多しんぎょう〜」と唱えたあとは「んにゃらんにゃら」と見所にとっては怪しげな読経の声を続けましたが、舞台上の出家は「自分もあのように読めるようになりたいものだ」と感心することしきり。次いで出家は宗八に有徳人が何を作れと言ったのかを確認しては、魚の鱗を落とし頭を切り取り三枚に下ろしたり筏に切ったり。「鱗をふく」「魚頭をつぐ」といった料理用語を知らない宗八に「ふわっふわっふわっ」と大笑いしながらも出家は丁寧に説明をしながら魚を捌いていくのですが、この魚の作り物は確かに鮒は小さく、鯛は大きく赤く、そして口のあたりに輪っかがついていて出家はそこに箸を入れてまな板上で巧みに引っくり返したりします。そうやって最初は互いに教え合うという話だったのに、次第に自分の得意の仕事に夢中になっていってしまい、宗八は一心不乱に経を読み、出家も楽しげに庖丁を使い続けて見所へ笑いが広がるところへ有徳人が帰ってきたために二人は大慌て。出家は脇座に戻って経を読むフリをするもののその手にあるのは鯛ですし、宗八がまな板の上で庖丁を使おうとしているのは魚ではなく経文。最後は先に逃げていった出家の後を追うように宗八も橋掛リを追い込まれていきました。

杜若

在原業平を主人公とする『伊勢物語』の東下りの段を下敷きとした、金春禅竹作の比較的シンプルな曲。登場人物は二人きりで、中入もなく舞台上での物着によりシテが里の女から杜若の精へと姿を変えるという点がちょっと変わっています。冠と長絹を身にまとったシテが舞う長いクセ舞とその後の序ノ舞を見どころとし、優美な中にもところどころにはっと息を飲むような具象的な形を示して、舞台の周囲に杜若の咲き乱れる様を現出させる、季節感の強い曲です。

都を出て東国行脚を志すワキ・旅僧(高安勝久師)。道行の詞章を経て三河の国に着いたことが述べられ、そこに今を盛りと咲き乱れる杜若の様子を愛でながら脇座へ下がろうとするワキの背中へ、鏡ノ間からシテ(金森秀祥師)が声を掛けました。その声に応じたワキの問いに答えて、シテはここが三河の国八橋という杜若の名所であること、さらに伊勢物語に詠まれた歌で有名であることを語りながら橋掛リをゆっくり渡ってきます。その歌とはもちろん、高校の古文の授業で誰でも馴染みがあるはずのこの歌です。

らころもつつなれにしましあれば るばるきぬるびをしぞおもふ

東国へ向かう在原業平が都に残してきた思い人を思って悲しむこの歌の「遥々」あたりで舞台に入ったシテの姿は、面は幻想的な表情を湛えた節木増、そして落ち着いた色合いの唐織着流です。在原業平を偲ぶシテとワキとの掛け合いが続いて、シテはワキを自分の庵に誘いました。ここで、ワキは脇座に着座し、シテは後見座に下がって物着。囃子方の穏やかな奏演を聴きながら待つことしばしで、立ち上がったシテが振り返ってみれば、その姿は紫の地に金の扇と白の藤花をあしらった美しい長絹をまとい、頭上には高貴な垂纓冠。その姿を不思議に思ったワキが尋ねると、シテはこれこそこの歌に詠まれたる唐衣、高子の后の御衣にて候へ、またこの冠は業平の、豊の明の五節の舞の冠なれば、形見の冠唐衣、身にそへ持ちて候ふなりと答えます。高子の后とは、在原業平との間に禁忌の恋があったとされる清和天皇女御・藤原高子のこと(史実かどうかは不明。そもそも『伊勢物語』の主人公である「昔男」が在原業平であるというのも言い伝えに過ぎません)。そしてシテは、自分は杜若の精であると明かし、在原業平は歌舞の菩薩の化身、その詠歌は仏の説法の妙文であると語ると、『伊勢物語』を下敷きとしたクリ・サシに続いて、昔男の東下りを謡う長大な二段クセを舞いました。

このクセは前後二つの内容に分かれていて、一ノ上羽を経て妻しあるやと思ひぞ出づる都人までは東下りの情景をそのまま謡い、シテの舞はゆったりと舞台を廻るだけのおおらかなもの。いったん地謡がスローダウンして「都人」で謡を止めた後、然るにこの物語から二ノ上羽を経ての後半は、業平が陰陽の神であり多くの契りを交わしたのも衆生済度の方便であると謡われて、シテの動きにも水底を見回したり機敏に袖を返したりとダイナミズムが増してきます。そして太鼓が入り、花前に蝶舞ふ、粉々たる雪柳上に鷺飛ぶ、片々たる金とシテと地謡が対句を謡い交わした後、太鼓のリズムキープの上で序ノ舞が舞われました。前半はゆったりとどこまでも優美に、後半は動きにメリハリをきかせて舞うシテは、杜若の精でもあり在原業平でも高子の后でも、さらには歌舞の菩薩や陰陽の神でもあり、たおやかな序ノ舞の中にはそうしたいくつもの人格が表現されていたのかもしれません。

舞い終えたシテは正先に腕を組んで下居すると杜若の咲き広がる様を見下ろす形を示し、その生々しいまでに迫り来る存在感に見所が気圧されているうちに夜明けとなって、常座に立ち戻ったシテは袖を返し留拍子を踏むと、最後の太鼓の留撥と共に袖を翻しました。

なお、『伊勢物語』の東下り(第九段)に出てくる杜若のエピソードは、次のとおり。

昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国八橋といふところに至りぬ。そこを八橋といひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ」と言ひければ、よめる。

唐衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ

とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。

いわば都落ちをして東国を目指したものの、つい都に残した妻を思う歌を詠んでしまった男に同行の者も同情して涙を流したという話ですが、この後、男はさらに駿河を経て武蔵と下総の境に達します。

なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ、魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥」と言ふを聞きて、

名にし負はばいざこと問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

言問橋の名の由来にもなったとされる、この有名な都鳥のエピソードは、先日観た「隅田川」の中で重要なモチーフとして用いられています。それにしても、杜若の歌といい都鳥の歌といい、どちらも遠く都の妻を思う旅愁の歌ですが、それなら最初から都を出なければよいのに……と言っては身も蓋もないでしょうか?どうも、「妻」「思ふ人」に事寄せて優雅な都の暮しを捨ててきたことを後悔しているだけのように読めなくもないのが気になるのですが。

配役

狂言(和泉流)「宗八」 シテ・宗八 石田幸雄
アド・有徳人 深田博治
小アド・出家 野村萬斎
 
能(宝生流)「杜若」 シテ・杜若の精 金森秀祥
ワキ・旅僧 高安勝久
主後見 東川光夫
地頭 金井雄資
一噌隆之
小鼓 久田舜一郎
大鼓 柿原弘和
太鼓 金春國和

あらすじ

宗八

出家と料理人を抱えるという高札に、元料理人で最近出家になったばかりの男と、元出家で最近料理人になったばかりの宗八がやってきて抱えられる。主人は出家に読経、宗八には魚をさばくように命ずるが、二人はお互い今の仕事のことはまだよくわからずとまどう。しかし、お互い事情がわかり打ち解けた二人は、それぞれ教え合うことにしてひとまず仕事を取り替えたが、そこに主人が帰ってきてしまう。

杜若

東国行脚を志す僧が、三河国八橋に着き、沢辺に咲く今を盛りの杜若を愛でていると、里の女が現れる。女は、在原業平が『かきつばた』の五文字を句の上に置き、「から衣きつつ馴れにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ」と旅の心を詠んだ故事を語る。日が暮れ、女は僧を自分の庵に案内すると、そこで装いを替え、美しい唐衣を着て透額の冠を戴いた姿で現れる。唐衣は先ほどの和歌に詠まれた高子の后のもの、冠は歌を詠んだ業平のもの、と告げ、この自分は杜若の精であると明かした女は、伊勢物語に記された業平の恋や歌を引きながら舞を舞い、夜明けと共に姿を消す。