山口晃展

2013/04/20

何かの記事で、山口晃という1969年生まれの画家が昨年11月に平等院養林庵書院に襖絵を奉納し、返す刀で横浜そごうで個展を開くということを知り、興味を持っていました。よくしたもので、展示期間初日のこの日は夕方から川崎に用事があり、横浜・川崎巡回コースとすることができたのです。

会場に着いてみると、何やら激高した様子の年配の男性客がチケットの払い戻しを受けているところ。何?と訝しみながらチケットを購入すると、ちょうど今、山口晃氏が会場内の一画を区切ってサイン会中で、その展示室内の作品は見ることができないとの説明を受けました。なるほどこれか……とは思ったものの、せっかく足を運んだのだからと構わず中に入りました。

山口晃氏の作品の主体をなすのは、大画面を細密に埋め尽くす鳥瞰構図の情景の中に「和」という一点だけを共通項にして古今あらゆる時代が同居している図幅の不思議さと面白さ。合戦の様子を描いた《當世おばか合戦》では、中央の赤いクレーンに吊り下げられた巨大骸骨ロボットが顔面から炎を噴き上げながら大長刀を揮い、その右手に控える騎馬隊が乗っているのは馬の首をつけたバイク。幔幕の裏にはやあやあといった感じで列車を下りてきた恰幅のいいダブルの背広の紳士が足軽の丁重な出迎えを受け、画面左上の端ではカメラを構えた人物がひっそりと首を落とされているといった具合ですし、《厩圖2004》では、やはり馬型バイク数台を繋いだ厩の手前廊下に烏帽子の男もいれば前髪を残した若衆が男友達にしなだれ掛かりながら馬バイクのカタログを見ていたり、縁側の反対で背中を向けている男がノートパソコンを開いていたり。こうした中世日本風の絵もあれば時代を下らせて都市を描いた絵の一群もあって、《東京圖》では攻殻機動隊を連想させるような近未来と近過去(江戸〜明治期)が混在した東京の姿が見下ろされ、一方《百貨店圖》で描かれる日本橋は高速道路の上に強烈な角度の太鼓橋を掛けて、その上を江戸装束の人々が闊歩していたりします。

こうした鳥瞰図では見知った地域の中に自分のランドマークを探す楽しみもあり、《東京圖 広尾―六本木》の中に母校・麻布学園を探したり、一方の壁面を覆う大きさの《Tokio山水(東京圖2012)》では豊洲の現勤務先を見つけたり。そう言えば後者では東電のビッグドラムも描かれていましたが、その近くには原子力発電所が。これらの作品のすべてに「和」の美を感じるのは、絵巻物風の構図もさることながら、繊細にして明瞭かつ揺るぎのない輪郭線と伝統的な中間色系の色遣いのなせる業でしょう。見ていて心地よく、楽しく、ところどころドキリとさせられる、そんな大和絵風な作品の数々に目が釘付けになりました。

もちろんこうした大作ばかりではなく、紙に鉛筆ですっきりと仕上げられた《門前みち / 軍艦》や、電柱の碍子・変圧器の伝統的装飾や腕金の形状などで華道的考察を試みる《自由研究》等エスプリの効いた作品にもにやりとさせられる他、木の枠組みとプラスチックの波板で作られた《携行折畳式喫 茶室 2002》(井戸の代わりに洗面器、炉と釜の代わりにコンロとヤカン)のような三次元の作品や、五木寛之とドナルド・キーンの著作に添えられた一種漫画風の挿絵も展示されていました。

さらに会場の奥まったスペースでは「山愚痴屋澱エンナーレ2013」と題して、インスタレーションあり映像ありの多彩な〈一人国際展〉が開催されていました。これまでの「和」を遠く離れた雑多(失礼?)な作品群の中で目を引いたものと言えば、標識を斜めに読み解く《解読》シリーズの「夏休み」(駐車マークの「P」←妊娠?)とか、《サウンドロゴ》の「NEET my own way of life」(「カネボウ for beautiful human life」風に読み上げられる)とか、《アート書道》の「これでいいのか・・・」とか、一つ一つ個性を持った部屋の中から窓の外を見る景観を横スクロール映像で延々とループさせた《千軒長屋》とか。ちなみに「山愚痴屋澱エンナーレ2013」には独立したリーフレットがあり、そこに掲載された作品紹介ではもちろん作者はすべて「山口 晃 Yamaguchi Akira」なのですが、そのプロフィールは「1969年生まれ」「東京生まれ」「群馬県桐生市に育つ」「東京在住」という四つの要素を様々に組み合わせて異なる人物風に仕立ててあり、これまた笑えます。

なお、冒頭の激高氏が見損ねたサイン会会場は思ったより早く開放されて中に入ることができましたが、そこに展示されていた作品は澁澤龍彦の『菊燈台』の挿絵でした。悪党塩田主に売り飛ばされた少年は、その娘の美少女の奴隷(燈台)にされ、夜毎少女の快楽に奉仕させられるというストーリー。絵柄も打って変わってこれはまた、なんと耽美的な……。この画家の芸域の広さを思い知らされました。