マウリッツハイス美術館展

2012/08/13

国立西洋美術館「ベルリン国立美術館展」から引き続き、徒歩5分の東京都美術館で「マウリッツハイス美術館展」へ。こちらの目当てはもちろん、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》。フェルメールのはしごです。

新装なった東京都美術館の手前には、約30分待ちという看板。30分なら十分に許容範囲ですが、平日の昼間でこれですから、週末などは推して知るべしです。美術館の中でチケットを買って入館待ちの列の最後尾に並びましたが、小振りの冊子になった出品作品リスト(無料)を列に並んでいる間に読めるようになっていて、退屈することはありませんでした。これは気の利いたサービスですね。

展示の構成と、それぞれのコーナーでの代表的な作品は、次の通りです。

第1章 美術館の歴史
オランダのデン・ハーグにあるマウリッツハイス美術館は、17世紀半ばにナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツの私邸として建てられた建物で、ここにオランダ総督ウィレム5世とその子のオランダ初代国王ウィレム1世のコレクションを集めて1822年に美術館としたもの。規模は大きくないものの、オランダ絵画を中心に数々の名品を集めており、特にフェルメールは3点(《ディアナとニンフたち》《デルフトの眺望》《真珠の耳飾りの少女》)がここにあることで有名です。このマウリッツハイス美術館が2012年から2014年まで改修工事で一次休館するのに伴い、真珠の耳飾りの少女の極東への旅が決まったというわけ。立派な押し出しの《ヨーハン・マウリッツ胸像》や《オラニエ公ヴィレム5世の肖像》、《マウリッツハイスの景観》といった、この美術館にゆかりの作品がイントロダクション的に並びます。
第2章 風景画
ヤン・ファン・ホーイエン《ホーホエルテン近郊のライン川の眺望》、サロモン・ファン・ライスダール《帆船の浮かぶ湖》、ヤーコブ・ファン・ライスダール《漂白場のあるハールレムの風景》に見られる、画面の大半を占める雲の多い、高い空の下に広がる平坦な大地や海という構図は、オランダ風景画の典型的な構図。特に、《漂白場……》の空に浮かぶ鳥の群れや遠景の聖堂が画面に果てしない広がりを与えているのが印象的です。
第3章 歴史画(物語画)
歴史画の巨匠ルーベンスと言えば『フランダースの犬』。アントワープの聖母大聖堂でネロがたびたび祈りを捧げたのが主祭壇の《聖母被昇天》で、その下絵がこのコーナーに展示されています。左下から右上へと昇天していく聖母がダイナミックな筆致と構図とで躍動的に描かれていて、迫力あり。レンブラント《スザンナ》は、この画家の特徴である強いコントラストの明暗の中に対象の内面(ここでは恐怖)を浮かび上がらせていて見応えがあります。同じレンブラントの25歳頃の作品である《シメオンの賛歌》もまた、暗く広い建物の中でその一点だけにスポットライトが当たった中央にいる幼子イエスとこれを祝福するシメオンという劇的な構図をもち、その細密な技巧と相俟って、レンブラントがかなり早くから自分のスタイルを確立していたことがわかります。そしてこのコーナーには、フェルメールが画家としてのキャリアの初期に手がけた歴史画の作品《ディアナとニンフたち》も置かれていました。この作品は2008年の『フェルメール展』で見たことがありますが、あらためて見てみると画面全体から伝わる穏やかな雰囲気は後の作品にも通底するものがあって、前に見たときの「暗い」という印象を改めることになりました。
第4章 肖像画と「トローニー」
トローニーというのはオランダ語で「顔」という意味ですが、美術用語としては、依頼主などそこに描かれる人物を特定しない頭部の習作のこと。フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》は、まさにこのトローニーの傑作ということになります。単独の暗い部屋を与えられたこの絵は、間近を足早に通過しながら見る列と少し離れたところから肩越しにはなるものの立ち止まって見ることが許される列とのふたつのパターンで見られるようになっていました。私が選んだのは当然、後者。離れているといっても3mくらいの距離でかなりじっくりと見ることができましたが、確かにこの作品は魅力的。フェルメールの他の作品の多くに見られる屋内の調度などの道具立てを一切排して、主人公の半身だけが切り取られてそこに描かれており、そのウルトラマリンのトルコ風ターバンのエキゾチシズム、光沢を放つ大きな(大き過ぎるくらいの)真珠と、これと対をなすように光の点で飾られた赤い唇、そして何よりまっすぐに鑑賞者を見つめてくる魅惑的な眼差しには息を飲みます。たとえば《真珠の首飾りの少女》では主人公は自分の世界の中で何らかの意図をもった動きをしており、その様子を鑑賞者は画面のこちら側から覗き見てあれこれと想像をたくましくすることになるのですが、この《真珠の耳飾りの少女》ではダイレクトに少女と自分とが見つめ合うことになって、ドギマギさせられるばかり。この作品がフェルメールの作品の中でもとりわけ人気が高いのも、なるほどよくわかります。なお、フェルメール以外の作品ではフランス・ハルスやレンブラントの肖像画・自画像なども価値のあるものでしたが、しばらくは《真珠の耳飾りの少女》の残像に心の中を支配されてしまいました。
第5章 静物画
オランダ静物画はかなり好きなジャンルで、いくら見ても見飽きるということがありません。陰翳の豊かな画面に圧倒的な技量によって超写実的に描き分けられる素材の質感、描かれた対象の暗喩を読み取る謎解きの楽しみ。アーブラハム・ファン・ベイエレン《豪華な食卓》ではテーブルの上のさまざまな果物のつやと金属器の光沢に目を見張ります。よく見れば、中央の水差し(?)にはこの絵を描いている画家自身の姿がうっすらと反射して写っていたりして、かなり芸が細かい!また、ピーテル・グラースゾーン《ヴァニタスの静物》はタイトルのとおりヴァニタス(空虚、はかなさを意味するラテン語)を主題として《豪華な食卓》とは対極をなす死の予感を描いた作品ですが、ここでもテーブルクロス、陶製のランプ、時計(金属)、ガラスのコップ、板に挟まれた傷みかけた紙の束、その上の羽ペンと髑髏とありとあらゆる素材がまさにそれらしく描かれていて、写真を見るようです。
第6章 風俗画
酒池肉林!といった趣きのヤン・ステーン《親に倣って子も歌う》が抱腹絶倒。その他、楽しげであったり意味ありげであったりするそれぞれの絵の中には多くの場合、不徳を謹み浪費やふしだらを戒める教訓が織り込まれていて、それを読み解くのも面白いのですが、ヘラルト・テル・ボルフ《手紙を書く女》やニコラース・マース《レースを編む老女》の静謐な画面もまた、好ましいものでした。

入場制限を行っているだけあって、館内はごった返すことなく比較的空いており、ひとつひとつの作品をゆっくり見ることができました。この展覧会の音声ガイドのナレーションは、メインは男性でしたが、いくつかの絵については武井咲さんのナビゲーションつき。「ベルリン美術館展」の小雪さんもよかったですが、武井咲さんも真珠の耳飾りの少女に扮していい雰囲気を出していました。その《真珠の耳飾りの少女》はさすがに大人気でしたが、上述のとおり少し遠くからであれば問題なし。たぶん、10分近くはそこに立ち尽くしていたでしょう。全体を通しても、点数は多くはない(全48点)ながら充実した内容の展覧会で、大満足です。そして、気分よく最後のコーナーを終えてグッズ売場に出たときに、そこで待っていたのがこの子。

つい、買ってしまいました。「耳飾り」のはずが頬飾りになってしまっているのは、ご愛嬌です。で、レジで支払いをしていたら、これに目を止めた若い女性二人組が大喜び。

「かわいい〜!でもいらな〜い!」

なぜだ!