ベルリン国立美術館展

2012/08/13

夏休みを一日とって、国立西洋美術館で開催中の「ベルリン国立美術館展」へ。目当てはフェルメールの《真珠の首飾りの少女》でしたが、それはベルリン国立美術館群の壮大なコレクションの一部に過ぎませんでした。

19世紀、プロイセン帝国の首都ベルリンに置かれた国立美術館は、その財力を背景としてヨーロッパ美術史のみならずイスラム・アジア美術までもカバーする膨大なコレクションを築き上げました。現在、これらの美術品はベルリンに点在する15のそれぞれに特色のある美術館を束ねた「ベルリン国立美術館群」に受け継がれており、その中から今回、15世紀から18世紀までのヨーロッパ美術を総覧する、というコンセプトで絵画33点、彫刻45点、素描29点が日本に渡ってきていました。

展示の構成と、それぞれのコーナーでの代表的な作品は、次の通り。第1章から第5章までは「ルネサンスからロココまで」と題されて絵画と彫刻を展示し、第6章のみは素描のコレクションを展示しています。

第1章 15世紀:宗教と日常生活
まず目を引くのが、フィレンツェのドナテッロの工房作、大理石の彫刻《聖母子とふたりのケルビム》。ついでピントゥリッキオの絵画《聖母子と聖ヒエロニムス》。厳粛でありながらも生身の肉体と情感の表現を持つ親密な母子の姿はこれらに限らず繰り返し描かれ、また聖書のラテン語訳を成し遂げたことで知られるヒエロニムスやその他の聖人の姿も重要なモチーフとして様々に描かれます。これらは伝統的な聖書の世界観を具象化したものですが、一方、リーメンシュナイダーの木彫り《龍を退治する馬上の聖ゲオルギウス》に代表されるゲオルギウスのモチーフは、イスラムとキリスト、旧教と新教、科学と宗教の対立を象徴していると解説されていました。それにしてもこの《龍を退治する馬上の聖ゲオルギウス》の聖ゲオルギウス、全体のプロポーションといい顔のつくりといい、そのまま『トイ・ストーリー』に登場してもおかしくない感じ。
第2章 15-16世紀:魅惑の肖像画
ドイツやフランドルの商人が、芸術のパトロンとしても台頭してきた時代の作品群。デューラーによる《ヤーコプ・ムッフェルの肖像》のように、制作依頼者の内面までも描き、それを後世に伝える肖像画や彫刻が並んでいました。
第3章 16世紀:マニエリスムの身体
ルネサンスからバロックへ移行する時期の、マニエリスムと呼ばれる様式の作品。その特徴は長く延びた人体、手足の長いプロポーション、ねじれや回転を含んだ動きやポーズなどで、クラーナハ(父)が描いた《ルクレティア》(上野水香さんにそっくり!)やいくつものダイナミックなブロンズ像がそうした様式の特徴を一目瞭然に示しています。
第4章 17世紀:絵画の黄金時代
このコーナーが、本展覧会の白眉。ベラスケスの若い頃の作品《3人の音楽家》やルーベンスの珍しい風景画《難破する聖パウロのいる風景》も貴重ですが、ジョルダーノ《エウクレイデス》《アルキメデス》の深い人物描写やデ・ヘームの《果物、花、ワイングラスのある静物》の超細密描写に続いて、レンブラントの《ミネルヴァ》とレンブラント派(四半世紀前までは真筆と思われていた)の《黄金の兜の男》における闇とスポットライトの明暗効果に息を飲み、そしていよいよフェルメール《真珠の首飾りの少女》との対面。覗き見るような視界の中で、奥に広い壁、左側の窓から入る柔らかな光を受ける登場人物というおなじみの構図の中で、壁に掛かった鏡に向かって真珠のネックレスに付いたリボンをつまみ上げて見せる美しい女性。彼女の装いや仕種も表情も、背後の空白の壁や鏡の下で影に包まれている中国の磁器の光沢も、さらには前景の椅子も、つまりこの絵の中の全てが、この絵が描いている今この瞬間の前後に一連のストーリーがあることを暗示していながら、その卓越した技法にもかかわらず謎めいた曖昧さと不安定さを湛えたフェルメールの描き方に答を得られずに考え込まされてしまいます。そうしたフラストレーションもまた、フェルメールの絵の魅力のひとつでもあるのですが。
第5章 18世紀:啓蒙の近代へ
ディルの彫刻《戴冠の聖母》の砂岩の質感がそのまま生きた厳しい表情と緊密なポーズと、柔和で可愛らしいとさえ思える表情を示すシナールのテラコッタ《ジュリエット・レカミエ夫人の胸像》が、雰囲気は対照的ながらそれぞれにとても魅力的。配列の都合(?)で第6章の後に置かれたシャルダン《死んだ雉と獲物袋》の凄惨な写実やウードンの大理石によるレリーフ彫刻《死んだ鳥のいる静物》《エビと魚のある静物》の素晴らしい技巧は、モチーフは全く異なってはいるものの、上記二つの女性像と同様、対象の核心だけを切り取るような一種の鋭利さを感じさせます。
第6章 魅惑のイタリア・ルネサンス素描
様々な素描が並ぶ中で、鳥獣戯画的な賑やかさを醸し出しているボッティチェッリ《地上の楽園、ダンテの罪の告白、ヴェールを脱ぐベアトリーチェ(第31歌)》が目を引きますが、一種のコラージュのように画面を様々な人物像で埋め尽くしたミケランジェロの《聖家族のための習作》は圧巻。ミケランジェロは、素描でもやはり凄かったという話。ラファエッロの《幼児キリストと洗礼者聖ヨハネ(《インパンナータの聖母》の習作)》に描かれた二人の幼い人物の生き生きとした表情も、同様に必見です。

小雪さんのナレーションによる音声ガイドを聞きながらこれらの作品をゆっくりと見て回りましたが、さすがベルリン、ヨーロッパの歴史を自分たちが囲い込んでしまおうという強靭な意図が随所に感じられる充実の展示でした。

それにしても、この日は暑い!この人も炎天下の中での考え事は、つらそうでした。

続いて、ここから徒歩5分の東京都美術館へ移動。マウリッツハイス美術館展を見るためで、やはりフェルメールの《真珠の耳飾りの少女》が目玉です。