白鳥の湖(シュツットガルト・バレエ団)

2012/06/06

東京文化会館に入ってみると、キャスト変更のお知らせ。この日オデットを踊るはずだったマリア・アイシュヴァルトが足を傷めてしまって、急遽アンナ・オサチェンコにスイッチすることになり、これに伴いジークフリート王子役もマライン・ラドメーカーからエヴァン・マッキーになるというものです。正直に言うと、シュツットガルト・バレエ団のプリンシパルの名前には(フリーデマン・フォーゲル以外)予備知識がなく、この交代がどういう意味をもつのかよくわかりませんでした。それにしても、買い求めたプログラムでプリンシパルダンサーのプロフィールを見てみると、女性の出身地は紹介ページの左から順にスペイン、カザフ、韓国、韓国、アメリカ、カザフ、ドイツ。男性の方はポーランド、イギリス、カナダ、イギリス、オランダ、カナダ、ドイツといずれも国際色豊かで、今回交代することになったオデット役の女性二人は、いずれもカザフスタン出身でした。

定刻になったところで、舞台上に芸術監督のリード・アンダーソン氏が登場し、上記の交代の経緯を丁寧に説明してから、開演。

第1幕。酒飲みの家庭教師を狂言回しに賑やかな楽しい屋外での集い、そこへ顔を隠した手相見の老婆が現れてあれこれと予言。なんだかんだと一悶着あって老婆が人々に取り囲まれると、次の瞬間王子に変身しているという演出があって、この悪戯の中に王子の屈託のなさ、あるいは幼さが示されています。王子の短いソロの後に男性5人のダンスがあり、王子の友人ベンノが一際大きな回転技を見せて喝采を浴びました。その後も王子と5人の女性の流れるようなダンスを皮切りに、チャイコフスキーの美しい民族的な旋律に乗ってさまざまな組み合わせの充実したダンスが、徐々に熱を帯びながら繰り広げられるのですが、それらが一段落したところへ豪華な衣裳をまとった王妃が現れて、お嫁さん候補の絵を次々に見せて王子の心をいっぺんに凍らせてしまいます。王妃が去った後に、残された王子は傷心の様子で佇み、人々が目も鮮やかなメリハリのきいた動きのダンスを踊るうちに急速に日が暮れて、やがて一人残された王子もその場を立ち去ると、やがてランタンを灯した人々が王子を探しにきたところで幕が下りました。

第2幕。ロットバルトが邪悪な姿を現し、ついで遠景の湖面を白鳥の群れが下手から上手へ渡って古風な円柱を持つあずまやの陰へ消えると、捜索隊とこれをかわす王子。そしてオデットと王子の出会いになりますが、ここでは最初はオデットが明らかに王子の存在に怯えており、震える手、空へ逃れようとするようなリフトの繰り返しが印象的です。二人の距離がだんだん近づいていったと思ったところにロットバルトが登場し、オデット退場。この後にコール・ドが登場し、捜索隊とワルツに乗って文字通り一糸乱れぬ群舞を見せてくれました。続く王子とオデットのパ・ド・ドゥは、極めてゆったりと丁寧に踊られましたが、最後の全音符はそこまで引っ張るかというくらい長く、管楽器はつらかったはず。四羽の小さな白鳥の踊りもゆっくり目、二羽の白鳥のポリリズムっぽいワルツは大らか。そしてオデットのソロは、これがアンナ・オサチェンコの持ち味なのか、かなり儚げ。しかし、跳ねるリズムに乗ったコールドの群舞に続く短いソロではきれいな足技を披露しました。とはいうものの、今まで何度も観てきた『白鳥』の他のオデットに比べて、今ひとつ存在感の希薄なオデットのような気がするのですが、果たして第3幕ではどうなるのでしょうか?

第3幕の宮廷シーンは、左右と奥にバルコニーを配した二階建てのセットで、バレエらしい豪華さを演出してくれていました。また、ここに入る登場の音楽は、第2幕での引っぱり目の演奏とは打って変わって恐ろしくスピーディーな指揮振り。この日の指揮者タグルさんは、緩急をかなりダイナミックにつける振り手のようです。ついで、優美なワルツに乗ってお嫁さん候補がお供を連れて次々に入場しますが、スペインはフェロモン系、ナポリはキャピキャピ系とそれぞれ性格が違うのが面白く、それはダンスにも反映されていきます。スペインは黒いアバニコを用いた大人の色気のダンス。サパテアードを連想させる足の運びがそれらしい感じ。ポーランドは美人(!)で、ブーツを履いて軽快に踊ります。ロシアは白いハンカチを手に民族色豊かに、最後のナポリは手足を伸びやかに使う実に楽しげなダンス。とは言うものの、王子の心はここにあらずなのですが、そこへ登場した黒鳥オディールに目が点。アンナ・オサチェンコのオディールは、確かに第2幕のオデットに比べると蠱惑的ではあり、たくさんの黒い羽をマントの襟に縫い付けて怪しい風体のロットバルトと目配せしながら王子を誘惑するあたりはいかにも悪女なのですが、それでもずいぶん控えめな感じがします。グラン・パ・ド・ドゥでのアダージオはバランスにやや安定を欠いたものの、最後に床に身を横たえた王子が差し出す腕に背中を預ける形が決まりました。ヴァリエーションでは、高く上がる足はきれいでしたが、ちょっと器械体操っぽい硬い感じ。そしてコーダのグラン・フェッテは、残念ながら18回転ほどで止まってしまいました。この見せ場の32回転は、単に観客に対して超絶技巧をアピールするだけでなく、その強烈な説得力によって王子の心を最終的に絡めとるというストーリー上の大事な意味があるのですが……。なお、白鳥オデットの幻が姿を見せる演出はなく、そして王子がオディールを選んだところで正体を示したロットバルトがマントを広げると、その陰でオディールは壁を抜けて姿を消しました。最後は、ロットバルトが正面の階段を駆け上がってその場を立ち去り、王子も後を追って幕。

第4幕では、コール・ドが第2幕に比べやや統一感を失った感がありましたが、そこへオデットが悲しみの帰還(ということは、やはり第3幕で姿を見せておかないといけないはず?)。ロットバルトに翻弄されるオデット、そこへ駆け込む王子。しかし、一度オデットを裏切ってしまった王子には彼女と結ばれるすべはもはやなく、もう駄目なのか、と跪いた王子は打ちひしがれながら、真上からの照明のために顔を影に隠して思い詰めたように踊ります。これは、恐らく自分の死を既に覚悟しているのでしょう。悲しみに満ちたパ・ド・ドゥ、感情のままにリアルに抱き合う二人。しかし、これはロットバルトが許した束の間の逢瀬に過ぎず、雷鳴と共に左右から波(を模した幕)が宙を飛んで舞台を覆うと、背後のあずまやが崩れ、のたうつ波の中に王子が断末魔の姿を見え隠れさせていました。やがて波がおさまると、王子は水死体となって舞台の中央に横たわり、そして白鳥たちは湖面を下手へと去っていきました。

ジョン・クランコ版は、チャイコフスキーの音楽を丹念に見直し、振付やストーリーに的確に反映している点に特徴があるといいます。第1幕や第3幕の中にいくつも輝かしい瞬間を散りばめながらストーリーを悲劇的な結末へと着実に進め、最終的に裏切りの報いとして王子に孤独な死を与えた演出は、その最たるものでしょう。しかし、死を覚悟した悲愴な王子の踊りは王子への同情を促し、強い印象を観る者に与えます。それだけに、王子の背信がやむを得ないものであったと納得させるだけの圧倒的な存在感をアンナ・オサチェンコの黒鳥には期待したかったのですが、急な代役ということもあり、それはかなわなかったようです。

ちなみに、私が今でも手元に持っているLDの『白鳥』はヌレエフ版で、やはり王子が湖に飲まれて死ぬラストなのですが、これもクランコ版に影響を受けたもの。ただし、ヌレエフ本人が踊ることもあって、最初から最後まで「王子の悲劇」にフォーカスしている点が特徴ではあります。

キャスト

オデット / オディール アンナ・オサチェンコ
ジークフリート王子 エヴァン・マッキー
王妃 メリンダ・ウィザム
ウォルフガング(家庭教師) オズカン・アイク
家政婦 リュドミラ・ボガート
ベンノ(王子の友人) アレクサンダー・ジョーンズ
ロットバルト ダミアーノ・ペッテネッラ
小さな白鳥 エリサ・バデネス
カタリーナ・コジェルスカ
ジュリー・マルケット
アンジェリーナ・ズッカリーニ
二羽の白鳥 ヒョ=ジュン・カン
ミリアム・サイモン
スペインの姫君とそのお付き ミリアム・サイモン
ペトロス・テティエリアン
ロマン・ノヴィツキー
デヴィッド・ムーア
マッテオ・クロカード=ヴィラ
ポーランドの姫君とそのお付き オイハネ・ヘレーロ
ローランド・ハヴリカ
ロシアの姫君 エリザベス・メイソン
ナポリの姫君とそのお付き アンジェリーナ・ズッカリーニ
ブレント・パロリン
 
指揮 ジェームズ・タグル
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管絃楽団