菅原伝授手習鑑 / 日本振袖始

2012/02/05

国立劇場小劇場で、実に一年振りの文楽鑑賞。この日は三部構成で、本当は第二部の「義経千本桜」の椎の木・小金吾討死・すしやの段を観たかったのですが、住大夫・源大夫両切場語りの共演とあってはチケットの入手もかなわず、第三部の「菅原伝授手習鑑」で手を打つことにしました。こちらは寺子屋の段、歌舞伎では3回観ている演目ですが、本行の文楽では初めてです。

この定式幕も久しぶり。能楽堂のぴんと張りつめた空気とは違って、大衆芸能の劇場らしい賑やかさとおおらかさが感じられます。これはこれでいいですね。

菅原伝授手習鑑

延享三年(1746年)、大坂竹本座初演。「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」と共に時代物の三大傑作のひとつです。全五段のうち、この日の寺入りの段・寺子屋の段は四段目。主筋の菅原道真の一子・菅秀才を救うため自分たちの息子・小太郎を身替わりに差し出す松王丸・千代夫婦の悲しみを描きます。

まず寺入りの段は、千代が小太郎を武部源蔵の寺子屋へ連れてくる場面。厳しい先生の源蔵が不在の折から、よだれくりが手習いの代わりにへのへのもへじの落書きを見せるのは歌舞伎と一緒。というよりもこの後ずっと、歌舞伎の寺子屋が本行の文楽を忠実になぞっていることを随所で発見することになります。そのよだれくりが菅秀才にたしなめられて反発しかけ、他の子供達にぼこぼこにされているのを源蔵の女房戸浪が割って入ったところへ、拍手と共に文雀師の遣う女房千代の登場。小太郎を寺子屋へ預けるやりとりの随所に伏線が張ってあり、菅秀才と小太郎を見比べる思わせぶりな目線、寺子屋を立ち去るときに小太郎にかける悪あがきせまいぞとの言葉、そして寺子屋を出て下手へ引き下がりながら後ろ髪を引かれる様子が、最後の愁嘆場へつながります。

床が廻って津駒大夫と鶴澤寛治のお二人。機嫌悪く帰ってきた武部源蔵は和生さんが遣います。山家育ちの子供達に悪態をついていたものの、小太郎の顔を見て急に機嫌を直した源蔵は、子供達を奥へやると羽織・袴を脱いで(人形なのに!)女房に渡し、訴人があって菅秀才を匿っていることが露顕したこと、身替わりを立てようにも田舎の子ばかりでは役に立たぬと嘆きつつ帰ってきたところ、小太郎の器量を見ればうってつけと愁眉を開いたことを語ります。この中でも、菅秀才の悲運を嘆く労しや浅ましやをたっぷりと語った津駒大夫は続く名台詞せまじきものは、宮仕へもしっかり聴かせ、舞台上でこれを聴きながら源蔵が太刀を床に突いて俯けば戸浪も手拭いで目を覆いました。

そこへ登場したのが、春藤玄蕃と駕篭に乗った松王丸。松王丸を遣う玉女さんの髪がずいぶん白くなっているのにびっくりしましたが、同時にその扮装が歌舞伎で見慣れた姿そのままであることにも驚きました。繰り返しになりますが、これも文楽が先、歌舞伎が後。そう言えば「大物浦」の平知盛の白銀に輝く直垂、水干、大口袴の出立ちを観たときも同じ印象を持ったことを思い出します。山家の子供達の検分の場面は何やらミュージカル風で、駆け出してくる子供が三味線に合わせて踊ったり、よだれくりが一度は父の背におぶわれたものの、結局逆に父をおぶって下がったり。そんなくすぐりを入れた後に、いよいよ寺子屋へ踏み込んだ玄蕃・松王丸と源蔵夫婦の緊迫感溢れる対峙となります。

菅秀才の首を早く持って来いと玄蕃たちに迫られて奥へ入った源蔵、その奥から「はーっ!」という大音声と共にバタバタとツケの音が響き、やがて源蔵が首桶を持って戻ってきます。その中には菅秀才ではなく小太郎の首が入っているわけですが、首実検をせよという源蔵はもし贋首であることが露顕すれば松王丸に斬りつけるつもりで、ここに首桶をはさんで源蔵、松王丸、さらに玄蕃の三者が緊迫感あふれる見得を示します。ついで、源蔵の覚悟を大音声で笑い飛ばした松王丸は首桶の蓋を引き上げ、そこに置かれた小さな首をじっと見込んでム、コリヤコレ菅秀才の首討つたは、紛ひなし、相違なし。ここで一気に緊張が解け、玄蕃と松王丸はそれぞれに下手へ下がっていきます。

ここで床が廻って、嶋大夫登場。源蔵夫婦の「助かった……」という弛緩、と思う間もなく小太郎の母・千代の再訪と場面が展開し、口封じにと斬り掛かった源蔵の刀を千代がはっしと受けた文庫から経帷子と南無阿弥陀仏の幡が出たところで戸の外に頭巾姿の松王丸。千代が涙ながらに身替わりは役にたったかと問い源蔵が驚くところへ、門口の松王丸が呼び掛けます。ここからが、歌舞伎と大きく違うところ。まず歌舞伎の演出では、戸を小さく開けた松王丸が松の枝を投げ入れ、そこに結びつけられた短冊を源蔵が読むと『梅は飛び桜は枯るる世の中に何とて松のつれなかるらん』と菅丞相が詠んだ歌が認められているということになっていて、そのいかにも不自然な演出に毎度首をひねっていたのですが、こちらの方では松王丸の台詞。そしてそのまま続いて女房悦べ、倅はお役に立つたぞとなる自然な流れでした。ちなみに、梅はもちろん梅王丸。「主なしとて春な忘れそ」と詠まれた梅の木が道真を慕って筑紫へ飛んだという「飛梅伝説」が下敷きになっています。枯れた桜は、切腹した桜丸。最後の「何とて松のつれなかるらん」は松王丸だけがつれないはずはないという意味なのに、世間が「松はつれない」と呼ぶその口惜しさに推量あれ源蔵殿、倅がなくばいつまでも、人でなしと云はれんに、持つべきものは子なるぞや。そして、千代の切々としたクドキ、さらに首を打たれるに際して小太郎が潔く首を差し伸べにっこり笑ったと聞かされての松王丸の笑い泣きと続きますが、ここも歌舞伎での「源蔵殿、御免下され」の大泣きはなしで、その抑制された嘆きの表現の中にむしろ松王丸の悲痛が強く感じ取れました。この日の嶋大夫の語りは、心なしかいつもの熱演を控え目にして、じっくり・しっとりと聴かせた感があります。

最後は松王丸・千代夫妻が奥に入って、再び出てきてみれば白無垢麻裃姿。三味線が高音をちりちりと鳴らして、いろは歌を詠み込んだ「いろは送り」となり、立ち尽くして涙をこらえる松王丸、後ろ向きに背中で泣く千代、その背後で合掌する源蔵夫婦らという構図で幕となりました。

この日、こうして時代物の世界に実に久しぶりに触れましたが、冒頭に記したように劇場のオープンな雰囲気には親しみを覚えたものの、このところずっと能楽に親しんできた目で見ると、忠義やら恥やらの他律的な価値観を行動原理とする時代物の登場人物たちに感情移入できない自分を発見して、いささか驚きました。翻ってみると、能の登場人物たちは実に自分に素直。恋心やわが子を思う心が執心となってワキの前に亡霊となって現れたり物狂いになったり、また修羅物でも自分が成仏したいと願う気持ちがシテを動かしているのですから、文楽や歌舞伎に見られる自分の外の価値観にがんじがらめに縛られた主人公たちとは大違いです。どちらがいいとか悪いとかではなくあくまで自分の好みの問題ですが、やはりこれからも通い続ける場所は能楽堂だな、と思った次第。

日本振袖始

近松門左衛門の作で、享保三年(1718年)大坂竹本座初演ですが、今回は平成22年に復活上演されたものの新演出。ストーリーはこのページの下の方に書いたとおり、スサノオの八岐大蛇退治の神話を下敷きにしたもので、そこに牽強付会気味ながら「振袖」の由来譚を絡めたもの。当然舞台は、出雲の国です。とにかく理屈抜きで、面白い演目でした。

床の上には、太夫4人・三味線5人が居並ぶ豪勢さ。舞台上には大胆な川の流れと樹木の間に張られた注連縄、手前に8つの壷。どろどろと太鼓が鳴る不気味な雰囲気のうちに、白木の輿に乗せられた稲田姫が登場します。大蛇に捧げられる生贄という役どころですが、素戔嗚尊が託した蠅斬はばきりの名剣を白装束の左の袖に隠して覚悟の面持ち。この太刀を隠した脇明けの袖が振袖の起源であるというのが、外題の意味ですが、これはもちろん創作です。

稲光や雷鳴の中、従者たちが引き下がった後に赤や銀黒の毒々しい色の大蛇の銅がのたうったかと思うと、黒地の袖に銀の鱗紋も禍々しい岩長姫の登場で、遣うのは勘十郎さん。美女を妬み、毎年生贄に差し出させている老女ということですが、見た目には老いているとは感じられません。ともあれ稲田姫を一呑みにしようと駆け寄ったとき、壷から漂う酒の香りに惹き付けられて思わず壷の中に顔をつっこみ、大胆に飲み干したと思ったらもうふらふら。忽ち面は紅の、色九十九髪猩々の、形と変ずる変化の業と語られるうちに小鼓が連打されたと思ったら、扇の陰から一瞬のガブで凄まじい形相を見せました。ここからは岩長姫オンステージという感じで、御簾からの笛や床の上の琴に合わせて扇を手にしっとり踊ったり、酔ってぐったり横になったりとなかなか艶っぽいところを見せていましたが、酔態も極まったところで扇を投げて注連縄を断ち切り、次の瞬間かつぱと臥すよと見えけるが、今ぞ顕す大蛇が正体、般若の首かしら、茶色の長髪に緑地銀鱗紋の悪鬼の形相へと変身!こうしたケレン味は文楽ならではです。そして哀れな稲田姫の上に覆い被さるようにして消えたと思ったら、赤や緑の巨大な大蛇の首が四つ立ち上がり、うねうねと舞台上で蠢き始めました。上のポスターの写真にもあるとおり、蛇というよりは龍のような頭を振り立てた大蛇の姿は迫力満点で、そこへ駆け込んできた薄青色の狩衣姿の素戔嗚尊との立ち回りもダイナミックかつリアル。しかし、ついに二匹ほどは首を斬られて断末魔となり、最後の一匹を担ぎ上げた素戔嗚尊が見得を決めると、蛇の腹から出てきた稲田姫が手にした十握の宝剣と蠅斬りの剣を素戔嗚尊に献じます。最後は日の本の威を振袖の長くぞ続く君が代の直ぐなる道ぞ久しけれと中央に凛々しく立つ素戔嗚尊に稲田姫が寄り添い、上手と下手の端には素戔嗚尊に斬られた大蛇の首が無念そうに転がって幕となったのでした。

配役

菅原伝授手習鑑
寺入りの段 豊竹睦大夫
鶴澤清馗
寺子屋の段 竹本津駒大夫
鶴澤寛治
豊竹嶋大夫
豊澤富助
〈人形役割〉
女房戸浪 桐竹勘壽
菅秀才 桐竹勘次郎
よだれくり 桐竹紋秀
女房千代 吉田文雀
小太郎 吉田蓑次
下男三助 桐竹紋吉
武部源蔵 吉田和生
春藤玄蕃 吉田文司
松王丸 吉田玉女
御台所 桐竹亀次
手習子 大ぜい
捕手 大ぜい
駕篭舁 大ぜい
百姓 大ぜい
 
日本振袖始 大蛇退治の段 岩長姫 豊竹呂勢大夫
鶴澤清治
稲田姫 豊竹咲甫大夫
鶴澤清志郎
素戔嗚尊 豊竹芳穂大夫
ツレ 豊竹靖大夫
  鶴澤清丈
豊澤龍爾
鶴澤清公
〈人形役割〉
稲田姫 吉田一翔
吉田玉勢
岩長姫 桐竹勘十郎
素戔嗚尊 吉田幸助
従者 大ぜい

あらすじ

菅原伝授手習鑑→[こちら

日本振袖始

八岐の大蛇に生贄を捧げる出雲簸の川の高棚へ、稲田姫が現れ、素戔嗚尊から託された蠅斬の剣を脇明けの袖に忍ばせる。そこへやってきた、大蛇の化身である岩長姫は、八つの壷の酒を飲み干して恐ろしい本性を表わし、稲田姫を一呑みにしたと見えたとき、素戔嗚尊が駆け付けて激しい立廻りの末に大蛇を倒す。大蛇の腹から現れた稲田姫の手には十握の宝剣と蠅斬りの剣とがあり、その威徳で山中に叢雲が立つので素戔嗚尊は剣を天の叢雲の剣と名付け、日本の威勢が振袖がたなびくように続くのを願うのだった。