フェルメールからのラブレター展

2012/01/02

正月二日目の朝、Bunkamura ザ・ミュージアム「フェルメールからのラブレター展」へ。これは、昨年3月に見に行った「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」で予告されていて、以来楽しみにしていたものです。

現存するフェルメールの絵画は、全部で30点余り。そのうち6点が「手紙」を主題としており、その中から《手紙を書く女》(1665年頃)、《手紙を読む青衣の女》(1663-4年頃)、《手紙を書く女と召使い》(1670年頃)の3点を集めるとともに、同時代のオランダの画家たちの作品を通じて、通商国家として栄えたオランダ社会における市民同士、家族間のコミュニケーションのあり方を見てゆくというのが、この展覧会のコンセプトになっています。

展示の構成と、それぞれのコーナーでの代表的な作品は、次の通り。

人々のやりとり — しぐさ、視線、表情
家庭や居酒屋、仕事場といった日常的な環境の中で、仕事や余暇を楽しむ民衆の姿を理想化せず描く風俗画に見られる人々のやりとりの描写。ヤン・ステーン《生徒にお仕置きをする教師》(1663-65年頃)の、教師に手を叩かれようとして泣きそうな少年と、その少年を間近で何とも言えない表情で見つめる少女。解説では少女は笑っていることになっていますが、見た感じではむしろ、自分自身が叩かれるかのように顔を歪めています。
家族の絆、家族の空間
家族の肖像画や、既婚女性を主人公にした風俗画に見られる、主として主婦・女主人の家庭内での役割に関する道徳的な叙述。ピーテル・デ・ホーホ《中庭にいる女と子供》(1658-60年頃)、ヤン・デ・ブライ《アブラハム・カストレインとその妻マルハレータ・ファン・バンケン》(1663年)など。特に前者の「中庭」という閉鎖された空間がもたらす安心感は、絵画の中の人物にも、それを見る者にも、等しく安らぎを与えてくれています。
職業上の、あるいは学術的コミュニケーション
市民社会オランダはすなわち知識社会でもあったことを示す、様々な職業の人々の肖像画。コルネリス・デ・マン《薬剤師イスブラント博士》(1667年頃)に見られる書物、楽器、天球儀が示す当時の知識階層の博識に感心する一方、ヤン・リーフェンス《机に向かう簿記係》(1629年頃)では簿記係の老人の額の皺や髪、髭の細密な表現に素朴に感心します。
手紙を通したコミュニケーション
この展示会のメインのコーナー。フェルメールの3作品もここに位置しています。以下、少し長いですがBunkamuraのサイトからこのコーナーの解説を引用します。

オランダは17世紀のヨーロッパで最も識字率の高い国で、出版の主要な中心地であるとともに、手紙のやり取りが急速に増えた地域だった。ちょうどこの頃、公的な布告や単なる商業上の情報を発するのとは対照的に、手紙を書くことは、個人の気持ちや強い感情を伝えることができるという考え方が一般的となり、個人間の文字によるコミュニケーションのあり方を一変させた。私的な手紙のやり取りがほとんど姿を消した現代において、これらの絵画作品は、オランダ黄金時代の巨匠たちが、こうした一見たわいのない日常生活の側面に影響される感情の微妙な動きをいかに探求していたかを、感動的なまでに思い出させてくれるだろう。オランダの風俗画において、手紙を読む女性の姿は愛に関連した場合が多く、ほとんどの絵は、隠された意味を解く手がかりを与えてくれている。壁の地図は、遠方にいる恋人を示唆するかもしれない。また画中の壁に掛けられた海景画の場合、海は愛、船は恋人を表象していた。ヨハネス・フェルメールの絵画作品は、手紙を読んだり、書いたりする若い女性の物思いに沈む美しい姿を描いている。ときには書き上げた手紙を宛先に届けようと待っている召使いが、傍らに描かれることもある。

会場では右から左へ、つまり《手紙を書く女》《手紙を読む青衣の女》《手紙を書く女と召使い》の順に、部屋の三面を使って展示されていました。《手紙を書く女》の衣裳の質感や耳飾りの真珠の光、《手紙を読む青衣の女》のラピス・ラズリを用いたウルトラマリーンの見事な色彩、《手紙を書く女と召使い》の細密なタペストリーや床の市松模様の微妙な表現など、「絵」としての見どころもいくつもありますが、フェルメールの絵ですからやはり、そこに示された「ストーリー」を読み取りたくなってきます。

《手紙を書く女》に描かれる若い女性の表情には、恐らくは愛しい人への手紙を書いているところを見られてはにかんでいる様子が見てとれ、その純真な乙女心が微笑ましく感じられます。ところが次の《手紙を読む青衣の女》は、受け取った手紙を見て物思いにふける女性の姿。背後の壁に掛けられた地図は、手紙の送り手が遠方にいることを窺わせます。果たして、遠方の思い人からの手紙は彼女にとって喜びをもたらしてくれたのか?そして最後の《手紙を書く女と召使い》では、手前に投げ捨てられた手紙や赤い封蝋がこの場面の前にあったであろう女主人の激情を暗示していますが、今は女主人は心を落ち着けて手紙を書くことに没頭しており、召使いは窓の外を見やって自分の物思いにふけりながら、女主人が手紙を書き上げるのを辛抱強く待っています。背後の絵は「モーセの発見」で、これは恋人との和解を求める心理と結びつけられていると言います。

してみると、主人公の年代もそれぞれに違い、制作順も右から左ではないにしても、この3作品には一貫したストーリーがあるのか?……と一度は思いましたが、これらの絵を眺めているうちに、《手紙を書く女と召使い》が暗示している激情を《手紙を読む青衣の女》の主人公に求めるのは難しいような気がしてきました。この美しいブルーの衣裳を着た女性が醸し出している雰囲気は、こうした三面記事的な推量を許さない静謐さに満たされていたからです。

音声ガイドや会場の展示では、当時(17世紀)のオランダにおける恋愛模様や手紙事情などが解説されていて、興味深く聞き、読むことができました。スペインから独立して聖書中心主義の新教国となったオランダにおいては読み書きがとりわけ重視されたこと、海洋国家として男たちは遠く海外へ赴かなければならず、この展示会に出展された作品に描かれた手紙は、もしかしたら長崎の出島との間の往復2年間の手紙ですらあり得たこと(日本の着物を模した衣服が当時流行したそうです)などなど。

中でも楽しかったのは、その頃にベストセラーになったという手紙の書き方の文例集です。男性から女性への求愛の手紙文例、返事を乞い願う文例、これらに対して女性から男性へ親の許しが出ないという口実でやんわり断る文例。400年前のオランダ人も今の日本人も、マニュアル頼みという点では大差ないということか……。

ともあれ、確かにフェルメールの3点がメインディッシュではありますが、ことさらにこれら3点にスポットを当てるのではなく、それら以外の作品も合わせてオランダの市民社会の様子を紹介することに主眼が置かれており、全体を通して穏やかな、肩の力が抜けた展覧会だなという印象を受けました。

「ドゥ マゴ パリ」での企画ランチは、ハートの形がかわいい「ひき肉のロースト レモンソース」。1667年に出版された食の指南書『賢い料理人』を基に当時の食卓を再現した『フェルメールの食卓 暮らしとレシピ』(林綾野著)から。おいしくいただきました。